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天使様、兄と事業計画を練る

読んでいただきありがとうございます!火・金・日更新予定になります♩

 収穫祭も終わり、フェルム月に入り、グレイスフィールド家の日常は、落ち着きを取り戻していた。


 いや、正確に言えば、次兄ユリウスの心だけは、全く落ち着いていなかった。

(母さんに没収された、俺のそろばん…。俺の金貨の山計画は、一体どうなってしまうんだ…)

 彼は、来る日も来る日も、母親からの沙汰を、固唾をのんで待っていた。


 そして、ついにその日がやってきた。

 母エレナが、「ユリウス、レオン。そろばんの件で、お話があります」と、二人を自身の研究室である温室に呼び出したのだ。

「(来た…!ついに、俺のビジネスが認められる時が…!)」

 ユリウスは期待に胸を膨らませ、レオンは「(僕のお箸はまだかな…)」と少しズレたことを考えながら、母の前に座った。


 エレナは、テーブルの上に、没収した試作品のそろばんを静かに置いた。

「父様とも、よく相談しました。そして、二人で結論を出しました。」

 彼女は、息子たちの顔を交互に見つめ、にっこりと微笑んで宣言した。

「この素晴らしい発明品、『そろばん』を、グレイスフィールド家の新しい公式事業として、本格的に立ち上げることにしました」


「やったあっ!」

 ユリウスが、思わず歓声を上げる。

「家の事業として…ですか?」

 レオンが、不思議そうに首を傾げる。

「ええ、そうよ。」

 エレナは、テーブルの上のそろばんを、愛おしげに指でなぞった。

「家の執務室で試験的に使ってみたところ、仕事の速さが、今までの三倍以上になりました。これは、我が領地だけでなく、王国全体の経済を大きく変える可能性を秘めた、偉大な発明です」

 その言葉に、ユリウスは誇らしげに胸を張った。


 しかし、レオンは、そろばんをいじりながら、少しだけ申し訳なさそうに言った。

「母様。このままでも素晴らしいのですが、もっと使いやすくする方法があります。」

「まあ、なんですって?」

「この、桁を区切る真ん中の梁の部分に、いくつか印をつけるのです。『定位点』といって、ここを位の基準にすることで、大きな数字の計算でも、どこが何の位か一目で分かって、間違いがぐっと減るんです。」

 レオンは、和江おばあちゃんの記憶から得た知識を、さも当然のように語った。


 その瞬間、エレナの目が、研究者として強く輝いた。

「ていいてん…!定位点ですって!?なんて合理的で、美しいアイデアなの!ただ計算を速くするだけでなく、使う人の『間違い(ヒューマンエラー)』まで減らせる設計…!素晴らしいわ、レオン!」

「(なんだそれ…?でも、確かに、桁が増えると分かりにくくなると思ってたんだ。こいつ、どこからそんな知識を…)…便利そうじゃん、それ」

 ユリウスも、その有効性を即座に理解し、素直に感心した。


 エレナは、興奮気味に、今度はユリウスに向き直った。

「それで、ユリウス。あなたは、この素晴らしい発明品を、どうやって世に広めたいと考えていたのかしら?あなたの『金儲け計画』を、聞かせてもらっても?」


 その言葉に、ユリウスは待ってましたとばかりに、目を輝かせて語り始めた。

「もちろんです!いきなり王都で派手に売り出したりはしない。そんなことをすれば、すぐに真似されて、価値が下がってしまうからね。まずは、この領地内で、僕たちの独占市場を作るんだ!」

 彼の口から語られたのは、9歳児とは思えないほど、冷静で、しかし大胆な販売戦略だった。


【ユリウスのそろばん事業計画】

 第一段階:実績作り(領都での限定導入)

「まずは、城の会計係と、領都の商人組合にだけ、試験的に導入してもらう。商業ギルドへは特許の申請だけで売らせないようにする。まずは、使用者に『これはすごい!革命だ!』と言わせることで、確かな実績と、最高の口コミを作るんだ。他の商人たちが『うちにも売ってくれ』と押し寄せてきても、最初は絶対に売らない」


 第二段階:教育による需要創出(領内全域への普及)

「次に、商業ギルドには領内だけの販売を許可とする。それと同時に、全ての村や町に、使い方を教えるための『そろばん塾』みたいなものを開く。大人はもちろん、領内のアカデミア・サリトスで、子供たちにも教えられるような仕組みを作る。そうすれば、次の世代では、そろばんが使えて当たり前になる。使えない大人は、子供に笑われるようになるのさ」


 第三段階:ブランド化と国外展開(他領への高額販売)

「領内でそろばんが完全に普及したら、いよいよ外に売る。まずは、南のポルトス侯爵領と独占販売契約を結んで、他の領地へは『グレイスフィールド侯爵家が生んだ、奇跡の計算機』っていうブランド品として、高値で売りつけるんだ。そうすれば、安売り競争に巻き込まれることもない」


 そして、彼は壮大な野望で締めくくった。

「いずれは、ロドエル魔導学院の算学の授業で、必須科目にさせてやるんだ!」

「(まあ、まあ…9歳の子が考えることかしら…)」

 エレナは、息子の意外すぎる商才に、驚きと感心を隠せない。

「ふふ、素晴らしいわ、ユリウス。あなたのその才能には、父様もきっと驚くでしょうね」

「(そろばん塾…!和江おばあちゃんも、近所の子供たちに教えていたな…!素晴らしいアイデアです、兄様!)」

 レオンもまた、おばあちゃん的視点で、兄の計画を素直に絶賛した。


 エレナは、満足げに頷くと、ユリウスに新たな課題を与えた。

「では、ユリウス。その素晴らしい計画を、きちんと書類にまとめてみなさい。誰が読んでも分かるように、目的、方法、必要な予算、そして期待される効果を、具体的に書くのよ。それも、あなたにとって良い勉強になりますから」

「任せて!」

 ユリウスは、得意げに胸を叩いた。

「レオンも、ユリウスを手伝ってあげてちょうだい。あなたの『定位点』のような、使う人のことを考えた優しいアイデアが、この事業を成功させるためには、きっともっと必要になるわ」

「はい、母様!」


 ◇


 その日の午後。ユリウスの部屋では、兄弟が二人、頭を突き合わせて一枚の大きな羊皮紙に向かっていた。

「…で、初期投資として、職人への発注費用と、塾の講師の人件費がこれくらいで…」

 ユリウスが、子供らしい、しかし情熱的な言葉で、壮大なビジネスプランを書き連ねていく。


 その横から、レオンがそっと口を挟んだ。

「兄様、そろばんの珠の材質は、滑りが良くて、指に優しいカエデの木が良いと思います。あと、子供たちが使うなら、角を丸くして、怪我をしないように安全に配慮しないと…」

「ああ、それから、持ち運びしやすいように、専用の布のケースも作りましょう。そこに、グレイスフィールド家の紋章を刺繍するのです。きっと素敵ですよ」

 次々と飛び出す、おばあちゃん由来の、細やかで、実用的で、そして商売上手な知恵。


 天才的な商才を持つ兄と、膨大な生活の知恵を持つ弟。

 二人の才能が融合し、グレイスフィールド家に、ひいては王国に、新たな革命をもたらすであろう『そろばん事業計画書』が、今、静かに産声を上げた。


 その完璧すぎる計画書が、後日、父マルクの胃に、領地の未来への安堵と、「我が息子たちは一体何者なのだ」という新たな悩みの両方をもたらすことを、まだ誰も知らない。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます♩

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