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天使様、民族大移動で王都へ帰還する

読んでいただきありがとうございます!更新日は火・金・日予定です♩

 一年で最も寒さの厳しいルミア月(1月)も終盤に差し掛かり、アルセリオス王国の北西に位置するグレイスフィールド侯爵領には、凍てつくような冷たい風が吹き荒れていた。


 年始を祝う華やかなパーティーも無事に終わり、領地にはいつもの穏やかな日常が戻ってきている……はずだった。


「こっちの荷物は三番の馬車へ!割れ物が入っているから慎重に頼むわよ!」

「保存食の樽は四番だ!奥様の研究機材は一番揺れの少ない二番の馬車へ積み込め!」

 エルグレア城の正面玄関から続く車寄せには、早朝から怒号と怒涛の活気が渦巻いていた。ずらりと並んだ豪奢な馬車の数は、一台や二台ではない。荷馬車も含めれば、ゆうに十台を超える車列が、城門に向かって長々と列をなしている。


 その光景を、出発の準備を整えたレオン・フォン・グレイスフィールドは、呆然と見つめていた。

「なんだか……お引越しみたいだね」

 深い蒼い瞳を瞬かせながら呟くレオンの横で、次兄のユリウスが、呆れたように肩をすくめた。

「引越しっていうか、もはや民族大移動だろ、これ。いくら王都の別邸に滞在するからって、やりすぎじゃないか?」

「何を言うかユリウス!我が天使レオンが、王都の冷たい風に晒されず、快適で完璧な生活を送るためには、これでもまだ足りないくらいだ!本当なら、このエルグレア城を丸ごと王都に転移させたいくらいなのだぞ!」

 長兄のアデルが、すでに感動の涙で目を潤ませながら、レオンの肩をガッチリと抱き寄せて力説する。相変わらずのブラコン全開の兄に、レオンは苦笑しながらその手をやんわりと躱した。

「アデル兄様、大袈裟ですよ。でも、本当にすごい荷物と……すごい人数の使用人さんたちですね」


 レオンの言う通り、荷物だけでなく、馬車の周りを慌ただしく動き回っている使用人たちの数も尋常ではない。

「よし、王都別邸の厨房は俺が完璧に仕切ってやるぜ!坊ちゃんたちにひもじい思いはさせねえ!」

 料理長のクロノが、愛用の巨大なフライパンを背負って気合を入れている。

「王都の屋敷は少し埃っぽいでしょうから、到着次第、総出で大掃除よ!レオン様の健やかなる眠りのために、シーツは最高級のものに張り替えるわよ!」

 メイド長のカミラも、腕まくりをしてメイドたちに指示を飛ばしている。

 ざっと見渡しただけでも、エルグレア城に仕える優秀な使用人たちの、実に三分の一近くが、王都へ向かう準備をしているようだった。


「……俺たちは、寮生活だってわかってるよな?…休みの日くらいしか、別邸には行かないぞ……」

 なんだか、やる気のみなぎる使用人たちを見て、ユリウスは疑問を口にするも大きな声では言えなかった。


「さて、忘れ物はないかしら?ルチア、私の研究資料のトランクはちゃんと積んだ?」

「はい、奥様!すべて二番の馬車に厳重に固定いたしました!」

 ふんわりと微笑みながら現れたのは、母エレナだった。彼女は、侯爵夫人としてのドレスではなく、長旅に耐えうる動きやすい、しかし気品のある乗馬服のような装いをしている。


 そう。今回の王都への出発が「民族大移動」と化した最大の原因は、この母エレナが、兄弟たちと共に王都へ同行することになったからだ。

「母様も一緒に王都に行けるなんて、僕はすっごく嬉しいです!」

 レオンが目を輝かせて言うと、エレナは愛おしそうにレオンのピンクブロンドの髪を撫でた。

「ええ、母さんも楽しみよ。ルチアの魔力圧縮の研修も、魔導士ギルドでいよいよ本格的な段階に入るし。それに……」


 エレナの目が、突如として研究者のそれに変わり、爛々と輝き始めた。

「あなたたち三兄弟がやらかしてくれた『グレイスフィールド式・三位一体魔力圧縮法』!あれの安全性の確認と、ギルドのデータベースを使った裏付けが必要だわ!さらに、レオンたちが学園の七不思議で見つけた『総合魔法陣』!あれの解析なんて、王宮の禁書庫やギルドの最深部にある資料を当たらないと進まないもの!こんな面白そうな研究対象が山積みで、領地で大人しくお茶を飲んでなんかいられないわ!」


 ワクワクが止められないといった様子のエレナ。彼女は、息子の活躍を見守るという建前を大義名分にしつつ、完全に自分の知的好奇心を満たすために王都へ乗り込む気満々であった。侯爵夫人が長期間、王都の別邸に滞在するとなれば、当然、生活基盤を完璧に整える必要がある。それが、この大量の荷物と使用人の大移動の理由だったのだ。

「なるほどねぇ。母さんの探究心に火がついちゃったんなら、誰も止められないな」

 ユリウスが、面白そうにクスクスと笑う。

 その時。


「「「…………っ!?」」」


 レオン、アデル、ユリウスの三兄弟は、ふと背後から凄まじい冷気と、どす黒いオーラを感じて、一斉に振り返る。


 そこには、この領地を治める絶対的権力者である父、マルク・フォン・グレイスフィールド侯爵が立っていた。

「父様、おはようございま……ひぃっ!?」

 レオンは、挨拶を言いかけて、思わず一歩後ずさった。父マルクの顔が、とんでもないことになっていたのだ。


 昨年末、レオンの「おばあちゃんの知恵袋」的ヨイショと家族の愛によって、見事に崩壊させたはずの『般若面』。それが、今朝は般若面どころか、地獄の釜の底から這い上がってきたような『大般若』と化していた。眉間にはマリアナ海溝を超える深いシワが刻まれ、目は血走り、口元はワナワナと震えている。


「な、なんだこの空気は……年末より悪化してるじゃないか……!」

 ユリウスが、冷や汗を流しながら引きつった笑いを浮かべる。

「ち、父上……?いかがなされましたか……?」

 アデルでさえ、そのただならぬオーラに圧され、恐る恐る声をかけた。


 マルクの後ろから、音もなく執事のクラウスがスッと現れ、レオンの耳元に身を屈めた。

「……レオン様」

 クラウスは、一切の表情を崩さずに、小声で囁いた。

「旦那様は、またしても拗ねておられるのです」

「えっ!?だって、年末にご機嫌直ったばっかりじゃないですか!」

「お察しください。前回は、夏季休暇に息子様たちが帰ってこなかったことによる寂しさでした。しかし今回は……」

 クラウスは、視線だけで、大興奮で荷造りの指揮を執るエレナと、嬉々として馬車に乗り込む使用人たちを示した。

「今回は、愛する奥様まで長期間、王都へ行ってしまわれるのです。しかも、優秀な使用人の三分の一をごっそりと引き連れて……。旦那様は、冬の厳しい寒さが残るこの広いエルグレア城で、またしても『独りぼっち』の激務に取り残されるという現実に、絶望のどん底におられるのです」


「ああっ……!」

 レオンは、雷に打たれたように全てを理解した。

(そうか!単身赴任の寂しいお父さん状態だ!しかも、今回は奥さんまで実家(王都)に帰っちゃって、家に帰っても誰も「おかえり」って言ってくれないやつだ!)

 和江おばあちゃんの記憶の中で、近所のおじさんが単身赴任になり、寂しさから毎晩のように居酒屋で管を巻いていた姿が脳裏をよぎる。熟年男性の「孤独」は、放置すれば心を蝕み、深刻な健康被害(胃痛)を引き起こす恐ろしい病だ。


 マルクは、血走った目で、恨めしそうにエレナを見た。

「エ、エレナ……。本当に、行くのか……?私を、置いて……?」

「あら、マルク。そんな顔しないでちょうだい。領地のことは、あなたとクラウスがいれば完璧に回るでしょう?私は王都で、子供たちのサポートと、ちょっとした『研究』をしてくるだけよ」

 エレナは、全く悪びれる様子もなく、のんびりとした声で答える。


「それに、クロノまで連れて行くことはないだろう……!私の、毎日の楽しみである食事が……っ!」

「あら、王都の別邸でも美味しいご飯を食べたいじゃない。大丈夫よ、副料理長も腕を上げているから、あなたの胃に優しい薄味のスープは作れるわ」

 妻の明るすぎる正論の前に、マルクの反論は虚しく空を切る。彼の背中は、今にも崩れ落ちそうに丸まり、その大般若の面には、隠しきれない「哀愁」が漂っていた。


(まずい!このままじゃ、父様が可哀想すぎる!ここは僕が、なんとかしてフォローしないと!)

 レオンは、瞬時に『おばあちゃん的・家族円満スキル』をフル稼働させた。こういう時、寂しがる父親に最も効く特効薬は何か。それは、「自分は家族から必要とされている」「決して忘れられてはいない」という安心感を与えることだ。


「父様!」

 レオンは、タタタッと小走りでマルクの前に進み出ると、その大きな手をご両手でぎゅっと握りしめた。

「れ、レオン……?」

 マルクが、虚ろな目で息子を見下ろす。レオンは、少しだけ背伸びをして、純度一〇〇パーセント、一点の曇りもない天使の瞳で、父を真っ直ぐに見つめ上げた。

「父様、そんなに寂しがらないでください!僕、父様のこと、絶対に一人ぼっちになんてさせませんから!」

「レオン……だが、お前たちも、エレナも、王都へ行ってしまうではないか……」

「離れていても、心はいつも父様のそばにあります!僕、約束します!王都に着いたら、父様のために、毎日……絶対に毎日、お手紙を書きますから!」

「ま、毎日……!?」

 マルクの大般若の面が、ピクリと反応した。


「はい!学園で起きた面白いことや、アデル兄様やユリ兄様の様子、それに、母様がどんな研究をしているかも、全部報告します!それから……」

 レオンは、和江おばあちゃんの知恵袋から、さらに強力な言葉を紡ぎ出す。

「それから、季節の変わり目には、健康に良い薬草茶の淹れ方や、胃に優しいお弁当のおかずのレシピなんかも、いーーっぱい書いて送ります!だから、父様は毎日、僕の手紙を読んで、僕たちと一緒にいる気持ちになってくださいね!」


 単身赴任の夫を気遣う妻のような、いや、遠く離れて暮らす孫からの心温まる便りのような、完璧な「繋がり」の約束。

 その言葉は、マルクの冷え切って孤独に震えていた心に、まるで春の陽だまりのように、温かく、深く染み渡っていった。

「レオン……お前という子は……!私の健康のことまで気遣って……!」

 マルクの瞳から、大粒の涙がぼろぼろとこぼれ落ちる。彼は、レオンを強く、力強く抱きしめた。

「うおおおおおっ!レオン!必ずだぞ!毎日、手紙を寄越すのだぞ!一日でも途切れたら、私は心配で王都まで馬を飛ばしてしまうかもしれんからな!」

「はい、父様!約束です!」

 父親の熱い抱擁に、レオンは少し苦しくなりながらも、ポンポンと背中を叩いて慰めた。


 その感動的な親子のやり取りを見て、黙っていられない男が一人いた。

「な、なんだとぉぉぉっ!?」

 アデルが、信じられないものを見るような目で、悲鳴を上げた。

「レオン!私への手紙ではなく、父上へ毎日手紙を書くというのか!?なんという不条理!私とて、毎日レオンからの愛の手紙を待ちわびて、寮のポストを一日百回は確認する所存だったというのに!」

 アデルは、嫉妬の炎を燃やしながら、地団駄を踏んでいる。

「兄さん、うるさいよ。俺たちはレオンと同じ学園内の寮生活だろ……。なんで手紙が必要なんだよ」

 ユリウスが、呆れ果てたようにツッコミを入れる。

「物理的な距離の問題ではない!心の距離、そして『手紙』という形に残る愛の結晶の問題なのだ!」


「はいはい、わかったから。出発の邪魔になるから静かにしてて」

 ユリウスにあしらわれるアデルをよそに、エレナもふんわりと笑いながらマルクに近づいた。

「もう、マルクったら。レオンにまで気を使わせて。……私も、気が向いたら、新しい薬草の標本と一緒に手紙を書いてあげるわね」

「き、気が向いたらって……。標本はいらんから、お前の言葉が欲しいのだが……」

「ふふ、善処するわ。領地のことは任せたわよ、あなた」

 エレナの軽いキスを受け、マルクはようやく、その顔から般若の面を完全に取り去り、本来の威厳ある、しかしどこか少しだけ情けない父親の顔に戻った。


「……うむ。王都のことは任せた。アデル、ユリウス、レオン。そしてエレナ。道中、気をつけてな」

「はい!行ってきます、父様!」

 レオンが満面の笑みで手を振る。

『レオン様のおとうちゃま、いってきまーす!お土産、買って帰るからねー!』

 子犬サイズになったモリィも、レオンの足元から尻尾を振って挨拶した。


 ◇


「出発!」

 護衛の騎士たちの号令と共に、長い馬車の列が、ゆっくりと動き始めた。車輪が石畳を叩く音が、冬の朝の空気に響き渡る。


 一番豪華な作りの馬車の中で、レオンは窓から顔を出し、見えなくなるまでマルクに向かって手を振り続けた。

「父様!胃薬の飲み過ぎには注意してくださいねー!」


 その声が遠く風に消えていく中、エルグレア城の玄関に残されたマルクは、大きく、深く、安堵と一抹の寂しさが混じったため息をついた。

「……行ってしまったな」

「はい、旦那様。お寂しくなりますね」

 隣に控えるクラウスが、静かに同意する。

「……だが、レオンが毎日手紙をくれると言った。それを楽しみに、この激務を乗り切るとしよう」

 マルクは、寂しさを紛らわすように、レオンの言葉に縋るのだった。


 ◇


 一方、王都へ向かう馬車の中は、驚くほど和やかで、賑やかな空気に満ちていた。

「あー、やっと出発したね。父さんのあの顔、夢に出そうだったよ」

 ユリウスが、クッションに深く寄りかかりながら笑う。

「まったく、父上も大人げない。レオンの優しさに甘えおって……!だが、王都に着けば、レオンは私のものだ!毎日、学園への送り迎えは私が直々に……!」

「アデル兄様、僕はもう一年も一人で寮と学園の行き来してるんですから……。それに、エリアス殿下やフェリックスたちもいるんですよ?」

 レオンが窘めると、アデルは「ぐはっ!」と胸を押さえて撃沈した。


「あらあら、あなたたちったら。王都に着いたら、まずは大掃除と荷解きよ。研究室をなるべく早く稼働できるようにしなくちゃ♩」

 エレナが、手元の薬草図鑑から顔を上げて微笑む。

「「「………」」」

 以前に、メモの山の整理をさせられた苦い記憶を思い起こして、嫌な予感しかない3兄弟だった。


『ねえねえ、レオン様ー!王都に着いたら、クロノさんに何作ってもらう?僕、チョコレートのケーキ!今は、あれをいっぱい食べたい気分!』

 モリィが、レオンの膝の上で目を輝かせている。

「うん、そうだね。ルチアも一緒に、みんなで食べようね」

「はいっ、レオン様!」

 向かいの席に座るルチアも、緊張と期待の入り混じった顔で力強く頷いた。


 窓の外を流れる景色は、次第に雪深い領地から、活気に満ちた王都のそれへと変わっていく。

(いよいよ、新学期だ。みんなと一緒に、また新しい勉強が始まるんだ!)

 レオンは、胸の奥で高鳴る鼓動を感じていた。「カッコいい男」になるための、王都での新生活。母という最強の味方と、賑やかな使用人たちを巻き込んだ、新たな波乱の予感に、天使様の蒼い瞳はキラキラと輝いていた。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます♩

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