表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
101/112

天使様、般若の父を攻略し、10歳の誕生日を迎える

読んでいただきありがとうございます!更新日は火・金・日予定です♩

 イルナ月(十月)も後半に入り、アルセリオス王国の北西に位置するグレイスフィールド侯爵領には、本格的な冬の足音が近づいていた。冷たい風が木々の葉を落とし、遠くの山々にはすでに白い雪化粧が見える。


 そんな冬の寒さも吹き飛ばすような熱気と活気に満ちた、数台の豪奢な馬車が、領地に続く街道をひた走っていた。


「……はぁ。やっと、やっと領地に帰れるね」

 一番大きな馬車の中で、レオン・フォン・グレイスフィールドは、ふうっと深い安堵のため息をついた。窓の外には、見慣れた黄金色の麦畑の刈り跡と、のどかな農村の風景が広がっている。

「本当にお疲れ様だったな、レオン。あの大舞台での発表、見事だったぞ!国王陛下や魔導士ギルドの重鎮たちを前にしても堂々としたあの姿……兄は、兄は誇らしさのあまり、またしても涙が止まらなかった!」

 向かいの席に座る長兄のアデルが、すでにハンカチをびしょ濡れにしながら、レオンの手を固く握りしめてきた。


「もう、アデル兄様は大袈裟なんだから。でも、ありがとう。みんなが一緒にいてくれたから、できたことだよ」

 レオンは苦笑しながら、アデルの手を優しくぽんぽんと叩く。王都のロドエル魔導学院で行われた、初等部一年の研究発表会。レオンたちチーム『寄せ植え』が発表した「七不思議の総合魔法陣」は、単なる子供の自由研究の枠を大きく超え、魔導士ギルドを巻き込む国家プロジェクト級の大発見となってしまった。大人たちの常識をひっくり返し、連日のようにギルドの魔法士たちから質問攻めに遭うという、まさに嵐のような日々を過ごしてきたのだ。


「それにしても、あの時のギルドマスターの顔、最高だったよな!『ダミー・ラインじゃなかったのか!?』って、目ん玉飛び出そうになってたぜ。あははは!」

 隣で氷の結晶を弄びながら、次兄のユリウスがニヤニヤと笑う。彼にとって、権威ある大人たちが子供の発見に狼狽える姿は、最高の娯楽だったようだ。


「ユリウス、あまり大人をからかうものではないわよ。でも、ルチアの魔力圧縮の研修もひと段落したし、こうして家族みんなで領地に帰れるのは、本当に嬉しいわね」

 母エレナが、向かいの席でふわりと微笑んだ。彼女はルチアのギルドでの研修に付き添うという名目で王都の別邸に滞在していたが、実際には息子たちの活躍を特等席で見るために居座っていたようなものだ。


「奥様、本当にありがとうございました!私、ギルドの皆様にたくさん教えていただいて、少しだけ、魔力のコントロールが上手くなった気がします!」

 同乗しているメイドのルチアも、目を輝かせて報告する。

『レオン様ー!お城に帰ったら、ご飯がいっぱい食べられるよね!王都のお菓子も美味しかったけど、やっぱり領地のご飯がいいなー!』

 レオンの足元の影から、使い魔のモリィがひょっこりと白いモフモフの頭を出し、嬉しそうに尻尾を振った。

「うん、そうだね、モリィ。みんな、きっと待っててくれてるよ」


 レオンは、モリィの頭を撫でながら、温かい我が家であるエルグレア城での団欒に思いを馳せた。王都での学園生活は刺激的で楽しいけれど、やはり、自分の心が一番安らぐのは、このおおらかなグレイスフィールドの領地だ。


(……それにしても、なんだか嫌な予感がするような……)

 和江おばあちゃん時代から培われた、長年の「生活の勘」が、微かな警鐘を鳴らしていた。だが、その時のレオンは、久々の帰郷の喜びに気を取られ、その直感を深く掘り下げることはしなかった。


 ◇


 やがて、馬車はエルグレア城の立派な城門をくぐり、正面玄関の車寄せにゆっくりと停車した。


「着いたぞ!」

 ユリウスが勢いよく馬車の扉を開ける。玄関の前には、使用人たちがずらりと並び、当主の家族の帰還を出迎えていた。その中央に、この領地を治める父、マルク・フォン・グレイスフィールド侯爵が立っている。


「父様!ただいま戻りまし……」

 レオンが笑顔で馬車から降り、父に駆け寄ろうとした、その瞬間。


「「「…………っ!?」」」


 レオン、アデル、ユリウスの三兄弟は、ピタリと足を止め、一瞬にして冷や汗を吹き出した。


 父マルクの顔が、おかしかったのだ。普段から「鉄仮面の侯爵」と呼ばれるほど厳格な表情を崩さない父だが、今日の顔は鉄仮面どころではない。眉間にはマリアナ海溝のように深いシワが刻まれ、目は吊り上がり、口元はへの字に固く結ばれている。そこから放たれるオーラは、まるで地獄の底から這い上がってきた『般若』そのものだった。


(な、なんだこの空気は……!?)

 ユリウスが、思わず一歩後ずさる。アデルも、かつてオークと対峙した時以上の緊張感で、ごくりと唾を飲み込んだ。

(僕たち、何か怒られるようなことしたっけ!?王都で何かやらかしたのがバレた!?七不思議の魔法陣のせい!?それとも、肖像画の学長たちにお菓子を供えすぎたこと!?)

 レオンの頭の中で、思い当たるフシがありすぎる数々の「やらかし」が走馬灯のように駆け巡る。


「……マルク?どうしたの、そんな怖い顔をして」

 エレナだけが、全く動じることなく、のんびりとした声で尋ねた。

 マルクは、ピクピクと頬を引きつらせながら、低く、地を這うような声で言った。

「…………よく、戻ったな」

 声が、怒りで震えている。いや、怒りというより、何か別の、深く重い感情が渦巻いているようだった。


 その異様な雰囲気に、レオンがオロオロしていると、マルクの後ろから、執事のクラウスが音もなくスッとレオンの横に近づいてきた。

「……レオン様」

 クラウスは、表情一つ変えずに、誰にも聞こえないような小声で、レオンの耳元に囁いた。

「旦那様は、拗ねておられるのです」

「……え?」

「夏季休暇、アデル様とユリウス様は王都に残り、レオン様も学園の調査にかまけて帰省されませんでした。さらに年末のこの忙しい時期に、奥様までルチアの研修を理由に使用人を引き連れて王都へ行かれ……旦那様は、この広いお城で、ずっとお一人だったのです」


 クラウスの言葉に、レオンの頭に雷が落ちた。

(そうか……!父様は、ずっと一人ぼっちで……寂しかったんだ!)

 領地経営という激務をこなしながら、仕事が終わって広い食堂に行っても、誰もいない。妻も、可愛い(?)息子たちも、みんな王都へ行ってしまった。その孤独と寂しさが、慢性的な胃痛と合わさり、熟成され、拗らせに拗らせた結果……この『般若の面』を生み出してしまったのだ。


(まずい!おばあちゃんの知恵袋によれば、熟年男性の『寂しさからくる拗ね』は、放置すると非常に厄介なことになる!ここは、一刻も早くご機嫌を取らなければ!)

 レオンは、瞬時に状況を判断し、行動を開始した。『カッコいい男』は、家族の危機(機嫌)をスマートに救うものだ。


「父様!」

 レオンは、般若の顔をして立ち尽くすマルクに向かって、両手を広げて一直線にダイブした。

「うおっ!?」

 マルクは、突然飛び込んできた小さな体に驚き、思わずそれを受け止める。

 レオンは、父の胸に顔を埋めると、見上げるようにして、キラキラと輝く、純度10〇パーセントの天使の瞳を向けた。


「父様!ただいま帰りました!僕、ずっと父様にお会いしたかったんです!」

「れ、レオン……?し、しかし、お前は夏休みも帰ってこず……」

「ごめんなさい、父様!でも、聞いてください!僕たち、王都の学園で、とってもすごい発見をしたんです!七不思議の魔法陣が、全部繋がっていて、それが……あっ、これ以上は、父様に一番に聞いてほしかったから、お手紙には書かなかったんです!」

「私に……一番に……?」

 マルクの般若の面が、ピキリと揺らいだ。レオンの「一番に聞いてほしかった」というキラーフレーズが、拗ねて凝り固まっていた父親の心に、クリティカルヒットしたのだ。


「そうです!だって、領地を立派に治めている父様なら、この魔法陣の意味が分かるかもしれないって、みんなで話していたんです!父様の知恵をお借りしたくて、急いで帰ってきたんですよ!」

 レオンの、見事なまでのヨイショ。いや、ヨイショというよりは、和江おばあちゃんが得意としていた「おじいちゃんを気持ちよくさせる魔法の言葉」の連続コンボである。


(……レオン、お前ってやつは……相変わらず恐ろしい交渉術を使うな)

 一部始終を見ていたユリウスが、心の中でドン引きしつつも、すぐに自分もその波に乗るべきだと悟った。彼は、スッと前へ出ると、真面目な顔を作ってマルクに一礼した。

「父さん。俺も、王都でただ遊んでいたわけじゃないんだ。王都の商業ギルドの動きを視察して、この領地をさらに豊かにするための、新しいビジネスのアイデアを練ってきたんだ。父さんの領地経営の足しになるはずだ。後で、計画書を見てくれないか?」

「ユリウス……お前、私の仕事のことを考えて……」


 さらに、アデルが続く。彼は、本当に感極まった様子で、胸に手を当てて熱弁を振るい始めた。

「父上!私は王都で、王宮の政治の腐敗や、貴族たちの醜い争いを目の当たりにしました!そして痛感したのです!このグレイスフィールド領を、これほどまでに平和で豊かに保ち続けている父上の、偉大さと手腕を!父上こそが、私の目標であり、最も尊敬する領主なのです!」

「アデル……お前まで……」


 三人の息子たちによる、猛烈な愛情と尊敬、そして「あなたが必要だ」という存在意義の肯定。その波状攻撃の前に、マルクの心の壁は、もはや砂の城のように崩れ去ろうとしていた。


 そこへ、とどめを刺すように、エレナがふんわりと微笑みながら近づいてきた。

「あなた。お一人にしてしまって、本当にごめんなさいね。あなたの胃が心配で、王都で特別なハーブを見つけてきたの。とびきり胃と心に効く、特製のハーブティーを淹れてあげるわ。……少しだけ苦いかもしれないけれど、私の愛情がたっぷり詰まっているから、飲んでくださるわよね?」

「エレナ……」


 息子たちに頼られ、尊敬され、そして妻からの愛情たっぷりの(苦い)お茶の約束。

「うぅ……っ……お前たち……!」

 ついに、マルクの般若の面は完全に崩壊した。彼の目から、大粒の涙がぼろぼろとこぼれ落ちる。

「よく……よく無事で帰ってきた!私も、お前たちがいなくて、寂しかったぞおおおお!」

 マルクは、レオンを抱きしめたまま、アデルとユリウスも強引に引き寄せ、三人まとめて力強く抱きしめた。立派な侯爵が、玄関先で使用人たちが見ている前で、子供のように声を上げて泣いている。


「父様、苦しいです……」

「父上、鼻水が私の制服に……」

「父さん、暑苦しいって……」

 三人は文句を言いながらも、その温かい腕の中に大人しく収まっていた。こうして、グレイスフィールド家の危機(当主の拗ね)は、レオンのおばあちゃんスキルと、家族の愛によって、無事に回避されたのだった。


 ◇


 その日の夜。エルグレア城の食堂は、数ヶ月ぶりに、賑やかで温かい空気に包まれていた。

「さあ、坊ちゃん方!腕によりをかけて作りましたぜ!」

 一緒に帰領した、料理長のクロノが、満面の笑みで巨大な肉のローストや、領地で採れた新鮮な野菜を使った色鮮やかな料理を次々と運んでくる。


「うわぁ!領地の野菜、久しぶりだ!王都のよりやっぱり美味しいんだよね!」

 レオンが目を輝かせると、モリィも『お肉!お肉ー!』と足元ではしゃいでいる。

「遠慮せず、たくさんお食べ。学院の食事も悪くはないだろうが、やはり我が家の味が一番だからな」

 すっかりご機嫌の直ったマルクが、ワイングラスを傾けながら優しく微笑む。その顔には、いつもの鉄仮面ではなく、ただの父親としての穏やかな表情が浮かんでいた。

「はい!いただきます!」


 家族全員で囲む食卓。他愛のない会話が飛び交い、笑い声が響く。

「そういえば、レオン。学園で七不思議を解決したそうじゃないか。手紙で読んだ時は、胃がひっくり返るかと思ったぞ」

「あはは……。でも、みんなで協力して頑張ったんですよ。フェリックスが鐘を鳴らしちゃったり、ベアトリクス様が肖像画に驚いたり……」

 レオンが、学園での冒険の日々を身振り手振りを交えて語ると、マルクは「またお前はそういう危険なことに……」と小言を言いながらも、楽しそうに耳を傾けていた。

(やっぱり、家族が揃っているのが一番だな)

 レオンは、温かいスープを飲みながら、心からそう思った。


 ◇


 そして、数日後。イルナ月の終わりに近づき、グレイスフィールド城は、また別のお祝いムードに包まれていた。


「レオン、10歳の誕生日、おめでとう!」

 広間に集まった家族と使用人たちが、一斉に拍手を送る。そう、今日はレオンの、記念すべき10歳の誕生日なのだ。

「ありがとうございます、父様、母様!アデル兄様、ユリ兄様!」


 レオンは、クロノが作った特製の『でこれーしょん・けーき』の前に立ち、嬉しそうに微笑む。10歳。この世界では、まだ子供とはいえ、少しずつ大人への階段を登り始める節目である。

「私の天使が、もう10歳に……!ああ、この神々しい輝きは、歳を重ねるごとに増していくようだ!」

 アデルが相変わらずの調子で感涙している。


「ほら、俺からのプレゼントだ。王都で仕入れた、最新のパズル魔導具だぞ」

 ユリウスが、ニヤリと笑いながら小箱を渡してくる。


「レオン、10歳になったのだから、これからは領主の息子としての自覚をさらに強く持ちなさい」

 マルクが、父親としての威厳を保ちつつ、優しい声で言う。


「おめでとう、レオン。あなたなら、きっとどんな困難も乗り越えていけるわ」

 エレナが、そっとレオンの頭を撫でた。


「はい!僕、頑張ります!」

 レオンは、もらったプレゼントを抱えながら、ロウソクの火を吹き消した。

(10歳か……。和江おばあちゃんの記憶を思い出してから、もう五年近く経つんだな)

 彼は、ふと自分の内面を見つめ直す。最初は「カッコいい男」になりたくて、必死に背伸びをしていた。組紐屋のリョウに憧れて、悪を懲らしめる正義の味方になりたかった。


 でも、あの誘拐事件を経験して、彼の価値観は変わった。悪を懲らしめるだけじゃ、誰も救えない。みんなが笑顔でいられるように、誰かが悪い人にならなくて済むような、そんな優しい世界を作りたい。

(『笑顔を守る盾』になる。……その目標は、10歳になっても変わらないよ)

 レオンは、窓の外に降り始めた雪を見つめながら、心の中で固く誓った。


『レオン様、ケーキ、僕も食べていい?』

 足元で、モリィが尻尾を振って見上げてくる。

「ふふ、いいよ、モリィ。一緒に食べようね」

「レオン様!私からのお祝いの紅茶も、冷めないうちにどうぞ!」

 ルチアが、満面の笑みでティーカップを差し出す。

「ありがとう、ルチア」


 賑やかで、温かくて、少しだけ騒がしい家族たち。彼らに囲まれながら、天使様は、新たな気持ちで新年を迎える準備をするのだった。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます♩

もし少しでも『面白いかも』『続きが気になる』と思っていただけたら、↓にあるブックマークや評価(☆☆☆☆☆)をポチッとしてもらえると、とってもうれしいです!あなたのポチを栄養にして生きてます… よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ