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帰還

 転送先近くの町を訪れた一行は、食堂に入っていた。

「なんだか、みんな強そうだワン」

 道を行く人々を見た感想だった。

 老若男女問わず、冒険者には見えない者たちも、一様に逞しさや隙の無さなどを感じさせる。

 下手な冒険者よりもよほど屈強に見える町民ばかりだった。

 恰幅のいい女将が笑いながら答える。

「そりゃ、このへんの野良モンスターは、大陸でも一番強いほうみたいだからね。子供の頃から草むらから飛び出してくるのを相手にしたりしてるだけでも、そこらの冒険者より強くなるらしいよ。あたしらにゃ、当たり前すぎてよくわからないんだけど」

「それは難儀じゃの」

「いやいや、当たり前だから、大変とかなんとかないのさ。ドロップ品がいい値で売れるから、産業になるぐらいで。ただ、この前に魔族とモンスターの大群がこの街を無視してあっちのほうに向かって、しばらくしてまた戻ってったんだけど、その頃から野良モンスターが涌かなくなっちまったんだよね。今まで見なかった、弱っちいのをたまに見かける程度で」

「あっちのほうー?」

 女の指した方を見て、クレスが不安そうになる。


 凡人勇者一行は、クレスが元々いたというダンジョンを訪れていた。

 おどろおどろしさ、禍々しさに満ちた巨大な洞窟を抜け、地底の大空洞にある巨大な城へ。

 長大な洞窟は、所々に最近のものと見られる崩落の跡などがあった。

 モンスターの姿はまるで見当たらない。

 混乱して見回しながら歩を進めるクレスと、戸惑うようなアルマが、何よりもわかりやすく異常な状況であることを示している。

「なにー⁉ なにがあったのー⁉」

 地底城の外観もまた、激しい攻撃に晒されたような形跡が目立った。

 城の回廊に至っても尚、あたりには一体のモンスターの姿も無かった。

 がらんとしてひとけの無い食堂で、一同は小休止していた。

 不意に食堂の入り口のひとつへイヌ耳を向けたオウカがそちらへ視線も飛ばし、周りも追従する。

 そこには、ひとりの魔族の女の姿があった。

「姫様……」

 苦しそうな、泣きそうな顔で声を漏らした女に対し、

「なんじゃ?」

「はいワン」

 人間の少女とハーフワーウルフの少女が自然に応え、呼びかけた魔族は眉を寄せた。彼女は二十代ぐらいに見え、メイド服を纏っている。

「アタシのことだよー?」

 クレスも困ったように眉を寄せていた。

「すまぬ、つい反射的に……」

「ごめんワン……」

 オウカも耳を寝かせて謝罪した。

 人間たちに警戒しながらも歩み寄る魔族はクレスよりは小柄で、身長はルルナに近く、頭には湾曲した二本の角が生えていた。

 クレスが小走りで駆け寄る。

「カフィ、何があったのー?」

 メイドは、つらそうに語る。

「大魔王の手勢を名乗る連中が攻めて来まして、人間たちを侵略するのに手を貸せと言ったのです。こちらに魔王がいないとわかりますと、一方的に攻撃をした後、大魔王に従うことを要求してきました。元々姫様の方針に反対だった者たちは喜んで寝返りまして、反対する者たちも皆、連れて行かれました。わたくしは外に出ておりまして、帰還時にやつらの進軍を目撃し、見つからないように探った結果なのですけれど」

「また大魔王かの……」

「それであの、姫様、この者たちはいったい……?」

 不審者を見る目つきでミコトたちを見るカフィに対し、姫様は胸を張る。

「アタシの仲間だよー! 勇者のミコトとー、戦士のオウカとー、ナントカ学者のシュロだよー」

「博物学者よ」

 唖然とするメイドに、姫様は嬉しそうにピカピカのラインセンスを取り出して見せた。

「アタシは勇者ミコトのパーティーの、テイマーなんだー!」

 メイドは卒倒した。

 わかっていたようにアルマが受け止めた。


 シュロの介抱もあり、カフィはすぐに目を覚ました。

 ミコトたちを見てしばらく眉を寄せた後、自分を納得させるように溜息を吐く。

「だいじょうぶー?」

「はい。ありがとうございます。姫様が人間たちとの和睦を望んでいたのはわかっておりましたが、それにしても、ちょっと極端すぎましたので、驚いてしまいました。私の身内も複数勇者に殺されておりますので、ご容赦ください」

 慇懃に礼をした非常に理解のあるらしい魔族に、ミコトたちは同情的な顔になる。

「心中お察しするのじゃ」

 あらためて、勇者はメイドをまっすぐに見据えた。

「わらわは、理不尽な理由で他者を害する者を許さぬ。それは、人間だろうと魔族だろうと変わらぬ。結果的に、魔族と敵対することは多くなってしまうかもしれぬが。逆も同じで、友好的な魔族とはふつうに友達になりたいのじゃ」

 冷静なメイドの表情は変わらない。

「なるほど。姫様が仲間としたのも理解できます。それで、『また大魔王』というのは、やはり姫様が狙われたのですか?」

「いやー、アタシたち、たまたま、大魔王の手下みたいな魔王から神聖都市を守ったんだよねー。アタシも、たくさんの人間から英雄だって褒められて、光の大神官様から表彰されちゃったよー」

 メイドは、ふたたび卒倒した。


 シュロによってすぐに意識を取り戻したカフィは、咳ばらいをした。

「姫様、申し上げにくいのですが、姫様は何か勘違いをしてらっしゃったようですけれど、今のあなたは『魔王』なのです」

「あ、ごめんごめんー、そうみたいだねー。いろいろあって、それはわかったんだよねー」

 後頭部に片手を当てて軽く謝るクレスに対し、メイドは逆に納得できないような表情になった。

「魔王らしく振る舞ってくださいとは申しませんが、その身が狙われる可能性については、心に留めておいてください。ただでさえ魔族からも狙われかねませんところ、大魔王も魔王の力を狙っているようですので。なんでしたら、このままここに留まっていただけましたら、かえって安全かとも思いますが」

「勇者の仲間としては、そんな理由で旅はやめれないかなー? そう言えば、モンスターもいないよねー? 外もだったけどー」

 メイドは気まずそうに一度黙り込んだ。おずおずと口を開く。

「それが、混沌のクリスタルを奪われてしまったのです……」

「えー‼」

「いったいそれは、なんなのじゃ?」「ワン?」

「大事なものってことしか、知らないー」

 シュロ以外の全員が、がっくりと肩を落とした。

「ここのダンジョンコアよね?」

「はい」

 カフィは真顔で肯定し、

「ダンジョンコアってー?」

 クレスの質問に、空気が凍りついた。

「うんー? あ、あー‼ なんか、ダンジョンの素みたいなやつだよねー⁉」

 周囲の様子に疑問を感じた魔王がなんとか思い出したぼんやりした内容に、微妙な雰囲気になる。

「シュロ、大魔王が欲しがった理由はわかるー?」

 誤魔化そうとするような話題転換に、お姉さんはいつも通り微笑んで説明する。

「素直に考えれば、新しく置いた場所にダンジョンを作れること。それに、今回は強力みたいだから、神聖都市の時も戦力として使ってたみたいに、単純に周囲に発生するモンスター目当てっていうこともあるかもしれないわ」

「このあたりの地表にも強力なモンスターがいたのに湧かなくなったという話は、それだけそのクリスタルが強力なダンジョンコアだったということかの?」

「そうみたいね。何に使われるか、本当に心配だわ」

 珍しく、お姉さんは表情に懸念を浮かべていた。


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