退職代行6
「雨森課長」
と、仲ちゃんが『公用モード』で呼びかけてきた。
こういうときは、こちらも仲ちゃんじゃなく、仲村さんだね。
「本郷さんという方から、お電話です」
本郷?
記憶を手繰り寄せる。
はて? 心当たりが無いぞ。
かかってきた電話を待たせては申し訳ないので、とりあえず受話器を耳に当てる。
《あ…先日はどうも……》
「えっと……すいません……どちら様でしょうか?」
知ったかぶりしてても意味が無いしね。
記憶の手繰り寄せが間に合わないから、ここは正直に訊ねてみる。
《本郷です…以前、第3ロジに勤めていました………》
元社員か……
顔……うーん……イメージが……
ん……先日って言ったな………
最近、会ってる?
《『TOKITSUエクスプレス』に来てましたよね。ほら、駐車場で……》
あ……と、思い出したぞ。
ジャリ駐ですれ違ったトラックの…あのヒトか!
「失礼いたしました、本郷さん」
私は、電話口ながらも、頭を下げて謝罪。
見えねえっつーのに、まあ、これも性分だな。
《折り入って、相談がありまして》
本郷さんも低姿勢な感じ。
何だろね。
相談というよりは、お願い事のような雰囲気。
《実は『TOKITSUエクスプレス』を辞めたい、と思ってまして……勝手なことで申し訳ないんですが……また市村輸送で雇ってもらえないか、と思って………》
あらま。
何かイヤなことでも、あったのかな?
《何と言うか……細かいところで融通が効かない……というか……やり辛かったりするんですね》
うーん……
抽象的だな……
仕事上、どんな不満があるのかな?
《着荷の付帯作業が多かったりとか……未だに『手積み・手降ろし』があったりとか……何かこちらの立場が弱くて…契約外だと言っても聞いてくれなかったり……社長も仕方ないって感じで…結局は放置で……》
最初はたどたどしい雰囲気が、こっちから促してやると、どんどん本郷さんの口調が熱を帯びていったね。
《確かに基本給は上がったんだけど…待機時間とか認めずに休憩にされたり…荷受が渋滞時間と重なってるのに遅延で苦情が来たり……働いてる人間のことなんか全然考えておらんのですわ……そんなんなら市村の方が良かったって……すんません……自分勝手なのはわかっとります……迷惑かけたことも……》
その後も本郷さんの愚痴というか、告白が続き、だいたい20分くらい付き合ったかな。
で、もう一つ重要な点は、他に6人同じ想いのヒトたちがいて、本郷さんはその代表だったということだ。
私の独断で返答できる内容ではないので…ここは…そうね……富士澤専務に報告しよう。
「市村に戻りたいというのはウェルカム。仕事要領も、よく分かっとるやろうしな。
まあ、隣の芝が良く見えたんだろうが、現実はキビしかった、ってあるあるな話だな」
専務なら、そう言うだろうと思ってたけどね。
「勤続年数はリセットするから、勤続給は下がるけどな。
それに、元の職場と業務に就けるかどうかは確約できない。
それでも良けりゃ、って条件を呑んでくれるなら、採用を認める。
それでやって」
「承知いたしました」
「でも、時津んとこ、すんなり辞めてこれるかな。人材の余裕なんか無さそうだし。
市村は、即退職を認めたけど、2週間前ルールとか、主張してくると思うが」
「代行、使わせても良いですか? 費用は、市村負担で」
私が提案すると、専務はいたずらっぽい笑みを見せる。
「その手があったか。誰か伝手があるとか?」
「社労士に頼みます」
「社労士? 弁護士じゃなくて?」
「特定社労士なら、労働関連のいざこざとか、交渉対応もできます」
「おい……それって…もしかして……」
「時津さんが使ったヒトです。函崎さん、という方です」
「やっぱり! 雨ちゃん、考えることがエグいな………」
「ヤラれたらヤリかえす、ですよ」
「引き受けるかな……時津とグルなんじゃ……」
「生業ですから……年商5億の『TOKITSUエクスプレス』と200億の市村と、どっちと付き合った方が得か、考えさせてやれば良いのです」
「もし、ツルんでたら、引き離しもできる、ってことやな」
「そのとおりです」
専務の目がキラキラ輝いて、まるで欲しかった玩具を買ってもらえた子供のようになってたよ。
「いいね! それやって!」
専務のGOが出たんで、さっそく函崎氏に電話したら、すんなり快諾してくれたね。
んーー
自分から仕掛けておいて言うのもなんだけど、義理とか、友情とか、忖度とか、無いみたいだね。
とてもドライな人間関係。
まあ、仕事上の付き合いって、やっぱり利得優先で、そんなモノなのかな。
《必ず雨森さんが満足できる成果をあげますよ》
電話する直前まで、敵対関係だったのにね。
そんなことより、退職2週間前届出ルールを主張された時の対策を聴いてみよう。
《民法627条の雇用解約条文を引き合いに出してるって件ですね。
たいていは、就業規則に『業務引き継ぎ』を理由に繋げた形にしていると思いますが、ならば、その期間に2週間も必要かどうかって妥当性に疑問を感じますね。
言っちゃあなんですが、運転手の仕事って、免許を持ってることと、道を覚えることだけじゃないですか》
まあ、言い方だね。
私だったら、ドライバーたちを前にして、そんな風に言えない。
《市村さんだって、一斉退職があっても、乗り切ってますよね。
つまり、ヒトがいれば、何とかできちゃうんですよ》
む……
あんたがそれ言うか……
ヒトごとだと思って…けっこう大変だったんだからな。
《交代要員を採用できるまで、退職を引き伸ばすなんてのは論外ですよ。
ヒトが足りないのは会社の都合ですからね。
職業選択の自由があるんです。
退職希望者には、何ら責任はありませんよ。
とにかく雨森さんが満足できる成果をあげますからね。任せて下さい》
これで交渉成立。
かくして、利得絡みで友好関係が崩壊した事例を目の当たりにしたのでした。
ちゃんちゃん、っと。




