天使様、愛と奇跡のマフラーを編む
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夏の長期休暇が始まり、長兄アデルが王都から帰還したことで、グレイスフィールド家の屋敷は、賑やかで、そしてどこか騒がしい日々が続いていた。
完璧王子でありながら重度のブラコンであるアデルと、天才肌でいたずら好きのユリウス、そして、天使の顔をして時折おばあちゃんが顔を出すレオン。個性豊かな三兄弟が揃えば、何もない一日など、あるはずもなかった。
季節はソリュス月。夏の盛り。
この月は、グレイスフィールド家にとって、お祝い事が続く月でもあった。
先月、ベルダ月に12歳の誕生日を迎えたアデル。そして、間もなく9歳の誕生日を迎えるユリウス。二人が領地に揃うこの時期に、家族だけでささやかな合同誕生日会を開くのが、グレイスフィールド家の慣わしとなっていた。
屋敷中がお祝いムードに包まれる中、レオンだけが、一人、深刻な悩みを抱えていた。
(どうしよう…兄様たちへの、誕生日プレゼントがない…!)
彼はまだ6歳で、お小遣いという制度もまだない。もちろん、父や母に言えば、立派な贈り物を買うお金くらいはもらえるだろう。しかし、それでは意味がなかった。
(心を込めて、僕自身が何かを贈りたいんだ…!)
その時、彼の脳裏に、和江おばあちゃんの記憶がふわりと蘇った。それは、冬の寒い日に、こたつに入りながら、楽しそうに毛糸のセーターを編んでいた、和江おばあちゃんの姿。
(そうだ、手作りのプレゼントなら、きっと喜んでもらえるはずだ!)
そうと決まれば、行動は早い。
しかし、彼の手元には編み物道具など一つもない。そこで、レオンは厨房へと向かった。
「クロノさん!お願いがあります!」
「おや、レオン様。いかがなさいましたか?」
「この、『菜箸』を、少しだけお借りしてもよろしいでしょうか?」
レオンが指さしたのは、先日、彼のおかげで爆誕した調理器具、『菜箸』だった。長くて、丈夫で、先端が細い。これは、編み棒の代わりにぴったりだと、彼は閃いたのだ。
「は、はあ。構いませんが、一体何に…?」
「秘密です!」
料理長の戸惑いをよそに、レオンは菜箸を二本、意気揚々と借り受けると、次なる目的地、侍女長の元へと向かった。
「カサンドラさん。余っている毛糸があったら、少しだけ分けていただけませんか?」
侍女長カサンドラは、レオンの申し出に、目を細めた。
「まあ、レオン様は手芸にもご興味がおありでしたの?素晴らしいですわ。ええ、もちろん、お好きなだけお持ちなさい」
彼女は、最高級の、肌触りの良い羊毛の毛糸を、にこにことレオンに手渡した。
こうして、二本の菜箸と、最高級の毛糸を手に入れたレオンは、自室にこもり、初めての編み物に取り掛かった。
彼の傍らでは、聖域からついてきた使い魔のモリィが、気持ちよさそうに丸くなって寝息を立てている。
レオンは、和江おばあちゃんの記憶を頼りに、慣れない手つきで、菜箸に毛糸を絡ませていく。
(ええと、最初はこうして、指に糸をかけて…難しいな…)
最初は苦戦したものの、一度コツを掴むと、彼の指は滑らかに動き始めた。茶道で培った集中力と、手先の器用さが、ここでも発揮される。
レオンが編み物に没頭すると、彼の体から、無意識のうちに純粋な魔力が、オーラのようにふわりと溢れ出した。その魔力は、彼の手の中にある毛糸へと、静かに、そしてゆっくりと染み込んでいく。
さらに、奇跡は重なった。
レオンの傍らで眠っていたモリィの、雪のように真っ白な毛が、数本、ふわふわと抜け落ち、宙を舞ったのだ。そして、それは編みかけのマフラーの上に、そっと降り積もっていく。
レオンは、編むことに夢中で、その小さな奇跡には全く気づいていなかった。
それは、偶然が生んだ、神の御業にも等しい産物だった。
世界樹の眷属であるモリィの神聖な毛は、それ自体が最高級の魔法素材。そして、世界樹の主となったレオンの純粋な魔力は、その素材の力を最大限に引き出す、最高の触媒。
二つの力が、弟の兄を想う純粋な心という名の織機によって編み上げられた時、ただの毛糸は、国宝級の魔力を帯びた、とんでもない魔法防具へと、静かに、しかし確実に変貌を遂げていたのだ。
◇
そして、誕生日会の夜。
食卓には、家族の好物が並び、料理長特製の豪華なケーキが輝いている。
「アデル、12歳、ユリウス、9歳、おめでとう」
父マルクの言葉を合図に、ささやかで、温かいパーティーが始まった。
父と母からは、それぞれの名前の入った懐中時計とガラスペンが渡された。
「父上、母上、ありがとうございます。大切にいたします。」
「ありがとうございます。割らないように気をつけます。」
アデルも、ユリウスも、照れくさそうに両親へ感謝の言葉を伝える。
使用人たちからも、心のこもった(そして、少しとぼけた)プレゼントが贈られる。
騎士団長ゴードンからは、英雄ライナスが若き日に愛用したという、曰く付きの古い砥石。
メイドのルチアからは、一生懸命刺繍したが、少しだけ歪んでしまったハンカチ。
ユリウスは「いらねー」と顔をしかめ、アデルは「皆の忠誠心、素晴らしいな!」と一人で感動している。
そして、ついに、レオンの出番がやってきた。
彼は、少し恥ずかしそうに、丁寧に包んだ二つの贈り物をおずおずと差し出した。
「アデル兄様、ユリウス兄様、お誕生日おめでとうございます。あの、僕からのプレゼントです」
「レオンからのプレゼントだと!?」
アデルは、まるで聖杯でも授かったかのように、その包みを恭しく受け取った。
「なんと…!これ以上の喜びはない…!」
興奮気味に包みを開けると、中から出てきたのは、夏の日差しにはあまりにも不似合いな、分厚くて、温かそうな、手編みのマフラーだった。
談話室に、一瞬だけ、微妙な沈黙が流れる。
しかし、その沈黙を破ったのは、アデルの感動に打ち震える声だった。
「おお…!おおお…!なんと、素晴らしい贈り物なのだ!」
「え?」
「夏に、あえて冬のマフラーを贈るとは…!これはきっと、『来るべき試練の冬に備え、常に心と体を温かく保て』という、レオンからの、私とユリウスへの、深遠なるメッセージに違いない!そして、この編み目の不揃いさ…!一つ一つに、弟の血と汗と涙が滲んでいるようで…ああ、なんと愛おしいのだ!」
アデルは、本気で涙ぐんでいた。彼の「ブラコンフィルター」は、季節感の欠如すらも、高尚な哲学へと変換してしまうのだ。
(…まあ、俺のために一生懸命編んでくれたんだしな)
ユリウスも、呆れつつも、どこか照れくさそうに、そのマフラーを受け取った。
その時、今まで大人しくしていたモリィが、口にくわえていた何かを、アデルとユリウスの足元に、ことり、と置いた。
それは、見事な形を保った、茶色く乾いた、セミリ(蝉に似た魔虫)の抜け殻だった。
『これ、僕の宝物!あげる!』
モリィは、得意げに尻尾を振っている。
その、あまりにもシュールなプレゼントを見て、レオンがぽつりと呟いた。
「セミリの抜け殻…。セミリと言えば長い間地中で努力して、やっと地上にでられたら7日しか生きられない…」
家族全員が、ただのセミリの抜け殻に、深淵をみているようなレオンを、何とも言えない表情で、見るのであった。
グレイスフィールド家の誕生日は、今年もまた、たくさんの愛情と、たくさんの「どうしてこうなった?」に満ちていた。
アデルが、夏の暑さも忘れて、早速その奇跡のマフラーを首に巻き、「(なんと温かいのだ…!まるで、レオンの愛に包まれているようだ…!)」と、さらに感涙し、汗疹を作っていたことを、今はまだ、誰も知らない。
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