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謎のお姉さん

 四人の人影が、ダンジョン内を疾走する。

 奇襲の後、ルルナはそれなりの回復魔法と薬草などを併用してミコトの治療を行った。

 会心の手応えで、内臓を含めて複数個所に貫徹していた傷は、見事に完治したはずだった。

 しかし、顔色の悪いミコトの意識は混濁した様子で会話が成立するまでには至らず。何より、さきほどまで存在したそれを再現するように、傷がゆっくりと現れ始めた。

「呪い」だった。ルルナたちは解呪手段を持ち合わせてはいなかった。

 準備不足ではない。

 そもそも、そんなものを必要とするダンジョンは、入る前からわかるぐらいのものなのだ。

 対処に窮し、出した答えがこれである。

 とりあえず傷に当たるように薬草などを可能な限り詰め込んで、包帯などで雁字搦めにしたミコトをリビングアーマー「アルマちゃん」に入れて、走る。

 負傷者を激しく動かすのはよくないが、移動速度と、どちらをとるかという話だった。

 時折開けて魔法などで回復するつもりで、とりあえずリビングアーマーに詰め込んで、一緒に走らせている。

 メンバーで一番脚が遅いのは凡人であるミコトだった。今のパーティーの移動速度は尋常ではない。

 長身のクレスは、ドロップ品から見繕った軽鎧系装備になっている。

 ワンパン疾走は変わらない。

「もう端までの距離以上は走ったでしょ⁉」

 正面に続く道はルルナの叫びを吸い込む闇に消え、まだ果ては感じられない。

 オウカの耳も鼻も、ルルナの目も耳も、まるであてにはならなかった。

 何かしら認識をずらす攻撃を受けていたらしいことはわかったが、対策している状況でもない。

 ミコトのことも気が気ではなく、全力の警戒で気が立っている一同の進路に、新たなシルエットが見えて来た。

 じゅうぶんな距離をとって、脚を止める。

 いつのまにか石畳などの人工物で構築されている通路に出ており、本当に中級なのかもあやしくなってきたダンジョンの深部。

 まるで街路に落書きして遊ぶ幼子のように。

 幼女がただひとり、床に描いた魔方陣の上に佇み、ルルナたちを見て首を傾げていた。

「あなたたち、あぶないわよ?」

 人間ならば十歳ほどだろうか。見た目よりさらに幼く感じさせる、たどたどしい言葉。

 全員、警戒は最大限にしていたが、完全に振り切って身構える。

 あまりに不自然で、瘴気や妖気、魔力の類を纏わない姿は、上級ダンジョンの主を超えるイレギュラーな存在であっておかしくない。

 運が悪ければ初級ダンジョンでも遭遇し、そこで人生が終わるという、都市伝説のように語られる、ナニカ。誰も知らないその姿は、これなのかもしれないと思わせる。

 猫耳を模したようなフードから零れるのは、黄金色の髪。

 クリクリした目の淡い青の瞳は、じっとアルマを見つめた。

「あらあら。その子、死んじゃうわよ。早くこちらへ連れてらっしゃい。この魔方陣、ちょっと手を加えれば解呪に使えるから。お姉さんに任せて」

 たどたどしい口調で言われたことを理解できないように固まる面々に、幼女はぽんと手を打った。

 空中からカードを取り出し、ピカピカのそれを見せる。

 冒険者ライセンスは、大義を伴わずに意図して他者を害する行動をすると黒ずみ、一定値を超えると剥奪となり、喪失する。

 つまり、正義感などで行う場合はカウントされないため、ややこしい。

 剥奪までは通常の悪事の計上は、一般人が不満に思うレベルで緩いのだが、冒険者ギルドおよび他の冒険者に対する敵対行為の場合、一気に進む。

 冒険者ライセンスは、国家の枠を超えた身分保障を与える反面、心の中を他者に晒すような、人によっては抵抗を感じるだろう側面を持つのだ。

 だが、とりあえずピカピカのそれを空中から取り出すだけで簡易的に信用の証明には使えるため、冒険しない一般人の間でも重宝される。

「お姉さんの名前はシュロ。博物学者よ。さあ、その子を早く。信用しなくてもいいけど、開けてみるだけ開けてみなさい。すぐ処置をしないと、その子、どちらにしても死ぬわよ」

 ルルナたちは、警戒は解かないまま、アルマの兜を外した。そして絶句する。

 ミコトはミイラのように干からびかけていた。

「わかった? 放置するよりは、お姉さんに任せるほうが、可能性があるのよ?」

 泣きそうになったクレスがミコトをひったくるように抱きかかえ、急いで魔方陣の中心に横たえた。乱暴にアルマを剥ぐ。

 器用にその作業を躱しながら、シュロは白墨と手で魔方陣を修正していく。

「わるいのわるいの、飛んでいけーっ」

 軽いおまじないのような言葉に、魔方陣が淡い光を帯びた。

 干からびたままだが、さきほどまで顔色悪く唸っていたミコトは、苦痛から解放されたように安らかな顔になった。

 それでも、先ほど空いた穴は、すでにほとんど再現されつつあった。大量の血が溢れる。

 微笑んだ幼女は、取り出した小さな瓶から輝く液体を振りかけた後、両手をミコトの身体に添えた。

「せーの」

 魔方陣が先ほどとは違う色を放つと、まるで魔法のように傷が塞がり、ミイラのようだったミコトの全身に、見る見る生気が満ちていく。

「うそ、なにあれ……」

 魔法のようにとは、見ていたルルナの感想である。

 人間の一般寿命を遥かに超える時間を生きて来た彼女だが、シュロが何をしているのかは皆目見当がつかなかった。

「うわぁああああん! 死ぬかと思ったのじゃ、死ぬかと思ったのじゃあああぁ!」

 号泣して縋りつくミコトを「よしよし」と撫でながら、シュロはルルナたちを見てぷっと膨れた。

「ダメよ、リビングアーマーに入れるなんて危ないことしたら。生気を吸い取られて死んじゃうじゃない。今回は、呪いと相殺して結果的に延命になってたかもしれないけど、そのつもりじゃなかったんでしょう?」

「はい。ごめんなさい」

 ルルナは素直に謝った。

 焦っていたし、ダンジョンに由来する判断力低下などもあったが、落ち度は落ち度だ。

「うわぁああああん、ごめんなさいぃーー‼」

 シュロとミコトに抱き着きながら、クレスも号泣を始めた。

「ワン……」

 オウカは耳を寝かせ、尻尾を垂らしてしゅんとしている。

「それで、あなたたち、こんなところで何をしているの?」

 幼女は、あらためて質問した。


 話を聞きながら、シュロは魔方陣を元に戻していた。

「そう。落とし物をね」

 完成した魔方陣を見下ろして満足げに頷くと、シュロは一同へ向き直る。

「今、ダンジョンの状態を確認するついでに探してあげてもいいけれど、見ての通り、ここ数日で、なんだかすごく変わってるのよね、ここ。今も変わり続けてる。本当は、すぐ帰ったほうがいいと思う。お姉さんが地上まで転送してあげるわ」

 さらっと言ったが、転送系スキルなどはレアもレアである。

「見るだけ見てもらえる?ますか?」

「いいわよ」

 真剣に言ったルルナに、幼女は微笑んだ。

 淡く光を帯びた魔方陣の中心で、シュロは目を閉じていた。

 しばらくして、口を開く。

「ひどい悪戯ね……」

 目を開けたシュロは、続きを言い淀む。

「本来のダンジョンと、違うダンジョンがいくつか融合しているのよ。そして、落とし物は、一番深部の、一番厄介なところにあるわ」

 驚愕する一同を案じるように見ながら、お姉さんは説明を続ける。

「ダンジョンを融合させたのは魔族だけど、落とし物がそこにあるのは関係ない。彼らはそんなもの知らないし、目的は別なのよ。彼らは、未来予測を元に、勇者を迎え撃つためにダンジョンを融合させた」

 視線がミコトに集まる。本人も困惑していた。

「いえ、あなたじゃないわ。魔王を倒す運命を持つ、別の勇者よ」

 前半でほっとしたのもつかの間、今度はクレスに視線が集まった。彼女は、またアルマを身に纏っている。

「やだなー、『魔王』はあだ名だよー」

 ミコトも苦笑して受け流したが、シュロとルルナは複雑な顔をしていた。

「あなたたちの落とし物を回収できるタイミングは、今しかない。今を逃すと、もう二度と機会はない。けれど、回収するなら、最悪の場合、魔族たちと勇者、両方と戦うことになるわ」

「あなたには、何が、どこまで見えてるんですか?」

 怪訝なルルナに、シュロは困ったように笑う。

「未来のようなものが、少しだけ視えるのよ。けれど、どれも可能性の話ね。お姉さんが干渉しても、できるのは可能性の最大化まで。含まれる因子が増えるほど、それもあやふやになるの。だから、ふつうの人より少しだけ視野と予測範囲が広い程度でしかないのよ」

「もう、あきらめるワン。いいんだワン……」

 オウカは耳を寝かせ、促すようにルルナを見る。

 黙り込んで葛藤するエルフを、ミコトは真剣な顔で見つめていた。クレスの表情は兜に覆われ、窺い知れない。

「あなたたちが介入しなければ、魔族たちはその勇者に倒されるわ。その点では、心配はないの」

「シュロさん、わらわたちが落とし物を回収に向かったら、最悪はどうなるのじゃ?」

「あなたのパーティーから、死者が出るわ」

「最高はどうかの?」

「落とし物は回収して、特に大きな戦闘もなく無事に帰還できるわね」

「わらわがひとりで行った場合は?」

「最高と最悪という可能性では、結果はほとんど変わらないわね。比率はともかく」

「なんじゃ、決まりじゃの」

 ミコトが破顔し、ルルナは唖然とする。

「何言ってんの?」

「普通は、可能性がゼロでも知らずに試すことがあるのが人生じゃ。祭りの露店の当たり無しクジに比べたら、良心的過ぎるのじゃ」

「いやいやいや」

「馬車に轢かれても死ぬ、雷に打たれても死ぬ。死に方を選べるのは幸福とも言えるのじゃ」

「さすがミコトー! あったまいー! かっこいー!」

「バカはちょっと黙ってて!」

 兜の下で黙り込んだバカの表情はわからない。

「あれはただの髪飾りなんだワン。もういいワン」

「嘘はいかんのじゃ。ただの髪飾りに、ルルナはここまで悩むまい。うっかり死にかけたわらわを必死に助けてくれたそなたらのために命をかけるなど、当たり前のことじゃ。わらわに任せておけ」

 胸を張る勇者に、リビングアーマーは縋りつく。

「ミコトが行くなら、とーぜんアタシも行くよー」

「行かない子は、お姉さんが地上に送ってあげるわ」

 お姉さんは、やさしく微笑んだ。


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