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真円〜The Perfect Circle〜  作者: 守山みかん


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繰上返済2(解決編)

「実は、まとまった収入がありまして」

児玉さんは、ゆっくりと話し始めた。

私は、広げたノートに児玉さんが発した一語一句を拾おうとペンを動かした。

「金額は、500万円ですが、それを住宅ローンに()てたいと思いまして」

繰上返済か。

老後のことを考えられている、というわけだね。

「繰上返済には、期間短縮と毎月返済額の減額の2種類があります。どちらになさいますか?」

「減額の方で」

児玉さんは、即答した。

⋯⋯意外だな⋯⋯

たいていは、老後を意識した場合だと、期間短縮を選ぶと思ってた。

お家を建てたのは、今から約25年前。

当然に、住宅ローンはそこから開始している。

返済期間は35年だから、残りあと10年。

新築費用は4700万円。

頭金として1200万円を支払い、残額をローンとした。

当時の金利は1.75%、固定金利。

賞与時の加算は無し。

つまり、ボーナス払いは設定せずの元利均等方式。元金と利息を合計して、毎月均等額を支払う方式だ。

返済が進むにつれて元金が減額されていくので、均等額の内訳は元金への支払額が増え、利息は減っていくことになる。

児玉さんの場合、毎月返済額は109,250円で、支払開始当初の元金支払額が58,208円、利息が51,042円の割合だったのが、25年が経過した現在は、元金支払額91,582円、利息が17,668円と、ずいぶんと利息の方が少なくなっている。

ローンの残高は12,023,300円。

ここから500万円が返済された残額を再計算する。それが住宅ローンの繰上返済だ。

ここで、期間を変えずに毎月の返済額を減額するというご希望なので、タブレットを取り出し、表計算ソフトを立ち上げて、今後の支払計画をシミュレーションしてみた。

社長も、児玉さんも、無言で私に注目している。

マウス、キーボードと違って、タブの操作は表計算の作成には向いてないから、動きのぎごちなさが見えてしまう。

アンドゥ(やり直し)操作を何度もやったんで、不器用に思われたかも。

PCだと、もっと早くキレいにできるんだよ。

何か悔しい。

割と時間がかかったけど、支払計画表は無事に完成した。

打ち込んだ金額に間違いの無いことを確認してと⋯⋯⋯

結果として、毎月返済額が70,300円まで減少。

支払利息の総額も、3万円超の削減となる。

ただ、これを期間短縮にした場合、支払完了が3年5ヶ月の短縮、支払利息総額も減額するより削減額が大きくなる。

児玉さんの希望ではないが、一応、この差額についても伝えてみた。

でも、児玉さんは(かたく)なに減額の方を希望すると、はっきり言い切った。

んーー

頑なすぎる⋯かな。

何となく、何かを勘違いされているような気がする。

あまりしつこく進めるのも雰囲気を悪くするので、これ以上の()しはやめることにした。

となりで社長がニヤニヤして、私を見てる。

くそお。

苦戦気味に見えてるのかな。

そうじゃないよと主張しても、負けおしみと思われそうだから、やめとく。

一応、依頼された計算は終わっているので、レポートとしてPDFに加工し、児玉さんのメールアドレスに送信⋯⋯完了、と。

児玉さんは、スマホで着信を確認。

これで、私のFPとしての任務は完了かな。

でも、どこかスッキリしないね。

児玉さんからまだ聴けていない何かがある気がする。

社長の手前だし、あけすけに秘密を()くのは、無神経なニンゲンと思われてしまうので、ちょっと遠回しに探ってみよう。

「あの、一つ訊いても良いですか?」

私が児玉さんに声を掛けると、少し驚いたように眉を上げた。

「何でしょうか」

承諾が得られたね。

私がしたのは、こんな質問。

「急な収入がおありだとうかがいましたが、もしかして保険収入ですか?」

プライバシー要素たっぷりだけど、私が思ってることが正しいかどうかは、この1問で確認できる。

「そのとおりです⋯⋯実は⋯(がん)を宣告されましてね⋯⋯⋯加入していたがん保険の一時金をもらいました⋯⋯何か家族のために使いたいと思ってね⋯⋯余命も宣告されました⋯⋯あと1年だと⋯⋯⋯」

やはり、そうだったか⋯⋯⋯

私は、隣に座る社長の顔をチラリと見た。

社長は、両目をつぶり、握りしめた両拳を小刻みに震わせていた。

私は、住宅に関する書類等が(つづ)られているグレー色のファイルを広げ、『団体信用生命保険』関係の加入書類一式を取り出して、児玉さんに見せた。

「児玉様は、このとおり『団体信用生命保険』に加入されています。保険料も、住宅ローン返済額も滞納はされていないでしょうから、この保険が適用されます」

「これは⋯⋯」

社長も興味深そうに、書類を手に取った。

「これは、キミが亡くなったり、重度障害者になったりした時に、ローンの残額が帳消しになる保険だよ。やはり、ちゃんと入ってたんだな」

「ええ!?」

児玉さんの驚きようを見ると、昔の話なんで忘れてた、って感じだね。

住宅ローンの繰上返済で、毎月返済額の減額を選んだのは、奥さんの負担を軽くしたかった、ってことだったんだね。

「児玉様」

騒々しさが一段落したところで、私は真正面から児玉さんを見て言った。

児玉さんも、緊張気味にツバを何度も飲みながらも、私の顔をじっと見つめ返した。

「これは、私の提案ですが、いただいた500万円は、住宅ローンの返済ではなく、ご自身のために使われることをオススメします」

私は、キッパリと言ったつもりなんだけどね。

児玉さんが、それをどのような印象で受け止めたのかは、その時にはわからなかった。


それから1年後⋯⋯

社長に呼び出され、第2会議室に入った。

社長は、にっこりと笑って、私を迎えてくれた。

「児玉から、メールと写真が届いてな」

社長は、スマホ画面に写る小さな写真を私の方へ向けた。

「奥さんと一緒に九州旅行に行ったらしい。あいつ、鉄道オタクでな。『鉄たび』だよ」

これは、豪華絢爛(ごうかけんらん)な観光特急に乗って、九州を一周するヤツだね。

児玉さんのやりたかったことって、これだったんだね。

夢が(かな)って、良かったね。

写真は全部で20枚くらいあったかな。児玉さんも、奥さんも、満面の笑顔で、とても楽しそうだ。

一通り写真を見せてもらって、社長はスマホを鞄にしまった後に、小さくため息をもらした。

「⋯⋯児玉は、先週に亡くなったよ⋯⋯」

「え⋯⋯」

社長は、少しだけ(うな)り声を上げ、私から目を逸らして、かすれた声でこう言った。

今際(いまわ)(きわ)にな⋯⋯キミにありがとうって伝えてくれ、って言われた⋯⋯」

「私は⋯⋯」

私も声を出そうとしたら、何だかノドに詰まりモノができて、うまく出てこなかった。

「私がしたことなんて⋯⋯本当に小さなことです⋯⋯」

「いや⋯キミは⋯⋯素晴らしい仕事をしたよ⋯⋯単純にFPとしての助言なら、住宅ローンの繰上返済の話だけで終わったんだ⋯⋯でも、キミは本当に児玉に必要な助言をしてくれたんだ⋯⋯ボクからも、ありがとうを伝えておくよ」

「そんな⋯⋯」

ダメだ⋯⋯

涙が出てきちゃった⋯⋯

児玉さんは喜んでくれたようだし⋯⋯

社長からも仕事を褒められたし⋯⋯

良かっただらけで⋯⋯私が泣くことはないよね⋯⋯

でも⋯⋯

ごめん⋯⋯

この話は⋯⋯これで⋯⋯⋯


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