退職代行5
友好度と敵対度を対にして示すゲージがあるとしたら、多くの場合、初対面の相手に対しては、友好度を高めにして接していくのであろうが、今回は、姿勢を敵対側にして臨んでやろうと決めていた。
模範的な社会人としての嗜みという観点から言えば、初めから敵対するのはマイナス評価とされる行動だが、私は、あえて、それを実践することにした。
そう決めた根拠は明確。
私のことを美女などと言ったからだ。
「正直を申し上げまして」
と、私は切り出した。
「一度に11人もの退職者が出れば、事業が困惑するのは当然です。
その対応に苦戦したことは、申し上げておきます」
丁寧に聴こえるかもしれないが、この切り出しを挨拶と自己紹介を抜きにして、いきなり叩きつけてやったのが、今の状況だ。
そして、私は今、冷静を維持できている。
「え…えっと……」
『TOKITSUエクスプレス株式会社』の代表取締役である時津氏は、言葉を詰まらせる。
つまり、冷静を維持できず、動揺を見せているのは相手の方だ。
でも、ここで畳みかけたりしない。
ケンカをしに来たんじゃないからね。
「黄城さんは、元気ですか?」
やはり、黄城さんの話題を振ってきたか………
確執があるって聴いてたからね。
私への関心事から会話が始まるのは回避できたので、ここからの会話の展開は大人しく相手に委ねてやろう。
「元気ですよ。私は、時津さんが退職された後に入社していますので、それからの黄城さんしか、知りませんけど」
「ボクの仕業だとわかったときに、どんな感じでしたか?」
「激怒してました」
私が即答すると、時津氏は声を立てて笑った。
「想像できますよ。きっと相変わらずなんだろうな」
「黄城さんを怒らせる目的もあったんですよね。しっかり成果は出せていますよ。ただ、それだけですけどね」
「私の攻めは始まったばかりです。まだ、これからですよ」
「そうですか………」
私は、口をつぐみ、時津氏から視線を外した。
「市村輸送には、6年くらいいましたね」
時津氏も私と視線を合わさないようにして、身の上話を語り始めた。
「黄城さんとは、ほとんど同期くらいに入社して、ずっと第3ロジセンターで、管理者をやっていました。
役付は、私の方が早く付きましたが、サブセンター長まで上がってから、黄城さんがみるみる出世して、私を抜いてセンター長になりました。
私は、コンプライアンス重視の管理を目指していたのですが、黄城さんは顧客要求を重視しました。
法令違反より、利益を選んだ姿勢を会社は評価したんですよね。
ある運行便の拘束時間が違反状況になっていたこと、そして過積載が起きていることについて、黄城さんと口論になりました。
その時も、会社は黄城さんの判断を採択し、私は宥められはしましたが、その後、顧客を交えたミーティングなどには、参加させてもらえなくなりました。
伸び伸びと自分の姿勢を職場に根付かせて行こうとする黄城さんと、反りが合うはずがありませんよ。
それが、退職を決意した理由でしたね」
「今の第3ロジセンターは、違反状況は解消しております。確かに、2年くらい前までは、一部のドライバーの拘束時間で違反状態が続いていましたが、運送業界の法改正をきっかけにして、荷主との交渉を粘り強く行った結果、解決できたのです」
「そうですか……黄城さんがね……変わりそうにないと思ってても、市村も変わってきたんですね」
時津氏は、ほんのりと笑顔を見せた。
「でも、法改正で、しぶしぶ改善するような受け身姿勢なんてね、それこそ顧客に信用されませんよ。
私ならもっと上手にやれると思いました。
それに、経営者の恣意的な判断に左右されて、管理が及ばなくなった組織に魅力が感じられなくなっていましてね。
転職も考えたんですけどね。
結局、組織の方針なんて据は、どこに行ってもあるわけで、ままならないのは目に見えてますんで、自分で会社を経営する、なんてことになりました」
「運送許可を取るのは大変だったんじゃないですか?」
私が質問すると、時津氏の笑顔にいたずらっぽさが表れた。
「ここの前身の会社が重大事故を起こして、事業停止処分を下されましてね。それで、顧客から契約を解約されて、途方に暮れていたところをM&Aしたんです」
「M&A……ですか……」
想定外の回答に、ちょっと驚いたね。
資産の買い上げとか、お金がかかったんじゃ……
「保有車両が5台規模の会社で、従業員も10名以下の零細会社でした。前経営者が廃業の申請を出す寸前で交渉したんです。
それでも、提示額は5000万円。当然、そんな持ち合わせはありませんから、前経営者を役員に据えたままにして、経営を私が引き受け、役員報酬に加えて5年間の売上の5%を渡す契約を成立させました。
1から許可を取りに行くより、早く運送会社の社長になれました。もちろん、会社名も事業所も刷新し、リノベーションしましたよ。
新規の引き受けもできて、少しずつ事業を軌道に乗せていきました。
大半は水屋(車両を持たずに、運送会社のマッチングを行う事業の通称。貨物利用運送事業のこと)ですけどね。
昨年の決算では、売上が5億を超えました。
そして、その次に、大型案件を引き受けるところまで行き着きました」
「それが、今回の市村の社員を引き抜く話につながるんですね」
「市村のドライバーたちが受ける安全教育の質の高さは、私も当然にわかってましたからね。
1からコストをかけて叩き上げるよりは、出来上がってるものを手に入れる方にお金をかけた方が良いと思いました。
現状給与の2割増額を提示したら、靡いてくれた方が多かったですね。
あとは、すぐに辞めてきてほしかったから、函崎さんにお願いしました。
退職は1ヶ月前までに届出とか変なルール作って、自分勝手な事情を突きつけられて、すんなり辞めさせてもらえませんからね。そういう時に退職代行というのは使えますよ。
確かに、そちら様にはご迷惑をおかけしてしまった結果となりましたが、私も必死でしたからね。申し訳ないと思っております。
でも、転職はドライバーたちの意思で行ったことです」
そこで、時津氏との会話は終了。
この後に予定があるとかなんとか言って、強制終了させたのだ。
私のことに話題が移りそうだったしね。
さっさと逃げてきた。
会社を出て、ジャリ駐に入る直前で、時津氏の事務所を振り返って見た。
自分はできるオーラを出しっぱなしにされて、つまんねえ話だったな。
まあ…私の方から時津氏と話をしたいと言い出したことなんでね、一応、専務にも報告しなきゃね。
さっさと仕事を終わらせて、仲ちゃん誘って、美味しいものでも食べに行こっと。
こういう時は、ニクだな、ニク!




