内部通報5
池上さんとは年齢が近く、世代的に共感できることが多い点で会話の入りは良かったが、タイプが全く違うモノ同士であることが露呈したあたりで、流れが切れ切れになり始めた。
相手は営業姿勢が入っているので、顧客である私とは当然に良い雰囲気を作りたいのだろうが、こちらは池上さんと友だちになりに来たのではない。
こんな言い方をすると、ヤなヤツに思われるかもしれないが、あくまでも仕事上のお付き合いだからね。
キラキラ光る目力ビームと営業スマイル砲による集中攻撃を耐え抜いて、ようやく相手のおしゃべりが収まったところで、こちらの目的である調査協力の要請を繰り出してみた。
要求したのは、受入社員のここ6ヶ月間の個別の勤怠状況が分かるモノ、と伝えた。
池上さんは、「お安い御用です」と言って、そそくさと事務室の方に行ってしまった。
そして、戻ってきたのが15分後くらいだったかな。
先ほど交換した名刺を見て、私宛のメールに送ったということらしいので、私もタブレットで着信を確認した。
確かに勤怠記録は受け取ったのでOK。
でも⋯⋯なんだろ⋯⋯⋯
池上さんの雰囲気がさっきと違って見える⋯⋯
急に元気が無くなって、フレンドリーだったのに、何となく余所余所しくなったような気がする。
よくわからないけど、こちらは何も気づかなかったふりをしておこう。
あとは、適当に当社事業概況だとか、今後の事業展開とか、差し障りのない程度の話題で30分くらいお茶を濁して、と。
そうね、とりあえず、一旦、これで引き上げるかな。
池上さんは笑顔で私を見送ってくれたが、心はどこか他の所にある感じ。
本社に戻った時には、すでに所定の終業時刻を過ぎていたので、ほとんどのヒトは帰った後だった。
私も調査は明日にして、このまま帰りたいところだが、時間の経過によって、こちらが知りたい情報がどんどん無くなっていくような気がして、たぶんこのままだと眠れない夜になりそうなので、もう少し頑張ってみることにした。
自分のデスクに戻ってみると、柳原課長からのメモ書きが置いてあった。
《Eメールバックアップ情報から木戸係長のデータを再現できました》
数日かかるような素振りだったが、最優先のホンキで対応してくれたようだね。
ありがたや。
ありがたや。
さっそく中身を拝見。
⋯⋯⋯
⋯⋯⋯
⋯⋯⋯
⋯⋯ダメだ⋯⋯吐きそうになってきた⋯⋯⋯
なんだこれは!?
ネコがエサを求めて、足元にスリスリしてくるような雰囲気で、読むに耐えられる内容かどうかはともかくとして、100歩譲っても、会社のメアド使って、仕事時間中にするようなやり取りじゃないってことだけは確かだね。
あの池上さんに甘えさせると、こうなるんだな、というのがよくわかる内容。
こんなの慌てて消したくなるのも当然だね。
7日間程度で4通の受信メールがあって、その内、3通がそんな感じ。
カレシ作ったことないから、やり取りのメールの量として、これが多いのか少ないのか、感覚がよくわからん。
抽象的で伝わりにくいかもしれないけど、木戸係長と池上さんのラブラブなメールのやり取りに関する説明は、これでおしまい。
さて、1通だけ業務関連のマジメなメールのようだ。
表計算ソフトの派遣社員の勤怠記録が添付ファイルになっていて、展開してみたら、池上さんが私に送ってくれたのと同じものだった。
少し違うところは、私あてが注文どおりの直近6ヶ月分のシートしか無いのに対して、それ以前の記録のシートも残されている点。
よし、内容を検めさせてもらおうかな。
記録様式は、シートを月別にして、縦方向に日付が、横方向に出勤時刻、退勤時刻、労働時間、時間外労働時間、深夜労働時間が並んでいる。
それを上下にスクロールさせると4人か5人分、社員番号と思しき順番に収まっていた。
例えば、社員番号2235番の荒井 美紀夫さんの場合、前月の1日の出勤時刻は5:51、退勤時刻は15:07、労働時間は9時間16分で、時間外労働時間と深夜労働時間の欄は空白になっている。
それが31日まで欄があって、休日は空白。
月の労働時間合計が下の行に集計されてて、30分以内の端数を丸めた数値が、荒井さんの労働時間となる。
さきほど確認した請求明細書にも同じ合計時間が記されていたので矛盾点は無い。
でも⋯⋯何か違和感⋯⋯⋯
同じ職務に付いて、同じ時間帯を働いているウチの雇用社員の情報と比較すると、労働時間が少し多めに計算されているように思う。
だいたい月あたり20時間くらい。
なんだろ、この差は⋯⋯⋯
⋯⋯⋯
⋯⋯⋯
⋯⋯⋯
⋯⋯休憩時間か⋯⋯⋯
派遣社員は、休憩時間が引かれていないんだ。
荷受や出庫の対応が断続的にあるので、一斉休憩は取れない勤務だが、毎日1時間の休憩時間はある。
派遣社員だからといって、休まずに仕事をするなんてことはない。
お腹がすけば、お昼ごはんを食べる時間があるのは当然だ。
⋯⋯⋯
⋯⋯⋯
これは意図的だろうな⋯⋯
私に知られたくなくて、慌てて削除したメール情報。
不倫疑惑より、もっと深刻な不正が、この勤怠記録には隠されているように感じる。
池上さんの態度が急変したのは、あのタイミングで、木戸係長から注意の連絡を受けたからかもしれない。
私に、本当の情報を見せないように。
私に送られてきたのは非現実的情報。
柳原課長が解析してくれた現実的情報との相違を見つけなくては。
その後は、いよいよ木戸係長への事情聴取が待っている。