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帰郷

 ルルナと別れた一行は、とりあえず歩きながら今後について相談を始める。

「さて、わらわたちは、どうしようかの。シュロは、何か助言はあるかの?」

「いろんな可能性がありすぎて、特に絞れないわね。長期的にどういう影響が出てくるかもわからないし、みんなでしたいようにするのがいいと思うわ」

「オウカは、何か希望はあるかの?」

「ミコトと一緒なら、なんでもいいワン」

「ねー」

 オウカの後ろから抱きつくような形で、クレスは同意を示しながら撫でる。

「それはそれで困るのじゃが、オウカは、ルルナとは、その、別れてよかったのかの?」

 ハーフワーウルフの少女はイヌ耳を寝かせた。

「はじめから、ワンの一人旅を見過ごせないから、きちんとした仲間が見つかるまで一時的に世話をするだけなんだからね、勘違いしないでよね、って何度も強調されてたんだワン」

「ルルナちゃんは、本当は、できるだけ他人と関わらないように一人旅をしてたみたいね」

「そうらしいワン。だから、ワンが一緒にいるのも心苦しくもあったんだワン」

「そうじゃったか」

「むずかしいねー」

「しかし、その見た目でもじゅうぶん子供じゃが、まして五歳じゃろ? どうして一人旅なんてしていたのじゃ?」

「母上は東の大陸のいいとこの姫様で、父上の前に結婚した人が死んで、跡目争いで嫁いだ先を追い出されたんだワン。その人との間に姉上がいて、ワンは一緒に姫様扱いされて母上の実家で育ったんだワン。みんなかわいがってくれたけど、やっぱり、家の将来のこととかを考えると、いづらかったんだワン」

「オウカも姫様だったんだー。アタシたち、姫様仲間だねー」

「ワン」

 頷いたオウカは気恥ずかしそうながら、うれしそうでもある。

「それで旅に出ちゃったのー?」

 オウカはふるふると首を振った。

「ワンの様子を見に来た、父上の本当の奥さんが、父上の一族のところへ連れて行ってくれたワン。父上は掟で出て行ったけど、奥さんとの間にいた兄上も優しくて、ワンはみんなから大事にされたんだワン」

「それでどうしてひとりで旅をしているのじゃ?」

「父上の一族は戦士の血筋ワン。その基準だと、ワンは弱くてできそこないワン。ふつうは成人したら独り立ちが許されるのにワンは認められなさそうだったから、黙って出てきちゃったワン」

「のじゃ⁉」「「えー⁉」

「五歳になったから、もう成人したワン」

「のじゃ⁉」「えー⁉」

「ワーウルフとしては、ワンは、これでも成長が遅いんだワン。本当なら、もうほとんど大人の身体になってるんだワン」

 シュロは、にこにこ微笑んで首肯してみせた。

「エルフと逆と言えば、そうなのかもしれぬが……」

「びっくりだねー」

「戦わなくていいって言われたけど、できそこないでは一族のところにもいづらいワン。伝承にある英雄としてワンが認められたら、父上の特赦を認めてもらえるワン」

「本当にしっかりしてるのう」「ねー」

 感心している勇者と魔王に、ハーフワーウルフは照れて俯いた。

 凡人は、ふむと思案した。

「わらわは、見聞を広めるためにも、クレスとオウカの故郷も見てみたいと思っていたのじゃが、黙って出てきたのならば、心配されてるじゃろうな」

「手紙は置いて来たワン」

 凡人は「ふむう」と唸って、お姉さんを見た。

「じゃあ、転送術の行先は決まったかしら?って、いきなり転送術なの⁉ それも東の大陸に⁉」

 シュロがノリツッコミをし、少し陰のある微笑みを浮かべる。

「常識のわかるつっこみ役がいないと、やっぱりさびしいわね」


 東の大陸にあっさりとやってきた一行は、ミコトの出身の大陸とは意匠の異なる街並みや人々の衣服に感心しつつ、さっそく買い食いしていた。

 軽く見て回った街を後にし、オウカの案内で山へ向かい、歩くこと数時間。

 日暮れごろに辿り着いたのは、ミコトの村よりも規模の大きい村だった。

「なんか、安心するのじゃ」

 家々の造りは彼女の村のものと似ていた。

 住民は獣人と狼の姿のワーウルウルフが半々で、わずかに人間が混じっている。

 ワーウルフたちは音や声に気がついたものか、大部分がすでにミコトたちのほうへ注目している。

 ひとりが遠吠えを始めると各戸から住人たちが姿を見せ始め、クレスは目を輝かせたが、ミコトは少し身の危険を感じた。なにせ、表情が読めない。警戒をされているようにも見える。

 オウカが駆けていくと、彼女はあっという間に囲まれてしまった。

 少女はもみくちゃにされながらも笑顔で、周囲のワーウルフたちは尻尾をぶんぶんと振っている。中には仔狼の姿もある。

「う、うらやましいー‼」「のじゃ‼」

 ふたりが真剣に見入る横で、お姉さんもいつもより頬を緩めていた。

「アタシもー‼」

 何も考えずに走って向かった魔族に対し、ワーウルフたちは一斉に牙を剥き出して威嚇した。

「うわぁーんー‼ オウカー、なんとかしてー‼」

 魔王は情けない様子で泣き出した。


 夕食は、先日のミコトの村同様、全戸を挙げての宴のような様相だった。

 宴でも半数ほどは狼の姿で、獣人態と人間の住人が配膳などを行っている。子供は基本的に狼のままだ。

 中央広場で大きな焚火を炊き、適当に串焼きにした食材が豪快に焙られている。

 基本的には肉ばかりである。それでも魚介類や野菜も一部あり、ついでに果物まで焙られていたりする。

 それぞれの家で調理されてきた煮物や蒸し物なども供されている。

 オウカの隣に獣人の姿で簡素な着物を着ているのが、ギンゲツの元妻、アマヒとのことだった。この村の長のような立場だという。彼女の毛並みは背側が薄い黄金色で、腹側は白い。

「普段はみんな、時間ももったいないし、生で食べるワン。焼いたり料理したりするのは特別な時とか、人間のお客をもてなす時ぐらいだワン」

「感謝するのじゃ」「ありがとうー。いただきますー」「本当に、ありがとう」

 礼を述べられたアマヒは目を細めてウォオゥォと声を出した。

 ワーウルフたちは「ワン」「ウォ」「グルルル」「キューン」などの複雑な派生形を組み合わせて会話しており、オウカは理解できるのだった。

「ワンがお世話になったので、これでも申し訳ないって言ってるワン。連れて来てくれてありがとうとのことワン」

「どういたしましてー」

「そうなると、ルルナがいないのが心苦しいのじゃ」

「ルルナちゃんは、お肉とかはあまり好きじゃないわよ?」

 言ったお姉さんも、さっそく焼いた果物に手を伸ばしている。

「そういうことではないのじゃ」

 お姉さんは、くすりと笑った。

「わかってるわ。もしも縁があったら、その時は、また一緒に来ましょ。お土産なんかも持って」

「そうなるとよいのじゃが」

 涎を垂らして肉の串を掴んだ勇者の口調は心ここにあらずといったところで、本当にそう思っているのか怪しかった。


 ミコトたちは、村の中では一際大きいアマヒの家で寝ることになり、基本的に毛皮で問題ないため普段は使われないという布団を借りた。

 朝になり、覚醒したミコトの視界には、すでに目を開けているシュロが映った。

 お姉さんが口元に人差し指を当てたため、ミコトは耳を澄ませる。

 オウカがアマヒと会話しているようだった。

「ごめんワン。それでも、ワンはミコトたちと行くって決めたんだワン」

 心苦しそうな少女の決意の言葉は、凡人の心に重く響いた。


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