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鬼ごっこ

 三人の魔族は、変顔で煽ってきた人間を殺すべく、全力で追いすがった。

 みるみる距離が縮まるが、人間たちは通路に浮かぶ空間の歪みへ姿を消す。

 少しの間を置いて三人が歪みを潜ってワープをすると、自称勇者たちの姿は近くに見当たらなかった。

 部屋の中、周囲にはいくつも空間の歪みが漂っている。

 部屋から伸びる何本かの通路の一本の先の曲がり角から、また人間の変顔が現れる。

「のじゃ!」

 前と違う変顔は、苛立ちを加速させる。

 どれかのワープポイントがそちらへ繋がっているのだろうと推測できたが、不用意に飛び込んだのでは見当違いの場所に出る。

 圧倒的な地力を生かして追うのが最善と言えた。

 しかし、雑魚であるはずの連中は捕まらない。

 そろそろ捉えたと思えば崖から飛び降りる。

 自暴自棄かと思えば飛び降りた先でワープしており、遠くから平然とまた顔を出す。

 そんな風に逃げながら、見失われれば、しょぼい魔法で死角からちょっかいをかける。

 落とし穴魔法を始めとした細かい嫌がらせのような足止めも忘れない。

 渡り歩くのは、城のような遺跡に、酷暑の溶岩洞窟、極寒の氷雪洞窟、鬱蒼とした地底ジャングル。

 それぞれの魔族の根城ダンジョンである。しかし融合の結果、構造や接続が変化している。

 走り回る自称勇者たちは見事にトラップや強敵モンスターを避けていて、どっちがホームでどっちがアウェーだかわかったものではない。

 あらゆるワープポイントや高低差、ダンジョンのギミックなどを利用し、つかず離れず、人間たちは魔族たちを引きずり回していた。時に意識の死角をつかれて単純な隠れ方を利用してやり過ごされてさえいることに、魔族たちは気づいていない。

 またぎりぎりで攻撃範囲に捉えたかというところで、変顔勇者にワープポイントに逃げ込まれる。

 後を追って飛び込んだ魔族たちの目の前にはY字路。

 左はすぐに急激な傾斜の下り坂となっている。左右にくねりながら続いているようで、先が見えない。

 右は一見直進通路なのだが、少し先に、ぽっかりと巨大な穴が空いていた。穴を越えた先の通路にも人影は無い。

「では、俺はこちらへ行こう」

 全身の大部分を硬質の甲殻で覆われた魔族は、他の反応を待たずに左の傾斜へ飛び込み、滑り降りて姿を消した。

「では、オレはこっちだ」

 翼を持つ魔族は、躊躇なく右通路の穴へ飛び降りた。

 残された一体、額にも目がある魔族は、しばらく右の通路、穴を越えた奥を睨んで考え込んでいた。

 そして、さきほど出て来たワープポイントへとゆっくり振り返る。

 偶然なのか狙ったものか、そこを通って氷の礫が現れ、魔族を包み込んだ。

 まるで抵抗しなかった魔族は、氷像のようになり動きが止まる。

 数秒の後、氷結した表層は砕け散った。

 まるでダメージを感じた様子などなく、何事も無かったかのように歩き出した魔族は、愉快そうに笑いながら体表に残る氷を払いつつ空間の歪みを通った。

 歪みを抜け、ジャングルのような空間を認識した瞬間、頭から液体を被って足が止まる。

 さらに追い打ちとばかり、その頭部にタライが落ちてきた。

 さきほどまでの余裕が消え、魔族は無表情になる。

 酸や毒の類ではない液体は、冷気を帯びていていた体表で粘性を増していた。

 悪臭を放つそれは、獣の脂だった。

 頭上に茂る枝に固定され、足元のロープを引っかけると落ちてくるようにされていたものだ。

 遠くの木陰には、ガッツポーズをする人間たちの姿があった。

 力の差は歴然であり、本気で歯向かったとして勝てないことを自覚しているはずだ。

 それでも単純に逃げずに挑発するのは、当然、意図があると推測していた。

 例えば、人質を助けるか、あるいは本命が来るまでの時間稼ぎか。

 だからこの魔族としても、殺せれば殺すが、今回の主目的までの時間つぶしのつもりでいた。クレスを避ける口実になり、ちょうどよいと。

 原始的な罠があまりに綺麗に成功したことに驚く者、会心の結果に喜ぶ者と、演技や誇張ではなくそれぞれの内心が容易に見てとれる様子は怒りを加速させる。

 自称勇者が鼻をつまみ、汚物を遠ざけるようなジェスチャーをする。

 魔族からすれば、黒髪の少女は、人間にとってのネズミかアリ程度の存在である。

 三眼の魔族は、変顔勇者の息の根を必ず止めることを決心した。

 頭上に気をつけながら力強く踏み出した足が、地面についた端から光に飲まれ、下半身までが地面に埋もれてしまう。またも、落とし穴魔法だ。

 詠唱していたらしいエルフは、むしろ嵌まったことが信じられない様子だった。

 魔族は一息に穴から飛び出し、人間たちが姿を消した、大樹の裏へ全力で回り込む。

 例のごとく、彼女たちの姿は無くなっていた。

 軽く見まわし、視野にいないことを確認すると、今度は魔力障壁で身を包んでから、大樹の横に浮かぶワープポイントへ飛び込む。


 魔族がワープポイントへ姿を消したのを見届け、ルルナは一息ついた。

「単純ね」

「あれは怒るワン」

 オウカは自分の鼻をおさえていた。

「少し休憩じゃの」

 アルマがこくこくと頷く。

 一同は、大樹の根本、太い根の間の陰にある小さな洞穴に身を隠していた。

 もともと隠密性、隠蔽性が高めのところに、周辺環境(フィールド)と相性のよいルルナが簡易的な結界を展開し、敵意ある存在からは認識されづらくしてある。

 一同は、共有されている脳内マップに注目した。

 大部分の情報はミコトのスキルによるもので、複雑なワープポイントの繋がりなどから、強敵の居場所や状態などまで詳細にわかる。ルルナとオウカの聴覚や嗅覚などによる認識情報も加わっている。

 四魔衆は強力であるがゆえに、マップ内のどの場所にどのような状態でいるか、わかりやすく認識できた。


 傾斜を滑り降りた甲殻魔族は、その斜面の終点に辿り着いた時、口を開けて待ち構えていた巨大なモンスターに飲み込まれていた。

 もぞもぞと蠢いた異形は内側から弾け、光の粒子になって散る。

「ここにいないってことは、こっちは外れか?」

 歩き出した魔族は、少しして突き当りの壁に現れた扉を開いた。

 踏み出した瞬間、辺りは熱気に包まれ、そこらに溶岩が流れる洞窟へと変わる。

 振り返ると、扉は消えていた。

 あたりを見回していると、陽炎の向こうに光点のようなものが見えた。


 穴に飛び降りた魔族は、底が見えないと思って気楽に落下していると、不意にワープポイントを突き抜け、そのまま凍りついた地面に叩きつけられた。

 特にダメージがあるわけではなく、立ち上がって見上げる。

 頭上からは巨大なつららがあちこちにぶら下がる。そこは冷え冷えした空間だった。

 広大な洞窟のような閉鎖空間でありながら半ば吹雪のような状態にあり、薄暗い。


 獣脂塗れになっていた魔族は、ワープした先でモンスターたちに襲われていた。

 移動先もジャングルのような空間で、強烈な臭いに刺激されたモンスターたちは相手が魔族だと気づいていない。

 特に脅威となる強さではないが、数を捌くのは鬱陶しかった。

 これから勇者と戦うのが本番である以上、無闇な消耗は避けたい。

 大量のモンスターを片付けた魔族の前に、巨大なドラゴンが姿を現した。

 どう対処しようかと逡巡する間に、巨体の放ったブレスが魔族を包む。

 ブレスが途切れても尚、全身の脂に引火した魔族は、炎に覆われたままだった。


 魔族たちが融合したダンジョンの各所に散らばったことを確認し、ルルナはほっとした。

 どうやらクレスもぴんぴんしているようだ。

「これで、あいつらは本来の目的のために合流を優先するだろうし、人質を確認しに行く可能性があった奴の気も逸らせたわけね」

「広間に戻ろうとしても、けっこう時間がかかるじゃろうな」

「それにしても、シュロさんて何者なのかしら」

 複雑な顔のルルナに対し、ミコトとオウカは素直に尊敬しているような顔になる。

「すごい人なのじゃ」

「だワン」

「あんたたちは単純よね」

「何か気になるのかの?」

「人質のこと、知らなかったとは思えないじゃない? あれでクレスは手を出した。でも、私たちには黙ってた。例えば、私たちを囮にして人質を逃がして、はいさよならとか……」

「何か、事情があるのじゃろ。わらわの命の恩人じゃし、冒険者ライセンスはピカピカなのじゃ」

「命の恩人って立場は、あんたみたいなのを都合よく動かすにはうってつけなのよね。あれだけいろいろわかって、本当に未来が見えるなら、仕向けることもできそうだし。ライセンスにしても、『博物学者』なんて、聞いたことが……」

「未来視とか予知みたいなものは、自分に関わることを知ろうとしても、わからないのがほとんどなのよ。あなたたちに会ったことは、お姉さんにも予想外だったわ。博物学者については、最近、別の冒険者にも変な顔をされたのよね。今は使われないのかしら」

「ひぇ⁉」

 声の出所に視線を動かして悲鳴をあげたルルナの足もとから、シュロの首が生えていた。

「どっこいしょ……ありがと。人質は、ちゃんと逃がしておいたわ。もうだいじょうぶ」

 地面に展開された転送陣から身を乗り出し、ルルナとオウカに手を借りながら、お姉さんは地面に立った。

「信じてもらえないのはしょうがないけれど、あなたたちに会った時は、お姉さんもおどろいたのよ。けれど、人質の安全な救出に望みが出て、とてもありがたかったわ」

「じゃあ、人質について黙っていたのは?」

「いい出来事に繋がる可能性をできるだけ大きく上げるためよ。未来の分岐って、短期的な『いいこと』と、長期的な『いいこと』は、必ずしも繋がっていないのよ。あらゆることは『途中経過』であって、実際には『結果』なんて存在しないのが、悩ましいのよね。お姉さんは、そういう理由で隠し事をすることはある。けれど、できるだけ嘘はつかないわ」

 気まずそうに微笑みながら、シュロはライセンスカードを取り出してルルナに手渡した。

 じっと見たルルナが「げ」と漏らし、不思議そうなミコトがカードを受け取る。オウカは隣から覗き込んだ。

「発行日が五百年以上前になってる」

「のじゃ」

「ワン」

 ルルナは疑念を払拭しきれず、お姉さんを見据える。

「でもじゃあ、必要な嘘はつくわけですよね?」

 シュロは寂しそうな微笑みを浮かべながら答える。

「その通りよ。だから、お姉さんの発言をすべて信じる必要はないわ。お姉さんがあなたたちに対して持っている気持ちは、ルルナちゃんがオウカちゃんに対して持っているような気持ちだと思うわ。とりあえず、それで納得してもらえないかしら」

 ミコトとオウカに案じるような視線を向けられ、逡巡したルルナは溜息を吐き、苦笑いを浮かべた。

「わかったわよ」

 ルルナはシュロに向き直った。

「とりあえず、この場を切り抜けるまでは、お願いしますね」

「ええ。ありがとう。こちらこそよろしくね。さあ、クレスちゃんのところへ行きましょ。正念場よ」

「うむ」

「ワン」

 ミコトとオウカは素直に頷き、アルマも気合いを入れる仕草を見せた。


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