プロローグ:目覚め
アリの巣ダンジョンのコミカライズ決定しました。
コミカライズに合わせて、リメイク版にてエタ状態の本作を完結までもっていければと思います。
旧版とはやや違った展開になります、書籍版寄り・具体的には4章あたりから大きく変わるはず・・・。
――背中が痛い。
背中から伝わるのは、冷たくごつごつとした硬い感触。どうやら床の上で眠っていたようだ。
ぼんやりと残る眠気を振り払いながら起き上がる。すると――そこは土で囲まれた薄暗い部屋の中だった。
全くまったく見覚えのない光景に、拉致か、それとも監禁か――そんな考えがよぎる。
慌てて辺りを見渡すが、手掛かりになりそうなものは見当たらない。
視界に入るのは辺り一面を覆い尽くす土、土、土。壁や床、さらには天井までが茶色い土で囲まれている。
床に触れる手のひらから伝わるのは、湿った冷たい土の感触だった。
どうやら俺はこの土の上に寝かされていたらしい。
どうりで背中が痛くなるはずだ――などとどうでもいいことが頭をよぎった。
小さな正方形の部屋の中には、ベッドどころか家具すら見当たらない。それどころか、外に出るための扉すらも存在していなかった。
唯一、土以外に存在しているのは、部屋のちょうど真ん中辺りあたりで浮かぶ、1メートルほどの結晶のような結晶体のみ。
結晶体はぼんやりとどこか幻想的な光を放ちながら、誘うように宙に浮いている。
目の前の結晶体の様子を観察してみるが、天井などから吊り下げられている様子もない。
あれだけ大きな結晶がなんの支えもな無く浮かぶとは、まるで手品か魔法のようだ。
もしかしたらまだ自分は寝ていて、ここは夢の中だったりしないだろうか?それならば、この意味の分からない状況も理解できるのだが……。
しかし、未だに背中に残る硬い土の感触と、今もなお手のひらから伝わる土の冷たさは紛れもなく本物だった。
試しに頬をつまんで引っ張ると、ちくりとした痛みを感じる。おそらく、これは夢ではないのだろう。
ならばいったい何が起こっているのだろうか?
眠る前の状況を思い出そうとして――何も思い出すことができなかった。
おかしい。
眠る前のことだけではない。それ以前のことも、自分の名前すら思い出すことができない。自分が何者なのかさえも、何もかもが分からないのだ。
思わず背筋がぞくりと震えた。それは土の冷たさのせいか、それともこの異常な状況への恐怖なのか――
背中に嫌な汗をじっとりとかきながら、何か思い出せないかと必死に頭を巡らせる。
しかし、どれだけの時間が経っても、何一つ思い出すことはできなかった。
何か手掛かりがないかと服やズボンのポケットを探ってみるが、紙切れ一つすら入ってはいない。
普通ならば、あまりにも異常な状況に気が狂ってしまいそうなところだが、幸いと言うべきか、パニックに陥るようなことはなかった。
それは窮地に追い込まれたことによる、生き物としての防衛本能なのか。それとも記憶を失ったせいなのか。もしくは、他の理由があるのかもしれない。
なんにせよ、落ち着いて物事を考えることができるということは良いことである。混乱したままでは、考えすらも満足にまとまらないだろう。
失ったのは自分の過去に関する記憶だけのようで、物の名前などの知識と言える部分は残っているようだ。
もしも、それらの知識さえも失っていたならば、分別すらつかない赤ん坊のような状態になっていたかもしれない。
これもこの状況のおかしな状況から見れば、まだマシだと考えるべきだろう。
そんなことを考えながら、何か思い出せないかと頭の中を探っていたが、どれだけ考えても何一つ思い出すことはできないようだ。
それならば、今は部屋の中を調べてみるとしよう。
まずはこの部屋をぐるりと覆う土の壁。
くまなく叩いて回周ってみるが、壁の奥に空間がある様子は無く肩を落とす。次に床も調べてみるが、結果は壁の時と同じだった。
残念ながら天井は手が届かないので調べようが無いが、もしそこに出口があったところで、手が届くわけでもない。今は諦めるしかないだろう。
壁や床が空振りに終わったとすれば――残されたのはあの不思議な結晶だけだ。殺風景な部屋の中には、これ以外には何一つないのだから。
少し離れたところから結晶を観察するが、どう見ても怪しい。
宙に浮かびながら時折瞬くそれは、その存在をこちらへ主張しているかのようだった。
できれば近づきたくないのだが、他に手掛かりがない以上、そう言ってもいられない。
覚悟を決めると一歩前へ進み、結晶へと手を伸ばす。
つるりとした結晶の面へと手が触れると、ひんやりとした感触が伝わる。見ただけでは分からなかったが、結晶が瞬くたびに、どこか心臓の鼓動のようなものが伝わって来る。
まるで生きているかのようなそれに驚きつつも、結晶のあちこちを触ってみるのだが、何かが起こるわけでも、この状況を解決する手掛かりがあるようでもない。
これもハズレだったのだろうか? これも違うとしたらどうしたらいいのだろうか?
漠然とした不安を抱きつつ手を離そうとした瞬間、突然結晶が強く瞬いた。
「うおっ!?」
思わず漏れた声が部屋の中で反響するが、それどころではない。
結晶は激しく明滅を繰り返し、そのたびに輝きを増していく。ついには目も開けていられないほどの強烈な光が辺りを包み込んだ。
「――――」
目も眩むような光から顔を背けようとした時、どこからか、声が聞こえた気がした。
その意味を考える前に、焼け付くような激しい痛みが頭に走る。
「――っ!!」
頭を抑え、土の床の上でのたうち回るが、痛みはさらに増していくばかり。
さらに、膨大な情報のようなものが頭の中へと流れ込んでくる。次々と浮かぶ単語の意味を考えようとするが、激しい頭痛がそれを許さない。
いったいどれほどの時間、その痛みに耐えていたのだろうか――数時間のような気もするが、たったの数秒だったような気もする。
地獄のような痛みから解放されると同時に、無理やり焼きつけられたそれらの情報が、この異常な状況の答えを教えてくれた。
どうやら、俺はダンジョンマスターと呼ばれる存在になってしまったようだ。
先ほど流し込まれた知識から、今の自分の状況を確認していく。
魔物、もしくはモンスターと呼ばれる生き物を生み出し、成長していくダンジョン。
それを守る方法はただ一つ、目の前に浮かぶ結晶体、コアと呼ばれるダンジョンの心臓を失わないようにするのみ。モンスターを倒されようが、コアさえあればダンジョンは滅びない。
しかし、コアが破壊されるか、ダンジョンの外に持ち出されてしまえば、ダンジョンは崩れ去ってしまう。
そして、同時にダンジョンマスターである俺の命も失われることになる。死にたくなければダンジョンを成長させ、コアを守り続けろということだ。
ダンジョンを守る――それは簡単な話ではない。
世界には恐ろしい力を持つモンスターが蔓延り、人間は自分たちの居場所を守るためにその化け物たちと戦いを繰り広げている。
そんな相手になんの力もない俺が戦いを挑んだとしても、勝ち目などない。
そんな俺が、コアと自らの命を守るためには、ダンジョンが生み出すモンスターたちの力を借りる必要があった。
ダンジョンマスターは、ダンジョンを通じてモンスターを生み出し、それらに命令する力があるらしい。
ダンジョンマスターである限り、その配下のモンスターに襲われることもないようだ。
人間であるはずの俺が、それに害を為すモンスターの親玉となり、ダンジョンを守る。
この仕組みを考えた相手は、心底性格の悪い悪魔か何かなのではないか。
思わず、こんなおかしな状況を用意したかもしれない相手の存在を想像してしまう。
ダンジョンマスターなんてやりたくない。しかし、このまま死ぬのは嫌だった。
ダンジョンと共に朽ちるのが嫌ならば、ダンジョンマスターとして戦うことを選ばなければならない。
何はともあれ、まずは与えられた知識を使って、ダンジョンを作ってみるとしよう。