人間
神聖都市の大神殿から、ひとりの神官があわてて駆け出していた。
途中で馬を手配し、隣村の冒険者ギルド窓口へと向かう。
泡を食った様子の中年男の神官は窓口施設へと入り、あたりを窺いながら、カウンターにいる年配の男に耳打ちする。
「バレたかもしれん」
年配の男は動じなかった。
「バレたんだよ」
観念した様子のギルドスタッフの背後、スタッフ用スペースから現れたのは、ミコト一行と、光の大神官だった。
神官は急に開き直る。
「私は! 私は、何も知りません! 何もわるいことはしていません!」
光の大神官は、とても哀しそうな目で男を見ていた。
ミコトが紙を一枚、神官へと手渡す。
「では、これに署名を頼むのじゃ」
「これは?」
何をさせられるのか理解できない男に、光の大神官は淡々と答える。
「悪事をなしていない自信があるのなら、冒険者ライセンスの申請をしてもらう」
ルルナは肩を竦める。
「大義を伴わない冒険者への加害行為、冒険者ギルドへの信頼失墜行為に類することをしてる自覚があれば、あっと言う間にライセンス喪失ね。即デッドオアアライブの賞金首決定。私たちは、あえて捕まえないこともできる。冒険者の中には、いろんな理由で、とりあえず殺してから捕まえるやつらもいるわ」
趣味嗜好だけではない。正義感や、極端に慎重であるだけという場合などもある。
冒険者ライセンスを喪失したのなら、速やかにどこかに自主的に収監されるほうが安全なのだ。そのような形で社会に出ていない間は、基本的には冒険者ギルドも関知しない。
お姉さんは、やさしく微笑んだ。
「正直にお話しするのと、どちらがいいかしら?」
光の大神官を大神殿へ送り届けた一行は、街の広場へ差し掛かっていた。
「ギルドスタッフは、元々ライセンスを持っていたのにじゃ?」
「私だって、痴女相手に悪意が無いようにコントロールできたからね。自分は職務を決められたとおりに処理したんだ、ってことでしょ。冒険者ギルドのスタッフは、特異な方面に突き抜けた才能がないと、なれないって聞いたけど、やっぱりああいうの、いるもんなのね」
「光の大神官から前後関係を含めた報告が行けば、当然お咎めなしとはいかないから、安心していいわ。冒険者ギルド内の処分なら、デッドオアアライブの指名手配のほうがよかったって思うんじゃないかしら」
「そうなの?」
ルルナは、ミコトとクレスを登録したじじいを思い出した。
広場の噴水横では、石碑の据え付け作業の仕上げが行われていた。
駆け寄ったクレスが魔族だと気づいた者たちは一様にぎょっとするが、光の大神官お墨付きのペンダントを露骨に見せつけられ、落ち着きを取り戻す。露骨に見せつける必要は、無いのだが。
ミコトたちも石碑を見に行くと、感慨深げに見つめていた老婆が口を開いた。
「本当は、街を救ってくれた大勇者様の石像を作ろうという話だったのじゃが、ブレイ様が、こういう石碑にしてくれとおっしゃったのでな。儂の息子も、少しは報われたで」
ミコトたちがよく見ると、石碑の上部には、こう刻んであった。
「大勇者、ブレイとその仲間は以下の者たちに敬意を表する」
その下に、大きくふたつの項目がある。
「大勇者が勇者と認める、街を守るために死力を尽くした者たち」
こちらは、二十人近い名前が続いている。
「街の平和の、礎となった者たち」
こちらは数人の名が刻まれている。
「死んだ者たちも、いたのじゃな……」
一行は、沈黙した。
ただの少女は、拳を握りしめて心に決める。
「せめて……。せめてじゃ。繰り返させは、しないのじゃ!」
軽甲冑の騎士がひとり、街道を神聖都市に向けて馬に乗って進んでいた。
その行く手に、六人の人影が立ち塞がる。
子供と若い女に、リビングアーマーと、魔族。
一瞬ぎょっとしたものの、魔族のペンダントを見てほっとする。
彼は爽やかな笑顔でミコトを見た。
「君たち、本当に来たんだね、どうしたんだい?」
「わらわは、勇者、ミコトじゃ。先日の、魔族による神聖都市襲撃の、内通者を探しておる」
「なんと、勇者なのか⁉ ああ、俺は、その報を聞いて急いで戻ってきたところなんだ。ぜひ協力させてほしい」
幼女に歩み寄られ、クナイトはきょとんとする。
「ライセンスを見せてもらっていいかしら?」
騎士団長はピカピカのライセンスを素直に取り出し、手渡した。
「聖騎士ね」
シュロは持っていた書類と見比べる。
「随分、いい装備を身に着けておるの」
「ねー」
ミコトとクレスの視線を受け、騎士団長は照れ笑いする。
「なに、旅先の地方領主が、自分は使えないからって、伝説級アイテムをいくつも格安で譲ってくれてね」
「賄賂かの?」
クナイトは大げさにぎょっとして見せ、人のいい笑いを浮かべる。
「まさか、やめてくれ」
「類は友を呼ぶではないことを祈るのじゃ」
騎士団長は、疑問を顔に浮かべた。
シュロがカードを返す。
「ありがとう。では、あなたの使い魔の魔族は、いまどこかしら? 神聖都市内ではなく、わざわざ隣村の窓口で登録手続きをした理由も、聞かせてもらえる?」
お姉さんは、見ていた紙を騎士団長に見えるようにした。例のギルド窓口の帳簿の写しである。
ギルドに登録された使い魔がマスターから遠く離れている場合、他の冒険者による攻撃やスキルの影響は受けない。
それが、例の魔族が無敵だった理由である。あの時、クレスの魔法だけは警戒して障壁を展開したものの、効果が無かったことで、魔族はクレスも冒険者であると気がついた。
結果的に、魔族もミコト一行への直接攻撃手段が存在しなかったため、見ているしかなかった。ミコトと違い、何もしなかったのではなく、何もできなかったのだ。
内通者の神官が判明したことは、どちらかと言えば、大神官の協力を得て該当のギルド窓口を洗い出した際の副産物である。
「あいつ、遠出の間、自由に遊ばせとこうと思ったんだけど、まさか襲撃に関与を⁉」
ルルナは冷ややかな顔だ。
「自分の預かり知らぬところで勝手にされた設定でいくのね……」
「君たち! よしてくれ! ライセンスの色を見ただろう! 俺もなんでも協力するから!」
「じゃあ、疲れてるところ申し訳ないのじゃが、このまま一緒に魔族の討伐に向かうのじゃ」
「それで疑いが晴れるなら、喜んで行くよ!」
重たい空気の中、クナイトは、ひきつった笑いを浮かべていた。馬は街道に残され、今の騎士は歩かされている。
「ああ、そうじゃ」
「な、なにかな?」
話題を振られたことで、騎士団長は少しほっとした様子を見せた。
「どうやって魔族なんてテイムしたのじゃ?」
「偶然、神話級のアイテムを手に入れてね。クイーンズ・ウィップっていうんだ」
機嫌をとろうとするように、言われる前に異次元収納から鞭を取り出し、ミコトへと渡す。
「あらゆるテイムスキルを大幅にブーストするんだよ」
「すごいもんじゃの」
感心した様子で現物をあらためた少女は、そのまま自分の異次元収納にしまい込んだ。
「あ、あの……?」
「疑いが晴れるまで、預かっておくのじゃ」
「き、君、勇者……なんだよね?」
ミコトはピカピカのカードを見せた。
「だからじゃ」
ダンジョンに向かう間、騎士団長は段々表情を失っていた。
「あいつ‼」
ルルナは、叫んだ瞬間には空に向けて矢を放っていた。
一同はそれを視線で追う。
咄嗟に放たれた通常の矢は、空を飛ぶ魔族の左肩に刺さっていた。
互いに目視できるぐらいの距離で、保護が弱まっている。
驚愕した姿の全身は、すぐに魔力の障壁に包まれる。
クレスの渾身の魔法は直撃を外し、通常なら威力じゅうぶんな余波は障壁に阻まれた。
高速飛行してわざわざ距離を詰めて来たことで、一同は警戒する。
「はっはっはー‼ 今から、神聖都市の結界を無効化して、モンスターどもに襲わせてやるぞー‼」
「やっぱり正直よね……」
ルルナが放った追撃の矢は障壁を抜けない。特殊な矢を選ぶ時間は無かったのだ。
シュロは険しい顔でクナイトを見ていた。
「やめさせなさい。これであなたも自分の罪と認識したはずよ」
クナイトは涼しい顔になり、微笑んでピカピカのカードを取り出した。
「残念だね。知ってるかい? 本人が大義と思う行動は、罪と認識されないんだ」
一同は、ブレイたちとの戦いを思い出し、微妙な顔になった。
「「「あー、うん……」」」
そんな反応に眉を上げ、神聖騎士団の団長は、冒険者ライセンスを軽く投げ捨てた。
「早くあいつを止めないと、今度こそ、神聖都市が滅びるよ?」
シュロは、クレスとルルナの足もとに小瓶をふたつ投げた。割れて光の粉が散る。
「加速と浮遊よ。ふたりはあいつを止めて。使い魔でいる限り、あいつは結界を抜けられる。使い魔じゃなくするのは、こっちでなんとかするわ。こっちの攻撃が通用しない間は、あっちの攻撃も怖くないから、どうにか足止めをお願いね」
ルルナはすぐさま飛び立った。
クレスは不安そうにミコトを見たが、勇者の眼を見て、真剣な顔で頷く。
魔王は、すぐに魔族の後を追った。
シュロは自分とアルマを含めた仲間の足もとに、強化効果詰め合わせの小瓶を投げた。
「ミコトちゃん! オウカちゃん!」
お姉さんが自ら飲んでみせるのと同じ瓶を差し出されたふたりは、すぐさま倣って飲み下す。
聖騎士はカードを数枚取り出し、宙に投げた。
凶悪なモンスターたちが出現し、勇者たちを取り囲む。
「みんな、リビングアーマーより強いよ。そして」
さらに二枚、アルマのそばへ投げる。
現れたのは、二体のリビングアーマーだった。
神聖騎士団団長は、爽やかな笑みを浮かべる。
「さあ、どうする?」
戦いが始まる。




