プロローグ:更なる進化
今回は何とか防衛できたが、もしあの強さの冒険者たちが徒党を成してダンジョンへとやって来たら、今度こそダンジョンを守りきることはできそうにない。
今後もダンジョンを守っていくためには、さらなる戦力が必要である。
「戦力を増やさないといけない。だが――さて、どうする」
マザーアントを増やすべきだろうか?
いや、今回倒されたアントはかなりの数だった。数に頼る戦法は有効ではあるが、個々の戦力が低いままでは、いつか供給が追い付かなくなる可能性は捨てきれない。
アントたちは1体1体の戦闘力はそこまで高くない。ネームドモンスターとなっているアントたちでさえも、あのレベルの冒険者たちの相手をするのは厳しそうだ。
となると、アントたちの質を上げるしかないのだが――それも難しい。
ダンジョンから魔力が供給され、保有魔力が上限になっても、アントたちは2回目の進化をする様子を見せない。
ダンジョンコアの機能を使い、ジャイアントアントに関する書籍を手に入れたのだが、その書籍にはより上位のアントたちが記されていた。
つまり、アントたちがさらに進化するのは間違いないのだが、その条件が分からない。
さてどうしたものか。
「何か、いい案とかないか?」
「うーん、他のモンスターを召喚するとアリさんたちと喧嘩しちゃうんだよね……」
「アリさんたち、他のモンスターと相性が悪いです」
「そうなんだよな……」
以前、ダンジョンのモンスターの種類を増やそうと思い、穴の中で生活できるようなモンスターを召喚したのだが、たちまちアントたちに囲まれ、倒されてしまった。
どうやらダンジョン内のモンスターは無条件に協力的になるわけではなく、相性が悪いモンスター同士だと、どちらかが倒されてしまうようだ。
ジャイアントアントは共生関係にあるモンスター以外はすべて餌と認識して襲ってしまうため、他のモンスターを配置することはできない。
ドラゴンなどの強力なモンスターなら倒されることはないだろうが、逆にアントたちをまとめて殲滅してしまいそうだ。
「あっ! 新しい階層を作って、そこにモンスターを配置すればいいんだよ!」
「うーん、それも考えてはいたんだが……かなりポイントが必要になりそうなんだよな……」
確かに、4階層を追加して、ジャイアントアントが移動できないように転移陣などで繋いでしまえば別のモンスターを配置することは可能である。
しかし、その方法を使ってしまうと、最初の頃のように、ダンジョンの拡張自体に膨大な量のDPを使うことになってしまう。
ジャイアントアントが使えないということは、いつものように穴を掘ってダンジョンを拡張することはできなくなってしまうのだ。
となると、ダンジョン内の環境を変更して空間を確保する必要があるのだが、キューブ1つだけだと草原などにするには狭い。広いスペースを取るためには、どうしてもいくつものキューブを並べる必要があるため、さらにコストがかさんでしまうだろう。
そもそも、そうしてまで召喚したモンスターが、防衛に役に立つとは限らないわけで、それならばジャイアントアントとその系列モンスターに絞った方が良いはずだ。
「うーん、アントたちの進化も頭打ちだからな……。他にできることは――」
「そういえば、マザーアントさんは進化させないんですか?」
「そうだ! マザーアントだ! マザーアントがまだ進化してないじゃないか!」
「ふわぁ!? び、びっくりしました」
「もう! 大きな声出さないでよ! びっくりしたじゃない!」
「ああ、ごめん。ちょっと興奮しちゃって……」
思わず叫んだら、リリーネとフィーネを驚かせてしまった。
そう、だいぶ前からダンジョンにいたせいで忘れかけていたが、マザーアントは未進化の状態である。必要以上に魔石を食べることもなく、増加した魔力は産卵によって消費してしまう。
ネームドモンスターとなった今でも、保有魔力の上限が大きすぎてそれがカンストすることなく、未だに進化していなかったのだ。
自然に進化をするのを待つには、かなりの時間がかかるだろう。
しかし、ダンジョンコアの力があれば、魔力を限界まで与えることも可能だ。
何も起こらなければ手痛い出費になるが、マザーアントの進化にかけてみるとしよう。
「よし決めた! マザーアントたちを進化させるぞ!」
「なんだかドキドキしますね!」
「きっと、すっごく強いのが出てくるよ!」
フィーネたちとともに、マザーアントたちの進化後に思いを馳せながら、魔力を与える準備を始める。
先ほどの戦闘で大量のアントたちが倒れたため、コアには膨大なDPが蓄積されていた。
今までに見たこともないような数値が、ダンジョンマスターとしての失態を突きつけてくるが、感傷に浸るのは後だ。
コアの機能を使い、目当てのものを呼び出す。
現れたのは2つの魔石。膨大な魔力を含んでいるであろうそれは、まるで宝石のように輝いていた。
アントたちの命の結晶ともいえるそれを、ダンジョンの最下層にいる二体のマザーアントに与える。
期待と不安を感じながら、その結果を見守っていると――マザーアントたちが進化を始めた。
「ふわあぁ、とっても大きなアリさんです――」
「これは――予想以上だな。クイーンアントか、体長はどれだけあるんだ?」
「ふおおお! すごい! すごいよ!」
マザーアントたちが進化を終え、そこにいたのはとてつもなく巨大なモンスターだった。名前はクイーンアント。
その体長は――大きすぎていまいち掴めないが、おそらく20メートルといったところだろうか、とにかく大きいとしか言えない。
今までマザーアントたちがいた部屋が、一気に手狭になるほどの大きさである。
さらに巨大になった腹部に、巨大な足、王冠のような形をした突起を持つ頭部に、見るからに堅そうな重厚な甲殻。
まさしく女王の名にふさわしい威容を持ったモンスターと言えるだろう。
「フィーネじゃないけど、すごいとしか言いようがないな、これは……」
「むっ! アタシ、すごい以外も言えるもん! えーっと……すごく強そう!」
「フィーネちゃん。結局、すごいって言ってます……」
まあ、フィーネの気持ちも分からなくはない。これはすごいとしか言いようがないだろう。
問題はあまりにもサイズが大きすぎて、今の通路の大きさではダンジョンの中を移動することができそうにないところか。
彼女たちが移動できる広さの空間があっても、巨大すぎる腹部が邪魔をして素早い移動は期待できそうにもない。
「ダン! 見て見て! なんかいっぱい卵産んでるよ! すごい!」
「10……20……まだまだ増えてます」
「卵を産む能力もマザーアントの上位互換ということか」
クイーンアントが、次々と卵を産み続ける。すでに2体合わせて100を超えたが、まだまだ止まらなさそうだ。ワーカーアントたちが忙しなく卵を運び、並べていく。
ようやくその産卵が終わった時クイーンアントの巨体も相まって、大部屋は足の踏み場もない有様なってしまった。
「おおー! いっぱいだね!」
「全部で400個くらいでしょうか? 今までの10倍ですね!」
「1体あたりでも200個か、いきなりとんでもない数に増えたな」
ネームド化したマザーアントが、1日におよそ20個の卵を産んでいたということは、なんと10倍の数である。
このまま続けば、ダンジョン内のモンスターは爆発的に増加するだろう。すぐに領域を拡張しなければ、ダンジョンが手狭になってしまうはずだ。
しかし、数は大幅に増えたのだが、相変わらず問題は解決していない。いまだに数で押すしか有効な戦法はなさそうだが――
その時、何かに気が付いたリリーネが声をあげる。
「ダンさん! あれを見てください!」
「ん? どうしたんだ、リリーネ。何をそんなに慌てて――」
リリーネの声に、彼女を指さす方向を見ると、クイーンアントの部屋にいた名前持ちのアントが進化を始めている。
急いでダンジョン内を確認すると、他の名前持ちのアントたちも一斉に進化を始めていた。
今まで進化する様子はなかったというのに、どういうことだろうか。いや――ついさきほど、彼女たちに大きな変化があったではないか。
クィーンアントが存在することが、アントたちの進化の条件だったということだ。
「すごい! なんだかみんな強そうだよ!」
これでモンスターの質の部分も解決するといいのだが――そんな期待に応えるように、アントたちは次々と新たな形態へ進化していく。
名前持ちのアントたちの進化が完了した。それぞれより大きく、より強い個体へと進化している。
ウォーリアーアントは大顎に加え、刺々しく鈍く輝く重厚そうな甲殻を纏ったナイトアントへと、シールドアントはさらに大きく分厚くなった盾形の頭を持つガーディアンアントへとそれぞれ進化した。
ガンナーアントは2種類の系統へと分かれ、細長い腹部を持つスナイプアントと巨大な腹部を持つカノンアントへと進化している。
スナイプアントが狙撃タイプ、カノンアントが砲撃タイプのようだ。
そして、キラーアントはさらに鋭い顎へと変化した、アサシンアントへと進化した。
どのアントも、戦闘力が大きく上昇している。これは期待が持てるだろう。
ダンジョン中のアントたちが次々と進化していき、残ったのはコマンダーアントたちである。
「コマンダーアントたちは――まだ保有魔力がカンストしてないのか」
「元々の保有魔力量が高いようですからね。もう少しで上限だったと思いますが――」
「進化した後が楽しみだね!」
コマンダーアントの保有魔力の上限は、他のアントたちの4倍である。
毎日供給されていた分では、まだカンストできていなかったようだ。残り少ないDPを使いシュバルツを先頭としたコマンダーアントたちのために魔石を用意する。
「おおー! シュバルツちゃんもおっきくなったね!」
「ジェネラルアントか、戦闘力も高いな」
コマンダーアントたちは、ジェネラルアントというモンスターへと進化した。
大きさは、体長5メートルくらいだろうか。クイーンアントの巨体を見た後では、少々迫力に欠けてしまうが、相当な大きさだ。
黒々とした甲殻は西洋鎧のように変化し、急所であった腹部までも覆っている。
その姿はまさに、『将軍』の名にふさわしい貫禄を持っていた。
コマンダーアントから進化したであろう、その指揮能力にも期待が膨らむ。おそらく、進化前の頃よりもさらに多くのアントたちを指揮できるはずだ。
進化した名前付きのアントたちを付ければ、かなり頼れる戦力として期待できそうである。
「シュバルツたち以外も、進化できるようになっているみたいだな」
名前を付けていないアントたちも、さらなる進化が可能になったのだろう。
今進化した後は食事をしなくなっていた上位のアントたちだが、アントマゴットを食べて魔力を増やし始めている。しばらくすれば、保有する魔力が上限に達して進化するはずだ。
うまくモンスターの質の問題を解決して、さらに数に関しても大幅に強化することができた。これなら、もう少し強い相手でも十分に戦えるであろう。
「これなら何とかなりそうだね!」
「きっと、この前の冒険者さんにも負けません!」
「ああ、だけどもっと強い相手もいるかもしれない。油断はしないようにしよう」
「「おー!」」
前回の侵入者との戦いは、いくつもの課題があった。
ダンジョンの強化が十分でなかったこと。ダンジョンの仕様を十分に確認していなかったこと。焦って単純な力押しを選んでしまったこと。
細かい点を挙げればもっとあるかもしれない。
もっと早くマザーアントを進化させていたら、強化された戦力で十分倒し切ることもできた。
そうでなくても、もっと深いところに引き寄せてから戦えば、シュバルツたちの合流が間に合い、以前の戦力でも倒し切れたかもしれない。
油断が死につながるのは、何も侵入者たちだけの話ではなかった。
直接戦闘に参加していなかったために実感が薄かったが、命のやり取りをしているのだ。
もし、相手の数がもっと多かったら。もし、相手がもっと強かったら――今回生き残れたのは、ただ単に運が良かっただけだ。
こんな幸運は、そう続くものではない。次はないかもしれない。
もっと、もっとダンジョンを強くしなければ――
俺は決意を新たに、ダンジョンの強化へと取り掛かっていった。





