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勇者とは?

 絶叫した後、ルルナは肩で息をしていた。

「落ち着いたかの?」

 心底心配そうな様子に、心底いらっとする。

「で、あんたは『勇者』って? マジ?」

 クラスは基本的に、必要なスキルを所持していると判断されれば、簡単に変えることができる。「魔法戦士」を名乗れるほどの能力を持ちながら、「戦士」あるいは「魔法使い」とするのも自由である。

 ただ、何ができるのか、どういうスタンスで行動するのかを端的に表す要素でもあるので、能力の最大公約数的なクラスが選ばれることが一般的である。他者と組む際の自己アピールにも、自己紹介にも手っ取り早いからである。

 生まれながらの素質に、開花させた分が乗って、選べるクラスが決まる。

 そのへんのしょぼいモンスターを手なずければ、「テイマー」は選べる。リビングアーマーを連れまわしているとなれば、言わずもがなだろう。

 特例が一部にあり、「勇者」はそのひとつである。

 例えば、特別な由来を持つ神話級の装備に選ばれたとか、一部の王族や神官などに認められたとか、そういった事情があれば、本人の能力とは別に認定される。

 付随する副次的な「旨味」的にも、由来から来る素質などからも、仲間になりたがる冒険者は引きも切らないだろう。

「十年前から勇者なのじゃ」

「は? 何歳よあんた。普通の人間よね」

「つい先日成人した、十五歳じゃ。それで、実はただの農家の血筋と知らされた」

「そっちは置いておいて、五歳から?」

「うむ。祭りのクジで玩具の剣が当たっての。そこの爺に自慢したら、勇者のライセンスをくれたんじゃ。すっかり忘れていたんじゃが、成人を期に、冒険者ライセンスの新規申請をしようと思ったら、それが有効だと判明した。当時からボケておったのかの……」

「じじいーーーっ‼」

 ルルナが絶叫すると、じじいは何か聞こえたようにあたりを見回したが、ルルナが叫んだとは思わなかったようだ。また不動の構えへと戻る。

「でも、だからって、それ、どうするのよ?」

「どうしようのう。勇者って、一度なってしまうと、犯罪でもしないと、クラスを変えられないらしいのじゃ……」

 わりと真剣に悩んでいるらしいミコトに、ルルナも同情的になる。

「いや、そんなことしたら、クラス変更どころかライセンス剥奪でしょうが。世界的な優遇がひっくり返って、即デッドオアアライブでの賞金首よ? しかし、こうしてみると、とんでもない仕様上の欠陥ね。というか、頭がバグってるじじいが権限持ちすぎというか」

「うむぅ……。まあ、欠点は仲間をまともに募れないだろうことぐらいじゃからの。しばらくは、クレスに頼らせてもらうのじゃ」

「まかせてよー」

「あ、あー、うん……」

 もうどうにでもなれという感じでルルナは立ち上がり、入口の戸を開けた。

 張り付いて様子を窺っていたイヌ耳娘が、ピューと走って距離をとる。

「だいじょうぶだから、おいで」

 恐る恐るやってきたオウカは、ルルナの後ろから中を覗いた。

 前に進むルルナから離れることもできず、尻尾を巻きながら一緒に建物へ入る。

「えーと。私の相方の、オウカ。ワーウルフと人間のハーフの戦士。で、オウカ、このふたりは、人間の勇者のミコトと、魔族のテイマーのクレスだって」

「ゆ、勇者ワン⁉ オウカだワン! よろしくだワン」

 目を輝かせたイヌ耳娘に舐められそうなぐらい顔を近づけられ、ミコトは困惑した。

「ミ、ミコトなのじゃ。よろしく頼む」

「オウカは、ちょっと勇者に思い入れがあるのよ」

「クレスだよー。よろしくねー」

「よろしくワン」

 禍々しい甲冑に、オウカはまた耳を寝かせて尻尾を巻き、おびえた様子で応じた。

「だいじょうぶだよー」

 軽快な発言と身振りだが、大柄なリビングアーマーの見た目は威圧感がある。

 半信半疑でびくびくしながらおとなしくするオウカを見て、とりあえずルルナは頷いた。

「じゃ、さっそく出発手続きしたいわけだけど……」

 冒険者がダンジョンに挑む場合、基本的にはギルドに届け出る。向かった冒険者のランクと、戻ってこなかったという履歴が残ることなどが大きい。後続とギルドにとって、ダンジョンを評価する、わかりやすい指標となる。

 人のいい冒険者には、帰ってきていない冒険者の様子をついでに気にする者もいる。

 有益な報告をもたらした場合、報酬もある。

 気が重い様子でじじいを見るルルナに、ミコトは眩しい笑顔を浮かべた。

「任せるがよい。幼い頃からちょくちょく来て、困っている冒険者の通訳をして、こづかいをもらったりもしておったのじゃ」


 ギルド施設を出て、クレスは一息ついた。

「ありがとう。思ったより、早く終わってよかった」

「なに、声をかける角度や発音の抑揚にコツがあるのじゃ」

 それでも時折、食事を食べただの食べてないだの、関係のない返しは見られていた。物理的に衝撃を与えるという裏技も駆使し、ミコトは比較的スムーズに手続きを終えた。

「落とし物回収だから、できれば直行したいんだけど、ふたりは構わない?」

「うむ」

「いいよー」

「んで、ミコトのその恰好は、ちょっとさすがに気になるから……。そうだ、スキルツリー見せてくれる? こういうとき、スタンスの見えない勇者って不便ね」

 ミコトは、自分のスキルツリーを空中に表示し、他者からも見えるようにした。

 ギルドに登録した冒険者は、獲得した技術を間接的に共有することになる。「強制的な提供」という形での、権利(メリット)義務(デメリット)の「義務」の部分である。

 様々な行動に応じて上がる基礎ステータスに加え、霊的加護の部分で蓄積されるポテンシャルとしての「スキルポイント」をツリーの任意のスキルに割り振ることにより、強制的にスキルを獲得することができる。

 スキルの獲得そのものは、鍛錬や修行といった順当な手順を踏むことでも可能である。

 スキルポイントを使用するのは、手軽であるだけとさえ言える。

 しかし、そのぶん他のスキルの修練などに時間と手間を割り振れるのだ。

 放っておいても実戦で繰り返すために勝手に育つスキルではなく、便利だが育成に手間がかかるスキルなどを優先してポイントを振るのはメジャーな方針のひとつである。

「妙にスキルポイント持ってたのね……」

「クレスがモンスターを蹴散らすのを、そばで見ておったからの」

 仲間内でやるぶんには、パワーレベリングと好意的にも言えるが、状況によっては「寄生」と呼ばれる地雷行為である。

「なんで刀系スキルにポイントつぎ込んでるの?」

 ミコトは、獲得したスキルポイントを、ほぼ「刀」系スキルに使用していた。

「浪漫じゃな」

 エルフは非難するように、ジト目で見る。

「幼い頃に聞いたのじゃ。刀を極めたのなら、あらゆるものを斬ることができるのじゃと」

 弁解するような物言いに、エルフは表情を変えない。

「刀、持ってるの?」

「まだじゃ」

 堂々と答える勇者に、ルルナは全身全霊で軽蔑の目を向けた。

「な、なんなのじゃ……」

「この大陸で刀なんて、特級(レア)程度でも他の武器の伝説級(レジェンダリ)並みにお目にかからないわよ。通常品(コモン)だって滅多に手に入らないし、その程度じゃ、実用性に欠けるし……」

「だから、アタシがあげた伝説級の刀、売らずにとっておけばよかったのにー」

「は⁉」

「ダンジョン出てくるついでに、宝箱を見繕ってきたんだよねー。伝説級のアイテムいくつかあって、ミコトにあげたんだけど、売っちゃったんだー」

 仮にクレスが魔王である場合、最上級に属していておかしくない品であろう。

 ルルナはミコトの襟首を掴み、前後に揺さぶる。

「あ、ん、た、は、なにをしてんのよーー‼」

「待て……待て……待て、と、言う、に」

 弁解が物理的にできないことに気づき、ルルナは手を放した。

「そういうものは、自分の力で手に入れることに意味があるのじゃろ」

 キメ顔で言われ、ルルナは反射的に相手の頬を軽く張った。

「あ、ごめん」

 本当に意識せずに手が出たため、素直に謝る。

「父上にも、ぶたれたこと無いのに……」

「だからこんなんなったんでしょうが。ん、あれ、じゃあなんでそんなかっこしてんのよ。お金には不自由しないでしょ」

「今までウチは小作農じゃったので、土地を正式に買い上げ、親名義にした。近所の人たちのもまとめて同じようにそれぞれの名義にした。残りは、孤児院にすべて寄付したのじゃ」

 ルルナは唖然とした。

 オウカとクレスはミコトへ尊敬のまなざしを送る。

「すごいよねー。勇者の第一歩に立ち会えて、感動だよー」

「いや、実質そなたのカネじゃからな……。出世払いで頼む」

「あんたらね、それを元手にダンジョン荒らして、がっつり稼いだほうが長期的にいいとかそういうことは考えないわけ?」

 勇者(仮)と魔王(疑惑)は顔を見合わせた。

「「賢者-じゃ‼/だー‼」」

「やかましいわ」

 ルルナはあらためて、投げやりにミコトのスキルツリーを眺めはじめた。

「驚くぐらい、凡人ね」

「そうなのかの? なんせ、クレスとともに活動を始め、他の冒険者など知らぬのじゃ」

「強いて言えば、マッピング周りが充実してるかも。普通、これ系のスキルは、大体とれば不便ではなくなる程度に持ってる人が多いけど、ここまでひとりで素質持ってるのは珍しいかもね。まあ、ダンジョン巡りを考えてるなら、一通りとっておけば、高難度のダンジョンでもわずらわしい思いはしなくてすむんじゃない? ここまで無くても困らなくて、全部取るのは無駄なレベルで過剰だけど、もしも取ったら相当快適だと思うわ。他をどう伸ばしたところで、通常のパーティー編成では、お荷物になりそうだけど」

「なんでなんでー?」

「一定水準以上の冒険者になると、高難度のダンジョンで全員が最低限の自衛をするためにも、メインの戦闘スキルが一流相当なのは当たり前で、複数の役割を負えるのが普通になるわけ。バリエーション幅は凡人でもある程度は確保できるけど、一流相当まで伸ばすには素質がものを言うからね。あとは努力と運で覚醒するのを期待する他ないの」

 スキルツリーで解放できるのはあくまでその時点で習得可能なスキルである。

 ポイントを使用しなくても努力などでスキルを獲得できるように、鍛錬や努力を始めとしたなんらかのきっかけで、新たな素質が花開くこともある。

 わかりやすいのは、要求身体能力に未達で解放できず、鍛錬や成長で届いて解放可能になるパターンだ。

「ミコトは、ある程度スキルポイント稼いだら、農民なりなんなりに便利なスキルだけ解放して、冒険者としては活動しないほうがいいんじゃない?」

「しかし、曲がりなりにも、わらわは勇者じゃからの……」

「真面目なのは大いにけっこうだけど、死んだら元も子も無いのよ」

 寂しげなルルナの顔に、ミコトは少し気圧された。

 エルフは考えに耽って、誰にともなく呟く。

「こうして考えると、勇者であることによる特性って無いのね。じゃあ、『勇者』ってなんなのかしら……」


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