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魔王と勇者

 ミコトたちが逃げ始めたすぐ後、広間では瀕死の魔族とクレスが対峙し続けていた。

「もうやめようよー!」

「いつまでも、相手を殺すことから逃げ続けるつもりか? 冒険者からも、魔族からも狙われながら! そんなことでは、簡単に殺されるぞ。だから、俺だって今を逃すわけにはいかないんだよ」

 満身創痍の魔族は、心底愉快そうだった。

「親を殺したんだろうが! ここで踏ん切りをつけろよ! オレを殺してみろ!」

 そうさせることができたのならば、それはクレスの心を殺すようなものだ。この魔族にしてみれば、それもまた勝利であるように思える。

 激しい葛藤の末、魔王は戦闘から逃げ出した。


 ぼろぼろだった魔族に、クレスを走って追う余力はない。

 モンスターたちは、クレスひとりであれば基本的には魔族であると認識し、襲い掛かることはしなかった。

 とぼとぼと歩くクレスは脳内マップを頼りにミコトたちを目指すが、鬼ごっこをしている彼女たちは、あちこちへとワープを交えてめまぐるしく居場所を変えている。

 目標地点を定めたとしても、そこへのルート構築も複雑になる。

 クレスは遺跡の通路の壁に背を預け、座り込んでしまった。

 俯いてずっと考え込んでいた彼女は、ゆっくりと立ち上がった。

 歩き始めたその背に声がかかる。

「クレス、無事でよかったのじゃ!」

「来ないでー‼」

 駆け寄ろうとしたミコトは、訝りながら足を止めた。魔王は背を向けたままだ。

「どうしたのじゃ?」

「アタシ、ほんとに魔王だったんだー……」

「それは驚きじゃが、じゃからといってわらわは……」

「うんー。知ってるよー。ミコトがそういう人だっていうのはー。けどアタシ、役目を果たせなかったー。ひとりだけ戦力として期待されてたのにー、すごい力を持ってたのにー、トドメを刺せなかったよー……」

「いや、それはそれでいいことじゃろ?」

 肩を震わせて語ったクレスに、ミコトは素で返した。勇者が同意を求めるように他の一同に視線を送ると、ルルナは肩を竦める。

「一般的とは絶対言えないけど、理屈として、理想論としては一理あるでしょうね」

「それに、役目と言うのなら、このメンバーでわらわが一番戦力にならないのじゃ」

 堂々と胸を張っての発言に、シュロはにっこりと笑った。

「それは、お姉さんが太鼓判を押すわ」

「わらわにとって仲間とは、役に立つとか立たないではないのじゃ。それに、そもそもクレスは友達じゃ」

 背を向けたままの魔王は、様々な感情がいっしょくたになった涙を流していた。

「ありがとう、みんなー。……アルマちゃん、みんなを、ミコトを、よろしくねー……」

 ゆっくりと歩きはじめるクレス。

 ミコトは呆然と立ち尽くす。

 アルマは取り乱す様子を見せ、オウカも戸惑って一同を見比べている。

 シュロは微笑んでルルナを見つめていた。

「なんですか?」

「いえ、言いたいことがあるんじゃないかなーって」

「はあ……」

 エルフは頭をかいて、魔王に呼びかける。

「クレス、あんた、ミコトを守ろうとしてるんでしょ?」

 びくりとしたクレスは歩みを止めた。

「どういうことじゃ?」

「魔王だってことは、冒険者たちからも魔族からも狙われる。冒険者は腕利きばかり、魔王の座を狙う魔族も強いヤツばっかり。ミコトが一緒にいたら、簡単に死ぬでしょ」

「のじゃ……」

 唖然とする勇者を仕方ないと言いたげに見た後、ルルナは言葉を続ける。

「ミコトが大事な友達なら、一方的に決めるのはやめなさい。あんたがいなくなった理由にたまたま気づきでもして、それからミコトがうっかり死ぬようなことがあれば、どんな気持ちで死んでくと思う?」

「クレスは、仲間以前に大事な友達なのじゃ。そんなに優しいということがわかれば、ますます大好きになったのじゃ。じゃから、大事なことは勝手に決めずに相談してほしいのじゃ。わらわは、大事な友達を見捨てた自分で死ぬよりも、友達を守って死ぬ自分で死にたいのじゃ」

「うわぁああああん、アタシー……アタシー……」

 泣き崩れたクレスにミコトが駆け寄り、その背中を抱きしめる。

 お姉さんはエルフを見上げて微笑みかけた。

「よかったわね」

 ルルナは不機嫌そうに仏頂面になった。

「別に、口だけではいくらでも言えますからね。よかったかどうかは、『途中経過』ではわかりませんよ」

「そうね」

 優しいまなざしをクレスたちへ向けたシュロは、うれしそうな笑みを変えなかった。


 クレスが落ち着くのを待つ間、ルルナとシュロはマップを確認していた。

 溶岩洞窟エリアにいた魔族の反応が一度消えかけ、大きく膨れ上がる。

 激しく戦っている様子を見せたそれは、ほどなく完全に消滅してしまった。

 ルルナは顔を顰める。

「うわ、ほんとに消えた」

「ね、お姉さんが言ったとおりでしょ?」

 クレスが立ち直ったのを確認し、お姉さんは一同を見回した。

「じゃあ、確認するわね。このまま脱出したら、お姉さんたちはみんな安全だわ。けれど、ばらばらにしちゃったから、このまま放っておくと逃げるのに成功する魔族がいて、例の勇者が一網打尽にしてたら無事だった、殺されたりする人たちがいるの。それを防ぐために足止めしたら、この中から死者が出る可能性もあるわ。どうする?」

「無論、足止めするのじゃ」

「一番弱いくせに、どこからその自信が出てくるのよ」

 呆れるルルナに、ミコトは眉を寄せた。

「自信ではないのじゃ。やるしかないじゃろ?」

 単純に自分の生き死にを度外視して他者の安否だけを考慮しているのだということに気づき、エルフは絶句した。

「もちろんアタシもやるよー」

「勇者がやるならワンもやるワン」

「オウカは、もうちょっと主体性を持ちなさいよ……」

 ルルナのつっこみに、オウカは耳をぺたんと寝かせ、尻尾を垂らしてしゅんとした。

「ルルナちゃんは、どうするの?」

「へっぽこ勇者が口だけじゃないかどうか、見届けますよ」

「じゃあ、決まりね」

 頷く顔は、笑顔、決意、覚悟など様々で、その目的はひとつだった。


 獣脂をかけられ、ドラゴンのブレスで燃やされた三眼の魔族は、ぴんぴんしていた。

 しばらく移動を続ける間に感情がクールダウンされ、本来の目的の達成もほぼ無理になったと判断し、この融合ダンジョンからの離脱を検討し始めていた。

「待つのじゃ!」

 ゆっくりと魔族が振り返ると、そこには自称勇者たちの姿があった。

 そのセンターで、勇者は新たな変顔をキメていた。

 激昂しそうなところ、魔族はぐっとこらえ、これまでの反省を生かしてあらゆる攻撃に耐性を持つ固有の特殊魔力障壁で全身を覆い、ゆっくりと歩を進める。

「どうしようー。アイツのあのバリアは、お父さんでも苦労するって言ってたよー!」

 両手を突き出して呪文を唱え続けるシュロの横でルルナが立て続けに杖を振ると、火球、氷結弾、稲妻に真空の刃と中級クラスの攻撃魔法が次々と繰り出された。

 並のモンスターなら一撃で消し飛ぶそれらは、あっさりとすべて障壁にかき消され、魔族の余裕の表情は揺らがない。

「これならどう⁉」

 今度は水平に杖を突きだし、両手を構え、古エルフ語で詠唱する。

 周囲の植物の枝、蔓、根が伸び、蠢き、魔族を包み込んでぎりぎりと締め上げる。

 種族固有の上に使用環境が限られる、非常に強力な能力である。

 数秒、動きは止まったが、植物の塊は内側から腐食し、崩れ落ちてしまった。

 魔族の視線の先、あきらめたようなエルフに対し、隣の子供の詠唱は最高潮を迎えているようだ。

「ふはは! どんな攻撃魔法だろうが、無駄だ!」

 ハッタリではなく、絶対の自信だ。

 クレスが言った通り、先代魔王でさえその強度を認めていた。

 幼女の魔法の性質は不明だが、使い手の見た目同様に、まるで脅威は感じ取れない。

 悠然と歩を進めると、地面についた足が光に飲み込まれ、鳩尾までが地面に減り込んだ。

「この局面で、また落とし穴魔法か」

 魔族は追いかけっこの際に使われていたのを思い出し、げんなりした。

「ごめんなさいね。攻撃魔法じゃないのよ」

 本当に申し訳ない様子で、たどたどしく語った幼女は突き出していた両手を合わせた。

「閉じるわ」

 魔族が理解する前に、上半身はバランスを崩して倒れこんだ。

 そこから下は、見当たらない。

 三つの目を大きく見開いて驚愕した魔族は、歓喜にも見える表情へと変わった。

「はっはっは! 落とし穴魔法の応用で、俺の障壁ごと切断か、まさかこんな手があるとは‼ やるじゃないか。だが強大な力を持つ魔族は、死ぬような状況で発現する第二形態がある。しかも、俺は核がふたつ、上半身と下半身にあるのだ‼ 魔力特化と身体能力特化のコンビネーションに、絶望するがいい‼」

 姿が膨れ上がり、変身を始めた魔族は漲る魔力に満足しつつ哄笑していた。

 エルフが、なんの感慨も無さそうな表情を浮かべ、棒読みで言う。

「わあ、それは大変だあ」

「ね? お姉さんの言った通りでしょう?」

「なのじゃー」

「ワン」

 ミコトとオウカは魔族を見据えつつも、どちらかというとシュロに感心している。

「よおしー、がんばるよー!」

 呑気な一同の中、クレスは力こぶを作った。

 クレスより一回り大きい細身の姿へほぼ変身を終えた魔族は、状況に首を傾げつつ、重大なことに気がついた。

「ん? あれ? 下半身はどこだ? たしかに変化している感触はあるのに何故遠い?」

「さっきのは、落とし穴魔法じゃないわ。それで切断なんてことできたら、冒険者に大人気じゃない。あれは転送術よ。失敗すると大惨事だから、普通はすごく気を使うの」

 一般に攻撃魔法は、使用者の力に依存するのが基本である。他者や周囲、環境の力を借りることなどもある。だが、あまりにも大きなこの世界における、所詮は極々一部の現象だ。

 シュロが使う転送術などの一部の時空の穴が元に戻る力は、「世界そのものが元に戻ろうとする力」である。害意や悪意に因らない形で世界の協力を得て世界そのものから見るとあまりにささやかな道を開く行為、その副産物でしかない。

 だが、それを「力」と捉えれば、一点に集約された天変地異のようなものだ。「世界に圧し潰される」のだ。ある意味でもそのまま、次元が違う。所詮魔族がどれだけ強力な固有能力の障壁を使ったところで知れている。

 それでいて今回、切断だけが目的ではなかった。

「なんだと? う、ウギャーーッ‼」

 突如絶叫した魔族。

 勇者たちは脳内マップを通し、遠くに転送されていた下半身の変身体が消滅したことを把握していた。

 ミコトは合掌する。

「ご愁傷様じゃ」

 苦痛に怯んでいた魔族にタックルし、クレスは馬乗りになった。

「魔法、集中できるかなー? 謝るまで、殴るのをやめないからねー?」

 眩しい笑顔の魔王の言葉に、魔族は戦慄した。


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