天使様、精霊と両親の秘密を知る
レオンの「カッコいい男計画」は、承認を得たものの、いくつかの重要な項目が保留となっていた。
「ノブレス・オブリージュの実践」として計画していた単独での領地視察と、「精霊探し」のための森への探検。この二つは、「一人で行くのは絶対にダメ」と、母エレナから優しく、しかし有無を言わせぬ迫力で釘を刺されてしまったのだ。
「『カッコいい男計画』を認めてくれたのになんでです!?組紐屋のリョウだって、一人で悪の組織に乗り込んでいました!」
「リョウさんが何者かは知らないけれど、あなたはまだ6歳よ。それに、あなたに何かあったら、父様も母様も、お兄様たちも、みんな悲しくてたまらないわ。大切な人たちを心配させないのも、立派な『カッコいい男』の条件よ」
母の言葉に、レオンはぐうの音も出なかった。
結局、「父様か母様の手が空いた時、あるいはアデル兄様が帰省した時に、一緒に行きましょうね」という約束を取り付け、レオンはしぶしぶ納得したのだった。
そんなわけで、彼の冒険計画は一時中断となったが、日々の鍛錬は一日も欠かさなかった。
特に、母から教わった「魔力制御」の訓練は、彼にとって新しい発見の連続だった。
最初は、言うことを聞かない赤子のように、あちこちに逸れてしまっていた体内の魔力。それが、毎日時間を見つけては意識を集中させるうちに、次第に彼の意志に従うようになってきた。
初めはちょろちょろとした細い小川のようだった魔力の流れは、今では彼の体内をよどみなく巡る、雄大な大河のように感じられた。この感覚が、レオンにはたまらなく楽しかった。
そして、彼の周りには、新たな友人たちが増えていた。
魔力を感じられるようになってから、レオンは庭や温室にいる『下級精霊』たちの存在を、キラキラと輝く無数の光の粒として、ぼんやりとだが認識できるようになったのだ。
レオンが、庭でラジオ体操を始めると、どこからともなく光の粒が集まってきて、レオンの周りを応援するかのように、楽しげに飛び回る。
「それっ!腕を振って、脚を曲げ伸ばす運動!」
レオンの動きに合わせて、光の粒たちも一斉に上下する。
「ありがとう、みんな!応援してくれてるんだね!」
レオンが話しかけると、光の粒たちは、嬉しそうに一層輝きを増した。
彼らは最高の友人だったが、一つだけ、残念なことがあった。
下級精霊たちは、純粋な喜びや好意といった感情は伝えてくれるものの、人間のように言葉を交わすことはできなかったのだ。
(あーあ…精霊とお話ができるようになりたいなぁ。母様みたいに、中級や上位の精霊さんとお友達になれたら、きっとすごく楽しいだろうな…)
レオンの探究心は、日に日に大きくなっていった。
「ノブレス・オブリージュの実践」の時間は、仕方がないので城内の庭やら温室やらを巡って、精霊探しをしていた。今日は、母エレナの温室を訪れている。
レオンは温室の中を散策し、植物たちに挨拶をして回っていた。
その時、温室の中央にそびえる、ひときわ大きな月桂樹の木が、どことなく元気をなくしていることに気づいた。葉の色が、いつもより少しだけくすんで見える。
(どうしたんだろう?元気がないみたいだ…)
レオンは、その木の幹にそっと小さな手を触れた。
(和江おばあちゃんは、よく庭の草花に『元気を分けてあげるね』って、優しく撫でていたな…)
「月桂樹さん、元気を分けてあげるね!」
前世の記憶を思い出しながら、レオンは習熟してきた魔力制御で、自分の中の温かい魔力を、ほんの少しだけ、手のひらから木へと流し込んだ。それは、純粋な善意からくる、無意識の行動だった。
その、瞬間。
『―――あらあら、なんて温かい力。ありがとう、小さなご主人様』
凛とした、しかしどこか悪戯っぽい、美しい女性の声が、直接、レオンの頭の中に響き渡ったのだ。
「えっ!?だ、誰ですか!?」
レオンは驚いて、思わず辺りを見回す。しかし、温室には彼一人しかいない。
『ふふ、ここよ、ここ。あなたの目の前にいるじゃない』
声は、目の前の月桂樹から聞こえてくるようだった。木の幹が、淡い光を放ち、その表面に、美しい女性の上半身が、うっすらと浮かび上がる。
「き、木の精霊…!もしかして、あなたはドライアドさんですか!?」
『ええ、そうよ。あなたの母様と契約している、この温室の主みたいなものね。あなたの優しい魔力のおかげで、久しぶりに声が出せるようになったわ。最近少し、魔力の循環が悪くて、調子が悪かったのよ』
それは、会って、話をしてみたいと切望していた、中級精霊のドライアドの姿だ!
「すごい…!本当にお話できるんですね!」
初めて精霊と会話できた喜びに、レオンは歓声を上げた。
『ええ。あなたの魔力は、とても素直で綺麗だもの。私たち精霊にとっては、最高のご馳走よ。それにしても、やっと声が聞こえるようになったのね。赤ちゃんの頃から、ずっとあなたを見てきたけれど』
「え、そうなんですか!?」
『そうよ。あなたは、赤ちゃんの時から、他の人間とは少し違っていたわ。いつも、私たちが見えているかのように、にこにこと笑いかけてくれたもの』
レオンは、ドライアドとの会話に夢中になった。彼女は、何百年もこの地で生きているだけあって、とても物知りで、そして、噂話が大好きだった。
『あなたの母様には、いつもお世話になっているけど、あの方は時々そそっかしいから、見ていて飽きないのよ』
「母様が、そそっかしい?」
『ええ。この前も、新しい肥料を開発したって大喜びで、間違えて自分の紅茶に入れてしまってねぇ…。一口飲んで、すごい顔で固まっていたわよ』
「えええ!?」
ドライアドは、くすくすと笑いながら、さらに秘密の話を続けた。
『あなたの父様、マルク様は、執務室で疲れていると、よくため息をついているでしょう?そんな時はね、夜中にこっそり、あなたの母様が、強壮作用のある特別な薬草茶を持っていくのよ』
「特別な、薬草茶…」
『そう。この間は、温室で二人でお茶を飲んでてね!そして、『あなた…あまり無理しないでくださいね』なんて言って、それはもう熱烈に見つめ合って…。マルク様は『ありがとう』って言ってエリナ様を抱き寄せて…きゃぁ!これ以上は、レオン様にはまだ早いわね!まあ、見てるこっちが恥ずかしくなってしまうくらいだったのよ!』
レオンは、両親の意外な一面を知り、なんだか胸が温かくなった。
(父様と母様って、そんなに仲良しだったんだ…!)
子供らしい純粋な感動と、面白い話を聞けたという満足感で、彼はホクホクした気持ちになった。
◇
その日の夕食。
家族全員が揃った食卓で、事件は起こった。
一日の激務を終えた父マルクが、疲れた顔で、ふう、と深いため息をついた。
「また、ヴァリウス公爵が面倒な要求をしてきてな…。胃が痛む…」
それを見たレオンが、助け船を出すつもりで、善意100%の天使の微笑みを浮かべた。
「父様、大丈夫ですよ!夜になったら、母様が特別な薬草茶を持って、執務室へ『あなた…』って来てくれますから!」
「「ぶっ!!!!」」
マルクとエレナが、口に含んだスープを、見事な勢いで同時に噴き出した。
テーブルの上が、一瞬にして惨状と化す。
「なっ、ななな、レ、レオン!?き、君は、どこでそんな話を…!?」
顔をトマトのように真っ赤にして、マルクが狼狽える。
「あらあら、うふふ…レオンったら、何を言っているのかしら…?」
エレナもまた、頬を染め、必死に扇子で顔を仰いで平静を装っているが、その動揺は隠しきれていない。
「へぇー、父さんたち、夜中にそんなことしてるんだー。やるじゃん」
ユリウスが、ニヤニヤと面白そうに両親を交互に見ていた。
「温室にいる、ドライアドさんが教えてくれました!」
レオンは、悪びれる様子もなく、情報の出どころをあっさりと白状した。
「この前、母様が間違えて肥料を飲んじゃったお話も、全部聞きましたよ!」
「ひ、肥料!?」
「エレナ、本当か!?」
マルクの追及の矛先が、妻へと向かう。
「あ、あら、あれは、その、栄養補給の一環というか…うふふ…」
精霊と話せるようになった喜びが、思いがけず両親の秘密を暴露するという、特大の「どうしてこうなった?」を引き起こしてしまった。
レオンだけが、「どうしてみんなそんなに驚いているんだろう?」と、不思議そうに首を傾げている。
彼の新たな能力の開花は、これからもグレイスフィールド家に、新たな波乱と、父マルクの尽きることのない胃痛をもたらすことになるのだった。
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