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戦闘開始?

 全員が身構え、タイミングを図る。

「いっくよー!」

 真っ先に飛び出したのは、クレスだった。

 もしも観衆がいたのなら、続いて発生した状況には、無数の座布団が投げ込まれただろう。

 四魔衆はクレスの進路を避けるように散った。

「雑魚どもは任せろ」的な台詞×3

 さきほど殴られた魔族がクレスに狙いを定められ、後ろへ下がりつつ魔力で防壁を張る。

 一方、クレス以外の勇者一行は、一斉に広間の入り口から撤退していた。

「じゃあの」

 変顔をしたミコトが、最後尾で言い捨てた。


 事前の打ち合わせの際。

「お姉さんは、時間があればいろいろできるけど、戦闘は得意じゃないのよ。戦闘中の回復とかにも期待はしないでね。クレスちゃんは、一対一ならまず負けないと思うわ。けれど、お姉さんも含めて、他の人はひとりを相手にみんなで戦っても厳しいと思う」

「ふむう?」

 眉を寄せて悩むミコトに、お姉さんは微笑む。

「戦わなければいいのよ。彼らは勇者と戦うために手を組んでる。けど、あくまで自分の利益のための共闘よ。つまり、できればみんな、自分だけはクレスちゃんとは戦いたくないって思う。逃げ回って分散させるだけでも、じゅうぶんなの。今回の状況で、一番有利なのは、ミコトちゃんよ」

「わらわが?」

「そう。ここに来るまでに貯まったポイントを、移動系・隠密行動系のスキルに全振りしたらいいわ。複数の上級ダンジョンを融合させた結果、ワープポイントや空間の歪み、ねじれなんかが信じられないぐらい入り組んでるの。彼らは、勇者を消耗させるためにちょうどいいと思ってた。けれど、自分たちでは把握していない。奥で待っていればいいんだもの、当然よね。そもそも、すべて把握もできないわ」

 意図を理解したルルナは渋い顔になった。

「えぐいわね」

「あとは、裏をかいて逃げ回って挑発を繰り返すだけ。ミコトちゃんは、大抵の人が惑わされる方向感覚の幻惑やワープの繋がり、それに罠だとかも把握できるだろうから、例の勇者が来るまで逃げ切れば、第一段階終了よ」

「では、囮はわらわだけでもじゅうぶんなのかの?」

「いえ、やっぱり、いればいるほど、いい結果にはつながりやすくなるわ」

「じゃあ、うまくいけばリスクはないから、アタシが試しにひとりで拾いに行くのは確定としてー」

「もしも戦闘となれば、わらわも行くのじゃ」

 当たり前のような発言に、クレスは感極まって勇者を見つめる。

「勇者が行くなら、ワンも行くワン!」

「いいのかの?」

「ワン!」

 尻尾をぶんぶん振ってうれしそうなハーフワーウルフを困ったように見つめながら、ルルナは悩んでいた。

「ふつうのダンジョンに潜る程度のリスクは目をつぶったわ。でも正直、四魔衆まで出てくるなんて、想定してなかった」

 シュロは困ったように微笑んで頷く。

「ふつうは、誰も想定できないわよ」

「ルルナは、もういいワン」

「そりゃ、あんたは勇者がいれば本望だろうけど……」

「ワンは、ルルナには元気でいてほしいワン」

「よいではないか。シュロさんが送ってくれると言っているのじゃし」

「そうだよー。アタシたちにまかせてよー」

 あっけらかんとして言うふたりに、ルルナは本気で憤った。

「あんたたちは、深刻さをわかってないんじゃないの⁉」

 屈託なかったミコトの笑顔は、さびしげな微笑に変わった。

「わらわには、妹がいたのじゃ。ある日、ただの偶然で、馬車に轢かれて死んだのじゃ。不注意とも言えなかったし、御者がわるかったとも言えぬ。人に恥じるような生き方などしていない、ただのこどもじゃった」

 ルルナは呆然とした。前にミコトが出した例えは、軽い話ではなかったのだ。

「今回、髪飾りを拾いに行ったら、死ぬかもしれぬが、死なぬかもしれぬ。ひとつだけたしかに言えるのは、ここで諦めたのに、別の理由で偶然死ぬようなことは、絶対にいやじゃ。人がいつ死ぬかなんて、本当にわからないのじゃ。いつ死ぬかは選べないかもしれぬ。どう死ぬかは選べないかもしれぬ。じゃが、どんな自分で死んでいくかは選べるのじゃ。髪飾りを拾いに行って死ぬのなら、悔しいかもしれぬ、後悔もするかもしれぬ。でも、胸を張れるのはたしかなのじゃ」

 黙り込むエルフに、ただの人間は笑いかける。

「わらわは、わらわ。ルルナは、ルルナじゃ。ここで無理をしないほうがふつうじゃし、当たり前なのじゃ。欲を言えば、わらわが戻らなかった場合、両親によろしく伝えてほしいのじゃ」

 シュロがペンダントを人数分、取り出した。

「とりあえずみんな、これを着けてくれる? しばらくの間、マップ情報や索敵情報を共有できるわ」

 ルルナが目を丸くする。

「お姉さんは、まともな才能は人並なんだけど、いっぱい時間をかけて集めたアイテムや、いっぱい時間をかけて仕込んだアイテムが強みなのよ」

 シュロは一同に微笑みかけた。

「さあ、失敗すると決まったわけじゃないわ。クレスちゃん以外は、撤退もまだ選べるし。時間が迫ってるから、クレスちゃん、行けるかしら?」

「おっけー。みんな、期待しててよー。あ、ミコト、アルマちゃんの頭を預かっててー」

 そうして、クレスは兜をミコトに渡していったのだった。


 勇者パーティーの作戦は、すなわち、逃げの一手。

 広間を出て曲がり角を曲がり、まずシュロが別れた。

「じゃあ、お姉さんは、人質の人たちを地上に送ってから合流するわ。それまでは、遠くからおちょくってあげてね」

 なんとも呑気な物言いにルルナは脱力しつつ、緊張が解けたからいいかと前向きに捉える。

 シュロの助言によるスキル振りに加え、ダンジョン深部でモンスターからドロップした超特級(スペシャルレア)の靴を装備したことで、ミコトの移動力は魔法使い型装備のルルナと同程度まで向上していた。

 三人は、角から顔を出し、広間の入り口から出て周囲を警戒する三人の魔族を見た。

 突然、広間から轟音が響き、あたりがわずかに震動する。

 そちらに気を取られた魔族たちに、ルルナが杖を向ける。

「えい」

 三体の魔族の周囲にバチバチと稲妻が弾ける。

 気を引けばいいだけであるため、集中に気を使わなくていいのはひどく楽だった。

 そもそも、ダメージを与える気があるとは思えないレベルである。

 だから警戒した者。

 だから侮り、余裕を持って構えた者。

 だから馬鹿にされたと解釈した者。

 反応は三者三様で、追跡の姿勢にも差が出る。

 いまひとつ乗り気ではない魔族がいることに不満を持ったミコトは、変顔で煽った。

 どう見ても雑魚でしかない人間によるそれは、効果覿面だった。


 少し時は戻り、殴り掛かったクレスの拳が相手の魔力防壁に届くや、それは派手に砕けた。

「「は⁉」」

 驚いたのは、殴った方と殴られたほうの両方である。

 とりあえずそのまま振りぬかれた拳をかろうじていなし、魔族は大きく飛びのいて距離をとった。

 クレス自身、戸惑って追撃をしない。

 魔族は両掌を前に突き出した。

「吹き飛べ!」

 それぞれが、拳よりも二回りほど大きい火球を発生させる。

「ふたつもー⁉」

 術式は中級魔法。しかし威力は並の冒険者の同系統の上級魔法に近い。それを、同時生成するのは伝説級(レジェンダリ)スキル並だ。

 とりあえず、反射的にクレスは同じ魔法で対抗しようとした。つまり、両手を使って相手の半分。始めてからそれでは足りないと思ったが、回避なりで補うしかない。そう結論した。

 膨れ上がった魔力は、圧倒的だった。

「えー⁉」

「うぉ⁉」

 生じた巨大な火球はふたつの火球を飲み込み、そのまま魔族を押し包んだ。

 ついで、圧倒的な閃光と轟音が広間全体を揺るがす。

「あ、あわわ、あわわわわわ……」

 放った本人が、膝をがくがくさせて狼狽える。

 爆心地に立つ魔族は、ぼろぼろだった。

「やっぱり、魔王なんじゃねえか……。さっきは否定したけど、お前、親を殺したんだろ」

「その、そう言えなくもない状況ではあったけどー……」

「まさか、魔王を殺した魔族が魔王になるって、知らなかったのか?」

「えーーー⁉」

 心底驚愕した様子に、魔族は腹を抱えて笑い始める。

「ふはっはっはっは、そりゃいいや」

「よくわかんないけど、もうアタシの勝ちでしょー? 負けを認めてよー!」

「んなわけねえだろ。ここからだ。最大のチャンスが目の前にあるんだぞ。お前の親に勝てる気なんて、しなかった。けど、お前だったら話は別だ。歴史的に見ても、こんなチャンス、滅多にねえ」

 満身創痍で笑顔の相手に、無傷のクレスは泣きそうになる。

「もういいでしょー⁉ 降参してくれないと、トドメを刺さないといけないんだからー!」

「刺せよ、ほらぁ‼」

 魔族は歓喜の表情で迫っていく。


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