窮地
アルマを前衛として、右にミコト、左にオウカ。後ろにシュロが控える。
勇者パーティーとモンスターたちは、互いにタイミングと間合いを測るように位置取りを変える。
戦闘は静かに始まった。
ミコトの初撃は居合抜きだった。傷は浅いが、相手を考慮すれば当てただけ上出来か。
モンスターを盾にするように控えたクナイトは、楽しそうに成り行きを見守っている。
アルマはもともとリビングアーマーとしてはやや強く、クレスの使い魔になったことで、さらに強くなっている。相手が二体のリビングアーマーだけであれば、それなりには戦えたかもしれない。しかし、敵はそれだけではない。
興奮して唸り声をあげるオウカは、小さな体に不釣り合いな膂力や鋭敏な感覚などがドーピングで倍加され、単体ではモンスターに負けていない。
シュロは小柄を生かし、あっちこっちへ、しゃがみ、あるいは跳躍しと、器用に攻撃を回避しながら立ち位置を変えていた。的確な位置とタイミングで、相手に対する妨害効果、味方に対する強化効果の小瓶などを投げ込んでいく。
ミコトは珍しくまともに戦っていた。シノから譲られた超特級の刀を、ささやかな伸びしろに全振りした刀スキルで振り回す。身を守る牽制程度にはなっており、足を引っ張るまでには至らない。
善戦する勇者パーティーは、劣勢だった。
入り乱れることで相手は不用意に攻撃魔法を使えなかったのだが、モンスターを二体仕留めた結果、攻撃魔法の頻度は増え、全体に圧されることになる。
「まず、こうだね」
軽く踏み出したクナイトが剣を閃かせると、シュロが悲鳴をあげて倒れこんだ。
全身に切り傷ができ、すぐさま死ぬような傷ではないものの、起き上がるのもつらい深手だ。治療できなければ、出血多量で死にかねない。
「みんな、これで!」
シュロがかろうじて言うことを聞く左腕を酷使して戦場の中心に投げこんだふたつの瓶が割れると、あたりは煙幕に覆われた。
「ほう?」
視界を奪われた騎士団長は、方向感覚が狂うのを感じた。煙幕ともうひとつの方の瓶の効果は幻惑だったのだ。
「逃げる気かな?」
やがて煙幕が晴れてその場に立っていたのは、クナイトの他には、ミコトとオウカ、一体のモンスターとアルマだけだった。
各種ドーピングに加え、ミコトの詳細探知と絶対方向感覚などを共有していた一同は、煙幕の中、一気にモンスターを片付けたのだった。
「オウカ⁉」
驚愕したミコトの視線の先で、オウカはモンスターと刺し違えるような形で腹部を貫かれていた。ミコトをかばうような立ち位置である。
モンスターが光になって消え、小柄な少女は地面へと倒れこんだ。
「ごめんワン……。これしかなかったのワン……」
「アルマ! すまぬ! 頼むのじゃ‼」
察したリビングアーマーは、躊躇った後、ミコトの身体を包み込む。
「なぜなのじゃ⁉ そなたは神聖騎士団の団長じゃろう‼」
ミコトは、斬りかかりながら絶叫した。
「だからだよ。俺は、勇者じゃないんだ」
聖騎士は相手の斬撃の一部は剣で受け流しつつも、性能を誇示するように伝説級防具でも刀を防ぎ、余裕の表情で答える。
「小さな頃から、いろんな才能に恵まれていた。ほんの一握りの者しか使えない『護聖の闘技』スキルも、周りの誰よりも身につけることができた。史上最年少で神聖騎士団団長になったが、勇者にはなれなかった」
「嫉妬だとでも言うのかの⁉」
アルマを削られながら、揺らがず応戦しつつ勇者は問うた。刀の刃零れが増える。
聖騎士は、余裕の表情を崩さない。
「それなら、ライセンスは黒くなるんじゃないかな。俺は、各々の持つ力がそのまま序列となる、健全な世界を作り上げたい。義憤なんだよ。俺が子供の頃、神聖騎士団の騎士だった父は、他人を守って死んだ。守られたそいつは、俺の家に代々伝わり、誰も、俺にも抜けなかった聖剣に選ばれ、勇者になった。俺より弱かったのに……」
「やはり、嫉妬じゃ……」
困惑した少女の言葉を遮り、クナイトは声を荒げる。
「ちがう! その勇者は、結局さらに弱い者を守って、笑いながら死んだ! そいつが守った弱いやつらは、その後、くだらない理由でさらに弱い人々を殺したんだ! じゃあ、なぜ父は死んだ⁉ どうして勇者は死んだんだ⁉ 無条件で民を守ることは正しいのか? 力を持つ者は、弱き者を守らなければならないのか? 力を持つ者は、他者の犠牲にならなければならないっていうのか⁉ 答えろ‼ 勇者ァッ‼」
アルマはもう、半分以上が剥がれていた。さらなる一撃で、兜が吹き飛ぶ。
「知らぬわ‼」
躊躇ない断言に、クナイトは目を剥く。
「わらわだって、なんで勇者をやっておるのか、自分でもわからんのじゃ‼ じゃが、勇者以前にわかることがある‼ わがままで人様に迷惑をかけるのがよくないのは、あたりまえのことじゃろうがーっ‼」
渾身の一撃は盾で受け止められ、刀に一際大きな罅が入る。反撃で、アルマはほとんど外れてしまった。
リビングアーマーを纏った影響も加わり、少女は明らかに憔悴していた。
「戦ってりゃ、わかるじゃろ‼ 自慢じゃないが、わらわは、恥ずかしいぐらい弱いのじゃ‼ 強いから戦うわけじゃないのじゃ‼」
刀が折れ、少女は投げ捨てる。
「俺の勝ちだ」
武器を無くした相手に冷静に告げた聖騎士に対し、勇者は不敵に笑う。
「わらわの一番の友達が一番好きな武器は、拳だそうじゃ。うっかり相手を殺してしまう可能性が低いからの」
男は、振りぬかれた拳を盾で受け止めた。さらに相手の身体を刻む。
「やめろ。君は、もう勝てないんだぞ」
彼は戸惑い始めていた。
ミコトは全身から血を垂らしながらも、相手に向けて拳を振り続ける。
「力にこだわる者は、こういうとき、やめるのかもしれんがの。わらわは絶対に、やめぬ‼ このままでは、どれだけの人々が死ぬのかわからんのじゃ。自分が相手より弱いとか、勝てそうもないとか、そんな理由は、わらわが止まる理由にはならぬのじゃ‼」
全身がずたずたになりながらも鬼気迫る様子で向かってくる相手に、理解できないものへの怖れを感じ、騎士団長は後ずさり始めた。
少女の姿は、死ぬ直前の父の振る舞いにも似て。
恐怖を振り払おうとするように、さらに斬撃を加える。
左脚を引きずりながら、ミコトは止まらない。
「なぜだ、なぜまだ動ける……?」
狼狽える相手に、少女は哀しそうな顔になった。
「わらわたちを一度は守り、先日の襲撃には参加せず、さっきも始めは手出ししなかった。そなたが優しいのか、手を汚したくないのか、罪悪感を恐れているのかは知らぬ。じゃが、さんざん斬られて、いやでもわかった。そなたの剣技は、人を守るための剣じゃ。人を傷つけるための剣じゃない。だからじゃろ」
クナイトが物心ついた時、最初に剣を教えてくれたのは父だった。ずっと、父の太刀筋が目標だった。
勇者は、呆けたように動きを止めた聖騎士の盾を力任せに奪い取り、投げ捨てる。
「やめろ、そのままでは出血で死ぬぞ‼」
「だからなんじゃ‼」
あっさりと一喝され、聖騎士は慄く。
「そなたの父は、人を守って死ぬときに、悔やんでおったのか⁉」
クナイトはその場に居合わせていた。脳裏に焼き付いて離れない父の死に際の顔。
男は、泣きそうになって俯いた。
「……笑っていたんだ」
「この、バカもんがぁ‼」
少女が弱々しい右拳で殴りつけると、男は力なく倒れこんだ。
馬乗りになった少女は、泣きながら両手で殴り続ける。
「ならば、わらわにもわかる‼ そなたの父は、人のためじゃない、自分のために、自分の誇りのために人を守って死んだのじゃ‼ 人を守って死ぬことで、誇れる自分のまま死ねたのじゃ‼ 他の誰が認めなくても、わらわはそなたの父を勇者と認める‼ わらわもそなたの父と同じじゃ‼ 他人など関係ない‼ わらわがやりたくてやってるだけなのじゃ、それで死んでも、犠牲になったなどと思わんのじゃ‼」
まるで痛くない拳に殴られながら、男はぼんやりと空を見ていた。
「やっぱり俺は、勇者は嫌いだ。君みたいないい子は、人を殺すことへの罪悪感は大きいだろ?」
男は少女に向け、右手の剣を差し出した。
「あの魔族の使い魔登録を無効にしたいなら、俺を殺せばいい。俺はまだ冒険者で、無抵抗の俺を殺せば、もしかしたら君は、勇者どころか冒険者じゃなくなって、お尋ね者だよ」
「わらわを舐めるなよ。放っておけば、街ひとつが危険に晒されるのじゃ。由緒正しい凡人のわらわは、勇者であることに未練などない」
凡人は、取り出したピカピカのカードを地面に叩きつけた。
馬乗りになったまま、少女は剣を両手で逆手に掴み、切っ先を相手の顔に向ける。
「勇者も冒険者も知ったことか‼ 死ぬまで自分に胸を張る、わらわは、ミコトなのじゃ‼」
聖騎士だった男は、満足そうな顔で目を閉じる。
剣は、躊躇いなく突き立てられた。
地面に落ちていたライセンスカードが真っ黒になり、砕け散る。
翼の魔族を追跡したルルナとクレスは、神聖都市の手前で捕捉することに成功していた。
先行したルルナが、魔法の火球を相手の眼前に放って注意を引いた。
空中で静止した相手に視線を向けられ、しばし逡巡した後で決心する。
羞恥心で真っ赤になったエルフに中途半端な変顔で煽られた魔族は、呆気にとられた後、憐れむような表情を浮かべた。
屈辱に震えているルルナを無視して、にやにやと笑う魔族はあらためて神聖都市へむかおうとした。
エルフは自分をなんとか納得させるように、ぎこちなく微笑んだ。
「これで目的達成なのよ」
魔族の背中に、飛んできたクレスが猛烈な勢いでタックルする。
加速と浮遊の同時使用にルルナはすぐに対応していたが、飛び上がった直後のクレスはコントロールできずに猛烈な速度であちらこちらへ飛び回ることになった。
少しずつ慣れていく様子を尻目に、ルルナは先行していたのだ。
背後から羽交い絞めにする魔族と、羽交い絞めにされる魔族とは、絡み合ったまま高度を落としていった。
神聖都市の手前、城壁の門から見える街道脇で、クレスは魔族を羽交い絞めにしたまま地面に転がっていた。
ルルナは魔法使い装備になっており、強化魔法などをクレスにかけているため、押さえつけは一方的である。
クレスが押さえている間に、ルルナは衛兵たちに再度の襲撃へ備えるように伝えていた。
神聖騎士団を含む、街全体が慌ただしく態勢を整えている。
「まだかなー?」
「お前たち、あんなヤツらで、あの男をどうにかできると思うのか?」
「ミコトがいるからだいじょうぶだよー」
「シュロとオウカとアルマがいるから、まあミコトもだいじょうぶでしょ」
「ミコトがいるからー!」
呑気なやりとりに、魔族は困惑する。
冒険者と登録使い魔では、互いにダメージを与えられない。
かと言って、この魔族を仕留めるほどの力がある者は、一般人にはそうそういない。ちょっとした抵抗を間違って食らうだけでも死にかねない。
平和な膠着状態は、不意に破れた。
「痛て、いででででで……!」
「んー?」
「ということは?」
激痛にもがいた魔族に、クレスは驚いて、つい拘束を緩めてしまった。
すぐに宙に飛び上がった魔族は驚愕を露わにする。
「これは驚いた‼ お前たちの仲間は、あの男を殺したのかな⁉」
クレスがたじろぐ。
「よろこんでるけど、あんた、結界を抜けられなくなったってことよね?」
冷静なルルナに、魔族は掌を突き出す。
集中する魔力の質に、ルルナは呆然として対応が遅れる。
「ダメー!」
咄嗟にかばったクレスが、自分とルルナを包む形で魔力防壁を展開した。
発生した爆発は、クレスが洞窟で使った魔法を思わせる破壊力だった。
都市の結界は揺らがないが、周辺の木々は倒れ、城壁はびりびりと揺れる。
「俺も今は、魔王なんだよ」
魔族は、勝ち誇るように宣言した。




