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第11話

どうやってここまで来たのか、いや、よくここまで来れたことだと、自分の行動に感心しながら、アッシュは、目の前にあるこの町一の大きな屋敷を見上げる。


門は高く、それに続く塀は長い。門から少し先に見える屋敷は、大きくて美しい白亜である。


改めて、メイの嫁ぎ先の立派さを思い知る。


『ロビンって、あんなのだけど、坊ちゃんなんだな・・』


今更ではあるが、ロビンの常の様子から見て忘れそうになっていたが、紛れもなくロビンは町で一番のお金持ちのご子息様であった。


アッシュは、呼ばれてきたものの、なかなか、この高く聳える門の傍まで行けず、手前で立ち止まっている。


しかも、手には汗が滲み出てきている。緊張から動けないアッシュを、門で警備する者が声掛ける。


「あのー?、そちらに居られますのはメイ様のお兄様でしょうか?」


掛けられた言葉に驚き、アッシュは、びくんッと肩を跳ねさせる。


「あっ、はい!!」


恥ずかしいくらいに大きな返事を返してしまったアッシュは、顔を真っ赤にして俯きながら、仕方なく、門のところまで、トボトボと歩いて行く。


その間に、警備の者は屋敷内に勤める者へ連絡をし、アッシュを門の中へ誘導する為、門をゆっくりと開けていく。


その光景がアッシュには地獄の門が開く様に見えて、先程は羞恥で赤らめたはずの顔が、今度は青く変わっていくのだった。


門の中に入り、二人いた門を守る警備の者のうちの一人に案内されながら屋敷に続く小道を歩く姿は、何だか罪人が連行される風景に思えてならないくらいアッシュの顔は引きつり、青ざめ、そして、体は小刻みに震えていた。


以前にもこの屋敷には何度か訪れたことはあった。一応、妹の嫁ぎ先であるので、色々とこれまでにも屋敷に呼ばれたことはあったが、その時も多少の緊張はしてはいたが、ここまでの思いはなかったはずだ。


様子のおかしいアッシュを少し怪訝に思いながらも、警備の者はいつも通りに屋敷の玄関まで、アッシュを連れ立った。


到着した玄関には使用人頭が待ち構えており、アッシュを見るなり、頭を深く下げて出迎えの挨拶を向ける。


「アッシュ様、お待ち致しておりました。エディ様から伺っております。どうぞ、中へお入りください」


使用人頭による丁重な挨拶に対して、怯えるアッシュは一言「すみませんお邪魔します」と早口になりながら小さく返した。


屋敷に入ると、いつもと違い、応接室に案内されてしまい、アッシュは体全体が固まり、暫し、その場で立ち竦む。


その姿に、使用人頭が柔らかな口調で、座位を促してくれて、漸く、勧められたソファーに浅く腰かける。


「エデイ様がお見えになるまで、お寛ぎ下さい」


使用人頭のその言葉に、アッシュにお茶を差し出し終えたメイドも一礼して、使用人頭と共に退室する。


広くて豪奢な調度品に囲まれた立派な応接室に、アッシュは一人置き去りにされた。


一人にされたことは良いのだが、しーんと静まる室内、居心地は頗る悪い。


そんな中、ふと妹を思う、いくらロビンが跡取りでない次男であっても、こんな立派な家柄に躊躇もせず嫁いでみせたメイは強心臓の持ち主なんじゃないかと、アッシュはドクドクと早鐘を打つ自分の心臓のある辺りを手で触りながら、フェイを抱っこして笑う妹メイを思い浮かべていた。


そんな時に、応接室の扉を小さく打ち鳴らす音がしたと思ったら、扉が開いた。


現れたのは、アッシュをここに呼び出した男、上背があり、ほっそりとはしているが少し筋肉質な体に、高級な白いシャツを着込み、首元には臙脂色のネクタイが巻かれ、茶色い髪を後ろに流す様に撫でつけられた姿は、なかなかこの町ではお目にかかれない紳士、それがハロルド商会の会頭、エディであった。


エディの輝くほどの姿と比較して、自分のなりをそっと見るアッシュ。


背丈は変わらない、体躯に関しては、常の食する物の違いが顕著に出たかのようで、アッシュはただの細身である。


そんな彼は、これでも町の重要な勤め先である役場の職員なので、彼なりには奮発して仕立てたシャツを着込んでいるが、仕立てたのは、随分前で、白いシャツは若干くたびれて、白さも少し陰りがあるような状態だ。


既にいで立ちで、話し合いの先が見えてきそうなところではあるが、アッシュも今までの思いを捨て切り、入室したエディに向き直る為に、ソファーから立ち上がって、一礼する。


その動作に、エディもにこやかに笑い、応えて見せる。


そんな二人が互いにソファーに腰かけるが、エディはその流れのまま、足を組み出していく。


一方、アッシュは、エディが織り成す一連の動作が目から離せず、黙って、ただただエディを眺めていた。


「今日はこちらに来て貰ってすまないね」


口火を切ったのは、エディである。


彼はアッシュより3つほど年が上である。その為、同じ町に住んではいたが、メイとロビンの付き合いがなければ、顔を合わせる関係ではなかった。


「いえ」


身構えてはいるが、エディの口調が穏やかだったことで、アッシュも少し普段の仕事の時の姿に近づけれたようだ。


「で、君との仲だし、畏まらず、直ぐに本題に触れたいんだがいいかな?」


エディが発した言葉に、ごくりと喉を鳴らし、アッシュは小さく「はい」と返事をした。


「昨日もね、ロビンが私の元に尋ねて来てね、最初は、馬鹿げた話に無碍なく追い返したんだよ」


エディが、呆れた眼差しを向けながら、昨日の出来事を思い浮かべ、「君も知ってるよね?」と付け加えて話す。


その言葉に知ってるも何も、事の発端は、自分の父から出た世迷言からで、そこはアッシュも申し訳なさを感じて、「はい、それについてはすみません」と小さな声で謝罪した。


「まあ、それで済んだと思っていたら、今日もまた、ロビンはやって来てね」と話は進められながら、エディが胸元にあるポケットから一枚の紙を抜き取り、目の前にあるテーブルに広げて置いた。


アッシュはテーブルに置かれた紙を見つめたまま、じっと話を伺う。


「これを持って来てさ。これ、君だよね?」


テーブルに置かれた紙に、エディの人指し指が乗り、その指がツーっと紙と共にテーブルの上を滑らされ押し進められていく。


そして、アッシュの手元近くにやって来て、ぴたりと止まる。


しかし、エデイの人指し指は、そのまま、紙から離れず、アッシュの顔が描かれたところを、トントンと音を立てている。


「驚いたよ。昨日と話が変わっていてさ。君が「平民議員」になるって話」


エデイの言葉に、アッシュは驚き、バーン!とテーブルを大きく打ち鳴らして、思わず立ち上っていた。


「えっ!待って下さい!そ・・その紙は、ロビンが勝手に作成したものです!私は「平民議員」になるなんて言ってない!」


テーブルを打った音よりも大きな声で、対面に座るエディに向けて叫ぶように告げるアッシュ。


しかし、アッシュとは違いエディの方は静かに微笑んでいる。


「どうして、そんな話になってるんだ!その紙の支払いについての話じゃないんですか?それも、だいたいロビ・・」


言いたい事は言わねばと思い、勢いづいた今ならと感じて、口にはしてみるが、エディの前で、彼の実弟であるロビンに対しての責任を問いただすことは、やはりアッシュにとっては出来ないようで、途中で尻込みし出していく。


「まあ、座ってよ」


少し勢いが収まってきたところで、エディが改めて、アッシュに再度座るように促す。


だが、アッシュはなかなか素直になれず立ち尽くす。


「ロビンがしたこと・・そうだね、あのバカがしたことさ。だから、支払いについては、全て商会が行なう」


組んでいた足を直し、今度は前かがみになって、テーブルに手を組んだまま肘を乗せ、そして、その手にエディは顎を乗せながら話す。


「ただね、ロビンは曲がりなりにもハロルド商会の人間さ。うちが動いたことになると、もう引けない状態になってるんだよね?」


口元を少し歪ませて、エディが上目遣いでアッシュの顔を眺める。


「何ですか、それ!恫喝じゃないか!選択肢がない!おかしいだろう!」


他人に向ける言葉が、いつになく乱暴になるアッシュは、もはや我を忘れて喚きだす。


「慈善事業で、商会の金は動かせない。大義名分が必要だ。「平民議員」となるアッシュくんになら投資は可能さ」


睨みつけるアッシュに、エディは爽やかな笑顔を向ける。


「君にはもう選択肢も逃げ道もない」


エディの言葉に、アッシュは拳をぐっと握りしめて、体をわなわなと震わせている。


「で・・出来ない。自分には向かない。私には、そんな資質はない!」


大きな声でアッシュが断りの言葉を発した時、応接室の扉を叩く音がした。


「入れ」


エディが告げると、赤毛の髪の男が顔を出し、一礼する。


その男の顔を確認するなり、エディが「ちょうど良かったよ」と、その男を傍に招く。


赤毛の男は、その言葉に従い、エディの元へ歩を進め、エディに自らが手にしていた書類を手渡してから、エディの座るソファーの後ろに移動し、黙って控える。


エディは、その手にした書類に目を走らせながら、足をもう一度組み出す。


「ねえ、アッシュくん、君、今のトウのことどう思う?「平民議員」のこととか?」


書類に目を向けたまま、不意に、アッシュへ話を向けられ、アッシュは一瞬戸惑う様子を見せた。


「どうとは、どいう事ですか?・・」


エディは態度を崩さず、アッシュの言葉に、少し思案して見せると、


「そうだな?、例えば、君の職場の縁故採用とか、「平民議員」さまと公人との癒着、賄賂、脱税とか、悪政に加担して私腹をこさえている奴らとか、かな?」


そう言うと、手にしていた書類をバサッとテーブルに放り投げてみせた。


「ジル、短い時間だったのによく調べたな。君は、本当に優秀だ」


エディは、自分の後ろに控える赤毛の男に振り向くことなく称賛の言葉を述べる。


ジルと呼ばれたその男は、エディの称賛の言葉を受けて、その場で、何も言葉は告げずそのまま深く一礼して見せた。


「このトウの町は腐りかけている。「平民議員」という立場であるのに、やってることは、この町の中で、裸の王様として君臨しているだけ。中央での大きな事業にも関われず、この町で寄生虫のように生きている害虫だ!」


エディはソファーに盛大に凭れ掛かり、そして、手を頭の後ろに回して、天井を眺める。


「このままで良いと思うか。変わらないまま、トウはいつまでも害虫に良い様にされたままで、良いと思うか?」


エディには珍しく声を張って言葉を出す姿に、アッシュも目を見開いてしまう。


「そんなこと、トウに限らずじゃないのか・・」


腐敗しているトウの状態は確かに改善は必要だとは思うが、だからとて、自分がそれをどうにかしたりする立場ではないはずだ。


アッシュはチラリとエディを眺めながらもそう思う。


「そこまで見抜いているなら、エデイさんがなられた方がいいんじゃないですか?私よりもよくご存じだし・・・」


アッシュからの言葉に、エデイは、はっはっと声に出してせせら笑う。


「君、面白い事言うな。私は、根っからの商売人さ。政治なんて畑違いだ」


「そうでしょうか?私には、エデイさんには経済力もあり、知略も持ていて、「平民議員」にお誂え向きに思えますが?」


至極真面目にアッシュは、エデイに説得を試みるが、アッシュの言葉は彼には響かない。


「無理だな、私には。さっきも話しただろう。商売人なんだよ。慈善事業は出来ない。私には野心がある。その為には、手段は択ばない。アッシュくんみたいな清い人が「平民議員」になるべきだ」


そう言って、エデイはテーブルに広がる書類を指で差し、「読んでみなよ」とアッシュへ促したのだった。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。

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