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天使様、がっかりな聖域にたどり着く

読んでいただきありがとうございます!火・金・日更新予定になります♩

 中級精霊ルナとの出会いを経て、グレイスフィールド家の面々の次なる目的地は、森の最深部に眠るという『始原の大樹の聖域』に決まった。


 その日の探検は一旦切り上げ、後日、万全の準備を整えてから、改めて聖域を目指すことになった。父マルクは「森の最深部など、危険すぎる!」と最後まで難色を示したが、妻と息子三人の「行きたい」という満場一致の圧力の前に、胃痛と共に沈黙するしかなかった。


 そして、数日後。

 一行は、再び森の奥深くへと足を踏み入れていた。メンバーは前回と同じ、レオン、アデル、ユリウス、エレナ、そして護衛の騎士ロイ。先導役として、銀色の月光兎(げっこうと)ルナが、ぴょんぴょんと軽快に一行の前を跳ねていく。

『この先です。邪な心を持つ魔獣は、もう入ってこられません』

 ルナがそう告げた通り、進むにつれて、森の空気は明らかにその質を変えていった。じめついた獣の気配は消え、代わりに、清らかで、どこか神聖な空気が満ちてくる。木々の間には、不思議な光を放つ苔が生え、小川のせせらぎは音楽のように澄んでいた。


 やがて一行は、森が開けた場所にたどり着いた。

 目の前に、それはあった。虹色に淡く揺らめく、巨大なシャボン玉のような半透明の膜。それが、聖域への入り口であると、誰もが直感で理解した。

『さあ、こちらへ』

 ルナは、ためらうことなくその膜を通り抜けていく。

 レオンたち家族も、少し緊張しながら、後に続いた。膜に触れると、まるで清らかな水に全身を浸すような、心地よい感覚があった。レオン、ユリウス、エレナ、そしてアデル。四人は、何の問題もなく結界を通り抜けることができた。


 最後に、護衛として一行のしんがりを務めていたロイが、結界をくぐろうとした、その瞬間だった。

 バチッ!

 鈍い静電気のような音と共に、ロイの体は、まるで硬い壁にぶつかったかのように、無慈悲に弾き返された。

「ぐっ…!?」

 尻餅をついたロイは、信じられないという顔で結界を見上げる。

「な、なぜだ…!?」

 彼は、もう一度、今度は覚悟を決めて、結界に手を伸ばす。しかし、結果は同じだった。見えない壁が、頑なに彼の侵入を拒んでいる。


『…この結界は、純粋な願いを持つ者しか通すことはありません』

 ルナが、少しだけ申し訳なさそうな声で言った。

『あなたの中には、何か強い『穢れ』…例えば、他者への強い敵意や、闘争心、邪念のようなものがあるのかもしれません』


 その、悪気のない言葉は、実直な騎士の心を深く、深く抉った。

(穢れ…?敵意…?それは、護衛騎士として、常に敵を想定し、レオン様たちをお守りするために抱いている、当然の警戒心のはずだ…。だが、それが、純粋ではないと…?)

 グレイスフィールド家の一行が気の毒そうに、ロイを見つめる……

(俺は…穢れているのか…?レオン様をお守りしたいというこの忠誠心すら、汚れた邪念だというのか…?俺は…俺は、汚い大人なんだ…!)

 ロイは、その場で膝から崩れ落ち、がっくりと肩を落として動かなくなった。


「き、気にするな、ロイ!」

 アデルが、彼らしい少しズレたフォローを入れる。

「これはきっと、君が強すぎるからだ!その強大な力が、聖域の防衛本能を刺激しているに違いない!君の忠誠心は、私が保証する!」

「アデル様…」


 兄の言葉に、ロイは涙ぐみながら感激していた。レオンは、(そういう問題なのかな…?)と首を傾げたが、落ち込んでいるロイにかける言葉が見つからなかった。

 結局、ロイは一人、結界の外で待機することになった。


 ◇


 結界の内側に広がっていたのは、外の世界とは完全に隔絶されてはいるが、神秘的な空間というほどではなかった。空気は普通、柔らかな光が満ちていることだけが神聖さをアピールしているようだ。

 こんな有様では、一行が足を踏み入れた感想は、歓喜よりも、何とも言えない違和感だった。

 しかし、その「え?ここって聖域なんだよね?」な違和感を吹き飛ばす薬草オタクがいた。


「まあ!これは『星屑草』の上位種!?」「こっちは、幻の『銀葉草』じゃないの!」

 母エレナだ。彼女の足元には、見たこともない珍しい薬草が、絨毯のように群生していたのだ。彼女は、もはや侯爵夫人ではなく、一人の研究者として、少女のように目を輝かせながら駆け回り始めた。


 そして、一行の視線は、その聖域の中央へと注がれる。

 そこは、巨大な窪地になっており、その真ん中に、天を突くかのような一本の大樹がそびえ立つ、小さな浮島があった。島へは、かろうじて一本の細い石の小道が繋がっている。

「あれが、『始原の大樹』…!」

 エレナは、その姿を見て、確信に打ち震えた。

「間違いないわ…あの輝き、あの圧倒的な存在感…文献にしか記されていなかった、伝説の『世界樹』よ!」

 その言葉に、アデルもユリウスも、そしてレオンも、ごくりと息をのんだ。

 世界樹。全ての生命の源にして、世界の魔力を司るという、神話の中の存在。


 しかし…

 一行が、興奮と畏敬の念を抱きながら、その世界樹へと近づいていくうちに、違和感は、明確な「がっかり感」へと変わっていった。

「……」

「……」

「……むう」


 まず、エレナを狂喜させていた足元の薬草たちが、よく見ると、どことなく萎れていて元気がない。

 そして、あれほど雄大に見えた世界樹も、間近で見ると、その葉は美しく輝くどころか、病気のように黄色く変色し、枝の所々が枯れかかっていた。神々しいというよりは、むしろ痛々しい。

 さらに、窪地を満たしていたはずの湖は、ほとんど干上がり、今は膝が浸かる程度の、淀んだ水たまりのようになってしまっている。そこに住むという、宝石のような鱗を持つ「魔魚」たちも、水面で、はぐ、はぐ、と苦しそうに口をパクパクさせていた。


(なんだか…ドライアドさんがいた、うちの温室の木の方が、ずっと元気だったな…)

 と、レオンは思った。

「へえ、これが聖域ねぇ…。思ったより、しょぼくれてるじゃないか」

 ユリウスが、正直な感想を口にする。

「伝説とは、少し、いや、かなり違うようだな…」

 アデルも、困惑を隠せない。

 家族の間に、「何だか、思っていたより神聖な感じではないのだね」という、がっかりした空気が流れる。


 その、微妙な空気の中、先導役のルナが、悲しそうな顔で説明した。

『ええ…お恥ずかしながら、ここ数十年、始原の大樹…世界樹様の力が、少しずつ、少しずつ、弱まっているのです。原因は、私たち精霊にも分かりません…』


 その言葉を聞きながら、レオンは、苦しそうにアップアップしている魔魚や、元気をなくした世界樹を、じっと見つめていた。

(かわいそうに…みんな、苦しんでいる…)

 彼の、おばあちゃん的ともいえる世話焼き精神と、精霊や動植物を愛する純粋な心が、この状況を「何とかしてあげたい」という、強い思いへと変わっていった。


 レオンは、研究者の目で世界樹を観察していた母の袖を、くいっと引いた。

「母様」

「なあに、レオン」

「この樹を、この聖域を、元気にしてあげる方法は、ないのでしょうか?」

「そうね…一緒に調査をして考えましょ!そのためにはまず、お昼ご飯を食べて、元気に動き回れるようにしなくてはね!」

 ロイが聖域の中には入れないので、その外で持ってきた昼ごはんを食べることにする一行であった。


ここまで読んでいただき、ありがとうございます♩

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