天使様、おばあちゃんの知恵で世界を識る
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先日、レオンは自らの強い意志で、冒険への扉をこじ開けた。
母エレナから課された課題は、『森で生きるための知識を身につけること』。
そして、約束のヴェント曜(風の日)。レオンは、期待に胸を膨らませ、母の研究室である温室へと向かった。そこは、彼の運命を大きく左右する、特別な授業の教室となる。
温室の大きな作業机の上には、普段の魔法教本ではなく、おびただしい数の薬草の標本や、羊皮紙に描かれたリアルな魔獣のスケッチが広げられていた。その異様な光景に、レオンはごくりと息をのむ。
「あら、レオン。早いのね。さあ、席について」
エレナは、白衣を羽織り、いつもの母親の顔ではなく、厳格な研究者の顔をしていた。
部屋の隅の椅子には、次兄のユリウスが「面白そうだから」という理由で、すでにちゃっかりと席に着いて、ニヤニヤしながらこちらを見ている。
「いいこと、レオン。今日からあなたに教えるのは、楽しい魔法のお勉強ではありません。一歩間違えれば、あなたの命を奪う『危険』についての知識です。一言も聞き漏らさないように」
「はい、母様!」
レオンは、背筋を伸ばして母の言葉に頷いた。
「まずは、森の恵みであり、同時に脅威ともなる、植物について。薬草と毒草の見分け方からよ」
エレナは、机に並べられた標本の中から、一つの小さな黄金色の花をつまみ上げた。
「これは陽光花。見ての通り、どこにでも咲いているわ。軽い切り傷の血を止め、滋養強壮にもなる、最も基本的な薬草ね」
「はい!知っています。お庭にも咲いていますよね」
レオンが答えると、エレナは満足げに頷き、次々と説明を続けた。
夜に青い雫を溜める月涙草、咳止めになる風見草、筋肉痛に効く地走り根…。
エレナの説明は、図鑑のように正確で、淀みない。レオンは、その一つ一つを真剣な眼差しで記憶していく。
「…では、レオン。これは何かわかるかしら?」
エレナが次に示したのは、ゴブリンの巣穴の近くに生えるという、鼻を突く悪臭を放つ粘液質のキノコ、『ゴブリンの涙』だった。
「うわっ、臭い…」
ユリウスが、思わず鼻をつまむ。
エレナは苦笑した。
「ええ、とても臭くて、誰も見向きもしないわ。食べられませんし、薬にもならない。ただの、役立たずのキノコよ」
しかし、そのキノコを見たレオンは、首を傾げた。
「…母様。でもこれ、干して、細かく刻んで、蒸した麦に混ぜて、暖かい場所に置いておいたら…すごく栄養のある食べ物になりそうです。少し、糸を引いてネバネバすると思いますけど」
「「…………」」
エレナとユリウスが、絶句した。
(ね、粘液質のキノコを蒸す…?糸を引く…?なんて斬新な発想なの…!)
エレナは、研究者として未知の調理法に興味をそそられながらも、息子の味覚を少しだけ心配した。
レオンは、和江おばあちゃんの記憶にある「納豆」の製造工程を、無意識に口走っただけだった。
彼の異常な知識の片鱗は、その後も続いた。
エレナが、強力な体力回復効果を持つが、毒を持つ亜種も多いという『王様茸』について説明した時だった。
「見分けるのは非常に難しいの。だから、専門家以外は手を出さないのが…」
「母様!」
レオンが、ぱっと手を挙げた。
「このキノコ、裂いた時に、茎の色がすぐに黒っぽく変わる方が、毒があると聞きました!あと、虫が食べていないキノコも、危ないんですよね?」
これもまた、和江おばあちゃん知識庫にある、山でのキノコ狩りの鉄則だった。
「…………レオン」
エレナは、驚きに目を見開いた。
「あなた、どうして、そんな専門的な知識を…?」
「え、ええと…本で、読んだような…気がします!」
レオンは、しどろもどろに答えた。
ユリウスだけが、「(また始まった…あいつの頭の中、どうなってるんだ…?)」と、面白そうに弟を観察していた。
その後も、エレナが伝説級の薬草『聖者の涙』や『始まりの若葉』の希少性を語れば、レオンは「猫じゃらしにも、きっと精霊が宿っていますよ」と独自の理論を展開し、ユリウスのいたずら薬の主原料である『愚者のキノコ』を見ては、「こういう派手なキノコは、まず警戒するのが基本です」と、冷静に分析してみせた。
彼の知識は、この世界の常識と、和江おばあちゃんの生活の知恵が奇妙に混ざり合い、エレナを何度も驚愕させた。
◇
「次は、森に潜む『危険』そのもの…魔獣についてよ」
温室の空気が、少しだけ張り詰める。エレナが広げたのは、リアルな魔獣のスケッチだった。
「これはゴブリン。小柄で狡猾、必ず集団で行動します」
「フォレストウルフ。鋭い牙と爪を持ち、仲間を呼ぶ遠吠えが特徴よ」
「そして、オーク。豚のような顔を持つ人型で、頑丈な肉体と粗末な斧で襲ってくるわ」
レオンは、初めて見る魔獣の姿に、ごくりと息をのんだ。
「本当に…いるのですね…」
「ええ。だから、一人で行ってはダメだと言ったのよ」
グリフォンやレッドドラゴンといった、高ランクの魔獣の絵には「カッコいい…!」と目を輝かせたが、エレナは「これらは伝説級の存在。万が一にも出会ったら、戦おうなどと考えず、逃げることだけを考えなさい」と、厳しく言い渡した。
ここでも、レオンの特異な知識が、再び顔を出す。
エレナが「フォレストウルフの嗅覚は非常に鋭く、一度狙われたら逃げ切るのは困難よ」と説明した時だった。
「母様、でも、狼は煙の匂いが苦手だと聞きました。松の葉などを燻らせておけば、あまり近寄ってこないはずです。あと、風下に身を隠せば、匂いで気づかれにくいんですよね?」
それは、和江おばあちゃんの記憶にある、なぜか知っていた狩猟の知識だった。
「……ええ、その通りよ。レオン、あなた、本当にどこでそんな知識を…?」
「え、ええと…それも、本で…!」
エレナは、もはや息子の知識の源泉を追求するのを諦め、ただただその才能に舌を巻くしかなかった。
ジャイアントアントの説明を聞けば、「(蟻は酸っぱい匂いが苦手だったはず…お酢のようなものがあれば、巣に近づかせないようにできるかも…)」と対策を考え、ポイズン・スパイダーの話を聞けば、「(蜘蛛の糸は、粘着性を失わせる特殊な油を塗れば…)」と、彼の頭脳は、常に危険の先にある解決策を模索していたのだ。
◇
授業が終わる頃には、エレナは確信していた。
(この子なら、本当に森を安全に歩けるようになるかもしれない…いえ、それ以上の、誰も知らない森の歩き方を、この子自身が見つけ出すかもしれないわ)
レオンは、森の危険性を学び、少しだけ怖気づきながらも、それ以上に、未知の世界への好奇心に胸を膨らませていた。
「よし!これで、森へ行くための資格試験は、きっと合格できるぞ!」
彼の純粋な決意と、その身に宿る膨大な古代の(?)知恵。
レオンの冒険への準備は、着実に、そして周囲の想像を遥かに超える形で、進んでいくのであった。
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