覚醒
意識を取り戻したミコトを連れた一行は、山に入っていた。
アマヒによる昼食の提案は固辞し、神聖都市へ行って以降に購入してあった保存食や、それ以前からのお姉さんのストックなどで済ませた。遠慮もあるが、対立のような状態に伴う距離感もあり、双方の体質の違いによる栄養バランスの問題もある。
ちょっとしたスペースでミコトとオウカは木刀で打ち合っており、ふたりから見える範囲でクレスとシュロが植物やキノコ、木の実などを見繕っている。
一度休憩となり、シュロが手早くお茶の用意を始めた。
オウカは眉を寄せていた。
「ミコト、思ってた以上に弱いかもワン」
責めるわけではなく純粋に困っている様子に、本人も困る。
「今振れる範囲では、スキルツリーは全部埋まってるのじゃ……」
「ある意味では、珍しい素質だと思うのよ、そこまでいくと」
和やかな口調は、返って凡人の心を抉る。
「自覚はしてても、あらためてそう突きつけられるとキツイのじゃ……」
「アタシが守るよー」
「バラける状況なんかだと、自衛とかの不安が生じるのはたしかなのじゃ」
「シノちゃんのアレは特別すぎるけど、修行とかで新しい可能性が広がるのは、あるんだよねー?」
「一般的にはそうなんだけど、ミコトちゃんの場合……」
お姉さんは微笑を浮かべてミコトを見つめ、ぎこちない顔で固まってしまった。
「ごめんなさい。お姉さんに言えるのは、可能性はゼロではないと思う、という一般論だけだわ」
「限りなくゼロに近い何かを感じるのじゃ……」
凡人は、諦観に打ちひしがれた。
日が落ちかけた頃、一同が村へ戻ろうとしていると、オウカの耳がぴくりと動いた。
「みんな、装備を整えて」
オウカとほぼ同時にシュロも動き出していた。全員の足もとで小瓶が割れる。
軽装ではあるものの防具をつけていた面々は更に追加し、オウカは斧、ミコトは刀を取り出す。
「これを飲んだら、行くわよ?」
一同は、差し出された薬を飲んで、一斉に宙へ飛ぶ。
「ルルナちゃんがいないと、いろいろつらいわね」
精密射撃や多彩な攻撃魔法を使いこなすエルフは、パーティーの遠距離攻撃の要だった。クレスは大雑把な範囲魔法などは使えるが、状況次第で威力が過剰な上、格闘と同時使用はできない。
思わず口にしてしまったようなお姉さんの言葉に、ミコトの不安は大きくなった。
経験済のクレスとシュロが先行し、すぐに慣れたオウカが続く。勇者は、最後尾でよたよたと飛び、どんどん置いていかれてしまった。
村は、多数のモンスターに襲撃されていた。
オオツチたちの他、アマヒもまた武器を手に戦っている。
大人の村人たちはほとんどが獣人態になっているようで、大抵は両手剣か斧の類を装備している。人間ならば基本的には両手で振るうようなそれらを片手で振り回す姿も珍しくない。
村を見下ろす形で、シュロは空中で静止した。
「クレスちゃんはまだ降りないで! あそこへアルマちゃんを!」
「うんー!」
オウカはほぼ同時に、シュロが指さした先、ワーウルフが数で押されている一角へ向かっていた。
オウカを追いかけるように投げられたカードから小さなアルマが出現し、そのまま空中からモンスターへ奇襲をかける。
「あとは、あそことあそこみたいな、モンスターだけがまとまってるところを魔法で吹き飛ばして数を減らして、空中のモンスターも大体魔法でやっつけたら、地上へ!」
「わかったー‼」
お姉さんは、ほとんど返事を待たずに地表近くへ降りていく。
彼女は戦う者たちの上から、強化と妨害の小瓶を次々と投下し始めた。
途中でポシェットごと異次元収納から入れ替え、また投下していく。
一通り投げ終わったところで、劣勢のあたりへ降り立ち、盾を取り出して両手で構えた。数の不利を補うように、モンスターの攻撃を誘導して防ぎ始める。
遅れてやってきた勇者も、気づかれていないのを幸いに、ワーウルフたちを狙っているモンスターを死角から刀で斬りつける。
クレスは空から目立つ集団を魔法で吹き飛ばし、空中のモンスターを一掃してから地面に降り立って、あることに気がついた。カードを取り出して投げる。
「よろしくー! 村を守るんだよー、モンスター以外とか家とか傷つけたらダメだからねー?」
村の外側でモンスターたちの中に姿を現したのは、四腕巨躯の魔王だった。
「お任せください!」
突然の巨大な魔王の最終形態の出現に、ワーウルフたちは驚愕した。
しかし、光の大神官のペンダントの効果もあり、モンスターだけを敵視する姿を見て、とりあえず敵ではないと判断する。
重要なのは、村を守ることと戦っている者たちを援護することなのだが、威力が過剰な魔法は使えない。
届く範囲のモンスターは掴んで振り回す、引きちぎる、叩き潰すといった形で瞬殺したが、巨体はそこまで身軽ではない。素早いモンスターたちには逃げられてしまう。
前回は、街を守るためにクレスから攻撃を仕掛けざるを得なかった側面があるのだ。
巨大な使い魔は、とりあえず動きの遅いモンスターだけを地道に狙い始めた。
大軍を相手にお互いを潰し合うような戦場では圧倒的であろう巨体の魔王は、この戦場ではあまり役に立たなかった。
勇者一行の参戦で、全体としては、モンスターたちは押し返され始めた。
ただし様相は混戦で、いかに被害を抑えるかが肝であると言える。
「モンスターが相手では変顔で挑発もできぬし、わらわでは一体倒すのにも時間がかかる……」
凡人は、トドメを刺すことを放棄した。
「どうせわらわは弱いのじゃ。ならば、割り切って、弱らせるのと囮だけに特化する」
一体のモンスターを倒すために手数を使うよりは、同じ手数を、より多くのモンスターを傷つけるために。
幸い、靴の能力と強化効果で足はそれなりに速い。
凡人は戦場を駆け回り始めた。
モンスターの肢あたりを刎ね飛ばせば上出来。なんなら、胴体あたりをぶっすりと刺したなら、攻撃も次への動作移行もより速い。
動きが鈍れば他の者が倒す時間の短縮になり、負傷の可能性も減る。
攻撃したミコトに気をとられたのなら、更にである。
走りながら見回して、住人が危うい戦いが遠くにあれば、モンスターに攻撃魔法をぶつける。通常の戦闘では役に立たない威力であるが、気を引けるだけでもよし、ダメージが入れば儲けものである。アシストとしてはそれなりに意味がある。
ミコトを追おうとしたモンスターは、だいたい村人が片付けてくれた。狙い通りと言える。
村内での戦いはおよそ片付き、周縁から外側を残す形となった。それでも、ある方角からはモンスターはさらにやってきており、クレスたちは抜けられないように必死である。
直接的な戦力にはなれないシュロと、どちらかと言えば邪魔になるミコトは、村の内側にいる。ふたりはお互いに離れた位置で、あたりを警戒していた。
とある家の引き戸の隙間から、小さな鼻が突きだされた。
近くにいて思わず視線を吸い寄せられたミコトの視界に、ぐいと隙間を押し広げて子犬のような子供が出て来たかと思うと、同じような姿がぞろぞろと続く。
好奇心旺盛にあたりを見回す様子も、そこだけを切り取ったのならば、非常に微笑ましい光景だった。
しかし、この時ばかりはお姉さんも顔を引きつらせた。
「ミコトちゃん!」
叫びは、果たしてどのような意味だったのか。少なくとも呼ばれた本人は、守るようにと受け取った。
「ミコトー、気をつけてー‼」
ほぼ同時の叫びに、ミコトは子供たちに向けて動きながら視線を送る。
クレスとワーウルフたちの混戦を抜けて、人間とカマキリを混ぜたようなモンスターが一体、子供たちに狙いを定めたように高速で飛翔していた。
クレスたちは、他のモンスターが同様に抜けないようにするので手一杯となる。
凡人に咄嗟にできることなど、限られていた。
ただ、間に割って入るように。
振り下ろされた鋭利な鎌の軌道に対し、子供たちの手前の地面に刀を突き刺して遮ったのは、褒められていいだろう。
伝説級の刀と交錯したモンスターの鎌は、半ばで切断された。
ただし、刀身の手前にあったミコトの左脚もまた、膝上で切断されていた。
「ミコトー⁉ あー‼」
気を取られたクレスが穴になり、そこに殺到したモンスターたちが抜けてしまう。
ミコトは激痛に総毛立ち、脂汗が浮かぶのを感じながら、帯紐を抜き取って素早く脚に巻き付ける。
動悸に合わせて血が噴き出すのをどこか冷静な頭で観察しながら、歯を食いしばる少女は露骨な笑顔を浮かべていた。その目からは感情とは関係の無い涙が溢れる。
「特訓がこんなに早く役に立つとはの‼」
お陰で激痛には割と慣れてしまった。力み方、呼吸、どうすれば僅かばかりでもマシか。思考は思いのほか機能している。
「はっはっは‼ 慣れても、痛いもんは痛いのじゃ‼ つらいもんはつらいのじゃ‼」
どうでもいい発言は、心底の本音でもあり、痛みから気を逸らす手段でもある。
行き過ぎて、片方の鎌を失ったことからも様子を窺うようにしていたモンスターは、ミコトを脅威ではないと判断したようだった。
いまだに自分たちが危機的状況にあると理解していない子供たちを後ろにかばい、尻を地面についたままの少女は刀を地面から抜いて構える。
「さあ来い‼ わらわの安い命と刺し違える覚悟はあるか⁉ この子らだけは、絶対守るのじゃ‼」
弱そうな、それも重傷の相手に怯えるどころか凄絶な気迫を伴って見据えられ、モンスターはたじろいだ。
さらにやってくるモンスターたちを見ても、ミコトの表情は変わらない。
不意に遠吠えが響いた。
地の底から響くようなそれの伴う迫力は、モンスターたちの動きを止めた。
モンスターたちが警戒を向けた先では、オウカがゆっくりと歩みを進めていた。見た目にそぐわぬ気配に、モンスターたちは硬直したように様子を窺う。
少女は威嚇するように唸り声を上げながら、斧の一部を覆う応急補修の跡のような補強板の隙間に力尽くで爪をねじ込む。
彼女は爪が割れようが剥がれようがまるで構わず、それを力任せに剥がして捨てた。
露わになったそこには、淡い黄色の丸い宝玉が嵌まっていた。
それを見つめたハーフワーウルフは、さらに一際大きく遠吠えをし。
全身が銀色の毛に覆われ、二回りは大きくなった姿は、ギンゲツによく似ていた。
その頭で、桜の花を模した髪飾りが光を弾く。




