継承
殺しかけてしまったことで、へこへこと全力の平身低頭で謝る勇者を、王は愉快そうに見下ろしていた。
「いいよいいよ。それより、姫様も立派になったね。神聖都市を救ったパーティーにクレスがいるって知ったときも本当に驚いたけど」
北の王は、うれしそうに愛弟子を見た。
「本当に、ほとんど約束を守ってくれたようなもんだもんね」
感慨深そうな先生の視線に、弟子は感極まったように涙を浮かべる。
「うんー!」
「だけどさ、それが姫様のパーティーだなんて、二度びっくりだよ?」
他の面々の視線が集まり、ミコト自身は首を傾げる。
「格闘術見せたのに、わからないかなぁ。あ、クレス、アルマちゃんはどうしたの?」
クレスは気まずそうな顔になり、取り出したカードを示す。
「ここにいるんだけど、ちょっと、バラバラになっちゃってー……。まだ出さないほうがいいと思うー」
「あらら」
王はミコトに向き直り、あらためて格闘術の構えをとる。
「これで、アルマちゃんも私の友達って言ったら、さすがに思い出さない?」
「思い出したのじゃ!」
王の顔が明るくなり、周囲の期待が高まる。
「だが、相当小さい頃じゃな? なんか、ギルド窓口に来てた冒険者の中にそういう人がいたということぐらいしかおぼえておらぬ。リビングアーマーを連れていたとなると、そこはさすがに印象深いのじゃが」
がっくりする周囲に、ミコトは不本意そうな顔になる。
「たぶん、十年とか前なのじゃ。五歳ぐらいの頃の記憶など、そうそうおぼえておらぬ」
「そういうもんだよね。でも、変わってないようで何よりだよ」
「そんなに小さい頃から変わってないワン?」
実年齢五歳による質問である。
「あの頃に、姫様が将来世界を救うって聞いても、私は信じられたな」
「買いかぶりなのじゃ。わらわはそもそも、姫ではなかったのじゃ」
「それは、あなたの親から聞いてたよ。私は代々の家柄で姫様で、何もしてない小さな頃から姫様だったけどさ、どっちも人間でしょ? じゃあ、代々続く血統の、最初のひとりってなに? その人は敬われるぐらい特別だったかもしれないけど、その後は、ひとりひとり違うじゃない? 何かの才能があったとしても、それもまた血統ありきで見られる。子供の頃から、そういうあれこれが嫌だったんだよね。だから冒険者もしてたぐらい」
ミコトたちは呆気にとられている。
「おぼえてないかもしれないけど、姫様の村に行ったこともあってね。貴族とか王家とか、そういうの好きになれなかったけど、村の人たちと姫様の関係を見て、思ったんだ。始まりは、こういう形なのかもしれないって」
耳を傾けていたエルフは「私も……」と口の中で呟いていた。聞こえていないはずのシュロにやさしい微笑みを向けられ、頬を紅潮させる。
「私の家で初代とされる人と周囲の人たちの関係が、姫様たちみたいだったならいいなってすごく思って、その時が、初めてかもしれない。自分の血統を肯定的に捉えられたのは」
「でも、わらわにはなんの才能も……」
王はにっこりと笑った。
「だからだよ。どんなすごい力があっても、才能や能力に引かれた人は、それを失えばいなくなる。それで人から好かれるかなんてのも別の話で、使い方によっては嫌われることだってある。だから姫様を見てわかったんだ。能力なんて、なくてもいい。大事なのは、心だよ。すごく気が楽になった。周りが求める能力とか、何ができるかとかは関係ない、とりあえず自分ができることを一生懸命に、人のためにする。どちらから見ても、身分とか関係ないんだ。あの時から、姫様は私の目標だったんだ」
目を丸くしたミコトは言葉が出てこない。仲間たちは、北の王の言葉に共感したように笑顔になっていた。カフィは無表情である。
「家柄とか血筋とか関係ない。私は私として、姫様みたいに周りの人から好かれたいって思った」
「ミコトみたいワン」
「そう言われると、うれしいな。で、結果的には周囲と利害が一致して、反発してみんなに迷惑ばかりかけてたワガママ王女様は、多少は更生したんだよね。周りから見ると」
ここで、王は一同に顔を寄せ小声になった。
「隙あらば、王家なんて無くそうと思ってるんだけどね」
愕然としたミコトたちを見て愉快そうに笑い、王は元に戻った。
「まあ、代々継がれる才能ってのもあるっぽいし、使えるものはたしかに大事にすべきなんだよね」
これを受け、お姉さんが話題を振る。
「そうそう。そのことなんだけど、ミコトちゃんの村にわりと近いダンジョンに特殊な結界を施したのは、あなたよね?」
「うん。よくわかったね、結界のことも、わたしのことも。最近も、問題は起きてないらしいことを大勇者に確認してもらったばかりだけど、何かあった?」
「ごめんなさい。壊しちゃったわ。ダンジョンコアは取り除いたから、危険は無くなったと思うけど」
北の王は唖然とした。ついで、からからと笑い始め、はたと気がついた。
「だいじょうぶ⁉ だれか死んだりしてない⁉」
「かろうじてだいじょうぶだったのじゃ」
「アルマちゃんがそれでー……」
「ああ、そういうことか。あそこ、長いわ深いわモンスターが強いわで賑わってたけど、熟練の冒険者が主にやられるってことが続いてね。遭遇した全員がやられると、初見殺しだろうって推測はできても、実際には対策できないし。ちょっと冒険者全体としての戦力喪失も大きすぎて、私が奥まで辿り着けたときに、受け継いだ技術をきちんと使えるか確認するのも兼ねて、結界をちょちょっとね」
エルフが疑問を感じた。
「奥まで行ったなら、ダンジョンコアを持ち帰ればよかったじゃない?」
にやりと笑った王は、また顔を一同に近づけて声を潜める。
「冒険者ギルドも好きじゃなくて、渡したくなかったんだよね。かといって、個人で管理するには大物すぎたしさ」
「国の先行きが心配になってきたわ」
「私もそう思う!」
ジト目のエルフに、本人は満面の笑みで同意した。
お姉さんはやさしく微笑んでいる。
「それで、確認しておきたいんだけど、どういう結界だったのかしら?」
「ざっくり言うと、一定範囲より先のダンジョンとそこに含まれるすべてを、冒険者に認識させなくする、って感じだったはず。あれ? どうして行けたの? 事故かなんか?」
「わたくしが同行しておりました。冒険者ではありませんので」
「納得」
エルフが眉を寄せる。
「でもつまり、魔族が見つけたら、利用されてたかもしれないの?」
「私も今、思った」
舌を出した王様の発言に、一同は微妙な顔になる。
「結界の影響か、外からは大したダンジョンには感じませんでした。力の大きい魔族は無視し、半端な魔族は主にやられたでしょう」
「主は魔族を襲うのじゃ?」
「モンスターは特殊な場合を除いて魔族を襲うことは少ないですが、ダンジョンごとの主は、ある意味でそのダンジョンにおける魔王のようなものなのです。ダンジョンの最奥などでマナを最も蓄えた強い個体が主で、魔族がそれを殺せば、魔族がそのダンジョンの支配者となる。それがわかるのか、主はダンジョンを奪われないために、魔族にも襲いかかるようですね。あの主は、見事に脅威順に我々を狙っていたようです」
盾を構えるシュロを執拗に狙っても、オウカやルルナの処置に必死で無防備だった勇者は無視されていた。
モンスターやダンジョンの基礎知識についてミコトとオウカとともに感心しているクレスを見て、メイドは複雑な顔になる。
お姉さんは王様に微笑みを向けた。
「よければ、あなたの結界術を教わりたいのだけど。その上で、宮殿と街を取り返す作戦を立てたいわ」
「うん。みんなを治してもらったお礼もしなきゃだし、技法の後継者にも困ってたんだよね。あなたに引き継げるなら、うれしいよ。よろしくね」
「アタシも、アタシもー‼」
クレスは食いつくような勢いで手を挙げた。
わくわくしながら結界術の説明を聞き始めたはいいものの、内容についていけなかったクレスは気まずそうに離れた後、どんよりとした顔で落ち込んでいた。
死んだ魚のような目で、和気藹々と話し合う先生とお姉さんを見つめている。
見かねたエルフが声をかける。
「私が、簡単な魔法でも教えてあげようか?」
あまり興味を引かれない様子のクレスに対し、ミコトとオウカが目を輝かせた。
「わらわも!」「ワン!」
「じゃあアタシもー!」
勇者を見て掌を返した魔王に、エルフはげんなりした。
不意に洞窟の一角からざわめきが広がり、北の王も状況を確認に向かった。
「どうしたの?」
兵士が興奮した様子で報告する。
「水です! 水が湧いたんです! すごい!」
たしかに、ぽっかりと開いた、ほぼ円形で直径一メートルを超えるぐらいの深い穴の底から、こんこんと地下水が湧き出ているのが見える。
口々に「これは助かるな!」などと喜び、あたりの者たちはクレスを讃え始めた。
北の王は、照れながら応じる魔王と呆然とするエルフに向かった。
「あなたたちがやったの?」
「落とし穴魔法を教わったら、やりすぎちゃってー……」
常人なら殺せそうな落とし穴である。
歩み寄りながら唖然とした北の王は、ガクンと足を踏み外してバランスを崩した。
ちょうど足ひとつが納まるような小さな穴は階段一段ほどの浅さで、見事に足首をぐねっており、顔を顰める。
「すまぬ、それはわらわが落とし穴魔法で開けた穴なのじゃ……」
勇者は、能力格差と生み出した結果の気まずさで、ちぢこまって謝罪した。




