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天使様、運命を呪う

読んでいただきありがとうございます!更新日は火・金・日予定になります。よろしく♩

 ルミア月の中頃、グレイスフィールド家が主催する、新年を祝うパーティーが開かれる。

 領内外の有力貴族たちが一堂に会するこのパーティーは、単なる賀詞交換の場ではない。水面下では、熾烈な情報戦や派閥争いが繰り広げられる、大人の社交という名の戦場だ。


「今年は、リリアン侯爵家のエララ様もお見えになるそうだ」

 父マルクが、招待客リストを眺めながら、疲れたように呟いた。

 その名を聞いた瞬間、レオンの背筋に、ぞくりと冷たいものが走る…

 リリアン侯爵、エララ。

 秋口に嵐のようにやってきて、レオンを「私のミューズ!」と呼び、そして誕生日に、あの忌まわしきドレスを送りつけてきた、芸術と美の探求者。

(いやな予感しかしない…!)

 レオンの勘は、残念ながら、今回も的確に未来を言い当てていた…


 ◇


 パーティーの数日前。

 リリアン侯爵エララは、誰よりも早く、ウキウキとした様子でグレイスフィールド家の客間に乗り込んできた。

「ごきげんよう、マルク様、エレナ様!そして…見つけたわ、私の天使!」

 彼女は、レオンを見つけるなり、駆け寄ってその両手を恭しく取った。

「ああ、レオン!数ヶ月見ないうちに、またその美しさに磨きがかかったのね!その憂いを帯びた瞳、ガラス細工のように繊細な肌…完璧よ!」

「お褒めにあずかり、光栄です…」

 レオンが、引きつった笑顔で答える。


「それでね、レオン。今日は、あなたに一つ、お願いがあって来たの」

 エララは、キラキラした瞳でレオンを見つめた。

「私が誕生日に贈ったドレス、覚えていてくださるかしら?」

(忘れたくても、忘れられません…)

「あの傑作を、ぜひ、あなたの姿と共に、永遠の芸術として記録に残したいの。だから…あのドレスを着て、私の連れてきた宮廷画家のモデルになってちょうだい!」

「えええええええええ!?」


 レオンの悲鳴が、客間に響き渡った。

「い、嫌です!僕は男の子です!ドレスなんて着れません!」

「まあ、なんてことを言うの!あんなにあなたを輝かせる服が、他にあるとでも?」

「ですが!」

「レオン、エララ様に失礼ですよ!」

「レオン…(かわいそうだが…)頑張りなさい…」

 エレナとマルクからも窘められ、レオンは完全に逃げ場を失った。もらった手前、贈り主直々、しかも侯爵当主の願いを断ることは、貴族社会においては許されることではない。

 結局、レオンは涙目で、あの悪夢のドレスに袖を通すことになった。


 ◇


 陽光が燦々と降り注ぐ、ガラス張りのサンルーム。

 そこに、小さな椅子にちょこんと腰掛けた、一枚の絵画のような(少年だが)少女がいた。

 空色のドレスは、白い肌とピンクブロンドの髪を完璧に引き立て、その姿は、まるで神話に登場する女神か、天から舞い降りた天使そのものだった。

 しかし、その表情は、これから断頭台に送られる罪人のように、絶望に満ちていた。


「素晴らしい…!完璧です、レオン様!」

 画家が、恍惚の表情で筆を走らせている。

「その儚げな表情、最高です!もっと、世界を憂うような瞳で!」

(実際、憂いているんですよ!自分の運命をね!)

 レオンは、心の中で血の涙を流しながら、ただただ、この屈辱的な時間が過ぎるのを待っていた。


 その時、屋敷の庭を散策する一人の少年がいた。

 彼の名は、マグナス・フォン・ヴァインベルク。侍女長のカサンドラの甥であり、ヴァインベルク伯爵家の嫡男だ。彼もまた、新年のパーティーに参加するため、家族と共に少し早くからこの城に滞在していた。

 退屈を持て余して庭にいた彼は、サンルームの窓から漏れ聞こえる画家の賛辞に、興味を引かれて、中を覗き込んでしまった。


 その瞬間、マグナスの心臓は、大きく、そして激しく跳ね上がる。

(―――あ!)

 彼の脳裏に、数ヶ月前の、収穫祭の日の記憶が鮮やかに蘇る。


 お忍びで訪れた城下町の喧騒の中、彼は、一人の少女に目を奪われた。素朴なワンピースを着ていたが、その美しさは、どんな宝石よりも輝いていた。声をかける勇気もなく、人混みに消えてしまったその姿を、彼は「収穫祭の女神」と呼び、ずっと忘れられずにいたのだ。

(間違いない…!あの時の女神様だ!)


 マグナスの目は、ドレス姿のレオンに釘付けになった。

(平民ではなかったのか…?なぜ、グレイスフィールド侯爵家のお城に…?まさか、どこかのご令嬢だったなんて…!)

 運命的な再会に、彼の心は燃え上がる。

(ああ、神よ、精霊よ、感謝します!再び私を、女神の元へと導いてくださったことを!これこそが、運命!)

 マグナスは、胸の高鳴りを抑えきれず、その場に声をかけることもできず、ただ、柱の影から、うっとりと、その光景を見つめることしかできなかった。


 もちろん、レオンは、自分がそんな熱烈な視線で見つめられていることなど、知る由もない…


 ◇


 そして始まった、グレイスフィールド家が主催する新年のパーティー。大広間には、領内外から集った貴族たちの華やかな衣装と、楽しげな談笑の声が溢れている。

 その中心で、主催者であるマルクとエレナは、完璧な主人役を務めていた。…もっとも、マルクの胃は、すでに限界を訴え始めていたが。

 そんな喧騒の中、レオンは壁際で、そっと息を潜めていた。


 今日の彼は、この日のためにアデルが王都で仕立てさせた、最高級の生地で作られた子供用のタキシードに身を包んでいる。

(よし…!今日の僕は、完璧に『カッコいい男』だ。昨日のドレスの悪夢を、今日こそ払拭してみせる…!)

 彼は、固く、固く、そう決意していたのだった…

ここまで読んでいただき、ありがとうございます♩

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