統合
意外にもクレスの提案のまま、とりあえずメイドの処遇は決まった。
つまり、カフィはクレスの使い魔になった。変化は無いようで、そういう意味では信用してもよさそうだった。
ルルナはあらためて、シュロから情報共有ペンダントを受け取り、古い方を返した。
このダンジョンに来た際、以前受け取ったものが、かろうじて機能していた。点滅したり、部分的に欠けたりと、頼りなく表示される共有情報を頼りにここまで来たのだ。
「ひとりでよくだいじょうぶじゃったの」
「そりゃ、中級ダンジョン程度、アイテムも手間も惜しまなけりゃ、雑魚に会わずに多少探索する程度ならできるわ」
普段は路銀稼ぎ目的であることと、目立つのを防ぐためにスキルなどの使用も抑えめで行動している。アイテムを極力温存するのは当然である。
「で、あんたたちは、このダンジョンに何しに来たわけ?」
「ここに来たってことは、ルルナちゃん、ギルド窓口の台帳も見たんじゃない?」
「まあね。ブレイたちでさえ、ここの主を確認できてないみたいね」
「古い履歴は見た?」
お姉さんの質問に、エルフは軽く頷いた。
「何年も前までは、高難度ダンジョン扱いされてたみたいね。それも相当な」
「そうみたいなの。あのギルド施設が大きいのが気になってたんだけど、よく言えば、賑わってたみたいね」
「不思議だったのじゃ。いつからか、冒険者があまり来なくなったからの」
「元々お姉さんが気になったのは、例のダンジョン合成に巻き込まれていたことを思い出したからなのよ。他は主に相当する魔族がいたけれど、このダンジョンだけ関係なく巻き込まれたように見えたから、念のため確認しようと思ったの。離れたダンジョン同士をくっつけるのに都合がよかっただけかと思ってたんだけど、何気なく台帳を見たら、履歴が変だったのよね」
「隠し通路を見つければいいんだよねー?」
クレスが言いながらきょろきょろする。
「それで簡単に見つかるなら、ブレイたちが見つけてると思うけどね。ミコトとの情報共有で、シュロがマップ見ても判別つかないわけ?」
お姉さんは困ったように頬に手を当てた。
「そうなのよね」
「ブレイとアコなんて、地形を貫通してモンスターとか見てそうだったわよね」
「すごいワン」
「認識阻害の強度な結界か何かにしたって、ブレイたちを騙せるようなもんなの? たぶん、音の反響とかで空洞を探るぐらいなら試してるわよね」
「あれ、カフィ、何見てるのー?」
「いえ、大きなアリだなと思いまして」
結晶質の壁越しに観察していたメイドが返答したところ、反応が無かった。
「姫様?」
「なにー?」
「アリは、見えていらっしゃいます?」
「どうしたのー?」
応答の不自然さに眉を寄せ、メイドは助けを求めるように周りを見回した。
「皆様、アリは見えていらっしゃいますか?」
明らかに、クレスを始めとした周囲の全員が認識上、カフィの特定の言動だけをスルーしている。
メイドは、取り出した伝説級の出刃包丁に強化魔法を付与して結晶質の壁に突き立てた。
疑問の視線が集まる中、身体能力強化の呪文を重ね掛けし、独特の呼吸でさらに集中を図る。加えて包丁には爆発属性を付与した上で、柄に後ろ回し蹴りを叩き込んだ。
半透過して向こう側が見える壁が衝撃と爆発でガラガラと崩れた。次の瞬間。
「「「「「アリだー!」」」」」
壁の向こうに大量にいる巨大なアリのようなモンスターを唐突に認識した一同が叫んだ。実際にはアリというよりはシロアリに近い。六本の肢のうち、二本を使ってほぼ直立歩行している。
人の大きさほどのシロアリは、開いた穴に気づき、出てこようとする。
「え、え、えー⁉」
クレスは混乱していた。
出てこようとしたシロアリに対し、メイドは伝説級の鍋の蓋を使ってタックルし、相手の体勢を崩す。続けざま、連続蹴りから流れるように額に出刃包丁を深々と突き刺した。モンスターは光へと返る。
「皆様、まずは片付けてしまいましょう」
常のごとく淡々とした提案。
反論はあるはずもなく、一行は戦闘を開始した。
およそ危なげなく戦闘は終了した。
一番危うかったのは勇者であるが、小柄なアルマがフォローしていた。
ほっと一息つく面々のうち、お姉さんは真っ青になって震えていた。
「ちょっとシュロ、だいじょうぶ? そりゃ、びっくりするぐらい広いし、モンスターも強いみたいだけど」
あらためて認識されるようになったマップの範囲は、深く、長く続いていた。
強さで言えば、溶岩洞窟を始めとした融合ダンジョンでの強敵クラスが普通、という水準のようだ。
だが、クレスたちを前提に考えれば、そこまで脅威とも思えない。トラップなどは凡人の数少ない長所でフォローできる。
「アリとか虫が苦手ワン?」
「ちがう、ちがうのよ……」
挙動不審に陥ったシュロは「どうしよう、どうしよう」と口走る。
「だいじょうぶー?」
「このダンジョンはオーバーフローを起こしてるわ」
「オバーフローワン?」
エルフが説明を引き受ける。
「要するに、濃いマナが形をとったようなのがモンスターなわけだけど、空間あたりにポップできる数って上限があるのよね。けど、条件によってはマナが供給され続けるから、個体が全体に強化されて特異個体ができやすくなったりするのと、少しずつ、数も無理矢理増やすような形で、押し出されるように逸れモンスターなんかが増えるのよ。基本的には、冒険者が全然来ないようなダンジョンで起こるらしいわ」
「わたくしたちの城とダンジョンは常にそのような感じでしたが、あれは特別らしいですよ」
「へー、そうなんだー」
メイドから言われ、魔王は感心している。
お姉さんが説明を引き継ぐ。
「モンスターも多いし、普通より強い。放っておくとダンジョンからたくさん出ていっちゃう。けど、それはお姉さんたちなら片づけられる。問題は主よ。相性がたぶん、わるい。シノちゃんかギンゲツちゃんでもいればいいんだけど……」
「一度、対策して出直すかの?」
「ダメよ。ずっと閉じ込められてて穴が開いたことに気づいて、このままだと周辺に出かけるわ。たくさん犠牲者が出ちゃう」
「わたくしのせいですね。申し訳ございません」
「いや、みんなが探していた隠し通路を見つけてくれただけじゃからの……。謝る必要はないのじゃ」
うんうんと同情的な周囲に、メイドは申し訳なさげに佇む。
「そんなことよりも、じゃあどうする? 正直、シュロにそんなこと言われると、不安が大きすぎるわよ?」
「本当に、お姉さんたちの命と、近くの町のひとたちの命の、どちらかをとるような状態なのよ。みんなで挑んでも、全滅まであり得るわ。その場合は無駄に犠牲が増えるだけだから、お姉さんたちが見て見ぬフリをすれば、今後、長い間、別の人たちを今後救っていける可能性は残るわ」
「凡人勇者たちがどうするかは、可能性も何もないんじゃないの?」
言ったエルフは、勇者たちを見た。
「どうせあんたたちが考えるのは、どう挑むか、だけでしょ?」
「でも、みんなには死んでほしくないのじゃ」
「お互い様だよー」「ワン」
「そもそも、前回だって、私たちはそういうつもりで挑んだのよね。可能性の内訳なんて知らずに」
「ルルナこそ、いいのかの?」
エルフは、ふと気づいた顔になる。
「ちょうどいいから、宣言しておくわね。私は、守りたい相手だけ守る。気が向かないと、一般人を無条件で守るとかはしないわ。オウカと、ついでにあんたたちは、守ってあげる。それだけなんだからね」
どういうわけかミコトとクレスが困ったような顔になり、シュロはこらえられなかったように失笑していた。
ルルナは怪訝に思う。
「いや、知ってるのじゃ。わらわは、神聖都市の時、何度も、ルルナは逃げなくていいのか訊いたのじゃ」
そう。この凡人は、お願いなどはするが、他者に強いることはしていない。
「ルルナは、真面目だから、自分で罪悪感を抱いておらぬか? あの時のわらわのお願いを断ったとしてもわらわは責める気は当然なかったのじゃが、断ることがわるいことだと思ってなかったかの? 自分の身の安全を優先したからといって、それもまた当たり前で、責められることではないのじゃ」
母親同様の凡人による指摘に、エルフは固まった。
ミコトたちの在り方を「よい」と認めているからこそ、比較して自分の選択を「わるい」として卑下していた。それは自分の、言いようによっては勝手な判断である。
ミコトたちは「それも普通」として、責める気はないのに。
すべて独り相撲だったのだ。
「真面目なのは、もちろんいいことでもあるのじゃ。でも、ちょっと真面目過ぎるかもしれぬ。ルルナは、もっと自由でいいと思うのじゃ」
不意に投げかけられた言葉。
思わず泣きそうになったエルフは、見られないように顔をそむけた。
「ワンのついでって言ったけど、さっき、大切な仲間『たち』って言ってたワン」
「え、なになにー?」
そのとき寝ていたクレスは聞いていなかったのだ。
「それはいいから‼」
エルフは、耳の先まで真っ赤になった。




