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作戦開始

 ダンジョンの深部。

 城の玉座の間を思わせる石造りの広間に、四体の魔族の姿があった。

 四者四様、クレスと比べると、それぞれに人外さを強調するような部分が目につく。

 玉座は空で、各々が牽制するように、油断なく佇んでいる。

「先ほどから、またモンスターどもがやられていないか?」

「妙な気配を感じるが、例の勇者どもが来るのは、まだ少し先の予想なのだよな?」

「そのはずだが……」

 困惑気味に状況を確認し合うのは、この大陸で上位の強さを誇るとされる魔族たちだ。

 人間側は「四魔衆」などと呼んでいる。

 彼らは、とある勇者一行に対し、ひとりずつで戦ったのでは勝率は低いだろうという見解を共有していた。

 そんな状況で、狡猾な一体がアイテムや術式を駆使して勇者が確実に来るであろうタイミングと場所を導き出した。

 その情報を元に共闘が持ち掛けられ、こうして実現したのである。

 なんせ、勇者にやられたのでは元も子もない。

 とりあえず最大の障害を排除した後で、内輪で縄張り争いなりをすればよいのだ。

「やーやー、みんな、おつかれー」

 手を挙げて軽いノリで入って来たのは、アルマを身に着けたクレスだった。兜だけは外してある。

「な、魔王?」

「やだなー、そのあだ名やめてよー」

「だが、お前は、親を殺したんだろう?」

「え……。たしかに死んじゃったけど、アタシが殺したんじゃないよー……」

「ちがうのか?」

 四人とも半信半疑ながら、本気で落ちこんだ様子に、それ以上追求できなかった。

「貴様、どうしてここに?」

「ちょーっと、落とし物しちゃったんだよねー。気にしないでー」

 戸惑う同族をよそに、気を取り直したクレスはマイペースに玉座のあたりをうろつく。

「あ、あったあったー」

 玉座の真後ろの下あたりに落ちていた髪飾りを見つけ、クレスは拾い上げた。

 異次元収納(インベントリ)へとしまい込む。


 広間入り口そば、結界魔方陣の上で待機し、鏡を使って遠隔視していたシュロとルルナは真っ青になっていた。ルルナは思わず「馬鹿――‼」と声には出さずに絶叫し、問題点に気づいていないミコトとオウカは不思議そうな顔になる。

 幸い、四魔衆はクレスが冒険者用の異次元収納を使ったこと自体に気がつかなかったり、なんら疑問を感じなかったりといった様子だ。

 四人は、このまま何も起こりませんようにと祈りながら事態を注視した。


「じゃあねーじゃあねー、じゃましたねー」

 クレスがニコニコしながら、四人の間をすり抜けようとした時だった。

「おい」

「なにー?」

 呼び止められた魔王は、わずかに緊張する。

「落としたって、どういうことだ? どうして、お前がそこに落とせるんだ?」


 鏡で見ている面々は、戦いを覚悟して身構えた。


 軽いケンカ腰で質問して来た相手に対し、クレスは逆ギレしたようにメンチを切った。

「アタシが知りたいんだけどー? 何日か前にしょぼめのダンジョンで落としたから探しに来たら、ダンジョンがなんかわけわかんないことになってるしー? なんでここに落ちてるか、マジで意味わかんないんだけどー? あんたら、いったい何してるわけー?」

 そのまま地の底から溶岩を噴出させることができそうな迫力に、ルルナは呆気にとられ、シュロは困ったように苦笑し、ミコトとオウカは抱き合って震えた。

「ああ、そうか……ちょっと、空間をいじったりしたからな。巻き込まれたのかもしれん。すまない」

 横で見ていた別の魔族が割って入り、仲裁を試みる。

 クレスが言った内容は、落とした主体以外は基本的には真実であるため、なんとかなったらしい。

「じゃあ、いくねー」

 剣呑さは含んだまま、言いおいて再び歩き出した時だった。

「あの人質たちは、少しは生きてるんだろうな。最後には死んで構わんが、使うときにはひとりぐらいは生きていないと困るぞ。お楽しみで殺しすぎじゃないか」

 逆切れされた不満を誤魔化すように、新しい話題が提示された。

 クレスの脚が止まる。

「おい、ヤツがいるところでそういうことを……」

 先ほど仲裁した者が諫めようとした。いま仲間割れをされては戦力が激減するという実利に基づく。

 不要に人間を傷つけるなという方針を広めようとしていたのがクレスである。

 話題を出した魔族は構わず、当てこすりを愉快そうに続ける。

「お前だって遊びで殺してたろうが。特に人間の女子供は、ぎゃーぎゃーとうるさくてかなわんからな。痛めつけて黙らせたくなるのもわかるが、お前ら減らしすぎ……」

 最後まで言い終えることはできず、その魔族の顔面にはガントレットが減り込んでいた。次の瞬間には水平に吹き飛ぶ。


「あ~あ、やっちゃった……。これで無難なパターンは失敗ね」

 発言と裏腹にスッキリして溜飲を下げつつも、ルルナは肩をすくめた。

「みんな、すまぬのじゃ。帰ってくれ」

 不意の謝罪に三人の視線が集まった時には、勇者は広間へ向かおうとしていた。

「あんたねぇ、あんたらふたりで、本当になんとかなると思ってんの?」

「クレスは友達じゃからの。なんとかなるとかならないとかは関係ないのじゃ」

「あの子が自分で手を出したんじゃない。我慢すれば無事にすんだかもしれないのに」

「クレスが手を出した理由によっては、もしかしたらわらわは見捨てたかもしれぬ。じゃが、あれを許さぬ友達ならば、絶対に見捨てるわけにはいかぬ。シュロさんがしてくれた助言もあるしの。シュロさん、感謝するのじゃ。皆をよろしくの」

 お姉さんはやさしく微笑む。

「いいのよ」

 三人に、ミコトは屈託ない笑みを向けた。

「うむ。皆は、達者でな」

 言いおいた勇者は、まったく振り返らずに駆けて行った。

 戸惑うようにミコトと自分を見比べるオウカに、エルフは苦笑した。

「行きたいんでしょ? 行ってらっしゃい」

 ルルナは、苛立ち半分で苦笑いを噛みしめつつ、異次元収納を手早く操作し始めた。

 何を考えているのかまったくわからない、ギルド窓口の高齢男性(じじい)を思い出す。

「くっそじじぃ……」

 すべての元凶は、果たして何かを知っていたのか、意図していたのか、それともほんとうに、ただボケているだけなのか。


 殴り飛ばされた魔族は、平然と立ち上がった。

 並の人間ならば死んでもおかしくないが、彼らにとってはまだ殺し合いまでいかない、ケンカレベルなのだ。

 広間の扉が勢いよく開けられた。

「人質を放せ、魔族よ! わらわは、そなたらが魔族というだけでは戦わん。じゃが、無辜の人々を傷つけるというのなら、けして許さんのじゃ!」

 啖呵を切ったミコトに、クレスは目を潤ませて見惚れる。

 そこへ横からさきほどのお返しとばかりに跳び蹴りが飛んできたのだが、クレスは目もくれず、片手間といった感じに左手で掴んで止め、握力で相手の骨にひびを入れながら、勢いよく回転させつつ投げ飛ばした。

「あぶないよー、ミコトー。こいつら、アタシぐらい強いんだからー」

 やってのけた所業と発言のギャップに、一同は困惑した。

「アルマちゃん、ミコトのフォローお願いー」

 するすると自発的に外れた鎧は、ミコトが脇に抱えて来た兜と合流して立ち上がった。

「みんなはー? ちゃんと逃げれたかなー?」

「来ちゃった♡」

 悪戯っぽく言ったのは、ミコトに続いたオウカの後ろから現れたルルナだった。

 軽装鎧姿ではなく、由緒ありげなローブに、蔓で編まれた頭冠、古木の枝をそのまま持っただけのような杖。明らかにレンジャーの装いではない。

 続くシュロは不敵に微笑み、斧を構えるオウカは総毛立って威嚇の唸りをあげている。


 勇者パーティーは、事前に最悪を想定した打ち合わせもしていた。

 鏡の遠隔視で四魔衆を確認したクレスは、眉を寄せていた。

「こいつらかー。いやなんだよねー。ケンカのとき、手の内は見せずに戦ってる感じがしてー。絶対にアタシを倒せる確信が持てるまで、全力は出さないって感じー?」

 ルルナは意外に思った。

「じゃあ、あんたよりも強いかもしれないの?」

「うんー。それに、相性とかもあるわけだしー。だから、下手なこと言えないなー。何してくるかは、わからないって思ったほうがいいんじゃないかなー」

「意外と賢いわね」

「えへへー。だから、アタシのことを教えとくねー。攻撃魔法なんかもそれなりに使えるけど、得意ではないんだよねー。頑丈さと再生力でひたすら耐えて、競り勝つみたいなスタイルなんだー。戦い始めたら、ひとりはおさえれると思うけど、それ以上は期待しないでー。言ってくれれば、相手を入れ替えるぐらいはできると思うー」

 ルルナが疑問を述べる。

「武器は使わなくていいの?」

「昔は、フレイルとかを使ってたこともあるんだけどー」

 フレイルは、柄から先がぶらぶらして扱いが難しい打撃武器である。

「武器を使うと、うっかり相手を殺しちゃいかねないしー。だから、一番好きなのは、これなんだー」

 そう言って、グーを示す。

「自分の身体だと、少しは相手の痛みも感じられるし、うっかり殺しちゃうことも減らせると思うからー」

 彼女の人となりを知るミコトは、すべて「優しさ」に基づく発言だとわかる。

 しかし、まだ知り合ったばかりのルルナは、「魔王」であることを前提に、より長く相手を苦しめ、相手の苦しみを愉しもうとしているようにも感じてしまった。


「いったい、お前たちは、なんなんだ……?」

 イレギュラーな出現に加え、クレスとのやりとりもある。

 戸惑っている魔族に対し、ミコトは震える手で剣を構えた。

「わらわは……わらわは、無闇に他者を傷つける者は許せんだけの、由緒正しい凡人なのじゃ!」

 ルルナは微笑んで、ミコトの肩に手を置いた。

「今の基準はどうなのか知らないけど、他人の幸せのために命をかける勇気を出せる人は『勇者』って呼ばれたのよ。あんたの二十倍以上生きて来たけど、あんたと同じ強さなら、私にそんな勇気は出せない。敬意を表して、才能が無いなりに積み重ねた力を、あなたの強さの二十倍は貸せるようにがんばるわ」

「じゃあ、お姉さんは、そのさらに三倍以上がんばらないとダメなのね……」

 と、聴覚に優れたルルナには、うっすら聞こえた気がした。確信は持てない。聞こえなかったことにしたい。

「ワン! ワンワン!」

 興奮したオウカは吠えていた。

 クレスが駆け寄り、異次元収納から取り出した髪飾りを渡すと、彼女は目を輝かせて髪にしっかりと留めた。銀髪に、桜の花を模した飾りが映える。

 あらためて、並び立ったクレスは胸を張る。

「アタシたちは、勇者、ミコトのパーティーだよー‼」

 アルマは、グっとサムズアップした。

 狼狽する大陸最強の魔族連合と、勇者パーティーによる戦闘が開始される。


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