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内部通報

当社には内部通報制度がある。

会社が法令違反をしている状況について、社員が社内設置の窓口に通報できる制度だ。

そして、社員には『法令違反』を知った場合、いきなり警察署や裁判所に行く前に、まずは内部通報窓口に報告することを義務づけている。

もし、この義務を守らなかった時は、懲戒処分にされる場合もある。

この点はキビしいが、内部通報制度を利用することで『公益通報者保護法』の恩恵が受けられ、通報したことを理由に、使用者が『意趣返し』として、解雇や懲戒処分、労働契約上または人事上の不利益な取り扱いをされることから守られるメリットがある。

通報先は、本社管理本部、人事総務部、総務課。

『法令違反』、ここが重要ポイントである。

個々の労働契約に対する不満や紛争解決は、この制度では対象外。

そもそも労働交渉は、使用者と労働者間または労働組合を通じて行うことだ。

この辺りの勘違いが多く、時々送られてくる通報内容の大半がその却下案件である。

でも、今回、私に解決の指令が送られてきた案件は、まさに『法令違反』の実態があると思しき内容で、本来なら総務課が対応するところを、社長指示で私が対応することになった。

これでも一応、総務課に所属していた時には、賃金不払訴訟や交通事故惹起(じゃっき)者に対する刑事裁判など(こな)してきた経験があるからね。

それを(かんが)みると、私に回ってきたということは、ちょっとヤバい案件なのかもしれない。

対応を一歩間違えると、会社経営にダメージが及ぶとか。

これは、気合いを入れねば。

私が向かう先は、日用品DC。

スーパーやホームセンターで販売している雑貨品など賞味期限の設定が無い商品を専門で取り扱っている。

DCとは、『(Dis)(tribu)(tion)セン(Center)ター』の頭文字を取った略称だ。

敷地面積は約10000平米、建物は3階建で延べ床面積は約15000平米、1日あたりの平均荷扱量は約60トン、輸送用3トン車両35両、1トン超フォークリフト3両を保有、年商は7億円程度、所属従業員は派遣社員を含めて100名ほどの中規模営業所だ。

まずは、営業所の責任者である樟葉(くずは)センター長にご挨拶。

大学新卒で入社し、当社以外の雇用経験が無い、いわゆる『プロパー社員』の33歳男性。

まあ、プロパーは私もそうなんだけどね。

物静かでクールな雰囲気を漂わせてるんだけど、割と冗談は通じて、悪乗りしてくる時もある。

みんなには、何を考えているのか見えないヒトなんて言われてる。

内部通報があったことに関しては、今のところ樟葉センター長には伏せている。

もし、今回の案件に関わりを持っていたら、証拠を抹消されたり、関係者を口封じさせたりして、こちらの調査を妨害される(おそれ)があるからね。

樟葉センター長に限って、そんなことはないと思いたいけど、ここは慎重にやる。

「雨森課長」と、センター長はボソッとした声で話しかけてきた。

抑揚は無く、感情を表に出さない『何を考えているのか見えないヒト』を実践しているように聞こえるが、外に漏れないよう、秘密の話を出そうとしているようにも聞こえる。

今、私たちがいるのは、ドアに鍵がかかるミーティングルームなので、普通に話してても、よほど外には漏れないと思うが。

「ボクに相談があるってことだけど、もしかしてアレの件だろうか?」

センター長は言って、真剣な目をして、私を見た。

これは、秘密の話がこれから出てくるって方の雰囲気だね。

私はセンター長に顔を近づけ、

「何かご存知なんですか?」

と、質問で返した。

いかにも近いんで、(ひる)むかなって思ったけど、センター長は怯まなかった。

宇島(うしま) 怜子(れいこ)さん」

センター長はその名を言って、口を(つぐ)んだ。

これで確信できた。

それは通報者の名前だ。

「ボクが通報するよう勧めたんだ。

この事件は、本社に調査を任せた方が良いと思ってね」

センター長はそう言って、フウと息を漏らした。

疲労感とためらいが混じっているように感じた。

『事件』と言ったね。

やっぱり重い話が出てきそうだ。

「樟葉センター長は何が起きてるのか、もうご存知なんですね」

「うん⋯⋯⋯」

と、センター長は私から目を逸らし、少ししてから私に焦点を戻した。

「ボクがあれこれ話すより、宇島さんから話を聞いた方が良いと思う。

あと状況がわかっている作業員が数名いるから、調査に協力するよう伝えておくよ」

「この部屋を使っても良いですか?」

「構わないよ」

「ありがとうございます」

センター長が退室し、3分くらいして、ぽっちゃりした丸顔の中年女性が入ってきた。

年は40代くらい。

「宇島です」

声は少し低め。

アルトサックス調と言うか、何となく明後日(あさって)の方角を向いて発せられているような特徴のある声色だった。

「お話を(うかが)います」

私は、キリリと姿勢を正して、宇島さんと向き合った。

木戸(きど)係長のことで⋯⋯⋯」

木戸係長⋯⋯⋯商品管理係だったな。

センターに来た時以外では、社内イベントで会うことはあったが、挨拶くらいしかしたことがない。

中途採用者、勤務歴は約5年、年齢は樟葉センター長と同じくらいだったと思う。

確か既婚者で、お子さんもいたんじゃなかったかな。

人事課で給与計算やってた頃の記憶だけど。

「派遣会社の営業担当者とデキてるんです」

続いて出てきた宇島さんの声には熱がこもっていた。

んー………

これって……もしかして……不倫案件?


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