天使様、聖域の異変と脅威の影に触れる
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結界の外では、護衛の騎士ロイが、自分の不純さに打ちひしがれ、体育座りで地面に円を描いていた。
「ロイさん、元気を出してください。はい、サンドイッチです」
レオンが、バスケットから取り出した一番大きなサンドイッチを差し出すと、ロイは涙ぐみながらそれを受け取った。
「レオン様…!この穢れた私めに、なんと慈悲深い…!」
「そうだぞ、ロイ!君の忠誠心は本物だ!あの結界はきっと、強すぎる戦士の闘気を『穢れ』と誤認する、欠陥品なのだ!」
アデルが、相変わらずの少しズレた励ましを送る。
「まあ、純粋じゃないのは事実なんじゃない?大人ってそういうものでしょ」
ユリウスが、木の上から面白そうに言い放った。
皆の不器用な優しさに、ロイの心は少しだけ浮上した。
和やかな雰囲気の中、一行はそれぞれ持参した昼食を広げ、先ほどの聖域について語り合う。
「しかし、あの世界樹は…伝説とは程遠かったな…」
アデルが、残念そうに言う。
「そうねぇ。水も濁っていたし、魔魚たちも可哀想だったわ」
エレナの言葉に、レオンもこくりと頷いた。
「でも!あれは素晴らしい研究対象よ!弱っている原因を特定できれば、古代の生態系と魔力循環の謎を解き明かす、歴史的な発見になるかもしれないわ!」
一人だけ、目を輝かせてサンドイッチを頬張る母の姿に、息子たちは(母様はぶれないな…)と、ある種の尊敬の念を抱くのだった。
「なんかさ、世界樹に近づくほど、がっかりな感じが増してなかったか?」
ユリウスの鋭い指摘に、レオンも頷く。
「あ、ユリ兄様、わかります。がっかりというか、寂しい感じがしました」
「そうすると、世界樹自身に何かがあって、その影響を周りが受けているということかな?」
アデルの考察に、エレナが感心したように言った。
「まあ、アデル!なかなか良い考察じゃない。そうすると、世界樹から調べていくのが良いかしら」
和気あいあいとした食事が、終わりかけた、その時だった。
『きゃああああああっ!!』
結界の向こう側、聖域の中から、甲高く、そして明らかに恐怖に満ちた悲鳴が響き渡ったのだ。それは、先導役だった中級精霊、ルナの声だった。
「!?」
一瞬にして、その場の空気が凍り付く。
「何かあったな!」
アデルが、誰よりも早く立ち上がり、剣の柄に手をかける。
「ルナさんの声です!行かなきゃ!」
レオンも、サンドイッチを放り出して立ち上がった。
一行は、大急ぎで聖域へと駆け寄る。
「くっ…!私はここまでです!皆様、ご武運を!」
ロイが、悔しそうに拳を握りしめる。
「任せろ!」
アデルを先頭に、エレナ、ユリウス、そしてレオンが、再び聖域の中へと飛び込んだ。
◇
聖域の光景は、一変していた。
先ほどまで感じられた澄んだ空気の代わりに、まるで魔力がごっそり抜け落ちて空っぽになったような、奇妙な『虚無感』が漂っていた。
『大変です!大樹様が…世界樹様が、死んでしまいます…!』
涙目で、銀色の月光兎ルナが一行に駆け寄ってきた。
彼女が指さす先を見て、誰もが息をのんだ。
風もないのに、ごうごうと音を立てて、世界樹がその身をわさわさと揺らしている。葉が、見る見るうちに生命力を失って黄色から茶色へと変色し、紙吹雪のようにパラパラと舞い落ちていく。
「窪地の水が…!」
ユリウスが叫ぶ。先ほどは膝のあたりまであったはずの水が、干上がった川底のように、足首ほどの深さにまで激減している。水面でぐったりと浮いていた魔魚たちは、今や完全に動かなくなっていた。
聖域そのものが、急速に死へと向かっている。
「これは、何者かによる外部からの干渉…!魔力が、異常な速度で、強制的に吸い出されているわ!」
エレナが、即座に原因を分析し、鋭い声を上げる。
「何者かの仕業か!許せん!」
アデルの体から、怒りの魔力が炎となって立ち上った。
「待って兄さん、むやみに動くな!犯人を探すより、まず原因を突き止めないと!」
ユリウスの冷静な声が、兄の暴走を制する。
「まずは、世界樹の周りを急いで調査してみましょう!」
エレナの言葉に、一行は世界樹が立つ中央の島へと、細い石の小道を急いだ。
島にたどりくと、その異様な光景はさらに顕著だった。世界樹の根が、まるで苦しみにのたうつ大蛇のように、不気味に蠢いている。
「手分けして探すわよ!」
エレナの指示で、各々が自分の得意分野で調査を始めた。
「樹皮が完全に乾燥しきっている…!内部から急速に生命力が奪われている証拠よ!」
エレナは樹皮のサンプルを採取し、魔力の流れを分析しようとする。
「外部からの侵入者の痕跡はない…!つまり、犯人はもうここにはいないか、あるいは…!」
アデルは剣を抜き、周囲に敵が潜んでいないか、魔力の残滓を探る。
そして、ユリウスは目を閉じ、風魔法で聖域全体の空気の流れ、魔素の淀みを探っていた。
「おかしいな…魔力の流れが、全部、あの大樹の中心に向かって吸い込まれていくようだ…まるで、巨大な渦巻きの中心みたいだ」
専門的な調査は、母や兄たちに任せるしかない。レオンは、何か自分にできることはないかと、小さな体で懸命に苦しむ世界樹に近づいた。
彼は、知識ではなく、その純粋な感覚で、異変を感じ取ろうとしていた。
(痛い…痛いって、言ってる…)
世界樹の悲鳴が、精霊たちの嘆きが、彼の心に直接響いてくるようだった。
(どこが一番痛いの…?)
彼は、苦しむ樹の根元を、泣きそうな顔で見回した。そして、気づいた。太い根と根が絡み合う、その影。不自然に土が盛り上がり、そこだけ草が生えていない場所に。
(こっちだ…こっちから、樹が『痛い』って言ってる声がする…!)
奇しくも、ユリウスが魔力の流れの中心だと分析した場所と、レオンが直感で感じ取った場所は、完全に一致していた。
「母様、兄様、ここです!」
レオンが指さす場所の土を、アデルが剣先で慎重に掘り返す。ユリウスが風魔法で土を払うと、その下に眠っていた異物が姿を現した。
現れたのは、光を吸い込むような、漆黒の箱だった。表面は黒曜石のようにも、未知の金属のようにも見える。その四面には、古代文字がびっしりと刻まれ、箱全体が、まるで心臓のように、どくん、どくん、と不気味に脈動していた。
そして、最もおぞましいのは、世界樹の根から、目に見える形で生命力そのものである魔力が、その黒い箱へと吸い込まれていく光景だった。
エレナは、その箱の文字をものすごい速さで読み解いていく。
そして、読み進めるにつれ、顔から血の気が引いていった。
「なんてこと…!こんなものが、なぜここに…!」
その声は、恐怖に震えていた。
「母様、これは一体…?」
「古代の禁術に使われたという、『魔力喰らいの祭器』よ!周囲の魔力を根こそぎ吸い取り、術者の力に変換して、別の場所へ転送するための、最悪の魔道具の一つ…!」
『魔力喰らいの祭器』。
この世界はどの生き物も、魔素を取り込んで生きている。魔核の大きさはそれぞれ異なるが、魔素がなくなればどんな生き物も生きていくことができないのだ。
世界樹もしかり。本来であれば、膨大な魔力を蓄え、蓄えきれない分の魔素を排出して精霊を生み出す。その、膨大な魔力を擁する世界樹の魔力を吸い取り尽くすなど、この領地全体を殺すに等しい行為だった。
一体、いつから?そして、この『魔力喰らいの祭器』の中にはどれだけの魔力が詰め込まれているのだろうか…
しかも、この聖域は、純粋な心の持ち主しか入れないはずなのに、誰が、こんな魔道具を設置したのか…
疑問ばかりが増えていくが、世界樹の揺れが、さらに激しくなり、焦りもさらに増していく。このままでは、本当に聖域が、この領地の生命力が、尽きてしまう。
「これを、どうすればいいんだ…!」
アデルが、焦燥に駆られて叫んだ。
レオンは、苦しみに喘ぐ世界樹と、それを貪る魔道具を、固く拳を握りしめて見つめていた。
(助けなきゃ…!でも、どうやって…!?)
彼の「カッコいい男」への道は、今、本物の脅威を前に、あまりにも無力だった。
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