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別離

 総勢二十名ほどの村人総出の宴会は、(たけなわ)だった。

 広場にちゃぶ台などを寄せ集め、持ち寄った料理を適当に載せている。参加者は適当に固まって、時折お互い位置を変えては談笑している。

 人数的にも距離感的にも、ミコトがクレスたちに語っていた通り、親戚の集まりのようでもある。

 ミコトを除くと中高年しかおらず、オウカとシュロはひっぱりだこだった。水を差すのもわるいからか、シュロは黙って子供扱いされて付き合っている。

「子供とか若者がいないのは、たまたまなのよ。みんななかなか子供ができなかったところに、ミコト以外、大きくなれなかったの。ミコトとクレスちゃんのお陰で土地が自分たちのものになって、安心して若い移住者や養子を募れるようになったって、みんな喜んでるの」

 ずっと塞ぎ込むような顔で宴会を見ながら黙り込んでいるルルナに、聞いてもいないのにミコトの母が説明した。

「その大事な若者が、村を出てもいいの?」

 エルフの問いに、女は複雑な笑顔になる。

「ちょっと、エルフのお姉さんも、いいかな」

 遮ったのはミコトの父だった。ルルナ以外のミコト一行を連れてきている。

「みなさんに、是非、聞いてほしいことがあってね」

 酔っぱらった男は、ふざけているのか本気なのか、よくわからない様子で切り出した。

 クレスとオウカは素直に、ミコトとルルナは仕方がない酔っ払いを見るような目で、シュロはいつもの微笑みで視線を向ける。

「ウチの一族の秘密なんだけど」

 突然の身の上話に、興味を引かれる面々と、眉を寄せるルルナとミコト、微笑んでいるお姉さん。

「元々、東の大陸で代々農家をやっていた。けれど、兄弟ができ、子供ができれば、そのたびに土地を分割っていうわけにもいかない。そういうわけで本筋が土地を継ぎ、別れたほうが彷徨って、いい土地を見つけたらそこに居つく。そんなことを繰り返した傍系の傍系の傍系がウチみたいなんだな」

 ミコトの父は「うん」とひとりで頷いた。

「そんなわけで、ウチの姫様は、正真正銘、ただの人なんで‼」

「なにが言いたかったのよ……」

 なぜか感心するようなクレスとオウカにも呆れつつ、ルルナはボヤいた。ミコトは非常に恥ずかしそうに俯いている。

「生まれの貴賤は関係ないよ。誰だって世界でひとりだけで、誰もが特別なんだから。ミコトじゃないけど、偉い人ってのは、尊敬されることをするから偉いのであって、姫だから、勇者だからってだけで敬うのは好きじゃないんだよね。娘の命を預けるわけだから、みなさんには、どんな系譜なのかを単純に知っておいてほしかったんだ」

 これには、一同は表情を引き締めた。

 男の発言は、たしかにミコトと親子であることを感じさせる。

 そして彼は、突然土下座した。

「みなさん、本当にお願いします! みなさん命がけだから、娘を生かして返してほしいとは言いません! ご迷惑とは存じますが、昔から頑固でわがままな娘だから、どうか、娘が『胸を張って死ねる』手伝いを、よろしくお願いいたします‼」

 母親も、横で丁寧に土下座をした。

「何卒、よろしくお願いいたします」

 これで終わらなかった。

 さきほどから耳を澄ませるように会話の声量を落としていた村人たちまでが、ルルナたちに向けて土下座する。

「どうか、何もできないウチの姫様をよろしく頼む‼」「ロクなことができない姫様を、お願いします‼」「偉そうなだけで、何もできないんだけどな‼」

 ひどい有様で無能さの強調が続く。そして。

「何もできないくせに、人のことには一生懸命なんだ‼」「他人のためにすぐ無茶をするんだ‼」「昔っから、口癖みたいに『胸を張って死ぬ』ってうるさいんだ、頼む‼」

 まるで、本当の姫を案じる家臣のようだった。

 ルルナとオウカは言葉が出ない。

 シュロは微笑んだまま黙っている。

 一番衝撃を受けたように絶句しているのはミコトだった。涙が溢れて止まらない。

「まかせてよー‼」

 きちんと理解したのかどうか不安を感じさせる軽さで、クレスは自信を持って胸を叩いた。


 深夜になって宴は終わり、酔いつぶれて寝ている一部は放置しつつ、一同は簡単な片づけを始めていた。

 本格的に片付けるのは翌日だし、主賓の手伝いはいらないと言われ、ルルナは実際に手を引いた。

 それでも手を貸しているオウカ、クレス、シュロを横目に、ミコトが向かった村はずれへ足を進める。

 ミコトは墓標らしきものに向かって膝をついていた。

 目を瞑って手を合わせていた彼女は、立ち上がってルルナに気づき、仰け反って転びかける。

「のじゃ⁉」

 エルフはその手を掴んで立て直した。

「ありがとうなのじゃ」

「妹のお墓?」

「うむ。わらわの妹のものであり、わらわの知らぬ昔の村人たちのものでもあり、わらわの知っている村人たちのものでもある。血の繋がりは関係無い。彼らがみんないたから、今のわらわがいる」

「そう」

 ともすれば冷たいとも思える目で、エルフは無言で共同墓地を見つめた。

「あんたは、あれだけの人たちに愛されながら、それでも冒険に出るの? 死にに行くようなもんじゃない? 胸を張って死ぬ、はもういいわよ。申し訳なくないの? みんなのために精いっぱい生きようと思わないわけ? あんなこと言ってたけど、要するにみんな、あんたに生きててほしいのよ?」

 ミコトは悲しそうな顔になった。

「胸を張って死ぬのは、みんなのためでもあるのじゃ」

「あんたはっ‼ 何を言ってんの⁉」

 激昂し、声を荒げたエルフに対し、ミコトは眉を寄せて苦しそうに応じる。

「みんながあんな風に言ってくれたのは、本当におどろいたのじゃ。だからこそ、わらわは絶対に、譲れぬ。みんなが本当はできれば『生きていてほしい』と思ってくれているだろうというのはわかるのじゃ。しかし、それは不幸でも生きていてほしいというのとは違うのじゃ。わらわの幸せを願ってくれているのじゃ。わらわがわらわ、ミコトとしての在り方を選ばなくなったなら、それはもう、わらわが生きているとは言えないのじゃ」

 エルフは絶句した。

 村人たちは、それを理解しているのだろう。ミコトが胸を張って死ねる手伝いを、というのは、本人の幸せを願うひとつの形なのだ。

 人間の若い女は、困ったように微笑む。

「村のみんなに姫として育てられ、今のわらわはここにある。じゃが、姫かどうかは、もう関係無い。死に方だけではないのじゃ。みんなに育てられたミコトとして、みんなに胸を張って向き合うために、わらわは胸を張れる生き方を選ぶのじゃ」

 エルフは、それでも、自分のために縋りつくように問う。

「それが! どうして危険な冒険者なのよ! 他の生き方でいいでしょ⁉」

「わらわでも、本当に何もできないわけではないからの。そして、可能性どころか、実際に街を救う手伝いをできることがあると、知ってしまった。ルルナのお陰でもあり、感謝しているのじゃ」

「私のせいだって言うの……」

 エルフの言葉に眉を寄せながらも、少女は続ける。

「クレスとオウカは力を貸してくれるという。あのふたりとともにあれば、助けられる人も少なくないのではないかと思うのじゃ」

 俯いたルルナは、黙り込んだままだった。


 翌日、村人たちに見送られ、ミコト一行は村を後にした。

 しばらく行った先の別れ道で、ずっと浮かない顔をしていたルルナが言う。

「私は、ここまでね。みんな、オウカ、気をつけて」

「残念じゃが、しかたないの。本当に世話になったのじゃ。感謝してもしきれぬ」

「えー、一緒に行けないのー? いろいろありがとうー。気をつけてねー?」

「つっこみ役がいないと、このパーティー、大変だと思うんだけど?」

 困り顔で小首を傾げたお姉さんに、エルフはジト目になる。

「『ネコ耳のシュロ』様がなんとかしてください」

「冗談よ。本当に、いろいろありがとう。ひとつだけ念を押させてもらうわね。お姉さんたち全員、あなたの幸せを願っているわ」

 シュロの言葉を受け、笑顔で、あるいは真剣に肯定してみせる一同に、エルフは複雑な顔で曖昧に頷く。

「うん、ありがとう」

 オウカは泣きそうになっていた。

「ほんとうに、ほんとうに、今までありがとうワン!」

 エルフは少しだけ哀しそうな顔で微笑んで、背を向けた。

「まあ、あんたたちと過ごすのは、わるくはなかったわ。ありがとう」

 振り返らずに歩き去る姿を、一同は惜しむように見送った。

「シュロは、どうするのじゃ?」

「みんなが望んでくれるなら、一緒に行くわ?」

「ぜひ、よろしくなのじゃ」

「やったー! よろしくねー!」

「あらためて、よろしくワン!」

 凡人勇者一行の、新しい旅が始まる。



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