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天使様、収穫の女神になる

読んでいただきありがとうございます!火・金・日更新予定になります♩

 初めての精霊祭は、レオンの五感を刺激する、驚きと発見の連続だった。

 美味しい屋台料理に舌鼓を打ち、ゲームでは兄ユリウスのチート級の才能に感嘆し、そして、自らが持ち込んだ『ラジオ体操』が、謎の競技会へと魔改造されている事実を目の当たりにした。


 景品の山を抱え、祭りの喧騒の中で、まだまだ遊びたいワクワクが止められないレオン。

 と、その時、

「…ひっく…うえーん…おかあさーん…」

 広場の喧騒から少し離れた、噴水の陰から、か細い泣き声が聞こえてきた。

 見ると、自分より少しだけ小さい、栗色の髪の女の子が、一人でしくしくと泣いている。迷子だった。

 その瞬間、レオンの頭の中に、母から教わった言葉が響いた。

『ノブレス・オブリージュ』

 そして、和江おばあちゃんの口癖も。

(困っている人がいたら、見て見ぬふりをするんじゃないよ)

(そうだ…!これこそ、僕が実践すべき『陰の人助け』!『カッコいい男』への第一歩だ!)


 レオンは、すっかり張り切って、泣いている女の子の前にそっとしゃがみこんだ。今の自分が、フリフリのワンピースを着た、どう見ても女の子な姿であることは、完全に失念していた。

「どうしたの?迷子になっちゃったの?」

 天使のような微笑みで、優しく声をかける。女の子は、びっくりして顔を上げたが、目の前にいるあまりにも美しい少女レオンの姿に、少しだけ泣き止んだ。

「…うん…おかあさんと、はぐれちゃったの…」

「そう、大変だったね。よし、一緒にお兄ちゃんが探してあげるよ!」

(…お兄ちゃん?)

 どう見ても、お姉ちゃんな少女に困惑する迷子少女。でもとりあえず、お母さんを見つけてくれるというなら悪い人ではないのだろうと、コクンと頷く。


 異変に気づいたユリウスとロイが、駆け寄ってきた。

「レオン?どうした?」

「この子迷子になっちゃったようです。お母様とはぐれてしまったみたいで。」

「これだけの人がいる中で迷子なんて…母親探すのは難しいぞ…」

「精霊祭の運営事務局が、中央の広場にあるはずですよ。迷子はそこに親は探しに来るはずです。事務局に連れて行ってみては?」

 ロイの提案に従い、レオンは、小さな女の子の手をしっかりと握ると、広場の隅に設置された、一番大きなテントへと向かった。


 ◇


「あの、すみません!迷子の子が…!」

 レオンが、テントの入り口で忙しそうに走り回っている、恰幅のいい女性係員に声をかけた。

 係員は、エントリーリストらしき羊皮紙を片手に、完全にパニック状態だった。

「ああもう、リオンちゃんていう子がまだ来てないわ!どうしましょう!もうすぐ審査が始まるっていうのに!」

 そこへ、絶妙すぎるタイミングで、絶世の美幼女レオンが、小さな女の子(迷子)の手を引いて現れた。


 係員の目は、レオンの姿に釘付けになった。

「―――いたわ!あなたリオンちゃんよね?そうよね?」

「え?いや、僕…」

「もう、時間ないのよ!心配したのよ!…あら、お友達も一緒?ごめんなさいね、参加者以外は舞台裏には入れないの!さあ、あなたはこちらへ!急いで!もう10歳までの部の審査が始まるわよ!」

「お待ちください!その方はレ…!」

 とロイが言いかけるが、係員の「関係者以外は立ち入り禁止です!」という勢いに押し切られ、すごい勢いで、引き離される、ユリウスたちとレオン。


「あ、あの、違います!僕は、迷子の子を…!」

 レオンが必死に弁解しようとするが、パニック状態の係員の耳には、全く届いていなかった。

「はいはい、言い訳は後でたーっぷり聞くから!」

 係員は、有無を言わさずレオンの腕を掴むと、テントの奥、きらびやかな衣装を着た少女たちがひしめく、舞台裏へとぐいぐい引っ張っていった。


 置き去りにされた迷子の女の子は、ユリウスとロイの説明で、別の親切な係員に無事保護され、すぐに母親と再会できたのだが、そんなことをレオンは知る由もない。


 ◇


「な、なんなんだ、ここは…!?」

 レオンは、完全にパニックに陥っていた。

 舞台裏は、甘い香水の匂いと、少女たちの熱気、そして母親たちの怒号にも似た激励の声で満ちている。

「さあ、あなたのエントリーナンバーは7番よ!これを胸に貼って!頑張ってらっしゃい!」

 係員は、有無を言わさずレオンの胸に番号札を貼り付けると、彼をステージへと続く階段へと、ぽん、と押し出した。


 眩い照明、割れんばかりの拍手、そして、何百という観客の視線。

 ステージに押し出されたレオンは、何が何だか分からないまま、ただ呆然と立ち尽くすしかなかった。

 ステージの上には、『収穫の女神コンテスト・10歳までの部』という、華やかな看板が掲げられている。

(しゅうかくの、めがみ…?コンテスト…?)

 ようやく、自分がとんでもない勘違いの渦中にいることを理解した。


 しかし、その彼の「何もせず、ただそこにいるだけ」の姿が、審査員と観客の心を、鷲掴みにしていた。

「なんと…なんと、儚げで美しい子だ…」

「あの子は一体どこの子だ…?見たこともない顔だが…」

「まるで、豊穣の精霊が、我らのために舞い降りたかのようだ…!」

 他の参加者の少女たちが、愛らしい歌や、練習を重ねたであろう踊りを次々と披露していく。


 その様子を見ていたレオンは、段々と状況を把握していく。これは…「()()()のコンテスト」なのでは!!


「次は、エントリーナンバー7番、リオンちゃん!」

(なんかやらないと!いや、男の子だって言わなきゃ!でもお忍び中だし!どうしよう!どうしよう!)

 レオンはパニックって頭が真っ白だ。おずおずと舞台の中央に行くだけで精一杯。

 何かやれと言われても、何もできない。しかし、大勢の観客の目に晒される中、このまま突っ立っているだけでは、ただの変な子だ。

 何もできないでは貴族のプライドが、カッコいい男のプライドが許さない!


(何か…何か貴族として、優雅で、皆を魅了するような何かを…!)

 窮地に立たされたレオンが、咄嗟に思い出したのは、マナー教育の授業でカサンドラ先生から聞いた、淑女の最も美しいお辞儀『カーテシー』だった。

 彼は、ワンピースのスカートの裾を、両手でそっとつまみ上げた。そして、こてん、と可愛らしく首を傾げ、観客席に向かって、完璧なカーテシーと共に、天使の微笑みを「ニコリ」と見せた。


「「「うぉぉぉぉぉーーーー!!」」」


 その瞬間、まるで本物の女神が降臨したかのような、熱狂とどよめきが、広場全体を揺るがした。老若男女、全ての観客のハートが、その一撃で完全に撃ち抜かれてしまったのだ。


 そして、運命の結果発表。

「栄えある、今年の『収穫の女神』は…エントリーナンバー7番、リオンちゃんに決定です!」

 司会者の高らかな声と共に、会場は割れんばかりの拍手に包まれた。

 レオンは、意図せぬ結果に、スポットライトを浴びて、再び固まっていた。

「おめでとう、リオンちゃん!今の気持ちを一言!」

 司会者にマイク(のような魔道具)を向けられ、レオンは完全に思考が停止した。

(男の子だって、言いたい…!でも、お忍び中だ…!ここで騒ぎを起こしたら、父様との約束を破ることになる…!)


 葛藤の末、彼が絞り出したのは、引きつった笑顔と、か細い声だった。

「…な、名前は…レ、リ、リオン、です…。あ、ありがとうございます…嬉しい、です…」

 レオンは空気が読める子であった。

 その、はにかむような姿が、観客の「可愛いー!」という大歓声を、さらに煽る結果となった。


 コンテストが終わり、優勝賞品の小麦粉一年分と、巨大なカボチャ、そして収穫の女神のティアラ(もちろん辞退した)を押し付けられたレオンは、ようやく解放され、ほうほうの体でユリウスたちの元へと戻ってきた。

「あはははは!見たか、ロイ!うちの弟が、今年の女神様だぞ!最高じゃないか!」

 ユリウスは、一部始終を見ていて、涙を流して爆笑している。

「(やはり、こうなったか…!俺の護衛計画が、甘すぎた…!)」

 ロイは、別の意味で、深く、深く落ち込んでいた。

 レオンは、もらった巨大なカボチャを(ユリウスに)抱えさせながら、無言で帰路についた。

(『カッコいい男計画』は、一体どこへ…?)


 彼の心には、精霊祭の楽しかった思い出と、それと同じくらいの、深い、深い疲労感を胸に城へ帰るのであった。


 ◇


『収穫の女神コンテスト』の観客席の一角。

 領内のヴァインベルク伯爵家の跡取り息子、マグナス・フォン・ヴァインベルク(7歳)。

 父に連れられて、領都の精霊祭にお忍びで訪れていた。自身の伯爵領とは比べものにならないくらいの賑わいに興奮しきりである。


 最も賑わいを見せる中央舞台の観客席を陣取って、「何が始まるのか」とワクワクしていたが、始まって見れば、ただの美少女コンテストである。退屈に感じながらも、大勢の観客に身動きが取れず、この場を離れることも叶わず、仕方なさそうに舞台を眺めていた。


 しかし、ステージに現れた「リオン」と名乗る少女の姿を見た瞬間、彼の世界に、雷が落ちた。

(な…なんだ、あの子は…!?まるで、物語に出てくるエルフの姫君のようだ…!か、可憐だ…!これは…運命の出会い…)

 マグナスのハートをズッキュンと撃ち抜いてしまったリオン(レオン)の笑顔。

 彼は、一人で勝手に運命を感じ、その場で固く、固く、拳を握りしめる。


 マグナス・フォン・ヴァインベルク(7歳)の初恋が、今、静かに(そして盛大に勘違いしたまま)始まったのであった。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます♩

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