天使様、「英雄」について知る
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レオンの「カッコいい男計画」は、すっかり彼の日常の一部となっていた。
アクア曜(水の日)のダンスレッスンでは、いまだにイザドラ先生から女性パートを教え込まれそうになり、そのたびに「僕は男の子です!」と抗議する、という不毛な戦いを繰り広げてはいたが、それ以外のスケジュールは概ね順調だった。
ある日の、イグナ曜(火の日)の剣術指南。
騎士団長の盛大な勘違いにより、「英雄の再来」として扱われることには、レオンもほとほと困り果てていたが、悪いことばかりではなかった。
それは、レオンが「組紐屋のリョウ」と共に密かに憧れている「英雄」という存在を、より身近に感じられるようになったことだ。
二人の「カッコいい男」の理想像。
一人は、闇に紛れて悪を討つ、静かなる仕事人『組紐屋のリョウ』。
そしてもう一人が、この国で誰もが知る、伝説の英雄…伯父である、ライナス・フォン・グレイスフィールドだ。
図書室で読んだ英雄譚や、アルマン先生の歴史の授業で聞く建国の物語。そのどれもが、レオンの冒険心と正義感を強く刺激していた。
なんか「英雄」と言う響きだけでもカッコいい!
その日の剣術指南が終わった後、レオンは汗を拭いながら、意を決して騎士団長ゴードンに声をかけた。
「ゴードン団長!」
「はっ、レオン様!いかがなさいましたか!」
「あの…もし、よろしければ、僕に伯父様…その、ライナス様のお話を聞かせていただけないでしょうか?伯父様が、どんなにすごい英雄だったのか、もっと知りたいのです」
レオンが、少し恥ずかしそうに、しかしキラキラした瞳でそう言うと、ゴードンの顔がぱあっと輝いた。
彼は最初、「いえいえ、私などが軽々しく語れるお方では…」と固辞していたが、レオンの純粋な眼差しに、すぐに陥落した。
「…分かりました!そこまでおっしゃるなら、お話しいたしましょう!英雄ライナス様の偉大なる武勇伝、このゴードンが、魂を込めて語って聞かせますぞ!」
そのただならぬ気迫に、訓練を終えた若い騎士たちも「お、団長のライナス様伝が始まるぞ」「これは聞かねば」と、興味津々で集まってきた。
ゴードンは、訓練場の隅にある見学用のベンチにレオンを座らせると、まるで舞台役者のように、身振り手振りを交えて、大げさに語り始めた。
「あれは、グラム帝国との最初の会戦でのこと!敵の魔術師部隊が、後方から忌々しい魔法を雨のように降らせ、我が軍は苦戦を強いられておりました!その時!ライナス様は、馬上の上から、たった一言こうおっしゃったのです!『俺が黙らせてくる!』と!」
騎士たちから「おおーっ!」と、どよめきが上がる。
「ライナス様は、なんと、たった一騎で、数千の敵兵が待ち構える本陣へと突撃なされたのです!無数の矢と魔法を、その身に受けながらも、ライナス様は獅子奮迅の働きで敵の魔術師部隊を壊滅させました!…まあ、そのせいで、ご自身も矢を十数本も体に受け、三日三晩、生死の境を彷徨われましたが…!なんと無鉄砲な!しかし、なんと勇ましいお姿でありましょうか!」
ゴードンは、うっとりとした表情で語る。しかし、レオンの心には、ちくり、と小さな棘が刺さった。
(…大怪我、したんだ…)
ゴードンの武勇伝は、さらに熱を帯びていく。
「またある時は、若く未熟だった私が敵の罠に嵌り、巨大な魔獣オーガに食われそうになったことがありました!もはやこれまで、と覚悟した、その時です!ライナス様が、どこからともなく駆けつけ、私の前に立ちはだかり、その巨大な爪を、ご自身の背中で受け止められたのです!」
「おお、なんと…!」
「『ゴードン、かすり傷だ。気にするな』と、ライナス様は血を流しながらも、そう笑っておられました…。しかし、後から軍医に聞いたところ、その傷は背骨にまで達するほどの重傷だったと…!ああ、なんという自己犠牲の精神!これぞ真の英雄!」
(また、大怪我…)
レオンの眉が、きゅっと寄せられる。
「籠城戦で食料が尽きかけた時も、そうでした!皆が絶望に打ちひしがれる中、ライナス様は『敵の食料を奪えばいい!』と、たった数名の手勢で敵の補給部隊に夜襲をかけられたのです!見事、馬車数台分の食料を奪い返してこられましたが、ご自身は敵の毒矢を受け、またしても半死半生に…!」
ゴードンが語る「武勇伝」は、どれもこれも、聞けば聞くほど、無謀な自己犠牲と、無計画な特攻の連続だった。ゴードンや、周りの騎士たちは、それを最高の賛辞として、目を輝かせながら聞いている。
しかし、レオンの心は、どんどん冷めていくのを感じていた。
(なんか…僕が思っていた話と、違うぞ…?)
ゴードンの話が佳境に入り、その瞳が遠い過去を見つめ始めた。声が、少しずつ震えを帯びてくる。
「そして…最後の戦いとなった、ヴァルハラの丘でのことです…」
周りで聞いていた騎士たちの間にも、緊張が走った。それは、英雄ライナスの最期として、誰もが知る戦いだった。
「敵の総大将、『黒獅子』の異名を持つ猛将を前に、我が軍は壊滅寸前でした。誰もが、もはやこれまでと覚悟した、その時です…」
ゴードンの頬を、一筋の涙が伝った。
「ライナス様は、血まみれの体で、私にこうおっしゃったのです。『ゴードン、弟を、我がリーヴェン領…を頼む』と。そして、残った魔力の全てをその身にまとい、たった一騎で、敵の本陣へと最後の突撃を…」
ゴードンは、言葉を詰まらせ、嗚咽を漏らした。
「ライナス様は、その命と引き換えに、敵将の首を見事討ち取り、我々に勝利をもたらされたのです…!ライナス様こそ、この国を救った、真の英雄…!うっ…うぅ…!」
ついに、ゴードンは顔を両手で覆い、子供のように声を上げて泣き崩れてしまった。歴戦の騎士団長が、嗚咽で肩を震わせている。周りの騎士たちも、皆、目に涙を浮かべ、唇を噛み締めていた。それは、英雄の死を悼む、荘厳で、悲しい光景だった。
しかし。
その輪の中心で、レオンだけが、全く違う感情を抱いていた。
彼の小さな両手は、膝の上で、固く、固く握りしめられていた。
(なんで…?)
彼の心にあったのは、悲しみではなかった。それは、怒りに近い、強い反発心だった。
(なんで、死んじゃうんだ…?)
(こんなに、こんなにあなたのことを想って、今も涙を流してくれる人がいるのに!どうして、その人たちを置いて、死ぬような戦い方をするんだ!)
(『弟を頼む』じゃない!自分で守るべきじゃないか!その後の父様の苦労をわかってるのか!)
(こんなの、英雄なんかじゃない!ただの、無責任な人じゃないか!)
(これじゃあ、まるで、言うことを聞かずに無茶ばかりして、家族や仲間をハラハラさせる、悪い子みたいだ…)
その時、レオンの脳裏に、母エレナの言葉が鮮やかに蘇った。
『大切な人たちを心配させないのも、立派な『カッコいい男』の条件よ』
(…そうか)
レオンの中で、一つの明確な答えが出た。
(僕がなりたいのは、みんなを泣かせながら、死んで伝説になる『英雄』じゃない。みんなが安心して眠れるように、誰にも気づかれず、誰にも心配をかけず、無傷で任務を遂行する、『仕事人』の方だ…!)
ゴードンは、涙を拭うと、まだ瞳を潤ませながらレオンを見た。
「申し訳ありません、レオン様…。つい、取り乱してしまいました…。しかし、これこそが、ライナス様の偉大さなのです。レオン様も、ぜひ、この偉大なる伯父上のような、立派な英雄を目指されるのですよ!」
レオンは、俯いていた顔を上げ、にっこりと、完璧な天使の微笑みを浮かべた。
しかし、その声は、氷のように静かだった。
「はい、ゴードン団長。素晴らしいお話、ありがとうございました。とても、とても、参考になりました」
「おお!分かってくださいましたか!」
ゴードンは、自分の言葉がレオンの心に響いたと、満面の笑みを浮かべる。
まさか、レオンの言う「参考」の意味が、「ああはなるまい」という、決別の誓いであるとは、夢にも思わずに。
彼は、自分の理想像を、英雄ライナスとはっきりと切り離した。
(大怪我をして帰ってくるのは、プロじゃない。ましてや死ぬなんて…無傷で任務を遂行し、何食わぬ顔で日常に戻る。それこそが、本当に『カッコいい男』なんだ!)
レオンは、心の中で固く誓った。
(僕は、伯父様とは違う道を行く。僕が目指すのは、誰も傷つけず、誰にも心配をかけず、スマートに問題を解決する、静かなる守護者…『組紐屋のリョウ』だ!)
憧れの対象の一人であった「英雄」のリアルな姿を知り、自分の進むべき道を明確にしたレオン。
彼の「カッコいい男計画」は、ここにきて、より確かな、しかし相変わらず少しだけズレた指針を得たのであった。
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