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天使様、すれ違う恋心をお茶会で繋ぐ

読んでいただきありがとうございます!更新日は火・金・日予定です♩

 凍てつくような冬の寒さが和らぎ、少しだけ柔らかな春の陽射しが王都を包み込み始めたフローラ月(3月)。ロドエル魔導学院にも、新しい季節の息吹が満ちていた。


 初等部2年へと進級して、早くも一ヶ月が過ぎた。レオンの長兄アデルは高等部の1年生に、次兄ユリウスは中等部の1年生へとそれぞれ進学し、グレイスフィールド家の3兄弟は、皆それぞれに新たな学びのステージを迎えている。


「今日もいいお天気だね!」

 レオン・フォン・グレイスフィールドは、初等部校舎の廊下を歩きながら、窓から差し込む陽光に目を細めた。チーム『寄せ植え』の面々、エリアス、ベアトリクス、フェリックス、ルチア、そしてレオンの5人は、二年になっても相変わらず仲が良く、同じクラスで賑やかな日々を送っている。


 特に、第二王子エリアスと、その婚約者であるヴォルフェン公爵令嬢ベアトリクスの二人は、冬季休暇の間に手紙のやり取りでもあったのか、以前よりもずっと距離が縮まったようにレオンの目には映っていた。お互いに視線を合わせては少しだけ頬を染めたり、エリアスが本を読んでいるのをベアトリクスがそっと見守っていたりと、まるで春の花が咲き誇るような、甘酸っぱくも良い雰囲気を醸し出していたのだ。

(うんうん。若い二人が仲良きことは、美しきことかな、だね)


 レオンは、ベアトリクスに、以前、勘違い恋心をぶちかましたことを棚に上げて、二人の仲睦まじい様子を微笑ましく見守っていた。


 ――しかし。そんな平和な日常は、ある日突然、終わりを告げる……。


 ◇


「……」

「……」


 昼休みのラウンジ…いつもなら、レオンの席の周りに5人が集まってワイワイと昼食をとるはずなのだが、今日の空気は明らかに異常だ。いや、教室にいた時から、なんか変だなとは思っていた。しかし、実際に対面すると、空気が重い…重すぎる…。


 エリアスは、俯いたまま無言でサンドイッチを少しずつ齧っている。一方のベアトリクスは、エリアスの少し離れた、斜め前に座り、持参した本を広げているものの、その視線は文字を追っておらず、時折、エリアスの方を恨めしそうに、そして悲しそうにチラリと見ては、またすぐに視線を逸らしていた。


(……これは、完全に喧嘩してるな)

 レオンは、二人の間に流れるシベリアの永久凍土のような冷たい空気を肌で感じ取り、小さくため息をついた。隣でパンを頬張っていたフェリックスも、さすがに空気を読んだのか、ヒソヒソ声でレオンに耳打ちしてくる。

「なあ、レオン。あいつら、どうしたんだ? 朝から一言も口きいてねえぞ。すっげー気まずいんだけど」

「僕も気づいてたけど…これほどとは…ルチア、何か知らない?」

「い、いえ……。今朝、お二人が廊下で何か言い合いをされているのを見かけたのですが、私のような者が口を挟めるような雰囲気ではなくて……」

 ルチアもオロオロと視線を彷徨わせている。このままでは、せっかくの『寄せ植え』チームの絆にヒビが入ってしまう。レオンは、お節介魂に火がつくのを感じた。

「……ちょっと、二人から別々に話を聞いてみるよ」


 レオンは食事が終わると、エリアスを呼び出して話を聞いた。

「エリアス。どうしたの?ベアトリクス様と何かあった?」

 中庭に着くと、レオンがベンチの隣に座って問いかける。すると、エリアスはビクリと肩を震わせ、さらに深く俯いてしまった。


「……レオン君」

 エリアスの声は、消え入りそうなほど小さかった。

「ベアトリクスに……兄上のことを、悪く言われたんだ」

「ジークハルト殿下のことを?」

「うん……。僕が、『兄上ならこんな問題、すぐに解けるのに。僕には才能がないから』って言ったら……ベアトリクスが、急に怒り出して。『王太子殿下なんて、大したことありませんわ!あの方は、周りが優秀なだけで、本人が優秀なわけではないですわ!』って、すごく怖い顔で……」


 エリアスにとって、完璧な第一王子であるジークハルトは、越えられない壁であり、強烈なコンプレックスの源だ。しかし同時に、誰よりも尊敬し、愛されたいと願っている「たった一人の兄」でもある。その兄を否定されたように感じて、エリアスは深く傷ついてしまったのだ。

「……そっか。それは、悲しかったね」

 レオンは、エリアスの背中を優しくぽんぽんと撫でた。

(でも、ベアトリクス様が、ただ悪口を言うためにそんなことを言うはずがない。きっと、何か別の理由があるはずだ)


 レオンは、次にベアトリクスの元へと向かった。

「ベアトリクス様。少し、お話いいですか?」

 レオンが声をかけると、ベアトリクスはビクッとして本を閉じ、扇子で顔の下半分を隠した。しかし、その耳が真っ赤になっているのを、レオンは見逃さなかった。

「な、何かしら、レオン。わたくし、今は少し……」

「エリアスのことですよね」


 ズバリと切り込むと、ベアトリクスの瞳から、ぽろりと大粒の涙がこぼれ落ちた。

「……わたくしは、ただ……っ」

 彼女は、震える声でぽつりぽつりと胸の内を吐露し始めた。

「エリアス様は、いつもいつも、ご自分をお兄様と比べて、ご自身を卑下なさるのです。『僕なんて』『兄上なら』って……。それが、わたくしは、とてももどかしくて、悲しかったのですわ」


 ベアトリクスにとって、エリアスは「定められた政略結婚の相手」という枠をとうに超え、純粋に一目惚れした大切な人だ。その大好きな人が、自分自身を傷つけるような言葉を吐くのが、耐えられなかったのだ。

「わたくしはただ、比べる必要なんてないと、貴方様は貴方様のままで素晴らしいのだと、そう伝えたかっただけなのに……!思わず、ジークハルト様を貶めるような……っ。エリアス様を、怒らせてしまいましたわ……」


 涙ぐむベアトリクスを見て、レオンは全てを理解した。

(なんだ。二人とも、お互いのことを大切に思っているのに、言葉が足りないせいで、盛大にすれ違っているだけじゃないか)

 和江おばあちゃんの経験上、こういう「言葉足らずのすれ違い」は、放置しておくと変にこじれて、修復が難しくなる。鉄は熱いうちに打て、だ。

 レオンは、コホンと一つ咳払いをすると、キリッとした顔で宣言した。

「分かりました!お二人のすれ違い、この僕が解決してみせます!今日の放課後、中庭のいつもの場所に集まってくださいね!」


 ◇


 放課後。春の温かい風が吹き抜ける中庭の、大きな樫の木の木陰。チーム『寄せ植え』の定位置に、5人の姿があった。


 レオンの指示で、ルチアが用意した特製のハーブティーと、春の果実をふんだんに使った焼き菓子がピクニックシートの上に並べられている。しかし、お茶会の準備は完璧だというのに、肝心のエリアスとベアトリクスは、お互いにそっぽを向いたまま、気まずそうに黙り込んでいた。

「ええと……」

 重苦しい空気を破るように、レオンが立ち上がる。


「今日は、みんなでお茶会をしようと思って集まってもらいました。でも、ただお茶を飲むだけじゃつまらない」

 レオンは、エリアスとベアトリクスを交互に真っ直ぐ見つめた。

「僕たちは、縁あって仲良くなった仲間だと僕は思ってる。でも、言葉が足りないと、すれ違うことも出てくると思うんだ。口に出して伝えないと、相手には絶対に分からないんだよ。だから、今日はお互いの思ってる、本当の気持ちを、ちゃんと伝え合ってみようよ」


「気持ちを、伝える……?」

 エリアスが、戸惑ったように呟く。

「そう!名付けて、『思っていることを全部言い合おうの会』です!相手のいいところも、直してほしいところも、今日は隠さずに全部言うルール!もちろん、僕たちもやるよ!」


 レオンの提案に、フェリックスが「おっ、面白そうじゃん!」と乗り気になった。

「よし、じゃあまずは俺からな!」

 フェリックスは、腕を組んで隣に座るルチアをビシッと指差した。

「ルチア!お前、いっつも一生懸命で頑張り屋なのはすげーと思うけど、相変わらずドジすぎるぞ!昨日も魔法の練習で、水球を俺の頭にぶつけただろ!」

「ひゃああっ!そ、それは本当に申し訳ありませんでした!でも、フェリックス様こそ、もう少し落ち着いて行動してください!廊下を走って転ぶなんて、貴族の令息としてどうかと思います!」

「なんだとー!?俺は元気なのが取り柄なんだよ!」

 いきなり始まった口喧嘩のようなやり取りに、エリアスとベアトリクスは目を丸くする。しかし、フェリックスもルチアも、怒っているわけではなく、どこか楽しそうに笑い合っていた。


「はいはい、二人ともそこまで」

 レオンがパンパンと手を叩いて仲裁に入る。

「フェリックスは少しうるさいし脳筋だけど、いざという時は誰よりも前に出てくれるからすごく頼りになるよ。ルチアはおっちょこちょいなところもあるけど、誰よりも気が利くし、いつも僕を助けてくれる、大切なお姉ちゃんみたいな存在だよ」


 レオンが本心からの称賛を伝えると、フェリックスは「へへっ、照れるぜ」と鼻の下をこすり、ルチアは「レ、レオン様ぁ……!」と感涙して両手で顔を覆った。

「ね?こんな風に、思っていることをそのまま言葉にするだけで、なんだかスッキリするし、もっと仲良くなれる気がするでしょう?」


 レオンの言葉に、場がふわりと温かい空気に包まれた。アイスブレイクは完璧だ。

「さあ。次は、お二人の番ですよ」

 レオンが促すと、エリアスとベアトリクスの肩が、ビクリと跳ねた。二人は、恐る恐るお互いの顔を見を見る。しかし、やはり言葉が出てこない。

 そのもどかしい様子を見て、フェリックスが大きく息を吐き出した。

「あー、もう!見ててじれったいな!おい、エリアス!」

「えっ、ぼ、僕!?」

「ベアトリクスはな、不器用なだけだぞ!口は悪いし、怒りん坊だけど、いっつもエリアスのことすっげー心配してんだからな!」

「ちょっと、フェリックス!誰が怒りん坊ですの!」

「ほら、すぐそうやって怒る!でも、本当はエリアスに笑ってほしいだけなんだろ?違うか?」

 フェリックスの、空気を読まないド直球の言葉が、ベアトリクスの分厚いプライドの鎧を木端微塵に打ち砕いた。


「わ、わたくしは……っ」

 ベアトリクスは、扇子を握りしめ、ギュッと目を閉じた。そして、覚悟を決めたように、ゆっくりとエリアスの方へ向き直った。

「……エリアス様」

 その声は、いつもの凛とした公爵令嬢のものではなく、等身大の、ただ恋する一人の少女の震える声だった。

「先日は……その、言い過ぎましたわ。お兄様を侮辱するようなつもりは、決してなかったのです」


 ベアトリクスは、膝の上で手をきつく握りしめながら、ぽつりぽつりと紡ぐ。

「わたくしは……エリアス様が、いつもお兄様とご自分を比べて、ご自身を卑下なさるのが……悲しかったのです。エリアス様は、誰よりも優しくて、古代の文献も読めるほど賢くて……素敵なところが、たくさんあるのに」

 彼女の頬を、一筋の涙が伝い落ちる……

「貴方様は、そのままで素晴らしいお方です。兄君と比べる必要など、どこにもありませんわ。わたくしは……今の、そのままのエリアス様が……」

『好きなのです』という言葉は、羞恥心に阻まれて喉の奥に引っ込んでしまったが、その想いは、痛いほどに伝わってきた。


 エリアスは、目を見開いてベアトリクスを見つめていた。彼女が自分をどう思っているか。今まで「親が決めた婚約者だから、義務感で一緒にいるのだろう」とばかり思っていた。しかし、彼女が流した涙と、その言葉に込められた真摯な想いに触れ、自分の勘違いを恥じた。

「……ベアトリクス」

 エリアスは、そっと手を伸ばし、ベアトリクスの震える手を包み込んだ。

「僕のことを思って、言ってくれたんだね。……ごめん。僕の方こそ、兄上にコンプレックスがあって、勝手に意固地になっていたんだ」


 エリアスの蒼い瞳に、確かな光が宿る。

「君が言ってくれたように、僕は兄上のようにはなれないかもしれない。でも……君が『素晴らしい』と言ってくれる、この自分自身のままで、前を向いて歩いてみようと思う。……気づかせてくれて、ありがとう、ベアトリクス」

「エ、エリアス様……っ!」

 二人は、見つめ合い、そして、恥ずかしそうに、けれど心の底から嬉しそうに微笑み合った。春の柔らかな風が、樫の木の葉を揺らし、二人の間を通り抜けていく。


(……よしっ!)

 レオンは、内心でガッツポーズを決めた。

(和江おばあちゃん、仲人(?)大成功だよ! これで二人の絆は、もっと強くなるはずだ!)

「おっ、一件落着だな!レオンのいいところと、思うところみんなで言おうぜ」

「えっ…」

 思わぬタイミングで矢を向けるフェリックスに、レオンは動揺した。


 みんなは、ニヤニヤしながらレオンを見つめる。

「レオン君は、優しくて美しくて天使みたいだけど…たまに、おばあちゃんぽいよね」

「エリアス様!わたくしも思ってました!特に、お説教するときとかの例えとか、お祖母様を思い出します…」

「確かに…後、意外に頑固なところも、ばあちゃんぽいよな!」

「わかります!それに、すごく気が利いて、わたし達のこと気にかけてくれるんですけど、解決方法がちょっとズレてることがあったりして、天然でおばあちゃんぽいです!」

『わかるー!!後、いつもアメちゃんくれるのも、優しいおばあちゃんぽくて好きー』


 エリアスとベアトリクスのために始めた、『思っていることを全部言い合おうの会』で、なぜか、特大の矢で刺されたレオン。しかも、モリィまで参戦している…

 ルチアが、嬉しそうにお茶を注ぎ足す。中庭には、再びいつもの賑やかで温かい笑い声が響き渡るなか、レオンだけが波状の「おばあちゃん」攻撃に白目を向いていた。


 ◇


 お茶会が終わり、寮へと戻る道すがら……


 エリアスは、少し前を歩くレオンの背中を見つめながら、自身の心の中に起きた小さな、しかし確実な変化を感じていた。

(……僕は、今までずっと、兄上の影ばかりを見ていた)

 何をするにも、「完璧な兄ならどうするか」を基準にし、それに届かない自分を恥じていた。ジークハルトの圧倒的な才能と、その威光に潰されそうになりながら、ただ息を潜めて生きてきた。


 でも、ベアトリクスは言ってくれた。「比べる必要はない」と。「今のそのままの貴方が素晴らしい」と。そして、レオンは教えてくれた。「思っていることは、言葉にしなければ伝わらない」と。

(……兄上は、本当は、僕のことをどう思っているんだろうか……?)

 ふと、そんな疑問が頭をよぎる。これまでは、ジークハルトの冷たい態度や厳しい言葉を、そのまま「拒絶」だと受け取っていた。しかし、もし自分とベアトリクスのように、ただ「言葉が足りていない」だけだとしたら?


(いつか……僕も、兄上から逃げずに、自分の本当の気持ちを、言葉にして伝えられるようになりたい。……僕なりのやり方で、国を支えたいって)

 まだ、その勇気はない。兄の前に立てば、きっとまた萎縮してしまうだろう。だが、その心の中に芽生えた小さな種は、春の陽射しを浴びて、確かに根を張り始めていた。


「どうしたの、エリアス? 早く行かないと、夕食に遅れちゃうよ!」

 振り返ったレオンが、天使の微笑みで手招きをする。

「あ、うん! 今行くよ!」

 エリアスは、新しい決意を胸に秘め、大切な友人たちの元へと駆け出していった。


 新学期の波乱は、彼らを少しだけ大人へと成長させ、チーム『寄せ植え』の絆を、より一層深めることになったのだった。


ここまで読んでいただき、ありがとうございます♩

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