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内部通報2

宇島(うしま) 怜子(れいこ)さん始め、作業者さん2名の事情聴取が済んだところで、いよいよ内部通報の矛先に立っている木戸(きど)係長の聴取、と行きたいところだが、ここでセンターを引き揚げ、一旦、本社に戻ることにした。

通報者の宇島さんからは、不倫に関する情報提供で盛り上がり、確かに利害関係者との不倫は社内倫理に反する行為なので、懲戒処分の対象になり得るのだが、他の作業者さんの話の中で気になる点があったので、そこを少し掘りこんでみたいと思ったからだ。

それは、当社を退職した社員が、派遣会社に登録して、再び日用品DCの作業現場で、退職前と同じ仕事をしているという問題が端緒をなす。

何の意味があるかと思われそうだが、そうすると給料が上がるのだ。

センターの配送仕分業務に関する荷主との業務委託契約では、作業報酬(フィー)として社員に支払った給与が計上されるが、派遣社員を受け入れた場合は、派遣会社に支払った派遣料金が計上される。

日用品DCの例では、庫内作業員で、直雇用の場合の時間あたり賃金の平均額が1200円だが、派遣の場合は時間あたり契約で1700円となる。

その額は、あくまでも派遣会社に支払う料金なので、派遣社員に対する給料は、そこから捻出されるが、平均額で1300円くらいは頂けるらしい。

つまり、同じ作業現場で、同じ仕事をしていても、派遣社員の方がおトクということだ。

派遣法にある同一労働同一賃金に関する法は、派遣会社が派遣先より高い給与を払っている件に対しては、何らお(とが)めは無い。

会社としては、時給1200円と1700円の差額があっても、荷主に提供した経理情報に基づき、荷主から頂ける算段なので、どちらでも損はない。

度が過ぎて金額が上がれば、荷主が不服をぶつけてくるかもしれないが、ヒトを雇うのが難しい社会情勢をうたえば、大義名分がまかり通ってしまう。

今のご時世で、人件費を買い叩けば、それが公正取引上の問題に発展し、ダメージを受けるのは荷主の方。

名高い(ゆえ)に、マスコミの標的にされ、企業イメージを大きくダウンさせることになるだろうからね。

社員の派遣化現象は、他のサイトでも起きていることなんで、私としては特に重要視しないが、ある派遣社員が2名、突然出社しなくなった、という話の方が気になった。

入社して()もない社員なら、ひょんなことで仕事に嫌気(いやけ)が差して、『静かな離職サイレント・リタイヤメント』となるのはよくある事象だが、2人は、先の派遣転籍組で、直雇用時代との通算は5年以上のベテランである。

仕事と待遇面が気に入っていたから長年勤めてきたんだろうが、そういうヒトたちが静かに来なくなる事情って、私にはちょっと想像できない。

退職の届け出をして、たまっていた有休消化をして、円満に辞めて行くのが普通だ。

いったい何があったのだろうか。

この点が、私の疑問点だ。

樟葉(くずは)センター長は、何もご存知ないらしい。

木戸係長に確認すべきだが、何となく正直な回答が返ってこない気がする。

何となく。

私のカンね。

木戸係長と派遣会社の担当者との間で、何らかのやり取りがあったかもしれない。

不倫疑惑もあるし、ここは専門家の力を借りて、裏から調査をしてみよう。

本社管理本部の情報通信課の柳原(やなぎはら)課長に相談を持ちかけてみた。

柳原課長は、30代前半の男性で妻子持ち。

上の子は、小学生になったばかりと聞いている。

趣味はカードゲーム系のeスポーツ。

黒髪の散切(ざんぎ)り頭に、下底(かてい)が短い台形の黒縁メガネをかけていて、オタクっぽい雰囲気が漂っているけど、二重瞼(ふたえまぶた)で三角(まゆ)のキリリとしたイケメンだ。

私のノートPCが言うこと聞かない時に、いつもお世話になっている。

「雨森課長、今回は何のご相談ですか?」

折り目正しく会釈を交えながら、私に話しかけてくる。

マジメだな〜って感じがするね。

私も、マジメって、よく言われるけど。

「情報通信課の権限で」と、私は話を切り出した。

「日用品DCの木戸係長のメールを確認したいのです」

柳原課長は、私に理由や疑問を()き返すことなく、無言でマウスを操作し、会社のイントラネットサーバにアクセスした。

社員が使用する全ての業務用PCに、裏から接続できる超(ワザ)だ。

対象のPCが電源オンでもオフでも関係なく遠隔操作で記憶情報を見ることができるし、命令コードを打ちこむこともできる。確か『Wake On LAN』とか言ったかな。

この使用権限は、部長以上の役職者と情報通信課にしか与えられていない。

私は、柳原課長の背後に回り、大きめの外付ディスプレイに注目した。

「メール受信数は、今日だけでも10通以上ありますね。どこまで(さかのぼ)りますか?」

「とりあえず、ここ1ケ月くらいで」

柳原課長の右手が器用に動き、絞り込み検索の1ケ月以内があっという間に出力された。

「350通ありますね。さらに、絞り込んでみますか?」

「SKK株式会社とのやり取りをお願いします」

再びそつのない動きで、15件の検索結果を表示させた。

「一番古い日付から、順番に見ていきましょう」

今から25日前の日付。

木戸係長への着信メール。

発信者は、SKK株式会社の池上(いけがみ)さん。

苗字しかわからないけど、おそらく女性。

《ゆうべはゴチでした》

ゆうべか⋯⋯⋯

ランチではなく、ディナーってことだよね。

確かに仕事を超えたお付き合いなのかもしれない。

《来月の勤務表、送っておいて下さいね》

《2名の調達が遅れてまして》

《リアルな話の方ですよね》

流れるメール文を断片的に読み取っていたら、急に流れが止まった。

何だろ?

フリーズしたような⋯⋯⋯

しばらくして、警告のメッセージボックスが現れた。

『このページにはエラーが発生しました』

エラー?

私が見てたからって原因じゃないよね。

柳原課長が、(うな)り声を上げながら、マウスを動かし回した。

「通信トラブルですか?」

と、私は(たず)ねたが、柳原課長は首を左右に振り、「消えてしまいました」と言った。

「消えたというのは⋯⋯⋯」

何だかイヤな予感。

「削除されました」

柳原課長は、つぶやくような小さな声で言った。


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