第12話
エディが、先程、手にしていた書類の一枚を恐る恐るテーブルから拾いあげ、アッシュは目を通す。
そこには、このトウから出た「平民議員」が行なったとされる事項が詳細に書き記されていた。
『「平民議員」という立場をかざし、その家族や親戚まで税金の支払いを免除させている』
『トウの町での公共事業の請負に関しては、「平民議員」の身内や知り合い、または、便宜を図って来た者に決定している』
『「平民議員」(家族も含め)が、トウの町で買い物などをした場合は言い値で取引がされている』
『「平民議員」には、役場から、支援金として、毎月、町の者たちが納めた税金が渡されている』
『役場にある馬車や馬などは、「平民議員」(家族も含め)が自由に使っている』
『「平民議員」(家族も含め)は、町の者に優劣をつけて差別している』など・・・
一枚を読んでみただけでも、悪事がびっしりと羅列されている。
手元の用紙から目を外しテーブルにもう一度目を向けると、まだ、数枚置かれている。
でも、これは、エデイの部下である赤毛の彼が短時間で調べて作成したものだと言っていた。
多分、トウから出た「平民議員」は、長い月日の中で、ここにある書類よりももっと多く、そして、もっとひどい事を行っていたのかもしれない。
しかも、自分が働く役場が大いに関わってもいる・・・
アッシュは、手にしていた書類に力が籠る。
『ジェン爺さん・・』
アッシュは、役場で嫌煙されているジェン爺さんを思い浮かべてしまう。
『息子は少ない稼ぎで大変だと、何とかしてくれ!と役場を頼って来ている者がいてるというのに・・・』
知らなかったとはいえ、規則だと相談に来る者は追い払い、一方で、こんな事をしていたなんて。
「平民議員」の評判は、確かに良くはなかった。
同じ立場のはずが、「平民議員」だからと、貴族か王族にでもなったような横柄な態度で町に君臨しているとは聞いていたが、ここまでのことをしていて、誰も「平民議員」を咎めないなんて・・
「どうなってるんだ・・・」
アッシュから思わず漏れ出た言葉に、エディが「それが現実さ」と、彼もまた、拳をぎゅっと強く握りしめる。
「ハロルド商会も、「平民議員」には何度もやられている。だが、うちはトウでは一番の商会だ。黙って言いなりになってばかりではないが、小規模で商いをしているところは、相当困っている。一度、奴らの行為を許すと当たり前のようにたかられる。断れば、締め付けが行われる。最低な奴らだ!」
強く握られた拳をドン!と机に叩きつけて、エディが、ギシリと奥歯を噛みしめる。
「中央での議員としての仕事もおざなりで、トウの町が活性化に繋がるような事業も引いて来れない。そのおかげで、いつまでも冴えない税収は上らない、片田舎の利益が乏しい町とされている。そんなトウだから、中央での事業参入も受け入れて貰えない状況だ!」
エディが悔し気な顔を作りながら切々と話しをする姿に、アッシュは居た堪れなくなっていく。
「なあ、アッシュくん、もう一度聞くが本当にこのままで良いのか?また、君以外の奴が「平民議員」になると、ここに書かれたことが繰り返される。人によっては立ち行かなくなり、トウの町を出るか、下手したら、死人すら出るかもな」
エディは、テーブルの書類を眺めながらアッシュに答えを求める。
だが、アッシュは、エディの投げかけに、やはり彼が望む返事が返せないでいる。
「私には無理だ。申し訳ないが、今の立場で出来る事を考えるよ・・」
手には、くしゃりと皺が入った書類がまだ強く握られている。その書類が目に留まるくらい、アッシュは顔を下げていた。
「無理じゃない。君ならなれるさ・・いや、私が君を「平民議員」にさせるよ」
エディの突然の宣言に、アッシュは顔を上げてエデイを見やる。
「なんて、い、言った・・?」
アッシュの問いには応えず、エディがソファーから立ち上がり、改めて、アッシュの前に立ちはだかる。
「君がヤル気になるまで説得するのは辞めた。君には「平民議員」になって貰う」
エディが不敵に笑って、アッシュの肩をポンと叩いて見せるが、アッシュには、未だに理解が追い付かない。
「私はね、勝算のないものには手を出さないんだ。逆に言えば、勝算があるものは見過ごせなくってね」
アッシュの肩に腕を回して組みかわしながら、エディは応接室の扉の方へアッシュと共に歩き出す。
「大丈夫、この戦いは勝てるよ。心配しなくてもいい」
そんな言葉を囁きながら、エデイが扉を開いていく。
「あっ、そうそう、ロビンに使いをさせているから、「平民議員」への立候補の手続きを済ませておくようにって」
そんな恐ろしい言葉がエディから告げられているのに、彼がにこりと微笑んだ姿を見たアッシュは、まだその時は現実が受け入れられていないからか?「あっ!ロビンにその笑顔は似ている!」と思ったりしている内に、いつの間にかエディによって応接室を出されていた。
「明日から色々と大変になる。ハロルド商会から有能な部下も向かわせる。とりあえず、今日はゆっくり休んでくれ」
アッシュが、言葉を発せないまま、エデイがお別れの挨拶を告げてくる。
「ジル、アッシュくんを自宅まで送って行ってくれ。じゃ、アッシュくん、末永くよろしくな!」
最後には、握手を求められて手をぎゅっと握られた後、笑顔で見送られた。
その後、赤毛のジルがエディの家の馬車を操り、丁重に、アッシュを自宅に送り届けてくれた。
ただ、アッシュは、エディと別れた後、漸く、自分にふりかかった最悪な事態を理解したようで、それからはずっと青い顔をし呼吸が苦しくて、「このまま死にたい」と思いながら馬車に揺られて家路についたのだった。
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