天使様、波乱の誕生日を迎える
読んでいただきありがとうございます!更新日は火・金・日予定になります。よろしく♩
秋が深まり、セラフィ月が終わりを告げ、冬の訪れを知らせるイルナ月も後半。グレイスフィールド領の木々は寂しい様相を見せ、朝晩の空気は肌を刺すように冷たくなってきた。
それは、王都の学院から、長兄アデルが、年末祭のために帰省する季節でもあった。
そして、レオンにとっては、もう一つ、何よりも特別な意味を持つ季節。
もうすぐ、彼の7歳の誕生日がやってくるのだ。
(7歳…!ついに、この時が来た…!)
レオンは、自室の机に広げた、もはや彼の汗と努力の結晶ともいえる「カッコいい男計画」のスケジュール表を眺めながら、決意を新たにしていた。
(7歳になれば、教会で魔法適性検査が受けられる!そうすれば、僕も本格的な魔法の訓練が始められるんだ…!『組紐屋のリョウ』への道が、ついに開ける!)
彼の計画は、この一年で着実に進んでいた。母エレナとの魔力制御の訓練のおかげで、魔力量の調節はまだまだだが、体内の魔力を感じ、巡らせることはお手の物になっていた。
剣術指南では、いまだに鍬のような構えを団長に絶賛されるという奇妙な状況は続いているが、体力は確実についてきている。
(でも、属性が分かれば、魔法の訓練はもっと加速するはずだ。今のうちに、スケジュールを修正して、魔法の基礎学習の時間を増やさないと…)
彼は、羽根ペンを手に取り、真剣な表情で来年の計画を練り始めた。
そんな思索にふける日々のなか、ついに屋敷に待望の人物が帰還した。
「レオン!ユリウス!ただいま戻った!」
王都から帰ってきたアデルは、学院の制服を纏い、数ヶ月前よりもさらに精悍で、完璧な貴公子の雰囲気を漂わせていた。しかし、弟たちの姿を認めた瞬間、その仮面は音を立てて剥がれ落ちる。
「アデル兄様!お帰りなさい!」
「ああ、レオン!会いたかったぞ!いよいよ7歳だな!君の晴れの門出を祝うために、兄はこの日のために血の滲むような努力を重ね、学院の試験を過去最高得点で終わらせてきたぞ!」
ひざまずき、レオンの手を取って感涙にむせぶ兄の姿は、もはやグレイスフィールド家の風物詩となっていた。
◇
そして、数日後。レオンの、7歳の誕生日がやってきた。
その日は、朝から屋敷中がお祝いムードだ。料理長のクロノは、レオンのために腕によりをかけて巨大なフルーツタルトを焼き上げ、使用人たちは代わる代わる「おめでとうございます、レオン様!」と、心のこもった贈り物を届けてくれる。
家族だけのささやかな晩餐会は、温かく、幸せな空気に満ちていた。
「レオン、7歳の誕生日おめでとう」
父マルクと母エレナからは、美しい挿絵の入った『魔法言語の基礎』と『古代魔法体系論』の本が贈られた。
「ありがとうございます、父様、母様!しっかり勉強して、立派な魔法使いになります!」
「レオン、おめでとう。君の門出に相応しい、王都の最高の職人に作らせた特注品だ」
兄アデルからは、レオンの小さな手に合わせて作られた、見事な装飾の訓練剣が贈られた。鞘には、ほんのりと手を温める保温の魔法までかけられている。
「俺からは、これな」
次兄のユリウスからは、美しい木製のパズルボックスが手渡された。レオンが夢中になってそれを解くと、中から、玉虫色に輝く珍しい甲虫の標本が出てきた。
「わあ…!」
使い魔のモリィも、どこからか見つけてきた、つやつやのドングリを「宝物だ!」と言ってプレゼントしてくれた。
心のこもったプレゼントの数々に、レオンは満面の笑みを浮かべた。
レオンが、新たな決意と幸せを噛み締めていた、その時、執事のクラウスが、神妙な面持ちで、一つの大きな箱を運んできた。白地に金で竪琴と薔薇の紋章が描かれた、見たこともないほど豪華な化粧箱。家族中???の中、母エレナだけがニコニコしている。
「先ほど、リリアン侯爵家より、レオン様への誕生日祝いのお品が届きました」
「リリアン侯爵家から?」
マルクが、訝しげに眉をひそめる。
芸術の都として名高いリリアン侯爵領。当主は、若き侯爵エララ。秋口に嵐のようにやってきて、嵐のように帰っていった芸術家…
「待っていてちょうだい。私のインスピレーションの全てを、この手で形にして、あなたに贈るわ。きっと、世界で一番、あなたを輝かせる服になるはずよ!」
と宣言していたことをマルクは知らない。ただの、エレナとのお茶会だと思っていたから…
レオンはあの時の、エララを思い出し、いやな予感しかしない…
(いや、あの時「あの、僕は男の子なので、フリフリの服は、ちょっと…」と伝えたはず…いや聞いてなかったぽいけど…)
豪奢な箱を開けると、中には、ふわりと甘い花の香りがする薄紙が詰められていた。
その薄紙を、そっとかき分ける。
そして、その下に眠っていたものを目にして、レオンは、そしてその場にいた(エレナを除く)全員が、完全に固まった。
そこにあったのは、ドレス…
少年用のフリルの多い礼服などではない。
空色の美しいシルク生地に、繊細な銀糸の刺繍が施され、胸元には幾重にも最高級のレースがあしらわれ、腰には大きな純白のリボンが結ばれている。
誰がどう見ても、それは、少女のために作られた、完璧で、愛らしく、そして豪奢なドレスだった。
「…………」
マルクは、声もなく、そっと胃を押さえた。
「ぶふっ…!く、くくく…!」
ユリウスは、必死で噴き出すのをこらえ、肩を震わせている。
「ドレス…?いや、これはきっと、リリアン侯爵領で流行している、最新のデザインの紳士の礼服なのだろう。うん、そうだ。我々、西の領地の者には、まだ理解が及ばぬほど前衛的なのだ…」
アデルは、目の前の現実を受け入れられず、必死に自己暗示をかけていた。
「まあ、さすがエララ様だわ。なんて美しいのかしら…」
エレナだけが、純粋にその芸術品としての価値に感嘆している。
箱の中には、一枚のカードが添えられていた。エレナが、それを手に取り、読み上げる。
「『グレイスフィールドの天使様へ。貴女の健やかなる成長を、心よりお祝い申し上げます。美しき花には、美しき花びらを。その輝きが、いつまでも失われぬことを祈って。エララ・フォン・リリアン』…ですって」
―――貴女の
決定的な一言。
(女の子だと思われてる?いやいや、挨拶の時、僕、三男っていったよね?!)
思い返してみる…
(「お初にお目にかかります、エララ様。レオン・フォン・グレイスフィールドです」)
言ってなかった…大失態である!
自分の失態のせいかと、諦めムードのレオンは知らない。
エララが、彼を正真正銘の『男の子』だと完全に理解した上で、なおかつ、エレナから彼の『カッコいい男計画』の全容まで聞き出した上で、己の芸術家魂の結論として、このドレスを『彼にとって最高の服』だと信じて疑わずに贈ってきたという、さらに救いのない真実を…。
レオンは、目の前の美しいドレスと、母が読み上げた手紙の内容を、交互に見つめた。
そして、数秒間の沈黙の後。
彼の口から漏れたのは、喜びでも、怒りでも、悲しみでもない、ただただ、魂の底からの、純粋な一言だった。
「えー……」
ついに魔法が解禁される、輝かしい7歳の誕生日。
『カッコいい男』への、新たな一歩を踏み出すはずだったその日は、思いがけず、彼の最大のコンプレックスを的確に抉る、最悪のプレゼントによって締めくくられることになった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます♩
もし少しでも『面白いかも』『続きが気になる』と思っていただけたら、↓にあるブックマークや評価(☆☆☆☆☆)をポチッとしてもらえると、とってもうれしいです!あなたのポチを栄養にして生きてます… よろしくお願いします!




