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完璧王子、帰還して天使の成長にむせび泣く

読んでいただきありがとうございます!火・金・日更新予定になります♩

 季節は、生命力溢れるベルダ月から、太陽の輝きが増すソリュス月へと移り変わっていた。グレイスフィールド領の木々は深い緑色の葉を茂らせ、城の庭では夏を告げる花々が咲き誇っている。領民たちが待ち焦がれる長い夏が、今年も始まろうとしていた。


 そして、グレイスフィールド家、特に二人の弟にとっては、夏の到来を告げる、もう一つの大きなイベントがあった。

「アデル様が、本日お帰りになる!」

 朝から、屋敷の使用人たちはどこかそわそわと、そして嬉しそうに立ち働いていた。廊下はいつもより念入りに磨き上げられ、厨房からは、料理長クロノが腕によりをかけて作るご馳走の、食欲をそそる香りが漂ってくる。


「ユリ兄様、アデル兄様、もうすぐ着くでしょうか?」

 レオンは、窓の外を眺めながら、落ち着かない様子で兄に尋ねた。

「さあね。まあ、今日の昼過ぎには着くんじゃないか。やれやれ、嵐がやってくるな…」

 ユリウスは、本を読みながら気のない返事をしたが、その口元は、かすかに笑みを浮かべていた。兄の帰還は、彼にとっても退屈な日常をかき乱してくれる、歓迎すべき出来事なのだ。


 レオンは、兄の帰りを心から待ちわびていた。

(アデル兄様が帰ってきたら、今度こそ、森へ行く約束を果たしてもらえるかもしれない!)

 彼の純粋な期待は、日に日に大きくなっていた。


 そして、昼過ぎ。

 遠くから聞こえてきた角笛の音を合図に、屋敷の者たちが正面玄関へと集まってくる。やがて、グレイスフィールド家の紋章を掲げた、壮麗な馬車が姿を現した。

 馬車が止まり、侍従が恭しく扉を開ける。


 その中から現れたのは、王都の流行を取り入れた瀟洒な旅装に身を包んだ、一人の美しい少年だった。陽光を反射してきらめく金の髪、理知的な蒼い瞳。完璧な貴公子、アデル・フォン・グレイスフィールドの帰還である。

「アデル様、お帰りなさいませ!」

 使用人たちの間から、うっとりとしたため息が漏れる。

 アデルは、完璧な貴公子の微笑みを浮かべ、集まった者たちに軽く手を振った。


 しかし、玄関ポーチに並ぶ家族…マルク、エレナ、そして二人の弟の姿を認めた瞬間、彼の「完璧王子」の仮面は、音を立てて剥がれ落ちた。

「父上!母上!そして、ユリウス!レオン!ただいま戻った!会いたかったぞ!」

 彼は、貴族らしからぬ大股でずんずんと歩み寄ると、まず隣にいたユリウスの頭を、愛情込めてわしわしと乱暴に撫で回した。

「ちょ、やめろよ兄さん、髪が乱れるだろ!」

「ははは、元気そうだな、ユリウス!」


 そして次に、アデルはレオンの前に進み出ると、その場にひざまずき、まるで騎士が姫君にするかのように、その小さな両手を恭しく取った。

「レオン…。私の可愛い弟。会えなかった数ヶ月、元気にしていたか?」

 その瞳は、すでに感動で潤んでいる。


 アデルは、じっと弟の顔を見つめた。最後に会った春先よりも、ほんの少しだけ背が伸び、顔つきもどこか凛々しくなった…ように見える。

(ああ、私が王都で退屈な勉学に励んでいる間にも、私の天使は、かくも神々しく成長を遂げていたとは…!)

 まず、その成長ぶりに、第一の感動の波が彼を襲った。


「お帰りなさいませ、アデル兄様。長旅、お疲れだったでしょう。お部屋に、冷たいお茶をご用意させておりますので、まずはお体を休めてくださいね」

 レオンが、完璧な気遣い(という名のおばあちゃんムーブ)と共に、天使の微笑みを返す。

「なっ…!なんと…!」

 アデルは、言葉を失った。

(私がいない間に、弟は、兄の長旅の疲れを癒そうとする、この完璧な気遣いまで身につけて…!)

 これが、第二の感動の波だった。


 さらに、アデルは気づいた。レオンの周りを、キラキラと輝く無数の光の粒…下級精霊たちが、親しげに舞っているのを。魔力感知能力に優れた彼には、その光景がはっきりと見えていた。

(魔力制御も、これほどまでに上達して…!精霊たちにまで愛されるとは!ああ、レオン!君はどこまで完璧になれば気が済むのだ!)

 第三の感動の波が、ついに彼の涙腺を決壊させた。


「うっ…うぅ…レオン…!兄は、兄は嬉しいぞ…!」

 アデルは、弟の手を握りしめたまま、その場で静かにむせび泣き始めた。


 ◇


「さあ、二人とも!兄さんが、王都で最新のお土産を買ってきたんだ!」

 談話室に場所を移すと、アデルは涙を拭い、満面の笑みで侍従たちに合図を送った。

 次々と運び込まれてくる、大小さまざまな箱の山。それは、もはや「お土産」というレベルを遥かに超えていた。


 王都で今一番人気のパティスリー『銀の砂糖菓子店』の、ホールケーキや焼き菓子の詰め合わせ。

 魔力でプロペラが回り、実際に低空飛行する、最新式の模型グリフォン。

 ユリウスのいたずらに使えそうな、煙が出るだけの杖や、カエルの鳴き声がする奇妙な石といった、実用性のない初級魔道具の数々。


 そして、そのほとんどは、レオンのために用意されたものだった。

 最高級のシルクと、リリアン侯爵領から取り寄せたという繊細なレースをふんだんに使った、子供服のコレクション。そのどれもが、天使のようなレオンに似合うようにと、アデルが特別にデザインさせたもので、当然のようにフリルやリボンが多めに装飾されていた。


「お、これ面白そうじゃん」

 ユリウスは、早速カエルの石を手に取り、メイドのスカートの裾で鳴らしては、小さな悲鳴を楽しんでいる。


 しかし、レオンは、目の前に積まれたお菓子と服の山を前に、きゅっと眉をひそめていた。

 彼は、兄の前に静かに進み出ると、少しだけ困ったような、しかし真剣な眼差しでアデルを見上げた。

「アデル兄様。お気持ちは、とても、とても嬉しいです。ですが…」

「どうした、レオン?気に入らなかったか?」

「いえ、そうではありません。ですが、こんなにたくさんのお菓子、僕とユリ兄様だけでは到底食べきれません。もし、食べきれずに腐らせてしまったら、どうするのですか?食べ物を粗末にすると、目が潰れるてしまうんですよ…」

「目が…?」

「それに、このお洋服も、とても素敵です。ですが、今の僕には、こんなに立派な服はまだ必要ありません。物を大切にする心も、『カッコいい男』には必要なはずです。それに…」

 レオンは、一つ息を吸うと、はっきりと言った。


「もったいないお化けが出ますよ!」


 しん、と談話室が静まり返る。

 マルクは「(もったいない…?おばけ…?)」と首を傾げ、エレナとユリウスは、また始まったレオンの謎理論に、笑いをこらえるのに必死だ。


 普通なら、「生意気な」と一蹴されてもおかしくない、6歳児の説教。

 しかし、アデルの超高性能な「ブラコンフィルター」は、その言葉を、全く違う意味へと完璧に翻訳した。


(なんと…!)

 アデルの心は、再び感動に打ち震えていた。

(レオンは、自分の喜びよりも先に、食料の配分や、物の価値について、深く、深く、慮っているというのか…!)


(『もったいないお化け』…?聞いたこともない言葉だが、きっとそれは、浪費を戒める、古くから伝わる家付きの精霊か何かなのだろうか…!なんと信心深い!)

(弟は、わずか6歳にして、領主として不可欠な、財産管理の崇高な哲学まで身につけているとは…!完璧すぎる…!)


 アデルは、感涙にむせびながら、再びレオンの手を取った。

「レオン…!君の言う通りだ!私の配てが足りなかった…!君のその倹約の精神、そして領地の財産を思う深き心、兄として、そして次期当主として、心に刻まなくてはならない!素晴らしいぞ、レオン!」

「え、ええと…そういう意味では、なかったのですが…」

 兄の盛大な勘違いに、レオンは戸惑うしかない。


 アデルは感涙し、ユリウスは腹を抱えて笑い、両親は苦笑いしながらそれを見守っている。

「(アデル兄様が帰ってくると、やっぱりお屋敷が騒がしくなるなぁ…)」

 レオンは、小さなため息をついた。

 しかし、その表情は、どこか嬉しそうでもあった。


 嵐の兄がもたらした、賑やかで、少しだけ騒がしい、グレイスフィールド家の長い夏休みは、まだ始まったばかりである。


ここまで読んでいただき、ありがとうございます♩

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