相談
年が明けて、『未来推進部 未来推進課』の発足と新組織体制、私の役職がドドンと明るみにされたところで、はじめの一歩をどうするかについて誰かに相談したいと思い、営業第二部の部長を務めてらっしゃる臼田部長に声をかけてみた。
臼田部長は、こころよく相談相手を引き受けてくれ、お忙しい御身であるにも関わらず、私のために本社まで足を運んでくれた。
私のために。
これが一番大事なポイントだ。
「で、雨ちゃん、カレシできた?」
臼田部長の第一声は社交辞令だった。
『で』で始まっているので、いかにもその前のやりとりがあったように聞こえるが、何もない。
いきなり、その掛け声で会話は始まったのだ。
「できません。記録更新で、26歳と3ヶ月になりました」
私がピシャリと答えると、臼田部長はウーンと唸り声を上げ始めた。
「………やっぱり、オレ、嫁さんと別れよっかな」
「ダメです。そんなことになったら、私が奥さんに殺されます。
愛妻家であることはわかってるんですから、家庭を大事にして下さい」
「悪いな、雨ちゃん。
オレ、その件は、どうにもできんわ」
「けっこうです。私の『カレシ問題』なんて、今はどうでも良いんです。
私の役割のことで相談にのってほしくて、今日はお呼びしたのです」
「雨ちゃん、マジメだな。
オレ、雨ちゃんのそういうところスキだな」
臼田部長は、うんうん頷きながら、しみじみと言った。
仕事なんだからマジメになるのは当たり前。
そんな言葉をぶつけてたら、またまた話題が違う方に行って、無駄に時間が過ぎてしまうので、ここは押し殺して、本題に入ろう。
そう思ってたら、臼田部長の方から質問が飛んできた。
ふざけた話ではなく、こんな質問だった。
「雨ちゃん、組織図見た?」
組織図?
もちろん、新しい組織図のことだろうが………
私はすぐにB5サイズのタブレットをテーブルの上に置き、グループウェアにログインし、組織図を映し出してみた。
初めて見るモノじゃない。
社内通知されたタイミングで、当然に確認はしている。
「『未来推進部』の位置ってさ」
臼田部長は、タブレットに人差し指を当てる。
「『本社管理本部』と『営業本部』の外で、社長に直結してるよね」
「社長が部長を兼務しますから、そのまんまだと思いますけど………」
「良い言い方をすれば、本社からも営業からも干渉されない第三者部門ってことになるよね」
それは、この人事が言い渡されてから、ずっと意識していることだ。
部門として肩を並べているのだから、それ相当の成果を要求されている。
頼られる存在になることが、私の目標だ。
そのために、いろんな技能を身に着けなくてはならない。
「で、悪い言い方をすると、本社からも営業からも爪弾きにされたってことにもなる」
「まあ、そうですね………」
それも、何となく感じてる。
私を本社から遠ざけるための人事なんじゃないかって。
理由はわからないし、心当たりもないけど。
「社長の考えは、実はオレ知ってるんだけどね」
「え………」
臼田部長の唐突な暴露に、私はうろたえずにはいられなかった。
「年末の業界団体が集まる懇親会でね、『えるぼし』を認定された会社があって、その自慢話を聞かされたんだよ。
雨ちゃん、『えるぼし』って知ってる?」
「知ってます。
女性活躍推進法に基づいて優良な取組実績を上げた会社に対して、厚生労働省が認定する制度です」
「当社も『えるぼし』を取るんだと意気込み始めてね」
「男社会の物流業界では、かなりハードルが高いですよ。
当社なんか、現状の総合職で女子は私一人しかいませんし、採用とか、人事とか、少なくとも半数は女子で埋めるくらいしないと」
「まずは雨ちゃん」
臼田部長は、そこでニンマリと笑う。
もしかして、その提案を社長にしたのは、臼田部長なのではないか。
「それで私ですか………」
「まあ、そういうこと」
つまり、最初の相談相手に臼田部長を選んだのは、ビンゴだったわけだ。
『キミが信頼でき、期待に応えてくれると思った』
社長の言葉が頭の中で響いてる。
私のモチベーションになった一言だけど、とどのつまり、私は会社の『お飾り』にされたのか………
「間違うなよ、雨ちゃん」
臼田部長は、怖いくらい真剣な顔で言った。
『カレシできた?』と訊いてきた飄々とした顔とは別人のように思えた。
「もちろん、わかってます」
と、私は答えた。
「私が期待されてたのかどうかは関係なく、ここで与えられた立場を転機ととらえ、私なりの行動をしていくだけです。
私を単なる『お飾り』と考えておいでなら、良い意味で期待を裏切りたいと思います」
「さすが雨ちゃん」
臼田部長は、うれしそうに言った。
「社長の決定は、絵的なものじゃないってところを周囲に伝えるのは、雨ちゃん自身だってこと。
それがわかってれば問題なし。
ところで、雨ちゃんって、資格をいくつか持ってたよね。それを全部教えてよ」
「資格ですか………」
私はタブレットで『社員力量カード』を呼び出し、臼田部長に見せた。
私が、人事課時代に、社員全員のデータベースを作っておいた名残りだ。
今は、後任者が最新版管理を行っている。
「運行管理者………貨物と旅客、両方持ってるんだね」
「以前に、バス事業を始めるって検討があった時に取りました。結局、案件は流れてしまいましたが」
「あとは………第1種衛生管理者……危険物取扱者乙種4類……ITパスポート……お、AFP認定者があるじゃん」
「個人的に、こっそり取りました。今度はCFPを目指しています」
アフィリエイテッド・ファイナンシャル・プランナーと呼ばれていて、認定研修の修了と資格審査試験の合格で取得できる資格だ。
CFP(サーティファイド・ファイナンシャル・プランナー)は、さらにその上位資格である。
「これは使えるかも………雨ちゃんのスキル情報、オレが預かるよ」
「そんなのが、何かの役に立ちますか?」
私は、こそっと訊ねてみた。
「いや、わからんけど、雨ちゃんが、何ができるヒトかを知っておかないとね」
臼田部長は立ち上がり、「じゃ」と言って、そそくさと面談室を出ていった。
何か思いついたのかな?
当てにしちゃいけないと思いつつも何かを期待したり……
とんでもないトラブルが舞いこんでくるんじゃないかと不安になったり……
何だか落ち着かない気分を残されてしまった。
さて、これから何が始まるかな。
期待と不安、どっちかというと期待の方が大きいかな。
自分で言うのもなんだけど、まあ呑気なんで、ちょうど良いかも。