内部通報3
「削除というのは⋯⋯木戸係長がした⋯ということですか?」
「そうです。たった今です」
柳原課長は、苛立ち気味に答えた。
私に対して怒ってるわけではないと思うが。
「こちらが裏から調査していたことを、あちらに気づかれたんでしょうか?」
「いえ⋯⋯相手からはわからないと思います。ボクが今した操作は閲覧のみで、該当メール情報を占有したわけではありませんから」
確かに、文書ファイルとか占有してたら、誰かがファイルを開いているなって、すぐに気づかれるからね。
しかし、このタイミングで、偶然の行為とは思えないが⋯⋯⋯
消した内容によっては、隠蔽工作である可能性もある。
私が日用品DCに行って、一部社員に聴き取り調査したことを誰かから聞いて、今、行動に出たのかもしれない。
「メールサーバのバックアップは調べられますか?」
柳原課長に訊ねると、7日程度は残っているはず、と回答があった。
それだと、今、読もうとしていたやり取りは、もう確認できないことになる。
「全社分のバックアップデータを復元して、それから検索をしますので、時間がかかります」
「お願いして良いですか?」
柳原課長は、引き受けてくれた。
情報通信課の通常業務もあるだろうから、その合間にやっていただくとしたら今日明日は無理だろう。
何か少しでも手掛かりが残っているといいな。
今は、違う路線から調査を続けるしかない。
改めて、宇島 怜子さんからの通報内容を思い出してみよう。
《センターの管理者と派遣会社SKKの担当者との間でゆ着の疑いあり。調べて下さい》
こんな内容だった。
宇島さん本人と話をして、『ゆ着』なんて言葉は出てこなかったんで、これは樟葉センター長と相談しながら書いたものだ、と思う。
宇島さん的には、『不倫』を問題視しているようだけど、センター長が『ゆ着』と表現を改めさせたのだろう。
そのおかげで、労働関連法や社内倫理的な問題ではなく、事業運営上の信用問題と扱われ、総務課ではなく私に白羽の矢が立った、ということになった。
そうね⋯⋯SKK株式会社について調べてみるかな。
ネットで法人情報を検索。
採用コンサルタント事業が主な業種。
201X年に創業。
代表取締役は佐藤 健光。
社名は、代表者氏名のイニシャルに、『顧問』のKを付けて命名したらしい。
資本金は3500万。
社員数は77名。
労働者派遣事業と有料職業紹介事業の許可を取得。
派遣事業の許可を得るには、一定額以上の現金を保有するなどの資産要件がある。
しかも、労働局長により、同一労働同一賃金を背景にした「同種の業務に従事する一般労働者の賃金水準」の通達が毎年なされていて、最低賃金しか払えないような自転車操業の会社では無理な事業となっている。
つまり、そこそこ資産のある会社ということね。
次に、当社とSKKとの契約関係を確認。
走査した機密文書が保存してある電子書庫にログインし、該当文書を検索。
これは、一部の管理本部スタッフにしか閲覧権限が無いんだけど、私が総務課時代に保有した権限は、管理本部から外れた現在身分でも全て継承されている。
取り出したのは、SKKとの労働者派遣事業基本契約書と個別契約書。
基本契約書は、支払い方法や契約の有効期間、契約解除など取引上の手続きが記された内容。
もう一つの個別契約書には、派遣社員に行わせる業務や時間帯、指揮命令者、料金などの詳細が記載されている。
個別契約書の内容は、
・派遣先事業者:市村輸送株式会社
・就業場所:日用品DC 商品管理係
・就労業務:入出庫時の荷役、開梱、仕分、梱包等の作業
・人数:5名
・就労時間帯:6:00〜15:00(休憩11:00〜12:00)
︙
・派遣元責任者:池上 麻理
︙
・指揮命令者:木戸 崇
︙
などなど。
木戸係長とやり取りしていた池上さんの氏名は、これでわかったね。
現在取引があるのは、日用品DCだけのようだ。
契約上の受け入れ人数は5名となっているけど、実際はどうなのかな。
今度は、経理課にあるSKKへの先月の請求情報を確認。
総額で1,568,460円。
これを年間に換算すると、1800万超の取引規模となる。
請求明細によると4名が就労。
派遣社員は、当社の勤怠管理システムに入ってこないので、表計算ソフト等でアナログな管理を行っている。
電卓をたたいたわけではないけど、就労時間と時間単価の掛け算を見取りで計算して、ほぼ一致しているのを確認。
「ミサちゃ〜ん」
気合が鼻から抜けるような声が背後から聞こえてきたので、振り向いてみると、VRゴーグルを着けてニンマリと笑うタクピンが立っていた。
人事課 採用係の係長。
本名は、和田 拓一。
タクピンの呼び名は、拓一から取ったモノ。
採用担当にいた頃からのクサレ縁の仲だ。
ちなみに、私のことをミサちゃんと呼ぶのは、彼だけだ。
「合説(※大学新卒就活のための合同説明会のこと)で、それ使ったの?」
「イエ〜ス」
タクピンは、右手の親指を立てながら、ゴーグルを外す。
ワカメちゃん風のボブヘアが似合うカワイイ系の男子の顔が現れる。
年齢は、私と同じだけどね。
「最近、使ってなかったよね」
「リニューアルして、また使ってるのよ」
相変わらずのオネエしゃべり。
正確には、『ガンダム』に出てくる『セイラ』というキャラへのリスペクトらしいんだけど。
「旧データに、あの頃のミサちゃんが映ってたわよ」
「私もあれから老けちゃったからな」
「イエ〜ス」
む、コイツ、正直過ぎてムカつくぜ。
「でも、ビウチホウなのは変わらなくってよ」
しかも、ムダにフォロー入れやがって。
でも、ここでタクピンを張っ倒したりしたら、私が老けたというインパクトしか残らなくなるのでヤメとく。
ビウチホウって言ってくれてるところだけは、素直に喜ぼう。
「それで、成果はあったの?」
「10人くらい見てくれたわよ。今度は、リアルなインターンシップに誘わなくっちゃ」
「リニューアルの甲斐あったんだね。良かったね」
「イエ〜ス。ミサちゃんも頑張ってね」
タクピンは、手を振りながら行ってしまった。
VRで職場の疑似体験か⋯⋯⋯
私の提案で始めたんだよね。
今でも役立ってるのは良いことだ。
リアルに会社に来てもらうってのは、またハードルが高いんだけどね。
さらには、内定、内定承諾と、若手人材の確保は苦難の道だ。
タクピン、イッショ懸命だから成果があると良いんだけど⋯⋯⋯
⋯⋯⋯
リアルか⋯⋯⋯
何かこの響き⋯⋯引っかかるね⋯⋯⋯