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内部通報7(解決編)

本社第2会議室にて。

報告面談として使用中。

私の目の前にいるのは、未来推進部の部長、つまり社長だ。

木戸係長の事件が一応解決して、それに関連する情報の共有をこれからしようとするところである。

私が関われる範囲では、木戸係長の退職意思の受理、SKK株式会社との派遣契約の解除だが、これらはすでに完了している。

あと判断待ちにしているのは、今回の事件が詐欺または横領に該当しているおそれがあるため、警察に被害届を出すかどうか。言い換えれば、表沙汰(おもてざた)にするかどうかだ。

そして、過剰請求したお金について、返済はもちろんだが、会社の信用失墜に繋がったとされた点で、慰謝料を賠償請求するかどうかである。

「専務がホームストア本社の大杉支社長に事件の報告と謝罪をしに行ったんだが」

ホームストアは、日用品DCに業務委託している大手スーパーだ。

「こっぴどく怒鳴られたそうだよ」

まあ、そうだろうな。

大杉支社長には、私もお会いしたことがある。

関取のように体格が良いお方で、立派なお腹の底から発せられる声は、壁が振動するほどよく響くんで、それはそれは恐ろしい雄叫(おたけ)びのようだったと想像する。

「取引に影響しますか?」

私は、すかさず(たず)ねた。

「いや、もみ消すと堂々と言われたそうだ」

「へ?」

私の反応を見て、社長はニンマリと笑った。

「1年以上前の過剰請求なんか経理処理が複雑になるし、再発防止のチェックとかの手間が増えたり、対応が大変になるから、そもそも何も起きなかったことにしてくれて良い、ってことになったよ」

「そうですか⋯⋯」

200万近い債権の放棄か⋯⋯

さすが大手の支社長。

「ということで、ボクも、そんなお金いらない」

「へ?」

今度は、社長は声を出して笑った。

「それは、どういうことですか?」と、お約束のように訊ねた。

社長の意図は想像できるが、分からないふりをした方が社長は喜ぶ。

「元より間違いの無い請求があって、その支払いをしたということにすると先方がおっしゃったのだから、ボクもそれに合わせることにした。だから、木戸クンから返してもらうものは何も無い」

「そうですか⋯⋯」

木戸係長からは、返済計画に関する同意書に署名をもらっていたのだが、あれも無かったことにしないとね。

本人は喜ぶだろうが。

「それにしても、木戸クンがそんなことをした

動機は何だったのかな?

会社に対して何らかの不満があったとか」

「不満なら、あったようです」

「どんな?」

「同じ時期に入社した樟葉(くずは)センター長と昇進に差があったこととか。

自分も負けないくらい頑張ったし、貢献もしてきたのに、待遇面に差別があって、ウチの会社は、新卒のプロパー社員に優しく、中途採用者には厳しいって言ってました」

「それで?」

「自分に見合う報酬を得たかったことが、今回の行為に至った動機だそうです」

「そして、派遣会社とグルになってやった、ということか⋯⋯」

「そのとおりです」

「しかし、現金集金なんて今どき無いし、どうやって自分たちの取り分を搾取(さくしゅ)してたんだろうね。

契約書にある銀行口座に振り込んでいたはずだが、あれはニセモノだったのかな?」

「いえ、歴としたSKKの口座です。営業担当者が経理部署に所属していたことがありまして、その時に保持した権限を悪用して、ほとんど使用されていない普通口座が指定されていました。

入金後に、過剰請求分を差し引いた本来請求額を会社の本口座へ振り替えしていたようです」

「それが搾取の仕組みか」

社長は、ウンと声を混じえながら、大きく息を吐いた。

「残念な話だな。プロパー社員を優遇するなんてのは、単なる思いこみだ。

ボクは、優秀で信頼できる社員なら、学歴も経歴も問わず、責任ある職位に起用するスタンスなのだが」

「存じ上げております」

私自身、今の地位は、社長判断で抜擢(ばってき)された、と信じたい。

でも、昨年までの無役だった私なら、木戸係長と同じような不満を抱くようになったかもしれない。

樟葉センター長との差は、きっと愚直(ぐちょく)さの違いがあったのだと思う。

顧客とか会社の指示に対して、不満を抱きながらも仕方なくやるか、あれこれ考えずにイッショ懸命こなすか、口に出さなくても、この姿勢の差は、割と第三者から何となく見えてしまうものだ。

『言いなり社員』になりたくないと主張するプライドなんてね、持ってても意味がないと気づければ、その先なんとかなるんじゃないかと思うんだけど、そういうのを大事にしちゃいたくなる気持ちがあるんだろうね。

社長報告は以上で終わらせて、第2会議室を出たんだけど、あえて報告しなかったことが2つある。

1つは、突然来なくなった2人の派遣社員の件。

過剰請求していたことを気づかれてたみたいだね。

それで、口止め料として30万円ずつ支払い、さらには、もっと待遇の良い派遣先に移るという条件で対処したらしい。

もう1つは、社長に呼ばれる前にWEBニュースで知ったんだけど、たぶん池上さん、逮捕されてるね。

記事では、池上さんの名前は出ていないけど、SKK株式会社の名前は出ていた。

ウチ以外の他にも、数社に対して同じようなやり方で過剰請求をしていたらしい。

女を武器にした性的な誘惑と、金儲けができるという金銭的な誘惑で相手を落とす。フレンドリーでカワイイ見かけとは裏腹に、結構ワルいヤツだったね。

木戸係長、池上さんのワナにかかってしまったんだね。

今回のことで、家族ともどうなってしまうのかはわからない。

退職してしまった社員に対しては支援できないし、その後の情報に関しても何も知ることはできない。

こういうのって、いつも後味(あとあじ)が悪い。

私としては、少なくとも社員でいるうちは、変な話に(だま)されないで、乗っからないで、と願うだけだ。

私は、どうなんだって?

私なら大丈夫。

目の前に、運命的な出会いと感じられるダレかが現れたとしても、きっと舞い上がったりしないから。

きっと⋯⋯

たぶん⋯⋯


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