閑話:ダンとリリーネのダンジョン魔物図鑑
「フィーネちゃんだけずるいです!」
「リリーネ? いきなりどうしたんだ?」
突然やってきた青い髪の妖精――リリーネは、『むぷぅ』と頬を膨らませてこちらを見上げる。
周囲にフィーネの姿は見えない。どうやら、彼女ひとりでやってきたようだ。
それにしても、やってきて早々にずるいとは、いったい何があったのだろうか?
「聞きましたよ! フィーネちゃんにだけ、アリさんのお話をしてあげたって!」
「アントの話……? あー、一緒に図鑑を見た時のことか?」
「それです! 私もアリさんのお話を聞きたかったのに!」
以前、フィーネと共にアントたちの情報をまとめたことがあった。
その時に、リリーネは一緒にいなかったのだが――どうやらそのことにご立腹のようである。
「別に仲間外れにするつもりはなかったんだが……そうだな。じゃあ今日は、リリーネと一緒に新しい情報をまとめようか」
「本当ですか! ではさっそくお願いします!」
以前はフィーネと共に読んだ、ジャイアントアントの図鑑。いそいそと肩に乗ったリリーネが、その続きのページを覗き込んだ。
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・ナイトアント
基礎戦闘力300 体長3メートル ランクC
鎧のような甲殻を持つウォーリアーアントの上位種
さらに強力になった顎と、より発達した重厚な甲殻を持つ。
甲殻の強度を生かした突進が得意だが、急な方向転換は苦手。
・ガーディアンアント
基礎戦闘力300 体長2メートル ランクC
より強靭な盾を獲得したシールドアントの上位種。
盾状の頭はより大きく硬く成長し、魔法に対する耐性も強化されている。
並みの武器では、その盾に傷を付けることすらできない。
・スナイプアント
基礎戦闘力300 体長2メートル ランクC
細く長い腹部を持つガンナーアントの上位種
天上に張り付き遠距離から高速の酸弾を放つ。
酸弾は長距離からでも高い精度を持って飛んでくるため、姿が見えなくとも油断は禁物。
・カノンアント
基礎戦闘力300 体長3メートル ランクC
巨大な腹部を持つガンナーアントの上位種
高濃度の酸の砲弾を放つ。
大質量の砲弾は、ひとたび浴びれば致命的な結果をもたらす。
・アサシンアント
基礎戦闘力300 体長1.5メートル ランクC
非常に鋭い顎を持つキラーアントの上位種
気配を消し、暗闇に紛れ奇襲を行う。
鉄すらも容易に切り裂く顎を持つが、速さと鋭さの代償として甲殻は非常に脆い。
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「このあたりは、今までいたアントの上位種だな。それぞれの強みがさらに強化されているが、その分使いにくくなった部分もある」
「そうなのですか?」
「例えばナイトアントやガーディアンアントは、甲殻が分厚くなった分だけ動きが鈍くなったな。他にもスナイプアントは一撃の威力は低めだし、カノンアントは威力は大きいが連射ができない」
ジャイアントアントの上位種は、より専門的な能力を得る傾向がある。強みを生かせる場面ではとことん強いが、逆に弱点を突かれると簡単に崩されてしまうだろう。
「なるほど、進化といっても、いいところだけではないのですね」
「まあ、総合的な戦闘力は上位種の方が高いから、うまくフォローしてやることが大事だな」
上位種単独で対応できないような場面のサポートは、ソルジャーアントやウォーリアーアントなどの下位のアントが担うことになるだろう。
そもそも、そういった戦闘面での補助を見越した、特化型の進化なのだと思われる。
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・ボムアント
基礎戦闘力200 体長2メートル ランクD
大きく膨らんだ腹部を持つ特異な見た目のアント
クイーンアントから生まれる可能性がある。
外敵を発見すると近づき、周囲に大量の蟻酸をまき散らし攻撃する。
一度酸をまき散らした後は、酸を溜めるまでに時間がかかるため、戦闘力は非常に低くなる。
遠距離攻撃がある場合は、そこまで厄介な相手ではないが、近接職のみの場合非常に危険。
・アースアント
基礎戦闘力300 体長2メートル ランクC
土属性の魔力を操る特殊なアント
クイーンアントから生まれる可能性がある。
土の壁による防御や、石の礫による遠距離攻撃を行う。
魔法自体の威力は低いが、ジャイアントアントの巣の内部は周囲を土で囲まれているため、注意が必要である。
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「ボムアントとアースアントは新しく生まれた種類のアントだな。この前の戦いを見た限りだと、どちらも直接的な戦闘タイプではなさそうだ」
「なるほど、例えばどんな場面で活躍するのですか?」
「ボムアントは罠として効果を発揮するタイプだな。アースアントは通路を作り替えたり、ガンナーアントたち用に高台を作って射撃のサポートが得意みたいだ」
ボムアントは一撃の威力こそ非常に高いが、あまりにも鈍重だ。酸をため込んだ腹部が重すぎて、ほとんど動くことができないのだ。仮に戦闘に参加したとしても、近づくまでに何らかの手段で処理されてしまう。
基本的には身軽な状態で天井などにぶら下がり、そこで酸を溜め込んで罠を張る運用になりそうだ。
アースアントは土魔法による遠距離攻撃もできるが、遠距離攻撃役は他にもガンナーアントとその進化先が存在する。
液体ではなく、それなりの質量がある遠距離攻撃という面では貴重ではあるが、サポートに回った方が恩恵は大きそうだ。
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・ジェネラルアント
基礎戦闘力2000 体長5メートル ランクB
高い指揮能力を持つコマンダーアントの上位種
固い外骨格を纏っており、戦闘力も高い。
コマンダーアントよりも高い知能を有し、複雑な戦法をとるようになる。
また、ジェネラルアントの存在する巣では、離れた位置のアント同士が連携し敵を襲うことが確認されている。
ジェネラルアントが統率する群れは、まさしく軍隊のように振舞う。
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「ジェネラルアントは……コマンダーアントのほぼ上位互換だな。しいて欠点をあげるなら、大きすぎて狭い通路が通れないくらいか」
「シュバルツさんのために、ダンジョンの通路を広くしていましたね。そういえば――シュバルツさんの戦闘力は、今どれくらいなのですか?」
「えーっと、確か名付けとボスモンスターに指定した効果で4倍で、そこに保有魔力による強化がかかるから最大8倍で、だいたい1万6000くらいだな」
「……なんというか、桁が――」
数字を聞いたリリーネが絶句する。
ボスモンスターと化したシュバルツは、まさしく桁の違う強さを誇っている。ダンジョン内を守護するアントたちの総指揮官であるとともに、ダンジョン内最強の戦力なのだ。
シュバルツが敗北するということは、ダンジョンの指揮系統が崩れると同時に、最大の戦力を失うということでもある。
万が一そのような事態が起きたとしても、負けるつもりはないが――できれば避けたいところである。
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・クイーンアント
基礎戦闘力3000 体長20m ランクA
より多くのアントを生み出す能力を持つマザーアントの上位種
1度発生すると瞬く間に数万のアントの軍勢を生み出す。
早期の討伐が望まれるが、巣には無数のジャイアントアントが闊歩しており、最深部にたどり着くことは困難。発生の目安として、女王の誕生後はジェネラルアントなどの上位種が現れることが多い。
クィーンアント自身の戦闘力も高く、その巨体に見合った耐久力と腕力を持つ。
ただの足踏みすらも致命的な一撃となる他、強力な土の魔法を操る。
◆
「今ダンジョンにいるクィーンアントは、アーマイゼさんとフォルミーカさんだけですね。これ以上は増やさないのですか?」
「そうだな……DP的に増やせないことはないんだが、アントの数が増えすぎると、維持できなくなりそうだからな……」
アーマイゼとフォルミーカがクィーンアントに成長したことで、ダンジョン内の戦力は大幅に上がったのだが、その分維持にかかるDPも桁違いに増加している。
1階層では1日100ポイント、2階層では1000ポイント、3階層では1万ポイントと、毎日の獲得DPは加速度的に増えてはいるのだが、それでもアントの数が1万を超えた現在では、ダンジョンが生み出すポイントの大半が維持コストに消えている。
できれば早急に4階層を追加したいところなのだが、要求されるDPが多すぎて止まっているのが現状だ。
アーマイゼたちは巣の状況に応じて、産卵を止めることもできるようなのだが、その分戦力強化の機会を無駄にするため、なかなかに悩ましい。
「――さて、今回追加されたアントはこのくらいかな。リリーネ、これでよかったのか?」
「はい! 大満足です!」
やってきたときにはふくれっ面を浮かべていた彼女だが、今ではニコニコと笑顔を浮かべるほどに機嫌が戻っていた。
「ふふふ、フィーネちゃんに自慢したら。拗ねちゃうかもしれませんね」
「それは困るな。またハチミツまみれにされそうだ」
「今日のことは内緒にしておいてあげます。その代わりに、次は三人でやりましょう――約束ですよ?」
いたずらっぽい笑顔でほほ笑む彼女は、パチリ、とウィンクをしてみせた。
モンスター解説でした。明日からは4章がスタートです。
旧版であった用語解説、蛇足感があったのでカットしましたが、やっぱり必要だろうか……。





