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集結

 エルフは理解できないように、怪訝な顔になる。

「あんたが、魔王?」

「仕組みは知らんが、まあ、試したところも感触からも、どうやらたしからしい。大魔王なる者の使者を名乗る輩から与えられた。神聖都市を陥落させることが条件と言われたが、もともと望むところだったからな」

 ルルナとクレスの視線の先、自称魔王は片手を城壁の門へと向けた。

 放たれた範囲魔法が衛兵たちを薙ぎ倒す。

 翼の魔族は、嬉しそうに目を細めた。

「この力、この前は、お前相手に使えなかったからな。まさか、冒険者になっているとは驚いたぞ。魔王対魔王なら、どちらが勝つかな?」

 クレスは、ぷっと膨れる。

「二体一なんだからねー!」

「それはどうかな?」

 魔王が指さした先、空を覆いつくすようなモンスターの大群が飛んでいた。

「神聖都市の結界とて、限度があるだろう。大魔王の軍勢を借りた。さあ、どうする?」

 城壁の上に並んで備えていた神聖騎士団や大神殿所属の魔法使いや射手たちは、大群を見て恐慌状態に陥りかけていた。

 その様子を見ながら、同情や呆れなどにも見える、やや冷ややかな顔でエルフが口を開く。

「私は、この街がどうなっても、わりとどうでもいいのよね。しばらくは夢見がわるくなるだろうけど。逃げていい?」

「もちろん、それは自由じゃろう」

「ごめんなさい、治療で少し遅れたわ」

「ワン!」

 クレスとルルナが振り返ると、地面で輝く転送陣の上に、ミコトが立っていた。一緒にいるのはオウカとシュロ、そしてクナイト。

 クレスは目を見張る。

「アルマちゃんー……?」

 言いにくそうなミコトの顔を見て、彼女は気丈に涙を拭った。

「泣くのは後だー!」

 無表情なクナイトを、ルルナは不審そうに見つめる。

「お前、使い魔登録が解除されたのに死んでいないとは、裏切ったのか⁉」

 エルフが抱いた疑問を問うたのは、翼の魔族だった。

 元冒険者は、まっすぐに元使い魔を見据えた。

「単純に、負けただけだ」

 男は、少し吹っ切れたように微笑む。

「今の俺は、勇者ミコトの使い魔だ」

「なにそれ、ずるいー!」

 即座に反応したクレスに、慣れている面々は諦めた顔になる。

 ルルナはとりあえず懸念がひとつ無くなったと解釈した。

「じゃあ、まあ、何も考えずに共闘はしてよさそうね?」

「逃げるんじゃないのかの?」

「ずいぶん、いい刀、持ってるじゃない」

 隣に来たミコトが素でした質問に、ルルナは答えなかった。

 勇者は、にっと笑って左腰の鞘を撫でる。

「巡り巡って、戻ってきたのじゃ」

「あ、アタシからのプレゼントー⁉」


 振り下ろされた剣は、目を閉じたクナイトの顔の横の地面に突き立てられた。

 瞼をゆっくりと開けた冒険者は、いつのまにか鞭を咥えていた勇者に怪訝な顔になる。

 勇者の視線を追うと、地面の上に冒険者ライセンスがあった。

 じわじわと色を変えていたそれは、真っ黒になり、砕け散った。

 周囲に、大量の物資や装備品が現れる。

 少女は左手に鞭を持ち直した。

 彼女はクナイトが目を閉じた際、異次元収納から鞭を取り出して咥えていたのだ。

「そなたを見逃し、また悪事をされたのなら、それはわらわの罪でもある。そなたの関与で二十名以上は死んでいる。そなたが心変わりしなければ、わらわは、そなたを殺す罪を背負う方を選んだのじゃ。じゃが、そなたは心で負けを認めた。同時に、罪も認めたのじゃろ。とは言え、罪は償ってもらうし、二度と悪事はできぬよう、保険はかけさせてもらうのじゃ」

「もう、殺してくれ!」

「そなたの罪は重い。すまぬが、甘えは許さぬのじゃ」

 懇願した男に厳かに告げた少女は、右手の人差し指と中指を揃えた。

「我、汝と主従の誓約を交わさん」

 溶岩洞窟ピクニックで得たスキルポイントで、凡人はテイムスキル系を一通り取得していた。そこに神話級アイテムの大幅ブーストが乗る。

 使い魔にされても己の変化を感じない元冒険者は戸惑う。

「これからの人生は、死ぬよりつらいかもしれぬのじゃ。わらわからの命令は、みっつ……」

 内容を聞いた使い魔は、号泣し始めた。

 ふたりのやりとりを見守りながら自分とオウカを治療していたシュロは、全身から出血しているミコトの処置を始めた。

 シュロが転送術のために魔方陣を地面に描いている時、元気になって身体の調子を見ていたオウカは、ある臭いに気がついた。

 大量に山積みになったクナイトの持ち物を掘り返し、一振りの刀を見つけ出す。

 ミコトは目を丸くする。

「それは……」

「ミコトとクレスの臭いがしたワン!」

 嬉しそうに持ってきたオウカから、ミコトは複雑な顔で伝説級の刀を受け取った。

 クナイトが身に着けている伝説級装備のいくつかと同様、ミコトが地方領主に売ったものである。

「どういうことかはわからないが、ぜひ、使ってくれ」

 言ったクナイトは、大量の装備品の中から古びた剣を拾い上げた。

「これは、ぜひ君に持っていてほしい。我が家に代々伝わっていた聖剣で、例の勇者が死んで、戻されたんだ」

 真剣に言われ、勇者は戸惑う。

「わらわは……」

「君が勇者だからじゃない。君が君だから、ミコトだから、君に受け取ってほしいんだ」

 ミコトは頷いた。

「わかったのじゃ」

 覚悟を決めるように受け取った少女が試すと、剣は鞘から抜けなかった。

 クナイトは微笑む。

「きっといつか、抜けるさ」

 左の腰には刀がある。勇者は、とりあえず右腰に聖剣を提げた。


 ルルナとクレスの間に立ったミコトは、あらためて純粋にエルフに問いかける。

「逃げなくてよいのかの?」

「ルルナちゃんは、街を守る気はなくても、守りたい人がいないわけではないのよね?」

 ルルナは溜息を吐くと、ちょうど斜め前に来たオウカに微笑みかけた。

「ねえ、逃げない?」

 オウカは困ったように眉を寄せる。

「今まで、ありがとうワン。ルルナには幸せになってほしいワン」

 困ったように言った後、少女はミコトの腕を掴んだ。

「ワンは、ミコトについていくことに決めたワン。もしもミコトが勇者じゃなくなっても、ミコトについていくことに決めたんだワン!」

「そうなのじゃ?」

「どういうことー⁉」

 予想外のことにミコトは戸惑い、クレスは取り乱していた。

 追い打ちをかけるように、シュロはオウカに笑いかける。

「さっきのミコトちゃん、とってもかっこよかったものね」

「ワン!」

「ミコトはいつだってかっこいいけどぉー! 見ぃたぁかぁったーー‼」

 クレスは全力で悔しがっていた。

 よくわからないながら、ミコトは案じるような顔でエルフを見る。

「ルルナは逃げなくて……」

「うるさい!」

 ルルナは翼の魔族を見据えたまま、ぴしゃりと言った。

「お前たち、随分余裕なのだな?」

 呆れた様子で見守っていた翼の魔王を、エルフは睨みつける。

「ウチの勇者が言うには、何したって、死ぬときゃ死ぬらしいからね。あんたも気をつけなさい」

「クレスちゃん、ルルナちゃん、これ。お姉さんたちは、飲んできたから」

 小瓶を渡され、ふたりはすぐに飲む。

 突然、城壁の上で歓声があがった。

「あの方が‼ 『ネコ耳のシュロ』様がついておられるぞー‼ おまえたち、けして無様な姿をお見せするなー‼ 命に代えても、神聖都市を守り切れーー‼」

 檄を飛ばしたのは、光の大神官その人だった。最奥に控えるべき象徴が、前線に出てきているのだ。

 鬨の声が上がり、さきほどまでの狼狽えぶりが嘘のように士気が上がる。

「『ネコ耳のシュロ』さま?」

 ルルナのからかうような視線に、お姉さんは気まずそうになる。

「言い伝えに勝手についた尾ひれのせいで、すごいプレッシャーね……」

「間に合ったみたいねン」

「そのようでござるな、ニンニン」

「……うむ」

 ミコトたち一行のすぐ横に、いつのまにか虹色の幕が出現しており、そこから三人が現れていた。

「父上ワン!」

「……うむ」

 並んだ姿を見た翼の魔族は取り乱し、真っ青になった。

「お、お前たちは‼」

 アコとシノ、ギンゲツを中心に、きょろきょろとあたりを窺う。虹色の幕は消えていた。

「ブレイちゃんなら、ちょっと忙しくて、これないのよン。アテクシたちだけでどうにかしてほしいと頼まれたのン」

「な、なんだ、そうだったのか‼ ならばお前たち、覚悟しろ‼」

 うれしそうになったわかりやすすぎる反応に、ルルナは呆れる。

「正直よね」

 飛来していたモンスターたちと城壁の戦闘要員は、お互いに射程に入り始めていた。

 翼の魔王がこれまで手出しをしていなかったのは、これを待っていたのである。

「やれ‼」

「撃ち方、始めぇ‼」

 悪の魔王と光の大神官の号令は、ほぼ同時だった。


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