天使様、謎の使い魔の生態を知る
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聖域から帰還してきた一行を、執務室の窓から見つけたマルクは唖然とする。
侯爵家の三男、レオンが、雪のように真っ白で巨大な犬に乗って、意気揚々と帰ってきたからだ。
「みんな!ただいま戻りました!」
「モリィ!もっと速く!」
『はいよー!』
使用人たちは、その神々しくも異様な光景に、ただただ目を丸くするばかり。
そして、その光景を見て、父マルクは、静かにこめかみを押さえるばかり…
(…また、何か、面倒なものを連れて帰ってきた…!)
彼の胃が、キリキリと抗議の声を上げる。
その日の夕食の席は、さながら事情聴取の場となった。
マルクは、厳粛な面持ちで、聖域で起こった出来事の全容を、改めて家族一人一人から聞き出した。
「―――つまり、だ」
マルクは、錯綜する情報を必死で整理した。
「お前たちは、森の奥で伝説の世界樹を発見し、そこに仕掛けられていた禁術級の魔道具の暴走に巻き込まれ、エレナとユリウスは魔力切れで倒れ、レオンは全魔力を放出して意識を失いかけ、アデルは正体不明の声と口論した、と…。そういうことか?」
「はい!ですが、私の天使レオンの自己犠牲の精神が、世界樹を救ったのです!まさしく英雄的行為でした!」
アデルが、誇らしげに胸を張る。
「まあ、結果的に面白かったから、オールオッケーじゃない?」
ユリウスが、呑気に言う。
「ええ、あなた。それに、世界樹が完全に再生したことで、領内の魔素が安定し、薬草の生育も良くなるはずですわ。結果だけ見れば、素晴らしいことよ」
エレナが、どこまでもポジティブに締めくくる。
マルクは、頭を抱えたくなった。家族全員が、九死に一生を得るような危険な目に遭っていたというのに、この温度差は一体何なのだ。彼の胃痛は、もはや限界に達していた。
「…それで」
マルクは、最後の、そして最大の問題に視線を移す。テーブルの下で、レオンからこっそりアメちゃんをもらい、幸せそうに尻尾を振っている、あの巨大な白い魔犬に。
「その、得体の知れない魔獣は、一体何なんだ。本当に安全なのか?いきなり人に噛みついたりしないだろうな?」
「大丈夫ですよ、父様!モリィは、世界樹様の使い魔で、僕のお友達です!」
レオンがにっこり笑うと、モリィも『レオン様のおとうちゃま、よろしくねー』と軽く挨拶をしてきた。
「…明日、全員、訓練場に集合だ。そのモリィとやらが、どれほどのものか、この目で確かめる」
マルクの鶴の一声で、翌日、急遽、モリィの実力検証会が開催されることになった。
◇
翌日の訓練場。
家族全員、何なら城内全員が見守る中、モリィは大きなあくびを一つして、『えー、めんどくさいなー』と呟いた。
「では、まずはお手並み拝見といきましょうか。モリィちゃん、何か魔法は使えるのかしら?」
エレナが、研究者の目で尋ねる。
『んー。じゃあ、ちょっとだけ』
モリィは、気のない返事をすると、その場に寝そべったまま、前足をちょいと振った。
すると、彼の足元から、小さな火の玉がぽん、と生まれ、次に水の玉がぷかぷかと浮かび、風の刃がひゅんと空を切り、土の塊がもこりと盛り上がった。
「「「「なっ…!?」」」」
アデルとユリウスが、絶句した。
「無詠唱で、四属性の初級魔法を同時に…!?」
『光と闇もいるー?』
モリィが、再び前足を振ると、キラキラした光の粒と、濃密な闇の塊が、彼の周りを衛星のように回り始める。
その光景に、もはや誰も言葉を発せなかった。
「モリィ!小さくなれる?」
レオンが声をかけると、モリィは『こんくらい?』と言いながら、巨大な体をきゅるきゅると縮ませ、あっという間に愛らしい子犬サイズになった。その姿に、見学に来ていたメイドたちが「きゃー!」と黄色い歓声を上げる。
「では、最大ではどこまで大きくなれるのだ!」
アデルが、興奮気味に尋ねる。
『んー、お腹すくからやだー…』
「モリィ、アメちゃんあげるから頑張って!」
レオンが、モリィにアメをちらつかせる。
精霊体なので、ご飯は食べなくても問題ない。魔素が食事だが、甘いものが大好きだった。
いわゆる、モリィの嗜好品である。
『やる!いくよー!』
今度はむくむくとその体を巨大化させていく。屋敷の塔に届くほどに巨大化したその姿は、もはや犬というより、伝説の聖獣のようだった。その威圧感に、歴戦の騎士たちがゴクリと息をのむ。
「…手合わせ、願おう!」
アデルが、炎をまとわせた剣を抜き、巨大化したモリィに斬りかかった。
しかし、モリィは山のような巨体のまま、まるでじゃれつくように、巨大な前足の肉球で、アデルの炎の剣を「ぽすん」と優しく弾き返した。
『本気出すとお腹すくから、もうおしまい!』
そう言うと、モリィは元の大きさに戻り、レオンの足元に寝そべって、再び大きなあくびをした。
(あの、アデル様の全力の剣を、まるで子供扱いだと…!?)
騎士団長のゴードンが、呆然と呟く。
マルクは、その底知れない実力を見て、ついに観念した。
(…これほどの存在が、レオンの側にいるというのなら…あるいは、下手に騎士を百人つけるよりも、よほど安全なのかもしれん…)
「…分かった。そのモリィとやらを、レオンの護衛とすることを、認めよう。ただし!絶対に、室内では大きくならんように、きつく言いつけておけ!」
父親としての、最後の、そしてささやかな抵抗だった。
◇
その夜。侯爵夫妻の寝室。
マルクは、今日の出来事を振り返り、疲労と安堵が入り混じった、深いため息をついていた。
そこへ、エレナが、静かな、しかし緊迫した面持ちで声をかけた。
「あなた。少し、お見せしたいものがありますの」
彼女がテーブルの上に広げたのは、布に包まれた、黒い金属の破片だった。聖域で爆発した、『魔力喰らいの祭器』の残骸だ。エレナが、研究資料として、密かに回収していたのだ。
「聖域から戻ってから、ずっと調べていたのです。そして、見つけましたわ」
彼女が、いくつかの破片を繋ぎ合わせると、その内側に、微かに刻まれた紋章が姿を現した。
それは、一本の塔に、三つの星が寄り添う図案。
「馬鹿な…!」
マルクは、その紋章を見て、目を見開いた。
「これは、ヘイムダール侯爵家の紋章…!」
人里離れた山岳地帯に、巨大な魔導塔をいくつも構える、魔導の探求地。
そして、そこを治めるのは、魔導の研究に人生を捧げた、偏屈で老齢の大魔導師、ラズヴェリ・フォン・ヘイムダール侯爵。倫理観よりも探究心を優先し、国が禁術に指定しているような危険な魔法の研究も、秘密裏に行っていると噂される、危険な一族。
「ラズヴェリ卿が、なぜこんなことを…?世界樹の魔力を奪い、一体何をするつもりだったのだ…?」
「分かりません。ですが、あの人のこと…純粋な『探究心』から、世界樹の膨大な魔力を観測、あるいは自らの研究に利用しようとしたのかもしれませんわ」
「探究心で、他領を滅ぼしかけていいはずがない!すぐに王都に報告を…!」
マルクがそう言いかけた時、エレナが静かにそれを制した。
「お待ちになって、あなた。証拠は、この破片だけ。ラズヴェリ卿は、きっと『魔道具の管理不行き届きで、盗まれたものだ』とでも言って、とぼけるでしょう。下手に騒げば、我が領地に世界樹という『戦略資源』があることを、他領に公言するようなものですわ。特に、ヴァリウス公爵のような輩が、黙って見過ごすはずがありません」
「では、どうしろと…」
「今は、待ちましょう。相手の目的が分からない以上、動くのは得策ではありません。この件は、私とあなたの胸の内だけに」
エレナの冷静な判断に、マルクも頷くしかなかった。
レオンが連れてきた、底知れない力を持つ使い魔。
そして、その裏で明らかになった、有力貴族による、領地への明確な敵意。
グレイスフィールド家は、思いがけず手に入れた強大な守護者と、同時に、静かで、しかし確実な脅威の影を、同時に抱え込むことになった。
マルクの胃痛が、快方に向かう日は、まだ遠いようだった。
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