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天使様、阿波踊りのステップを刻む

 レオンの「カッコいい男計画」が始まって、二ヶ月が過ぎた。


 彼の日常は、自身で立てた完璧なスケジュールによって、規則正しく、そして目まぐるしく回っていた。

 毎朝のラジオ体操は、今や下級精霊たちとの楽しい交流の時間となり、地道なランニングのおかげで、庭を三周しても息が上がらなくなった。(目標の十周には、まだまだ遠いが)

 座学では、家庭教師アルマンを完全に心服させ、兄ユリウスの監視役としても(時々失敗しながらも)機能している。剣術指南では、騎士団長の盛大な勘違いにより、いまだに「英雄の再来」として扱われ、困惑する日々だ。そして、裏庭の「秘密基地(という名の菜園)」は、母エレナの管理のもと、今日も奇跡の野菜をたわわに実らせていた。


 そんな充実した(?)日々の中で、レオンが一つ、明確な苦手意識を持っているものがあった。

 それが、週に一度のアクア曜(水の日)に行われる、ダンスの授業だった。

「さあ、レオン様。本日は、ワルツの総仕上げですわよ」


 指導するのは、イザドラ・フォン・メーティス子爵夫人。

 彼女は、かつて王都の社交界で『銀盤の舞姫』と謳われたほどのダンスの名手だった。結婚してこのグレイスフィールド領に嫁いできたが、その才能を惜しんだエレナに請われ、子供たちのダンス教師を務めている。物腰は穏やかで優しいが、美に対しては一切の妥協を許さない芸術家気質。そして、何より、可愛いものが大好きで、特にレオンの天使のような容姿には、初対面の時点ですでにメロメロになっていた。


「ワン、ツー、スリー…そう、レオン様、素晴らしいですわ!まるで羽の上を歩く小鳥のように軽やかです!」

 鏡張りの広大なダンスホールに、イザドラ夫人の賛辞が響く。

 レオンは、真剣な表情で、教わったステップを懸命に繰り返していた。

(『カッコいい男』は、女性をスマートにエスコートできなければならない…!そのためには、まず僕が完璧なステップをマスターするんだ!)

 しかし、二ヶ月間、真面目に練習を続けているが、彼には一向に上達している実感がなかった。一人で、音楽もなく、覚えたステップを踏むだけ。自分が上達している実感が全くなかった。


「今日は、練習の総仕上げとして、実際に曲に合わせて、お母様と一曲、踊っていただきましょう」

 イザドラ夫人の提案に、レオンは「はい!」と元気よく返事をした。

(やった!これで、どれくらい上手く踊れるかやっとわかるよ!しかも、母様相手なら、緊張せずにできるはずだ!)


 練習を見に来ていたエレナが、「楽しみだわ、レオン」と優しく手を差し伸べる。

 音楽が始まり、二人はステップを踏み出した。レオンは、教わった通りに母をリードしようと試みる。

 ワン、ツー、スリー…。

 しかし。

(あれ…?なんだかおかしいぞ…?)

 ステップは合っているはずなのに、動きがチグハグだった。エレナをリードしようとすると、逆にエレナもレオンをリードしようとして、お互いの動きがぶつかってしまう。優雅なワルツのはずが、ぎったんばったんと揺れるシーソーのようだ。

(なんだろう、この感じ…。和江おばあちゃんの記憶にある、阿波踊りみたいだ…)

 二人とも腰を落とし、摺り足で互い違いの方向へ進もうとする…


 レオンは、内心で首を傾げた。

(そうだ、これはきっと、母様との身長差のせいだ!母様は背が高いから、僕ではうまくリードできないんだ!)

 そう結論付けたレオンは、音楽が終わると、すぐに次の提案をした。

「イザベラ先生!母様とだと身長が合わないと思うんです!だから上手くいかないような気がします!ユリ兄様と踊らせてください!」

「そ、そうですわね…ユリウス様にお願いしてみましょうか…」

 いや、多分そうじゃない…と思ってはいるがそれを口に出来ないイザベラは同意してしまった。


 授業もなくダラダラしていたところに呼び出されたユリウス。

「ユリ兄様!僕と踊ってください!」

「はぁ?なんで俺が」

 よく状況のつかめていないユリウスを、レオンはぐいぐいとダンスホールの中心へ引っ張ってきた。

「兄様となら、身長も近いですから、きっと上手く踊れるはずです!」

「いやいや、俺、女性パートなんて出来ないよ??」

「運動神経抜群なユリ兄様なら、大丈夫です!」

「しょうがないなぁ…」

 ユリウスは、面倒くさそうにしながらも、弟の練習相手になってやることにした。


 再び、音楽が始まる。

 しかし、状況は改善されるどころか、さらに悪化した。

「うわっ」「足踏むなよ、レオン!」「兄様こそ、僕の進路を妨害しないでください!」

 なんとか記憶にある女性パートを頑張るユリウスだが、なぜか、ステップは完全に崩壊。二人揃って、息の合わない阿波踊りを踊っているかのようだった。


(なんだ…?こいつのリード、おかしくないか?) ユリウスの慧眼が、その違和感の正体を探り始める。天才的な彼の頭脳が、ステップの不自然さの根源を瞬時に気付いてしまった。

「レオン、おかしいだろ、この振り付け。」

「そんなことありません!」

 レオンは、必死に反論した。

「先生に教わった通りです!ほら、最初のステップはこうで、次に男性がターンする時は…」

 くるり、と軽やかに回転する。その動きは、驚くほど自然で、流れるように滑らかだった。先程までのぎこちなさが嘘のように、一人で踊れば、彼の体は完璧なワルツのステップを刻んでいる。


 状況を理解したユリウスが、笑いを堪えて提案する。

「(…うわ、似合いすぎだろ…)こほん!わかった!レオン、もう一度一緒に踊ってみよう!」

 そして、ユリウスは堂々と男性パートを踊り、レオンを完璧にリードする。

 ユリウスの力強いリードに、レオンの体はまるで磁石のように引き寄せられ、戸惑いながらも完璧なステップを刻み始める。それは、まるでずっと昔から踊り続けてきたパートナーのように、息の合った舞だった。

 その姿は、完璧な小さな紳士と淑女のダンス。そして、レオンは、まさしく舞踏会で、全ての紳士の視線を釘付けにする、可憐な一輪の花のようだった。


「まあ、綺麗…」

 母エレナが、思わずうっとりと呟く。

 そして、ダンス教師であるイザドラ夫人の顔は、みるみるうちに真っ青になっていく。


 レオンはダンスを完璧に踊れて満面の笑みである。踊りきった、今までの地道なステップを踏むだけの努力の日は無駄ではなかったのだ!

 そこにユリウスから無常な宣告を突きつけられた。

「レオン…さっきは俺が男性パートを踊った。そして、お前はそれに見事についてきた。つまり…お前が二ヶ月間、必死に覚えてきたステップは、全部、女性パートだな!」


 衝撃の一言。え?そんなはずはない!レオンは、青ざめる先生に詰め寄った。

「先生!そんなわけないですよね!?男の子のダンスですよね?」

「あ、あわわ…も、申し訳ございません…!レオン様がグレイスフィールド家の三男でいらっしゃることは、じゅ、重々承知しておりましたのです…!ですが…!」


 イザドラ夫人は、オロオロしながら、ついに白状した。

「そ、その…レオン様があまりにも天使のように愛らしく、可憐でいらっしゃったので、私の芸術家としての本能が…いえ、欲望が…!」

「よくぼう!?」

「はい!この方に、この世で最も美しい舞を授けたい、と!リードする力強い男性の舞よりも、リードされて華麗に咲き誇る女性の舞の方が、レオン様の美しさを最大限に引き出すと、私の魂が、そう叫んでおりまして…!無意識のうちに、女性パートのステップを教えてしまっていたようでございます…!(ああ、でも、後悔はしておりませんわ…!私の目に狂いはなかった…!あのお姿こそ、舞の神が地上に遣わしたミューズ…!)」

 彼女は、言い訳をしながらも、その瞳は恍惚と輝いていた。


「ムキーーーーーッ!!」

 ついに、レオンの堪忍袋の緒が切れた。

「先生の魂なんて知りません!僕は!僕は、『カッコいい男』になるために、ダンスを習っているんです!女の子みたいに、くるくる回るためじゃないんですーーーっ!僕の二ヶ月間の努力は、一体なんだったんですかー!」


 ダンスホールに、天使の悲痛な絶叫がこだました。

 エレナは「あらあら、困った先生ねぇ」と苦笑し、ユリウスは腹を抱えて笑いをこらえるのに必死だ。

 イザドラ夫人は「申し訳ございません…!しかし、美しいものは、やはり美しいのです…!」と、全く反省している様子のない恍惚の表情で、うっとりとレオンを見つめている。

 またしても、周囲の善意(という名の欲望)によって、『カッコいい男』への道が、明後日の方向へと大きく逸れてしまった。


「どうしてこうなった…」

 レオンは、心の中で泣き叫びながら、次の週、ダンスの授業をボイコットしたのであった。


ここまで読んでいただき、ありがとうございます♩

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