勇者と勇者
クレスを説得した後、三眼の魔族へ挑む前に、シュロは一同に作戦を提示していた。
「じゃあ、テイム系にスキルポイント振るねー」
スキルツリーをいじり始めたクレスに、ルルナが近寄る。
「よければ、見せてくれない?」
「うんー」
共通視覚化されたツリーの周囲に一同が集まる。
「いや、特性『魔王』ってどういうことよ。なんで、しれっと対応してるのよ」
「ほんとだー、気づかなかったー」
固有でいじれないため、枠外の注釈表示的な形である。これ系の要素は、不慣れだと気づかない者は少なくない。
「状態を言語化して表示するだけなのよ。そういう分類とかが、あらかじめ作りこまれてるわけじゃないわ。魔族なのに冒険者登録できたこともだけど、珍しい種族とかもそうだし、無生物さえ冒険者みたいに活動したことがあって、そういう特殊な存在のほうが目覚ましい成果を出して、より保護が必要なこととかがあったから、仕組みとしてはほとんど無制限に対応できるようになってるの」
シュロの説明を聞いた後、ルルナは何か言いたげに彼女をじっと見つめた。
「お姉さんの知恵袋よ?」
にっこりと笑顔を向けられ、エルフは押し黙った。
「特性『魔王』、あらゆるスキルやステータスを大幅にブーストする。すごいのじゃ」
「すごいワン」
「知らなかったから、さっきやりすぎちゃったよー」
「受け継いでからも、ただのパンチとかでじゅうぶんだったから知らなかったのね」
シュロの説明にも感心する単細胞組を、ルルナはジト目で見ている。
「すごいっていうか、いろんな意味で、ひどいわね」
造物主も非難するような呟きの後、頭を切り替えたエルフは逡巡し、クレスをあらためて見た。
「答えづらかったら答えなくてもいいんだけど、やっぱり、クレスは、親を殺したの?」
少し悲しげな顔になった魔王は、こくりと頷いた。
「……うんー。あの日、死にそうな状態で帰って来てねー、『楽にしてくれ』って言われたんだー……」
「ごめんね。ありがとう。納得いったわ」
「つらかったのじゃ……」
ミコトとアルマが背中をさすり、クレスは気丈に微笑む。
「ううんー、だいじょうぶだよー。ありがとうー」
今、クレスは笑顔で魔族を殴り続けていた。
「昔はー」
「よくもー」
「いじめてくれたよねー」
相手が少しでも魔力を集中しようとする度に、長年の恨みつらみをぶつけるように一言添えて殴りつける。
ミコトは戸惑い、オウカも青くなって見ているが、助けを求めるようにシュロやルルナに視線を送ると、やや渋い顔のふたりは、黙って見ているようにという感じで首を振る。
クレスとしては、前の魔族には意図せずやりすぎて困惑していた。今回は、ただの拳だと加減ができるので、かえってやりすぎる心配が無いため、遠慮なく殴っている。
「わかった! 謝る! 謝るから!」
一度拳を止め、クレスはぼろぼろで情けない表情の魔族の顔をじーっと見つめた。
「今のアタシはー、そういうウソはわかるんだよねー」
再び殴打が始まる。
静寂の中、鈍い音、液体が飛び散るような音だけが響く。
「ごめんなさい! 許してください!」
「負けを認めるー?」
「参りました! 負けました!」
今度は、その場しのぎの出任せではなかった。
少なくともこの場では、もうクレスに対して裏をかこうとかそういう余裕は消え失せていた。
クレスは右手の人差し指と中指を揃えて掲げた。
「我、汝と主従の誓約を交わさん」
指先が光を帯び、困惑した魔族の額に触れる。
突如、魔族は姿勢を正して直立した。
「なんなりとお申し付けください! 魔王様!」
「もう、人を襲ったり、傷つけたりしたらダメだよー」
「はい、わかりました! 魔王様!」
絡繰り仕掛けのごとくきびきびしている魔族。
満足そうに笑っているクレスに対し、ルルナは軽く慄いている。
「いや、こわすぎるんだけど」
「お姉さんも、いざ実際に目にすると、ちょっとびっくりね」
「素直によろこんで、いいのじゃろうか……」
「ワン……」
「テイム、すごいねー」
真に屈服したかどうかを見分けられるのも、屈服した相手を支配下に置いたのも、テイムスキルによる。
うれしそうなクレスに、シュロは複雑そうな微笑みで応じる。
「ふつうは、もちろん魔族とか相手には効果無いはずよ。特性『魔王』のブーストね」
「アタシだけの力かー」
単純に喜んでいるような魔王に、ルルナは呆れていた。
「ポジティブよね。シュロさんは、あれ、どうなってるのか、わかるんですか?」
「心の中は、変わってないわ。ただ行動を強制されているだけ。つまり、自分が望まない行動をさせられて、それを見せられる拷問みたいなものというか。人によっては、殺したほうがマシだって言うとも思うわ」
「えっぐ」
「それでもね。自分の意志で相手に仕えようと本当に思ったのなら、状態は変わるのよ。もしかしたら、その可能性があるぶん、殺すよりはマシかもしれないわね」
「今回はその可能性は……」
「たぶんないわよね……」
勇者は、直立不動の魔族に恐る恐るにじりより、ペチペチと叩いていた。
下僕というのも生ぬるい何かになってしまった魔族を先頭に立て、変顔勇者一行はダンジョンを歩いていた。
ルルナがマップを確認しながら言う。
「一体と半分はすでに勇者にやられて、もう半分がそれ、残りの一体が死にかけってことは、あと一体足止めすればいいのね」
「みんな、気をつけて。やっぱり、あっちにも予知能力者系がいるわ。お陰で、もうお姉さんにも何が何やら予想がつかなくなったわ。ごめんなさい」
「それって……」
ルルナは「あっち」を確認したかった。
シュロに視線が集まったその時、先行して曲がり角に差し掛かっていた魔族の横を閃光が走った。
一流の冒険者ならば気がついただろう。魔族は毒に冒され、麻痺し、石化した。
それから首がぽろりと落ちて地面に転がり、その音で全員があらためてそちらを見る。
直立したままの魔族には頭部が無く、横にその生首が落ちている。
それとは別に、立っている魔族の身体の横に生首が浮いていた。
しかしよく見ると、そうではないようにも見える。
具体的には、顔の下半分に覆面をしている人間の首から下が謎の光で覆われており、生首が浮遊しているように見えるのだ。ぱっと見は、遊精の類の群れから人間の頭部が生えているようにも見える。
「お主らは、何者でござるか? ニンニン」
赤銅がかった金髪の忍者の、身体があるらしいところを覆う謎の光が形を変える。警戒しているらしい。
「シノちゃん、あぶないわよン」
妙に鼻にかかった声を出しながら、髪の長い豊満な女が曲がり角から姿を現す。
「「「「「痴女-じゃ!/だー!/だ!/だわ!/だワン!」」」」」
「痴女じゃないわよン‼」
憤慨した豊満すぎる女は、ローブならぬロープというか紐のようなものを身に纏っていた。いや、纏っていると言っていいのか? 紐に近い帯状の布が、女を囲むように宙に浮かんでいる。誰からの視線も、見えてはいけないところは見えないように絶妙に遮る。
「これは、こういう神話級装備なのよン!」
「ハッハッハ‼ いつも大変だな、姉上‼」
さらに現れた姿は、ツンツンした眩い金髪を跳ねるに任せ、伸びるに任せ、全身にゴテゴテとした装備を身に着けていた。左右の腰に剣を刷き、背中にまで剣を背負っている。
右の瞳は紅、左の瞳は蒼。その双眸が、クレスを捉える。
「む、危ないぞ君たち‼ そいつは魔族だ‼ ん、いや、それどころか魔王だな‼」
言いながら、手早く長剣を抜き放って身構える。
その後ろからさらにひとり、ワーウルフの侍が現れた。
「父上ワン⁉」
驚くオウカに、隻眼の銀狼侍は重々しく頷く。
「……うむ」
ミコトはクレスの正面に、両腕を広げて立ちふさがった。
「待つのじゃ! クレスは悪事などしないのじゃ‼」
「洗脳でもされているのか⁉ みんな、フォローを頼む‼」
まるで話を聞く気が無い様子に、ルルナとシュロは素早く臨戦態勢に移る。
忍者は、相手パーティーの懐へ飛び込んで攪乱することを試みた。
目で追えない速度に対し、シュロは知っていたかのように、小瓶をふたつ、忍者の現れる足元へすでに投げていた。破裂した瓶から光の粉が飛び散る。
「危険感知が効かないなんて⁉ ニンニン」
「加速と浮遊。強化だもの。危険はないわ」
粉に怯んだ隙をアルマに殴り掛かられ、忍者は回避しようとした。
それをきっかけに滑るように飛び、制動しようとして失敗し、通路内をまるでピンボールのように跳ね回ることになる。
制御できなくなれば、危険感知も意味が無い。
お姉さんは、忍者の進路に胡椒や唐辛子の粉末をふんだんに撒き散らし始めた。
豊満な痴女は、表裏の区別が存在しない特殊な形状の杖を手に、魔法の詠唱を試みていた。
「痴女、変態、露出狂、ビッチ……」
ルルナによる無心の詠唱内容を受けて、集中に失敗する。
「ひどい、あまりにひどすぎるのよン……」
白銀がかった金髪の女はさめざめと泣き、膝から崩れ落ちた。
ゆっくりと歩み寄ったエルフは、杖を取り上げた。
無表情で両手を構えて覆い被さってくる相手に、豊満すぎる女は身の危険を感じる。
「ひぃン……」
エルフは全身をくすぐり始めた。
耐えられずに身もだえする女は、思考も集中も満足にできなくなる。
剣を構えて力を溜める勇者の脇から、ワーウルフの侍は前に出た。
その目の前へ、オウカは飛び出していった。
「父上、ダメだワン! クレスはいい子なんだワン! やめさせるワン!」
「……そうか」
刀の柄に毛むくじゃらの手を置いた侍は、渋い声で呟いた。
真剣な顔で魔族をかばうように立ちはだかる人間の少女に、金髪の勇者は問いかける。
「君は、なぜ魔族を守るんだ⁉」
「そなたは勇者じゃろう? 守ることに疑問を持つか!わらわは、もう十年勇者をやっておる! 勇者ならば、常に『なぜ命を奪うのか』を己に問え! クレスは、そこらの人間よりも優しいのじゃ! 魔族だから、魔王だからというだけで殺させるわけにはいかんのじゃ‼」
「そうか、わかった‼ では、これを受けてみろ‼」
勇者は聖剣を大上段に構えた。全身から発せられる力が光の柱となり、ダンジョンの天井すら貫いて立ち昇る。
「人の話を聞けーーーーっ‼」
ルルナのつっこみは、必殺技の轟音に呑まれて消えた。