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第17話

始業前の役場では、ほとんどの役場の人間が揃っていた。


役場の奥に備わる所長室から出た所長、アッシュ、ラドの三人は、仕事場となる場所へ赴いた。


三人が仕事場に顔を出すと、皆が動きを止めてアッシュらをチラリと見てきた。


アッシュは、その様子にごくりと喉を鳴らしてしまう。


皆の視線が自分に集まることに、緊張が走る・・


「皆、聞いてくれ」


そんな静まり返る場で、所長が声を掛けてくれた。


アッシュの退職とこれからの門出を祝しての言葉を、役場で働く者達に伝える。


「急な事で、こちらも驚いたんだが、今、彼と話してきて、彼が決意に満ちてる事も理解した。役場の立場では、なかなか彼を表立って支援は出来ないが、私個人は彼を支持していきたいと思っている」


つるりとした所長の頭には、うっすらと汗が浮かびあがっている。彼も緊張しているのがよくわかる。


そんな所長の姿に、アッシュは少し驚いてしまう。


「ドブネズミどもへの宣戦布告ですね。所長殿もやりますなぁ」


ラドが小さく呟いた。その顔は変わらず美しいままだ。


「アッシュくん、あ‥挨拶していったらどうだ」


所長の視線がアッシュに向けられる。その視線が交わされた時、所長が頷いてくれた。


そして、アッシュが仕事場全体を見渡す。


すると、仕事場の隅で肩を並べて、囁き合う二人の姿が映りこんだ。


ラドに先程、ドブネズミと称されたアッシュの先輩であるケントと、同じく上司のセフィであった。


二人は、顔を歪ませて、目はアッシュを射殺さんかというほどの鋭さで睨んでいる。


そして、その二人の傍には、彼らの取り巻きのように、いつも付き従っている者が2、3人いる。


「あらら、ネズミたちもチューチューと作戦会議みたいですねぇ」


どうやら、ラドにもあの一団が目に入ったようだ。


ラドの言葉に、少し気が緩むことが出来た。その状態で、アッシュは、お世話になった方々へ挨拶の言葉を述べることにした。


「私事で、本当に急な退職となり、良くして頂いた皆さんには大変申し訳なく思っています。私は、新しい道を歩む事を決めましたが、私はまだまだ、未熟者ですので、時には失敗するかと思いますが、」


アッシュは、ここで一つ言葉を区切り、また、周りを見渡す。


あの一団以外の者で、下を向いている者、アッシュの言葉に頷く者、顔を顰める者、優しく見守る者、それぞれが浮かべる表情をその目で確認していく。


「そんな時は、皆さんに教えられ、育てて頂いた、この役場での日々を思い出し、自分が向かう新たなる目標に向けて頑張っていきたいと思っています。なので、皆さんも、この先もどうか、トウの町にとって一番必要とされる役場での仕事を頑張っていって下さい」


拙い挨拶ではあったが、アッシュのその挨拶に、パチっと一人が手を打ち鳴らしたかと思ったら、その場ではすぐに大きな拍手が沸き上がる。


「アッシュ、期待してるぞ!」


「「平民議員」になったら、酒おごれよ!」


「アッシュくん、頑張れよ!」


「さすが!役場のエースだっただけあるわ」


「やっぱり、お前は凄い奴だよ!」


先輩も同期も、色々な人がアッシュを慕い、応援していく。


少し、もみくちゃにされ出した時、アッシュに声掛ける者がいた。


そう、ドブネズミの集団、それを取りまとめる男セフィである。


いつぞや、窓口に来たジェン爺さんに、目線でアッシュへ対応を促してきたその男だ。


「やあ、アッシュくん、本当に驚いたよ」


セフィがアッシュに声掛けたと同時に、周りの者たちは黙り、そして、アッシュから少しずつ離れていく。


逆に、ドブネズミたちがアッシュを囲むように入れ替わっていた。


「「平民議員」になりたいと夢見る前に、相談して欲しかったよ。本当に驚いたし、何と言うか、残念だよ」


セフィが唇の端を少し上げながらアッシュを睨む。アッシュは、その姿を見てたじろぎかける。


「本当に残念ですよ。せっかく、僕も可愛い後輩に仕事を親切に教えてやっていたのに」


今度は、ケントがアッシュの顔を覗き込みながら、威圧をかけて話をしてくる。


しかし、怯みかけていたアッシュは、何故か、このケントの言葉にはカチンと来たらしく、アッシュは睨み返してみせた。


「確かに、ケント先輩には仕事を教わりました。あなたが熟せない仕事をすることで、私は、この役場での仕事も多く覚えましたからね。その事を今、言われてるんですよね?」


まさかのアッシュの攻撃に、ケントこそが一瞬怯んでしまった。


「お・・お前!!」


ケントは、羞恥に顔を赤らめて、その矛先をアッシュに向けて、拳を振るいあげ出した。


その光景に、アッシュは目を瞑り、飛んでくるだろう拳の怖さと痛さを少しでも軽減しようと防衛の手段としたが・・


ケントの拳は、なんと、ラドの手で軽く受け止められていた。


恐る恐る目を開けるアッシュに、ラドが美しい顔に冷淡な笑みを浮かべていた。


「これも私の仕事ですから」と言いながら、そのケントの拳を受け止めた手を、今度は覆いかぶせてから腕を捻り、後ろに回したのだった。


勿論、腕を捻り回されたケントは痛みに声を荒げて、喚き散らす。


「い・・痛い!はっ・・放せ!お前ら、こんなことしてどうなるのかわかってるのか!」


「どうなるんですか?例えば、「平民議員」にお願いするんですか?」


ラドは白々しく、喚くケントに告げ出すと、ケントの顔が歪み、少し大人しくなっていった。


「ケント、やめろ!そこの君も、ケントを離してやってくれないか?」


セフィが、ケントを睨みながら、ラドに向けて解放を求めてきた。


その言葉に、ラドは平然としたまま、ドブネズミのケントの手をすぐに離してやった。


「まあ、いいさ。選挙後に、アッシュくんと会うのを楽しみにしておくよ。さあ、皆、そろそろ仕事だ!アッシュくん、君はもう部外者だから、もう帰ってくれ!」


セフィが舌打ちを一度鳴らしてから、ケントたちを引き連れて、仕事場の席に戻って行った。


そのセフィの姿に、他の皆もそれぞれ、自分の仕事場へと移動していく。


ただ、自席に戻る際に、ひとり、またひとりと、アッシュに目線を送り、それぞれが無言のエールを向けていく。


アッシュは、そのエールに何度も頷いて見せる。


「そろそろ、始業になる。お互い大変になるが、頑張っていこうな」


所長が、アッシュの背を軽くたたいて、互いの境遇を思いながら渇を入れた。


「あ・・ありがとうございます」


アッシュが所長にお礼を言いながら役場を退出していく姿を、自席の席から、セフィが鋭く睨みながらじっと見つめていた。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。

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