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完璧王子、弟センサーを極めて旅立つ

読んでいただきありがとうございます!火・金・日更新予定になります♩

 楽しかった夏休みは、あっという間に過ぎていく。


 生命力に満ち溢れていたソリュス月は終わりを告げ、今はアンブラ月も半分が過ぎようとしていた。日差しは未だ強いものの、朝晩の風には、どこか秋の気配が混じり始めている。

 それは、グレイスフィールド家の弟たちにとって、しばしの別れの季節が近づいていることを意味していた。


 長兄アデルが、王都のロドエル魔導学院へ戻る日が、やってきたのだ。

 屋敷の玄関前には、王都へと向かうための壮麗な馬車が準備されている。それを自室の窓から眺めながら、レオンは、この二ヶ月間の、夢のように楽しかった日々に想いを馳せていた。


 兄が帰ってきてからの毎日は、本当に輝いていた。

 聖域での大事件の後も、レオンの森への探求心は尽きることがなかった。アデルという最強の護衛を得たことで、レオンはユリウスとモリィを伴い、何度も森の探検に出かけた。

 アデルは、小さな魔ウサギが飛び出してきただけで「レオン、危険だ!私の後ろへ!」と過保護っぷりを発揮し、ユリウスに「兄さん、あれはただの魔ウサギだよ」と呆れられていたが、レオンの目には、そんな兄の姿が誰よりも頼もしく映っていた。


 座学の時間には、家庭教師のアルマン先生だけでなく、アデルも特別講師として参加してくれた。

「さすがレオンだ。この古代魔法語の文法構造に疑問を持つとは。王都の生徒でも、まだそこまで深く理解している者は少ないぞ」

 アデルは、学院の次席らしい、非常に分かりやすい解説をしてくれるのだが、その言葉の端々には、どうしても弟への賛辞が漏れ出てしまうのだった。


 剣術の稽古では、レオンが例の「鍬のような剣技」を披露すると、アデルの「ブラコンフィルター」が全開になった。

「なんと…!レオン、君の剣は、力で相手をねじ伏せるのではなく、大地に根差した、民を守るための慈愛に満ちた剣筋だ!素晴らしい!これぞ、守護者の剣!」

 騎士団長のゴードンとは、また違う方向性からの絶賛に、レオンは困惑するしかなかった。


 時には、アデルが自慢の火属性魔法を見せてくれることもあった。ただの火球ではない。彼の繊細な魔力制御によって生み出された炎は、美しい不死鳥の形となり、夕暮れの空を優雅に舞う。その光景に、レオンもユリウスも、素直に「すごい!」と目を輝かせたものだった。


 温室へ行けば、ドライアドやピクシーたちがアデルの帰還を喜び、兄弟三人で精霊たちと語り合う、穏やかな時間もあった。


 毎日が、楽しくて、発見に満ちていて、仕方なかった。

 その、特別な夏が、今日で終わる。


 ◇


 やがて、出発の時間がやってきた。


 家族全員が、馬車の前でアデルを見送る。

「アデル、体に気をつけるんだぞ。無理はするな」

 父マルクが、ぶっきらぼうに、しかし愛情のこもった言葉をかける。

「はい、これを。王都の乾燥はお肌に悪いですからね。母さん特製の保湿クリームよ」

 母エレナが、小さな小瓶を手渡す。

 ユリウスは、「せいぜい、退屈な授業を頑張ることだね」と、彼らしい捻くれた激励を送った。


 そして、レオンの番だった。

 寂しさをこらえ、目にいっぱいの涙を溜めて、彼は兄を見上げた。

「アデル兄様…お元気で…また、すぐに、帰ってきてくださいね…」

 きっと、この言葉を聞けば、情に厚いブラコンの兄は、「レオンー!」と叫んで自分に抱きつき、号泣するに違いない。レオンは、いや、みんながそう予想していた。


 しかし。

 アデルの反応は、レオン達の予想とは全く違うものだった。


 彼は、涙ぐむ弟の頭を、優しく、そして落ち着き払った様子で、ポンポンと撫でた。

「何を泣いているんだ、レオン。寂しくなる必要など、全くない」

 その表情は、悲しみのかけらもなく、むしろ、全てを理解したかのような、自信に満ちた穏やかな微笑みだった。

「私たちは、たとえ離れていても、いつでも繋がっているのだから」

 アデルは、そう言うと、最後に一言、こう付け加えた。

「それに、またすぐに会えるさ」

 その言葉には、何の根拠もないはずなのに、絶対的な確信がこもっていた。


 レオンもユリウスも、そんな兄の、まるで悟りを開いたかのような態度に、

(え、なんかキャラ変わった…?)

と、ただただポカンとするしかなかった。


 アデルは、家族に優雅に一礼すると、颯爽と馬車に乗り込んでいく。そして、窓から涼しい顔で手を振りながら、王都へと旅立っていった。


 ◇


 レオンもユリウスも、そして両親さえも、知る由もなかったが、アデルが少しも寂しがらないのには、明確な理由があったのだ。


 彼のユニークスキルとも言うべき『弟センサー』が、この夏の間に、レオンの急成長する魔力に触発されたのか、ついにMAXレベルへと到達していたのである。

 もはや、物理的な距離など、彼の弟愛の前では何の意味もなさなかった。

 王都の学院にいながらにして、領地にいる弟たちの体調、気分、魔力の揺らぎ、さらには、レオンがくしゃみを一つしたことまで、手に取るように、リアルタイムで感じることができるのだ。


 彼にとって、今日の別れは、別れではなかった。

 ただ、視聴方法が、目の前で繰り広げられる『生放送』から、脳内に直接響く『超高感度ステレオラジオ』に変わるだけのことだったのである。


 レオンは、遠ざかっていく馬車を見送りながら、胸の中にぽっかりと空いた穴を感じていた。

(なんだろう…アデル兄様、少しだけ、遠くへ行ってしまったみたいだ…)

 兄の成長が、少しだけ寂しい。


 そんな弟のセンチメンタルな感傷を、数百メートル先の馬車の中で、アデルは即座に受信していた。

(…む!いかん!今、レオンの心が、ほんの少しだけ曇った気配が…!やはり、私のあの態度では、弟を不安にさせてしまったか!すぐに手紙を書かねば!『愛するレオンへ。離れていても、兄の心は常に君と共にある…』と!)

 馬車の中で、一人、緊急事態のように慌てふためき、羊皮紙とペンを取り出すアデル。


 その様子を、向かいの席に座る侍従が、

(またいつもの発作が始まった…)

と、遠い目で見つめていた。


 楽しかった夏が終わり、グレイスフィールド領には、穏やかな、しかし少しだけ静かな日常が戻ってくるり、レオンの「カッコいい男計画」も、新たな季節と共に、次のステージへと進んでいくのだった。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます♩

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