天使様、精霊たちと井戸端会議する
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母エレナから「森で生きるための資格」という課題を与えられてから、早2週間が過ぎた。
レオンは、来るべき日に備え、母から出された課題…薬草と魔獣の知識の暗記に、日々真面目に取り組んでいた。彼の驚異的な記憶力(というより、和江おばあちゃんの膨大なデータベース)のおかげで、知識は面白いように頭に入っていく。
しかし、彼の心は、日に日に焦りと期待で焦がされていた。
(いつになったら、父様と母様のお時間は取れるんだろう…)
約束は、約束。前に父と口喧嘩をしてしまい、父マルクを深く傷つけてしまったという反省もある。それ以来、レオンはあまり強く「森へ行きたい」と強く言えなくなっていた。天使のように素直な彼は、父親を困らせてしまったことを、ずっと気に病んでいたのだ。
健気に、おとなしく待つ日々。その鬱屈した気持ちを吐き出すために、母の温室に向かった。
「ドライアドさん、ドライアドさん、聞こえますか?」
『小さなご主人様。お久しぶりねぇ。今日はどうしましたか?』
「じつわ…」
レオンは、精霊を探しに森に行きたいこと。両親と約束したけど果たされないこと。お勉強もしたけど、父を困らせてしまったので強く言えないこと…などなど、切々と訴えた。
要するに愚痴を聞いてもらいたかったのだ。
「―――というわけで、ドライアドさん。僕は、いつになったら森へ行けるのでしょうか…」
温室の中央にそびえる月桂樹の木に、相談を持ちかける。
『あらあら、小さなご主人様。そんなに焦らなくても、森は逃げませんよ』
木の幹から、ドライアドの優しく、おっとりとした声が響く。彼女は、レオンが魔力を通わせれば、いつでもこうして姿を現し、話し相手になってくれる、レオンの初めての精霊の友人だった。
『それに、先日の特別授業、素晴らしかったではありませんか。ここから見てましたよ。エレナ様はあの後、興奮しながら私に「あの子の知識は、まるで何百年も生きた賢者のようだ」と自慢げに話にきてくれましたし』
「そんなことないです。僕は、まだまだ勉強が足りません」
『謙虚なこと。そこが、あなたの良いところですけれどね』
ドライアドがくすくすと笑った、その時だった。
『レオン様!またドライアドとお話ししてるー!私も混ぜてー!』
「君は?」
急に声をかけられて、レオンはびっくりだ。
鈴を転がすような甲高い声がして、キラキラと光る小さな人影が、レオンの鼻先に舞い降りた。それは、蝶の翅を持つ、光る少女の姿。この温室に住む、もう一人の母の契約精霊、花の精霊のリリィベルだった。彼女は好奇心旺盛で、噂話が大好きな、城内の情報屋だ。いつもフラフラしているため、今までレオンとお喋りする機会がなかった。
『リリィベル、あなたはまた…。レオン様がお悩みだというのに、騒がしくしてはいけません』
『レオン様、森に行ったって面白いものなんてあんまりないわよ!お城の中の方がぜんぜっん面白いんだからー!あのね、あのね!レオン様、すっごく面白い話を聞いたの!聞いてくださいよ!』
リリィベルは、レオンの肩にちょこんと座ると、内緒話をするように声を潜めた。
「面白いお話?」
『そう!あの、いっつも厳しい顔をしてる侍女長のカサンドラ様!この前、大広間の階段で、派手にすっころんだんですよ!誰かに見られてないかと思って、キョロキョロ周り見回して、花瓶の中まで見てたのよ!』
『まあ、あの淑女の見本のような、あの方が?』
『そうなの!すぐにすまし顔で立ち上がって、何事もなかったかのように歩いて行ったけど、あたし、見てたんだから!』
ピクシーの悪戯っぽい笑いに、レオンも思わずくすりと笑ってしまった。
『あらあら、リリィベル。あなたは本当に、どこからそんな話を聞いてくるのかしら』
『えへへ、あたし、お城の中をお散歩するのが趣味ですもの!あ、そうだ!料理長のクロノさんと、メイド長のカミラさんの話も知ってます?』
「クロノさんと、カミラさん?」
『あの二人、昔は同じ傭兵団にいたんですって!なんでも、カミラさんがクロノさんの命の恩人らしくて、だからクロノさんは、カミラさんには絶対に頭が上がらないんですって!』
『まあ、そうなの…!』
ドライアドも、初耳だったらしく、感心したように相槌を打つ。
『普通、逆じゃない?クロノさんてば強面なのになっさけない!レオン様もそう思わない?』
「えー…(確かに見た目で行くと逆だよね…ちょっと笑える…)」
『それから、それから!騎士団のシルヴァン様!』
「シルヴァンさん?」
『そう!あの、女の人に人気のある、ちょっと軽そうなイケメンの騎士様!毎朝パンを城に下ろしにきてくれる可愛い子いるじゃないですか!パン屋の看板娘のアメリちゃん!』
いるじゃないですか!と言われてもレオンはお坊ちゃまなので会ったことがないのだが…
『シルヴァンさんたら、アメリちゃん待ち伏せして、毎回、すっごく下手な詩を詠んで聞かせてるんですよ!アメリちゃん、困り果ててました!』
『あらまあ、あの方も懲りないわねぇ…』
女性(?)二人と、男の子一人の、秘密の井戸端会議は、どんどんヒートアップしていく。
『あとねー、レオン様この話知ってる?執事クラウスさん。何と!自室で小さな猫のぬいぐるみに「ミケランジェロ」と名前付けて、話しかけてるのよ!』
「えー!あの父様の右腕で、できる男で、無表情なクラウスさんが?」
『そうなの!「ミケランジェロ。今日の旦那様は、いささか落ち込んでらしてね…」なんて一日の反省とか鬱憤とか語りかけてるんだから!』
『まあ!あの鉄壁執事さんが!意外ねぇ』
『あと、これはとっておきよ!実はね…あの、メイドのルチア何だけど、騎士のバルドに、恋しちゃってるのよー!』
「えー!あのルチアが?」
いつもレオンの側にいるルチアが恋など到底信じられない!
『まあ、ルチアさんが…!あの朴訥としたバルドさんのことが…!頑張ってほしいわねぇ…!』
『まだねー、本人も自覚前なのか、淡い恋心的な?遠目にバルドさんが見えると、思わず目で追っちゃうみたいな!甘酸っぱいわー!』
『あとね、あとね…』
リリィベルの話はどんどん続く。誰かに話したくて仕方がなかったようだ。
レオンは、最初は「人の噂話は、あまり良くないのでは…」と、戸惑っていたが、いつの間にか、すっかりその会話に引き込まれ、完全に井戸端会議の参加者になっていた。
◇
ひとしきり、屋敷中のゴシップで盛り上がった後。
ドライアドが、はっと我に返ったように言った。
『あら、いけないわ。レオン様の前で、なんてはしたないお話ばかり…。申し訳ありません』
そうよそうよ!と、リリィベルが慌てて付け加える。
『レオン様!この前の夕食みたいに、今のお話を、みんなの前で言っちゃ絶対にダメですからね!?シルヴァン様の詩が下手なこととか、クラウス様がぬいぐるみに話しかけてることとか!』
「は、はい!もちろん、言いません!」
前に、エレナとマルクのイチャイチャを盛大にバラしてしまったレオンは、大きな釘を刺されて、こくこくと頷くしかなかった。
『よろしい。これは、私たちと、レオン様だけの、大切な『秘密』ですからね。約束ですよ?』
ドライアドが、優しく、しかし有無を言わせぬ圧力で念を押す。
「はい!約束します!」
女性(?)が三人集まれば、そこはもう立派な井戸端会議の場となる。
レオンは男の子ではあるが、その輪の中に、何の違和感もなく溶け込んでいた。
森への冒険はまだ少し先になりそうだったが、代わりに、彼は屋敷の中に眠る、たくさんの小さな秘密と、精霊たちとの新たな友情を手に入れたのだった。
彼の「カッコいい男」への道は、時として、こうした穏やかで、少しだけゴシップに満ちた寄り道をするのである。
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