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状態変化同好会と、夢に見た世界【現の章】

こちらは前編後編構成のうちの後編で、【夢の章】からの続きです。



「──ってところで目が覚めたの!」

「あ、そうなんだ。すごいね」


 春休み明け、状態変化同好会の活動場所である空き教室で、僕はミッチーが昨晩見たという夢の話を延々と聞かされていたのだった。

 休みの間もメッセージアプリでやり取りしてはいたのだが、面と向かって会話をするのは久しぶりに感じる。

 ちなみに、具体的にどんなやり取りをしていたかと言えば、ミッチーが某イラスト投稿サイトで見つけてきた『某有名アプリゲームの女の子キャラがよく分からない異形の怪物に強制変身させられるまでのシークエンス』の掲載ページへのURLリンクとともに「早くこれになりたい」というメッセージを僕に一方的に送り付けてくるという、大体そんなパターンだった。パッと見はほとんどスパムである。うっかりブロックしそうになるやんけ。


 制服のブラウスの上にトレードマークである若葉色のカーディガンを着た身を乗り出しながら、夢の一部始終を語る彼女の表情は妙にイキイキと輝いていた。

 人が眠っている時に見る夢としてはありがちなことだが、あまりに非現実的でツッコミどころ満載な内容だし、突拍子もない展開の連続だし、ちゃんと話がオチているのかもよく分からないし、そんなドヤ顔で物語られてもどういう感想を持てばいいのか分からないんだよなぁ……。


 僕がぼんやりとした反応しか返さなかったせいか、一通り話し終えて満足げな表情を浮かべていたミッチーは首を傾げる。

「あれ? 今の話、チョメスケ君にはあまり刺さらなかった?」

「うーん、刺さらなかったというか……。

 正直、いきなり夢の話をされても『そうなんだー』って感想しか出てこないんよねぇ……。まだ内容に頭が追いついてないのもあるんだけど。

 例えば、ミッチーも今朝目が覚めて、それまで見ていた光景は全部夢だったのかって気づく瞬間があったわけでしょ。『なんだったんだろう今の夢……どういう意味なの…………』とか思わなかった?」

「気づいた瞬間?」


 顎に手を当て、少し考える間があった。

「私、自分が見てる夢ならある程度コントロールできるから、昨日は最初白い空間に磔になってる時点で気づいて『ラッキー!』って思ってたかな」

「マジすか…………」

 想定外の答えに、呆れ半分、感心半分、僕は唸るしかなかった。

 なんと、ミッチーは明晰夢の使い手だったのだ。自分の思うままに夢を見られる能力なんて、状態変化愛好家、特に変化させられる側に移入したいタイプの人からしたら、喉から手が出るほど渇望しているものではなかろうか。

 分かってはいたが、この娘、やはり只者ではない……!


「あっ、別に生まれつきそうだったわけじゃないよ?

 色んな本を読んで、沢山練習して、やっと最近自分でコントロールできるようになったんだから。

 まあ、そうは言っても、自分で弄れるのは全体の半分くらいなんだけどね」

「半分も思い通りにできれば十分すぎるでしょ……」

 ていうか、半分好き放題に操作した結果がその内容って……。どういう脳みそしてんの、この娘……。

 あと今更なんだけど、ミッチーの脳内での僕の一人称って『僕ちゃん』なのか……。


「ほらー。チョメスケ君、私の夢の話、やっぱり羨ましかったんでしょ?」

「んー、まぁ、そうかも」

 夢の内容はともかく、明晰夢が見られるっていうのは確かに羨ましい。

「そんなチョメスケ君にも私が見た夢を追体験してもらおうということで、今日はこんなものを用意しました!」

 そう言うとミッチーは鞄からホチキス留めされたA4サイズのレジュメを取り出して、僕に手渡してきた。どのページにも台詞や状況説明など、ビッシリと書き込みがしてある。

「追体験……? え、なにこれ? もしかして台本……?」

「そう! 今朝起きてから『この夢はチョメスケ君にもお裾分けしてあげなきゃ』と思って、大急ぎでパソコンを立ち上げて打ち込んできたの!

 衣装は有り合わせのものでなんとかできそうだし、こういうのはとにかく記憶が新鮮なうちに楽しまないと損だからさ! チョメスケ君はこの台本を順番に読み上げてくれるだけでオッケーだから。時間が勿体無いし、早く始めよ!」

「えぇ……」

 ミッチーの勢いに押されるまま、僕は教室の机を端の方に寄せて、いつものようにロールプレイの準備をし始めた。

 明晰夢を見る能力が羨ましいと言ったつもりが、どうやら昨日の夢の内容が羨ましいと受け取られてるっぽい……。まあ、でも、折角用意してくれたんだから、断るのも悪いし、試しに乗っかってみようかな……。別に第三者に見られてるわけでもないし……。



✳︎



「えーと、まずなんて言うんだったっけ……。

 I have a pain〜♪ I have an apple〜♪」

「それじゃペインパイナッポーアッポーペインになっちゃうよ」

 今日ミッチーが用意してきたこの台本はゴチャゴチャしていて読みづらいのだが、急拵えである以上は仕方がない。

 新学期も始まったばかりで下校時間もいつもより早いので、多少のミスは気にせずに、多少展開を端折ってでも話を進めていく必要がある。


 スパンコール付きのそれっぽい装束とパンチパーマのカツラとサングラスで身を固めた僕に相対して、ミッチーは襟と袖に赤い縁取りのついた白い丸首に赤いショートパンツという体操服姿をしている。

 個人情報の取扱いの観点から体操服の胸元に名札を縫い付ける旨の規則はひと昔前に既に廃止されているのだが、今ミッチーが着ているこの体操服は授業では使っていない完全なる私物であるそうで、彼女の趣味によるものだろう、その胸元にはポリエステル生地の大きな名札が縫い詰められ、『ミッチー』という愛称が黒い太文字でデカデカと記されている。こうして名札がついていると、状態変化した時に『元々はそういう名前の人間だったんだ』というのが一目で分かり、色々想像が捗るというわけだ。身体の自由がきかないという表現のつもりなのか、両腕をまっすぐ身体の横に下ろし、背筋をピンと伸ばして、じっと気をつけの姿勢を維持している。



1.トランプ化



 んーと、最初はトランプ化だっけ。

 市販のトランプに予備で入っていた表面がまっさらなカードを僕が掲げると、ミッチーは傍の更衣スペースに引っ込む。中からゴソゴソとした物音が聞こえてきたので、僕はしばらく待機する。いつものことながら、薄壁一枚の向こう側で女の子が着替えているという事実に意識が引っ張られないように「えーと、この後はなんて言うんだっけー?」とか独りごちつつ台本を確認するなどして時間を潰す。

「出てこい。トランプ兵ミッチー」

 やがて物音が聞こえなくなったので、所定の台詞を読み上げると、カーテンをくぐって四角い身体がまろび出てきた。

「お呼びいただきありがとうございます、チョメスケ様♡

 わたしはハートの3、よわよわトランプ兵のミッチーでございます♡

 誰にも勝てないわたしですが、なんなりとご自由にお使いくださいませ♡」

 そう口走りながら、ウレタン製のトランプの着ぐるみに身を包んだミッチーが姿を現した。

 見た目は先ほどミッチーが話していた通りに大方再現されている。既存の着ぐるみをベースに、左上と右下の『3』という数字がアルファベットの『M』を90度傾けた形に修正されていたり、胸元に『ミッチー』と書かれた名札が縫い付けてあったり、左胸には赤い校章マークを追加でプリントしていたり、所々改造が加えられている。

 彼女の両眼に浮かぶハートマークはカラーコンタクトのものだ。

 両手でもハートマークを作りながら、両脚は内股気味に、上目遣いで見つめてくる。


「わぁ、あのカード本物だったんだ……。本当にトランプ兵になっちゃった。どうやったら元に戻るんだろ……」

 夢の光景を忠実に再現せんと熱演する彼女のその殊勝な姿、その破壊力に僕は内心ドギマギしながら、台本をなんとか読み上げる。目が泳いで視線があちこちに散らばってしまってるのが自分でも分かる。

 いくら演技だと分かっていても、学校一の美少女とも称されるミッチーの眉尻を下げて困り笑いしながらの上目遣いは、普段女の子と接することに慣れていない僕には蠱惑的すぎる……のだが、今一番の問題はそこではない。


 同好会の予算にも限度があり、長年ほったかされていたような古い衣装を自分たちで仕立て直して使い回すということは珍しくない。このトランプの着ぐるみも例外ではなく、元々は物置きに保管してあったのを二人で見つけて引っ張り出してきたものだ。そんなに小柄ではないミッチーの体格ではギリギリ入るかどうか、微妙なサイズだというのは把握してはいたのだが……。

 実際に着ているところを見てみると、やはりと言うべきか、色んなところがギリギリセーフ……いやギリギリアウトな感じだった。

 そもそもミッチーの身体は、自他ともに認める通りスタイルが良く、華奢なところと肉付きの良い箇所との凹凸の差が大きい。

 ムニッと主張する胸の膨らみを抑えるにはこのウレタン生地では力不足だったようで、トランプ表面の平面ごと盛り上がり、山なりの形を形成していた。悩ましい曲線ではあるが、ここまではまだ良い。

 さらにその下、色白な両脚を付け根ギリギリまでさらけ出しているところ……トランプ着ぐるみの白い底面が、身体の丸み、その内部からの圧によって平面状が崩れ、ローレグの水着みたく彼女のお股に食い込み気味になって、丸みを呈してしまっているのだ。

 スタイルが良すぎて、着ぐるみのところどころに歪みが生じ、内側から縦方向に突っ張った形になっているらしい。

 トランプのおもて面の下の方、うっすらと鼠蹊部のVラインらしき皺が浮かんでいる。そして両脚の間のふっくらとしたお股の丸みもトランプの下辺から下にムニッとはみ出てしまっていて、まるで白いショーツが丸見えになってしまっているような……見てはいけないものを見ているような気分になってしまう。この分だと、トランプの裏面も、臀部の肉圧によって幾何学模様が丸く歪んでしまっていることだろう。

 トランプと呼ぶには、全体的に表面がデコボコし過ぎてる気がする……。

 今のミッチーの視界だと、この着ぐるみを着た状態では視界が狭くなり、胸の膨らみはともかく脚の付け根近くの状況までは確かめづらくなっているのかもしれない。


 気まずくなるのを恐れて、僕はミッチーに気取られぬよう何気ない態度で、ロールプレイの続行に努める。

「元の姿に戻すために、何か命令を出してみるかぁ。

 ミッチーちゃん、何か面白い話とかできる?」

「うーん、面白い話ですか。

 …………これもこのシリーズを書いている作者の話なんですけど。実際のところ、自分の今までに書いた作品中にどれくらいの割合で丸首体操服が登場してきたのか、数えてみたそうです。

 結果、直近までに公開した全ての状態変化作品39作のうち、丸首体操服が登場していたのは計16作だったとのことです(2024年4月21日現在)。

 『過半数は割ってるし、これはセーフだよね?!』などと供述しておられましたが……今回で17作目になる訳ですし、実際に着させられる私としては『語るに落ちているのでは?』としか言えないんですけれども」

「割合……? 供述……?

 ダメだぁ、ミッチーちゃんの言ってることが一つも分からん…………」

 視覚と聴覚、情報量が脳内で処理しきれず、頭を抱えたくなる。台本の中の僕と心境が偶然ではあるがリンクする。このまま流れで次のくだりに飛び移ってしまう。



2.ロボット化



「そ、そうだ。直接人間に戻せないなら、他の変化で上書きしてみよう」

 そう言って、操縦桿を模した小道具を取り出してレバーを傾ける。

 ゴソゴソと物音がしばらく聞こえた後、更衣スペースからロボット化の衣装にお色直ししたミッチーが姿を現した。

「ピピピピピ…………ロボット化、完了イタシマシタ。

 ハヤク、人間ニ戻シテクダサイ……」


 ロボット化は前にもやったことがあるので、衣装はその時のものの流用である。

 基本的にはお馴染みの白い丸首と赤いショートパンツの体操服姿なのだが、生地の表面にはあらかじめ撥水スプレーで処理が施されており、その上から目の細かいミストスプレーでほんのり湿らせてやると水分が生地の表面で弾かれ滑ることで所々ツルンと光沢を帯びたような質感を表し、無機質っぽい質感が演出しやすくなる。

 カラーコンタクトを入れた両瞳は鮮やかな緑色で、しっかり梳られたミディアムショートの黒髪はポマードか何かで艶をつけられ、ヘルメットみたいなカチッとした髪型にセットされている。

 何か詰め物を仕込んでいるのか、元々サイズのある胸部はなんだかいつもより一回りほど大きいような。その前面には例の『ミッチー』と書かれた名札をかたどった白いプラ板が、甲板としてバストラインの形に合わせてはめ込んであって、四隅の角を鉄色の無骨なプラスネジで留めてある。やや視線を上げると、胸の膨らみを土台に、デジタル表示の液晶画面を正面に見せて手のひらサイズの万歩計がチョコンと乗っかっている。エネルギー値のディスプレイを表現しているらしい。たわわチャレンジ成功である。

 足元はバレーボールの女子選手が履いている印象が強い厚手の長靴下に履き替えていて、華奢な素足とのコントラストがブーツ型の装甲を思わせる。球体関節そのものを再現することは難しいので、代わりに肘や膝などの関節部には故障がちなスポーツ選手がつけているようなゴム製のサポーターを、素肌に近い色合いのものを巻いてそれっぽい雰囲気にしようと試みていた。身体を曲げ伸ばしした時に、このサポーターの下に重ねておいた金属のバンドがチラリと垣間見えるようになっている。

 仕上げに、素肌や衣装の上を問わず、全身の各所に黒マジックで直線的なラインを引いて、様々な部品を継ぎ合わせて作ったロボットという感じを演出している。

 言わずもがな、ミッチー本人も本当に身体がロボット化したというつもりで、非常に気合を入れて表情を作っているわけだが…………とんねるずのサンダーバードのパロディコントみたいな絵面になっている、なんて言ってはいけない。


 さて、ロボット化したミッチーは腕と背筋をピンと伸ばした気をつけの姿勢から動かない。台本がそうなっているというのもあるし、ちょっとでも身体が傾くと胸に乗せた万歩計がポロッと落ちてしまうというのもある。

「ホラ、チョメスケ様、早ク。時間ナイシ……」

「あ、うん。そうだね……。

 リセットボタンはどこだろなぁ。ごめんね、ちょっとお身体に触りますね? では、失礼しまーす…………」

 彼女の台本がそうなってるから合意のもとでこうするのであって、疚しい気持ちも別にないし、セクハラにはならないはず…………やれやれ、仕方ないなぁ…………そう自分に言い聞かせる。

 急かされるまま、恐る恐る彼女の胸元に触れる。そして、蝶番が仕込んである名札の甲板を横開きにパカっと開く──。


「……………………」

 目に入ってきた光景に、ほとんど呆れ返っていた。あまりに馬鹿馬鹿しい状況に直面した時、人の頭は困惑を通り越してこんなふうにクールに、冷静になるものらしい。やれやれ、僕は呆れ返った。


 ロボットの機体に空けられたメンテナンス用の開閉口を再現したつもりなのだろう。名札の内側、丸首の白い生地は甲板と同じ四角形にくり抜かれていた。そこから中を覗き込むと、若葉色のスポブラだけを纏った彼女の素肌が、無防備にさらけ出されていた。キャミソールみたいな肌着すら省略して、丸首の内側に内部機構のパーツ類を収納する空間を確保したかったらしい。

 谷間を、エネルギー管を模したと思われるぶっとい緑色のホースが一本縦断して挟まっている。胸の膨らみの山頂からお腹の方へ丸首の生地がなだらかに下る坂の内側、アンダーバストで蔭になっているところの隙間は、ちまちまとした電子基盤が埋められていて、ところどころ下乳に食い込み気味になっている箇所さえある。そして、二つの大きな膨らみ、その輪郭にピッタリ沿って、鉄色のワイヤーがとぐろを巻いてお椀型を形作っていた。

 より多くの内部機構的意匠を丸首の中に仕込むには、この配置が最も効率が良いという判断らしい。本当かよ……。

 さて、肝心のリセットボタンだが、内部をまさぐってまで探す必要もなかった。若葉色のスポブラの生地の上、ワイヤーが渦巻き状に包み込んでいる左胸の膨らみの先端部分にポッチが立っていて、それがこれ見よがしに赤いインクで着色されていた。すぐ下に『強く押す』と書かれたラベルシールが貼ってある。えぇ…………。


 ここまでくるとわざとなんじゃないか……と思って目線だけでミッチーの顔を盗み見るが、特に何か企んでいそうな表情や恥じらいの感情を浮かべているような様子は見受けられない。命令がなければ身動きできないという設定を生真面目に遵守して、気をつけの姿勢のまま、自分の胸元や僕の方へは視線を落とさず、視線をただ真っ直ぐ正面に固定していた。

 これはどうやらボケているとかではなく、マジなようだった……。『ちょうどよかった』とかなんとか呟きながら、胸の先端に赤色を塗り塗りしている彼女の姿が目に浮かんでしまう。

 僕はこの娘の底を見誤っていたかもしれない。色々とタガが外れているとは思っていたが、まさかここまでとは……。

 彼女の発想のあまりの無邪気さ、無防備さに、僕の胸中には『この娘は僕が大事に守ってあげなきゃ……』という使命感すら湧き始めていた。

 天真爛漫すぎて、もしこのまま大学生になったら、状態変化サークルの姫に祭り上げられて、しまいにはその状態変化サークルをクラッシュさせてそう。状態変化サークルとは。


 何も見なかった振りをして甲板をパタンと閉め、このくだりは流してしまうことにする。

「んー? リセットボタン、なかったよ?」

「エッ、ウソ? オカシイナァ、分カリヤスイ所ニ付ケタハズナノニ……。ホラ、確カ、コノ辺ニ…………」

「あっ、動くと胸からディスプレイが落ちるよ」

「オットットット…………」



3.多重変化



 その隙にペインパイナッポーアッポーペインを床から拾い上げて、状態合体の命令をミッチーに出す。

 小首を傾げつつも彼女は更衣スペースに再度引っ込んでしばらくの間ゴソゴソと慌ただしい物音を立てたのち、今度はトランプ兵ロボットの衣装に身を纏って現れた。


「戻シテ……戻シテ……」

 トランプ兵ロボットの見た目に関して言えば、基本的には今しがたのロボット化の衣装の上から先ほどのトランプの着ぐるみを重ね着したものである。

 プラスアルファで、トランプの四隅の角にはそれぞれ鉄色のゴツいネジ頭が埋め込まれ、また着ぐるみの表面は洗い流せるタイプの染色スプレーによって銀色に染められている。

 鼠蹊部やお股のところに浮かんだ丸みや皺も、上塗りされた色で少しは目立たなくなるだろうか……という期待も虚しく、表面に付加されたテカテカした光沢のせいで却って陰影が際立ってしまっていた。まぁそうなるわな。

 着ぐるみのメタリックな色合いに合わせて、顔や両腕両脚といった素肌にはオイルが塗られ、テカテカと照っている。

 なんというか、サイボーグに改造されたぬりかべ妖怪みたいな見た目になっている。



4.平面化〜融解



「トッ、溶カス?!!」

「まだ僕台詞言ってないよ」

 ここからは『平面化→グルグル巻き→融解』という流れになるわけだが、勿論学校にプレス機や溶鉱炉などないし、仮にあったとしても実際に人体を放り込むわけにいかないので、この辺りは想像力と創意工夫でカバーしたいところだ。

 ミッチーとしては特に平面化に強い思い入れがあるようで、気合が先走っていた。彼女のメリハリのあるナイスバディが、平面を表現しようとした時に障害として立ちはだかることが多いからだろう。彼女にとっての鬼門というわけだ。


 床の上、畳ぐらいのサイズの透明なアクリル板で、仰向けになったミッチーの着ぐるみに包まれた身体を上下から挟み込む。僕が上から少しばかり体重をかけてやると、着ぐるみごと彼女の身体がムニュッとアクリル板に密着して、平べったく潰れた接地面を透明な平面越しに見ることができる。かかった重さで関節を痛めてしまわないように、彼女は手足をやや外向きに広げて逃し、潰れたカエルみたいなポーズで挟まれている。


「んっ……どうかな……? 私、ちゃんと平面に……ペチャンコになれてるかなっ…………?」

 透明な板越し、自信なさげに彼女が聞いてくる。頬や鼻、唇なんかが潰れて、バラエティ番組みたいな絵面になっている。が、その辺はまだかわいい方だ。

 下腹部も、臀部の肉付きによって押し退けられるように、やや腰を突き出すような形で板に押し付けられている。

 一番変形が顕著なのは胸の方だった。着ぐるみの生地とポリエステルの名札の上からでも分かる二つの大きな膨らみが、アクリルの平面に沿って平べったく潰れ、ホットプレートに流し込んだホットケーキの生地を思わせるような二つの巨大な柔らかい真ん丸が透明な板の表面にベターッと密着しているのが丸見えになっているのだ。彼女が体勢を整えようとアクリル板の向こう側で身を捩るたび、その二つの真ん丸も透明な平面上をズリッズリッとナメクジみたいに這って動く。

 僕はもう、深く考えないことにした。どうせこんなの単なる脂肪の塊じゃんね。実存は本質に先立つのだ。ご覧じろ、個人的には顔面の方の面白さに注目したい。

「あー、うん。バッチリだよ。さっきよりも、すごくペチャンコになってる」

 素知らぬ顔を作って僕は返事をする。この見た目を平面と呼べるかはさておき、元の姿と比べて色んなところが限りなくペチャンコにはなっているから、嘘は言ってないぞ。うん。



 ミッチーが納得するくらいまでしばらくペチャンコにしといてあげたあと、上に乗せられていたアクリル板を退けて、彼女の身体を今度はうつ伏せにひっくり返してやる。

 完全に平面化されてしまったというていで床にへばりついた体勢から、彼女はおもむろに四角く平べったい身体をグルリと海老反りに丸めてみせた。体育の授業で使う運動マットを巻いて畳もうとした時みたいな見た目になる。

「おっ、すごい」

 素直に感心の声が溢れた。

 毎日風呂上がりにストレッチして身体を柔らかくしているとは聞いていたが、ここまで見事なコントーションを見せられると感嘆せざるを得ない。

 時折ピクピクと震えるロールケーキみたいに丸まった白い着ぐるみの表面、『ミッチー』と書かれた名札が天井を仰いで堂々と胸を張っている。



「そうだ、トレードマークの若葉色が足りないじゃないか。今のうちに入れちゃえ」

「あわわわわ…………」

 溶鉱炉に放り込まれて塗料を混ぜられるシーンに差し掛かるが、さすがにミッチーの身体を本当に溶かすことはできないので、代わりに映像イメージでお茶を濁す。

 牛乳を波々と入れた小鍋をカセットコンロにかける。ある程度温まってきたところで、牛乳をおたまでグルグルと混ぜながら、緑色の粉末を少しずつ注いでいく。傍から、ミッチーがドロドロに溶かされてかき混ぜられているという体でアテレコしている。だんだん牛乳の白色に緑色が渦巻きながら溶けて混ざっていって、やがて鍋の中身は綺麗な若葉色で満たされた。



5.ドラゴン化



「もう!よくも私の身体を散々弄んでくれたわね!

 巨大化して反撃してやる!」

 出来上がった抹茶オレをマグカップでグビグビと飲み干しながら、ミッチーは気炎を吐く。そして更衣スペースに引っ込んでゴソゴソ着替え始めた。

 その間に、僕はすぐ横の机の上にビル街のミニチュアを並べてスタンバイしておく。


 しばらくして出てきた彼女の姿は、前に使用したヘビ獣人の衣装を流用して作ったドラゴンの衣装を纏っている。

 首元から手先足先まで全身を、お馴染みの若葉色の中に時折濃い緑色が差し込んで縞々になった鱗模様が入った全身タイツでピッタリと覆っていて、身体のラインが浮かび上がりまるでボディペイントみたいでドキッとする。お腹側は彼女の地肌にいた白っぽい色になっていて、彼女の胸の丸みが鱗模様越しにそのふっくらとした形を主張している。また、いつも着ている若葉色のカーディガンを腕は通さずに、胸の方に回した両袖を結んで肩に引っ掛けている。背中には針金ハンガーを曲げて作った翼を背負っていて、白いゴム風船を使った手のひらくらいの大きさの飛膜が張ってある。

 お尻のところからは身体と同じくらいの長さの尻尾が伸びていて、これはたまたま余っていた発泡スチロール製の巨大なエビフライのオブジェを若葉色に塗装して、ふんどし型のベルトでミッチーの腰回りに固定したものである。表面がゴツゴツしてるし、先っぽの方がヒレみたいな形になってるし、丁度良いんちゃう?

 そして、手足にはそれぞれ五本の指に長く鋭い爪の意匠を凝らした手袋とブーツを、頭には赤い角が二本ピンと立ったカチューシャを、口の中には犬歯四本分の鋭い牙を模した付け歯を身につけている。


 …………ついでにもう一つ触れておくと、ドラゴンの戦闘力を表現したかったらしい、今の彼女は顔にかなり気合いを入れてお化粧を施していた。おそらく、本人としてはコメディリリーフ的な表現ではなく、あくまで大真面目に“セクシーな大人の女性”感を演出したつもりのようだ。しかしこれがなんというか…………随分ケバケバしい見た目に仕上がっていた。ルージュは念入りに塗られすぎてほとんどウナギイヌみたいになってるし、マスカラは毛虫かと思うくらいファサファサしていて、アイシャドウは紫と青の間ぐらいの色味に銀粉でも混ざってるのか光が当たると星屑みたいにテカテカして見える。極端に下手というわけでもないのだが、元々のあどけない顔立ちとはどうも相容れずチグハグ感があった。

 考えてみれば、この学校の校則では原則メイクは禁止されている。普段からきちんと校則を守って学校生活を送っているタイプであるミッチーのような娘からすると、自分の顔立ちに照らし合わせてどの程度であればナチュラルな仕上がりになるか、そこからどうプラスアルファすればどのくらい印象が変わるか、経験値不足から自分の中で塩梅が掴みきれていないのも無理はないだろう。

 もっとも、こと今回に関してはドラゴンの戦闘力を表すための化粧なのだから、むしろこれくらいの過剰さが正解なのかもしれない。本人の想定とは違うかもしれないが、結果オーライと言えるのではないか。



「ねぇねぇ、ミッチー、好きなドラゴンを教えて」

 尻尾に浮かんだ巨大なエビフライのシルエットに引っ張られて、僕は好きなお惣菜と間違えて好きなドラゴンを訊ねてしまっていた。これでは、好きな惣菜発表ドラゴンではなく、好きなドラゴン発表惣菜になってしまう。

「えっ、好きなドラゴン? うーん、なんだろう……」

 想定外の質問に、彼女は少し考え込んでしまう。台詞を訂正しようかとも思ったが、彼女から程なく答えが返ってきた。

「そうだねぇ、好きなドラゴンかぁ。

 私的には、風来のシレンに出てくる……」

「えぇ?シレンの? スカイドラゴンとか、アークドラゴンとか?」

 僕は思わず顔を顰めてしまう。風来のシレンというのはダンジョン探索型RPGとして有名なシリーズで、あのゲームに敵モンスターとして出てくるドラゴンは性能が凶悪すぎるが故に多くのプレイヤー達から嫌われているのだ。部屋の外から突然長距離攻撃の炎が飛んできてゲームオーバー、身ぐるみ全て剥がされて村に強制送還されるという悪夢を何度見させられたことか……。

「あ、いや、モンスターの方じゃなくて。お竜の方なんだけど」

「って、そっちかい!」

 僕は思わずズッコケそうになる。

 ミッチーが言うお竜というのは、主人公の仲間になって一緒に戦ってくれる自律行動型NPCのうちの一人であり、素肌を大きく露出した全身タイツ風の衣装が特徴的なセクシーな女性キャラのことである。ちなみに、名前の『竜』という字以外にドラゴン要素はほとんどない。果たして『ドラゴン』とみなしていいものだろうか……。とりあえず、なぜお竜の名前が出てきたのか理由を聞いてみようではないか。


「お竜が好きな理由? えーとね……。

 ダンジョンを攻略してる時に、ある階層からにぎり親方とかにぎり元締とか、“おにぎり状態”にしてくる敵が出てくるじゃん?

 おにぎりの姿になったシレンを見て、私閃いちゃったんだよね」

「あー……」

 なんとなく話が見えてきた。にぎり親方やにぎり元締というのは敵モンスターの一種で、主人公を“おにぎり状態”という状態異常にしてくるという厄介な能力を持っている。“おにぎり状態”にされた主人公は、一定のターンの間、おにぎりの姿に変えられてしまい、アイテムが使用できなくなるなど能力が封印される上、その姿で水や火が噴き出る罠を踏んでしまうと腐ったり焼きおにぎりになったりして即死してしまうという非常に危険な状態に陥るのだ。

「お竜みたいなNPCには“おにぎり状態”にする能力は使ってこないから、実際にはゲーム画面上でお竜がおにぎりにされる場面はないわけだけど……考えてみると、シレンをおにぎりにできるのに、お竜をおにぎりにできないっていうのは不自然に感じるんだよね。きっと、それが実現するとあまりにも刺激が強すぎるから、システム上そうならないように設定して自主規制したんだと思うの。

 『お竜は、おにぎりになってしまった!』っていう淡白なメッセージウインドウ一つ表示されるだけで、あとに残されたのは床に転がった米粒の塊だけ……なんて、エチエチ過ぎるにも程があるもんね」

「んー、正直それはすごく分かりみ……」

 だらしない表情で涎を垂らしそうになりながらそう語るミッチーに、僕も全面的に同意する。

「そんなことをずっと考えてるうちに、気がつくと最近は『お竜が◯◯の状態異常を喰らったらどんな感じになるんだろう』みたいなことばっかり考えるようになっちゃったの。これが、私がお竜を好きな理由。

 だからね、もし今度夢を見る機会があったら、私がお竜になって、その状態でにぎり元締と対決してみたらどうなるか検証してみようと思うわけ」

「うむ、なるほど、それは応援させていただきます。どんな感じになったか、事後報告でいいので教えてください」

 僕は頭の中で、お竜とは色違いの若葉色のタイツ風衣装に身を包んだミッチーが、にぎり元締に息を吹きかけられておにぎりにされてしまう場面を思い浮かべた。うーん、見たすぎる……。

 やっぱ明晰夢見られる能力、羨ましすぎるな?

 でも、ミッチーがこんなにサービス精神旺盛なおかげで、僕も同じイメージを追体験させてもらえるわけだから、感謝するほかない。

 またいつか、ミッチーがお竜になった夢の話をしてくれる日を楽しみに待っていようと思う。…………もしかして、その時は僕がにぎり元締の役をやらんといかんのか?



 さて、そうこうしてるうちに台本もいよいよ終盤である。下校時刻も近い。

 順番は前後するが、この辺でラジカセからジュディ・オングの『魅せられて』を流し始める。

 その歌詞は表現が抽象的な部分もあって、まだ成人もしていない僕たちにとっては完全に理解することは難しく思えるのだが、まぁサビで『女は海』って言い切っちゃってるし、きっと状態変化か、もしくは神話の歌なんやろ。知らんけど。


「待てーっ! チョメスケ君もペラペラのグルグルのドロッドロにしてあげるんだから!」

「ヒーッ! そんなん言われて待つ馬鹿がいるかっ!」

 ミッチーがブンブン振り回すエビフライの尻尾をジャンプで避けたり、屈んで避けたり、たまに避けきれなくて脛に直撃して軽く悶絶したり、デュクシデュクシ言いながら彼女が繰り出してくる連続パンチをデンプシーロールで躱しまくったり、そもそも背後からエビフライを掴んでしまえば彼女は身動きが取れなくなることに気付いたり。

 ワチャワチャやっているうちに、教室に差し込む西陽は傾き始めていた。腕時計を見るとそろそろ丁度良さそうな時間になっている。廊下の方の様子も窺いながら、頃合いを見てポケットライトを取り出し掲げる。


「こうなったら、公務員を呼ぶしかない!」

「…………なんか呼んだか?」

 僕ちゃんがライトを天井に向かってペカッと点灯させたのとほぼ同時、教室の扉がガラガラと開いて、隙間から怪訝な表情の小林教諭が顔を覗かせた。

 作戦通り! そろそろ見回りに来る頃だと思ってタイミングを見計らっていたのだ。


「「イエーイ!!」」

 狙い通りに事が運んで、謎の高揚感に当てられた僕ちゃんとミッチーはハイタッチを交わす。

 よく分からないが、いつものごとく二人ではしゃぎ戯れあっていただけらしい…………小林教諭はそんな呆れ笑いを浮かべていた。

「…………楽しそうなのはいいんだが、お前らって、一体何を目指してるんだ?」

 素朴な疑問を投げかけられる。うーん、自分たちのことながら、一体何を目指してるんでしょうね? こういう茶番をひたすら突き詰め続けた結果行き着く先……。仮装大賞とかですかね? とは言え、あの番組を目指している方々は本当に人生をかけて取り組んでおられるわけなので、あまりこういう軽はずみなことは冗談でも口にするのは憚れるんだけれども……。

 もっとも、大して意味があって訊いたわけでもないのだろう、「もう遅いし、気をつけて帰れよー」と言い残し、小林教諭はさっさと見回りに戻っていった。



 ひとしきりはしゃぎ回って疲れたせいか、そろそろ下校の準備もしなければならないのに、僕は教室の床に敷いてある畳のうえに仰向けに寝ころがってしまった。

 窓から差しこみ顔にこぼれかかる陽はあたたかく、日が暮れても肌寒さなどは感じなくなっていた。気づけばすっかり春である。ここちよい疲労感と奇妙な達成感、ポカポカの陽気にまどろみそうになる。


 そんな僕の顔を、ミッチーが上から逆さまにのぞき込んでくる。ニンマリと、からかうような笑みを浮かべている。

 僕と同じくらいはしゃでいたはずなのに、まだまだ遊び足りないとでも言いたげな。

 どこまでも底抜けによくばりな女の子。

 彼女はたしかに、世界最強生物だった。


 僕にもきみと同じ夢を見せてくれて、夢を分け与えてくれて、ありがとね、ミッチー。


 こんなふうに、ぼくらは状態変化の夢をみる。



おわり



最後まで読んでいただきありがとうございました。

本作をもって、しばらく創作活動を休止しようと思います。現実の生活を頑張らないといけないな、というのが理由です。

いつもたくさんの方に読んでいただけて本当に嬉しいです。本当にありがとうございました。

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